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『届く場所 』
ヒース・R・ウォーカーka0145)&南條 真水ka2377

●デート

 そう呼ぶにはまだ、ほんの少しばかり気恥ずかしく、しかし買い出しと呼ぶには味気ない。
 2人連れだって、互いの隣を歩くことは当たり前になっているけれど、その二人きりの時に、あえて、これは所謂……そう、明言してしまうには。
 だからこれは『買い物』なのだ。
 距離が近いとか、視線が重なるとか、背中のあたりがむず痒いとか。無味無臭の筈の空気が甘いとか、陽射しがやたら眩しいとか。
 『買い物』なら、慣れてきたところなのだ。だから今日も、いつも通りの店を巡り、時間潰しの気紛れに目新しい店を冷やかす程度の、日常と思えるようになってきた、ほんのありきたりな一日になるはずだったのだ。



 徐々に視界にちらつき始めていた模様は、行き交う人の数が増えるほどにその頻度を増していく。その模様、否、言葉として認識せざるを得なくなった文字の主張をいつまでも避けきれるわけがなくて、南條 真水(ka2377)は隣を歩くヒース・R・ウォーカー(ka0145)に気付かれないよう小さく息を吐いた。
(こちとら腕を組むにも苦労してるんだけどね)
 並んで歩くのは今までだって出来ていたし。自分から手を伸ばしてみてもいいのではないか、なんて思い始めたところ。ただ、人の熱を望む心は確かにあるのだけれど、それを自分から示すことのあまりの恥ずかしさに、歩く間、自然に手をあげることさえも躊躇してしまう。
(あくまでもさりげなく、って無理なんじゃないかな!)
 意識しているせいで、片腕が強張るのを止められない。もう一方の手で腕を解そうと視線をずらしたところで、真水の視界が翻る薄布を捉えた。文字よりも雄弁に、真水の意識を惹こうと主張しているようで。だから足が止まった。

 いつもよりどこか緊張した様子を見せる真水をいつものように揶揄うか、それともあえて気遣うか。言葉が先か、行動が先か。何をどのように選ぶにしても自分が望む反応は得られるだろうな、などと考えていたヒースは勿論、街をにぎわせるジューンブライドの文字をしっかりと捉えている。
(丁度いい……かも、しれないねぇ)
 遠まわしに、時には真直ぐに。互いの意図を探り合い伝え合うやりとりそのものも楽しめるもの。それは真水相手だからこそ特別なものだと言える。
(考える余裕はないかもしれない……ねぇ?)
 真水が足を止めてすぐ、自らも展示を覗き込む。視線を辿り、広がるヴェールの波を見つける。態々湿らせずとも唇は滑らかに紡ぐ。
「こっちでもジューンブライドはあるんだっけ。もう、そんな時期なんだねぇ」
 切欠はこちらから。その方が、真水は波を追ってくれる。
「……真水は憧れるかい、ウェディングドレスに?」
 ドレスと言えば花嫁。ブーケなら幸せな結婚生活。指輪ならプロポーズといったところだろうか。どこに気を惹かれているにしても、それらが示すのはつまり、恋人よりも先、未来。

 一度認識してしまえば気になってしまうというものだ。
(異世界なのに、同じ文化があるのも不思議だよね)
 持ち込んだのは、自分達と同じく転移者だろう。けれど例に漏れず、場所が違えば形も変わる。祭じみた形に昇華させられていて……つまりは商店の販促に大いに活用されている。
 だからだろうか、真水はヒースの含ませる意図よりも、この在り方の方が気になってしまっている。意識の切り替わりは気紛れなもの。
「憧れ、かぁ。うーん、どうだろ? こっちに来る前は考えたこともなかったからね」

 今は考えたことがある。もしくは考えていると受け取っていいものだろうか。
 無意識に放たれた言葉に耳のあたりが熱くなる。幸い髪色に紛れて目立たないし、真水はまだドレスを見ているのだから、動くのは下策だろう。
(機会がなかったのかもしれないし、ねぇ)
 今の関係になってからも。何かしら余裕がなければ考えられるものではないのだから。
 もう少し真水の思案が長引いてくれればいいと思ったところで、視線を感じた。
 店員の身振りが示すのは、試着室の文字。

 踏み込み過ぎてしまうだろうかと戸惑いはしたのだが。結局のところヒースは自分の欲に負けた。狙いは勿論あるけれど、駆け引きよりも何よりも、真水のドレス姿が見たい。
 目線を合わせて頷けば、店員が真水に声をかける。ヒースの意図が介在していないと判断させる純粋なる接客。
「試着!? いやいやいやそれはドレスに申し訳ないっていうか」
 プロの仕事に感心していれば、真水の声は焦りが強くなっている。混乱させてしまった方が、素の部分を引き出せる。悪戯心も沸いた。
「せっかくの機会だしお言葉に甘えてみないかい、真水?」

 気紛れにもとれる言葉に、勢いよく顔をあげた真水の目は掴むための藁を探した。
「だって南條さんだよ? 自信もって言えるけれど世界一似合わないよ?」
 必要ないだろう、と立て続けに伝えれば、気紛れ程度ひっくり返せる、きっと。視線に力を込めたから、いつも以上に目つきは鋭くなってしまっていると思う。だが今はそれこそが望みだ。似合わない、と証明したいのだから。憧れがないわけではないけれど、今はただ恥ずかしさが勝っている。こんな状態で試着なんて冗談じゃない!
「ボクは見たいんだけどねぇ」
 ダメかなぁ? と強請るような瞳に見えた。……そう、見えてしまった。
(そう言われたら断れないじゃないか……っ)
 2人だけの時の中でも、時折覗く特別な色。気付けば真水は小さく頷いていた。



『地味なのでいいです』
 何度、そう言おうと思ったか。
(最初の一着じゃなくてよかった、けど)
 より美しく見えるように計算され展示されていたドレスは、回収にも手間取るらしい。それには本当に安堵の一言だ。かわりにと示された数着は、なぜか装飾の量や露出の度合いがすべてバラバラ。真水自身でも許容できる肌色面積になるように、出来るだけヒースにとって好ましく、雰囲気が柔らかく見えるようにと悩んで決めた一着は、今確かに真水の身体を覆っている。
 着付けのスタッフは真水の希望を汲み取って仕上げてくれた。むしろ真水が自分を卑下する言葉を発することを許してはくれなかった。唇がイ段の言葉を紡ごうとするとすぐに誰かが声をかけてきていたのだから。髪の流れを整える是非だとか、アクセサリーを選ばせたりとか。
 なるべく手早く、そう思っていた真水は結局、それなりの時間を使ってしまった。女の支度は長いのである。今は少しでも待たせる時間を短くしなければと焦る気持ちだけで足を進めるけれど、歩幅は小さくなってしまった。何を言われるのか怖さが半分。この姿を見せることへの気恥ずかしさが半分。
(は、はやく戻らないと)
 扉の先で待っているはずだから。一度呼吸を整える。音を立てないように気を付けながら、ドアノブに手をかけた。

 多少の色柄の違いはあれど、タキシード以外の選択肢はないものである。世には組織の制服だとか、儀式用の戦闘服といった例はあるけれど、今はあくまでも試着なのだから。
 ヒースが選んだのはシンプルな黒。傍にあるのが当たり前と感じた、着慣れた色とも言える。
(そろそろかねぇ)
 身を潜められる場所ではないけれど、それに近いことはできる。自らの気配を薄くすれば、隠すつもりのない気配くらい読み取るのはたやすかった。抑えきれないラッチボルトの擦れる微かな音が、真水の到着を教えてくれる。
 ゆっくりと息を吐いてから、振り返る。冷静であろうと努めた行為はすぐに無駄になった。頬が緩む事は止められない。
「ほんとうに、素敵だよ。真水……息をのむほどに、ねぇ」
 どこかぼんやりと見つめてきていた真水が、ヒースの言葉で我に返ったようだ。先ほどよりも頬が赤い。自分も隠せてはいないと思うけれど。
「ヒースさんこそ。そういうの、ほんと似合うんだからズルい」
 ほんのわずかに視線が逸らされる。拗ねた猫のような、悔しそうな。そんなところも可愛らしいと伝えてみようか?
(それよりも)
 他の言葉を伝えておきたい。都合よく、店員は席を外している。いや、多分気を利かせてくれたのだろう。

 ヒースの目が細められる。口元もまだ笑みをかたどったままなのに、空気が張り詰めたように感じたのはどうしてだろう。音にならないくらい小さな声で名前を呼ばれた。
「今はまだ将来を誓う事はできないけど、約束はできる。真水を想う気持ちは変わらない。ボクの言葉に、嘘はないよ」
「分かってるよ、ヒースさんが嘘ついたことないもんね」
 嬉しいと思う。愛しいと思う。時間なのか、覚悟なのか。その時を迎えるためには何かがまだ足りなくて、それはいつか必ず手に入れてくれるのだろうと信じられる。他ならぬ、自分の為に。
 そんな理屈は答えた後に頭を巡った。咄嗟に、返事が先に出てしまった。それは何よりも愛情の証だという事は……流石に、真水も自分でわかっている。
「でも、気持ちが変わってくれてもいいんだよ。例えば――もっと惚れちゃうとかね」
 照れ隠しに微笑んで続ければ、ヒースの笑みが深くなった。
「愛しているよ、真水」

「……っ!!」
 小さく、動きを止めた真水との距離を縮める。もっと惚れるも何も、とっくに魅了されているのだ。伝えてきていたつもりだけれど、受け止めることには慣れていない様子にまた、愛しさがこみ上げる。
 膝をついて、真水の左手をとる。甲に顔を寄せていけば、次第に真水の強張りも解けた。受け入れてもらえる喜びが胸に満ちて、口付けを落とした。
 薄く開いていた唇にも惑わされたけれど、今は。
「本番にこうご期待、ってねぇ」
 そっと見上げて普段通りの笑みを向ければ、より赤味を増した顔の真水がヒースを見つめ返していた。

●前進

(今日くらいは、ね)
 それ以上に恥ずかしいこともあったのだから。これくらいなんてことはないのだ……そう自分に言い聞かせながら、ヒースの腕に抱きついて歩く真水。
(これも一歩、と言えるかねぇ)
 赤みを残したまま、帰路ばかりを見据える真水のそんな様子に、ヒースは満足気に笑みを零した。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0145/ヒース・R・ウォーカー/男/23歳/疾影士/狗尾草】
【ka2377/南條 真水/女/18歳/機導師/止り枝】
イベントノベル(パーティ) -
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ファナティックブラッド
2017年08月25日

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