▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『人魚と真夏の雪女 』
海原・みなも1252

 その日は真夏日だった。海原・みなもは、したたる汗をハンカチで拭きながら歩いていた。図書館の本の返却日でなければ、わざわざ家を出ることもなかったのだが。夏の日差しは人々に嫌われることなどまるで気にしない潔さで、アスファルトの地面を焼いていた。
「暑いなぁ……」
 答える者がいなくても、思わずそうつぶやいてしまうくらいに暑い。昨日の雨でできた水たまりもすぐに干上がってしまいそうだ。
 さら。葉同士がこすれあう涼しげな音。みなもの目に飛び込んできたのは、青々とした葉を茂らす公園の大樹だった。
(そうだ。あそこでちょっと休憩を……。ううん、駅まではもうすぐだし、まっすぐ帰った方が……)
 みなもの思考は後者に傾きかける。しかし彼女は足を止めた。木陰に人影があったのである。白い和服を着た細身の女性がぐったりと木に寄りかかっているのだ。遠目に見ても、明らかに体調が悪そうだった。
 もしかすると熱中症かもしれない。まずは声をかけてみよう。手に負えないようなら、救急車だ。
「あのー。大丈夫ですか?」
 女は俯いたまま答えない。
「救急車、呼びますか?」
 みなもは女の肩に手を添えようとする。――その瞬間、手のひらに感じたのはひんやりとした空気。
「あなたは……! ごめんなさい、少しだけ……」
 透き通った声がそんな言葉を紡ぐ。か細く繊細な声は、みなもに雪の結晶を想起させた。
「……何?」
 全身を冷気が駆け巡る。それは決して悪い感覚ではなかった。自分の中にある【水】の気が冷却されて行く感覚。
(やっぱり、あなたとは相性が良いみたい)
 そんな声が身の内から聞こえてくる。その声は優しく、そして儚い。先ほどの女性の声なのだと、みなもは遅れて気が付いた。
(ありがとう。おかげで消えずに済んだみたい)
 知らず目を閉じていたらしい。目を開いて飛び込んできたのは、抜けるように白い皮膚を持つ自分の腕。髪をひとふさ掬ってみれば、白銀の糸が指を滑り落ちて言った。何より、先ほど思考を埋め尽くしていた「暑い」という感覚が消えている。汗はすっかり引いていた。
(体の周りに冷気をまとっているの。本調子ならこれくらいの術は容易いのだけれど、さっきはそれどころじゃなくて)
 また、薄雪のような声がした。
「あなたは……」
(あなたたちの世界で言う『雪女』よ。あなたも、ただの人間とは違うみたいだけれど)
 みなもが人魚の力を持つ者だと聞いて、女性は納得したようだった。彼女は申し訳なさそうに、もう少し体を貸してくれないかと尋ねた。
「構いませんよ。用事は済んでますし、雪女さんから悪意は感じませんから」
 彼女の住処は夏でも雪が降り積もる山の中だった。用事があって東京へやってきたは良いが、駅から出た途端に彼女を襲ったのは異常に高い外気温。それまでは冷房の効いた列車や駅ビルの中を移動していたため、予想もしていなかった危機だった。このまま命が尽きるかと思った矢先、話しかけて来たのがみなもだった。相性の良い相手との奇跡的な出会い。悪いとは思いながらも緊急避難先として選んでしまったらしい。
「救急車を呼ばなくて良かったです。体調が戻っているうちに涼しい場所へ行きましょう」
 とりあえず、最寄りの駅に併設された駅ビルへ。
「冷たいものでも食べましょうか。ここの喫茶店のかき氷、美味しいって評判なんです」



「お冷でございます」
 氷を浮かべた水がいつになく美味しく感じた。術で冷気を纏っていたとはいえ、やはり暑さには弱くなっているらしい。
「すみません、『スペシャル粉雪かき氷』ください!」
 みなもの元に運ばれてきたのは、ビックサイズのかき氷にたっぷりとマンゴーソースがかけられ、マンゴーの果肉やパイン、いちごやチェリーがトッピングされている。
「いただききます!」
 その触感はまさに『粉雪』に相応しい。とろっとしたソースと非常に細かく砕かれた氷の粒のハーモニーが、口の中に幸せを運んでくれる。
(本物の雪みたい。こんな食べ物があるのね)
 雪女もいたく感激したようだった。
「今、流行ってるんですよ」
(ずっと前に、人工の雪を作ったと聞いたときも驚いたわ。人間ってすごいわよね)
 優しい声だ。みなもは思う。
「雪女さんは人間がお好きなんですね?」
(……ええ。そうかもしれないわね)
 完食後、雪女はお礼にと【氷雪】の術を伝授すると申し出てくれた。
(みなもさんには【水】を操る力があるのね。私の【氷雪】の術とは姉妹みたいなものかしら)
 なるほど、性質は似ていてもおかしくないと思う。しかし具体的にどうしたら良いのかがわからない。
(あなたなら使いこなせると思うわ。イメージがしにくいなら……そうね。そのコップを握ってみて?)
 コップに満ちた冷たい水。水はだんだんと冷えて、やがて結晶を作る。無数の花のような結晶が宙に漂う。雪の赤ちゃんだ。
(そう、いい感じよ。ここは静かな山。白い雪に閉ざされた、人知れぬ里)
 みなもはイメージする。一面の銀世界。肌をさす風。清浄な空気。寒くはない。冷気は自分と一体になっている。否、私自身が冷気となってしまったのだろうか。
 気が付くと、握っていたグラスごと水が凍り付いていた。
「わ、できました!」
 席の周りには冬のような冷気が漂う。冷房が効きすぎではないかと囁き合う声が聞こえだす。
「あ……大変!」
 みなもは、はっと口に手を当てる。
「お、お客様! 大丈夫ですか!」
 焦って水を取り替えてくれる店員に、みなもは曖昧な笑みで礼を言った。雪の欠片がひとつ、みなもの頬の上にひらりと舞い降りた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【海原・みなも(1252)/女性/13歳/女学生】
【雪女/NPC】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
初めまして、高庭ぺん銀です。この度はご発注ありがとうございます。
雪女さんとの真夏の邂逅。ほのぼのと楽しんでいただけたならば幸いでございます。
口調や行動などの違和感、その他不備などございましたら、お手数ですがリテイクをお掛けください。それではまたお会いできる日を楽しみにしています。
東京怪談ノベル(シングル) -
高庭ぺん銀 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.