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『相咲 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001
 屍国と化した四国――そこで繰り広げられた厳しい戦いを踏み越え、不知火あけびは契約主・日暮仙寿と共にあるべき場所へ還ってきた。あけびにとっては居候先であり、仙寿にとっては実家である、情緒湛える洋館へ。
「仙寿様、お疲れ」
 自室の扉を前に、あけびはくるりと振り向いて笑んだ。
 無理にあけびの部屋の前を通らなくても、仙寿は自室へ行ける。なのに、仙寿は無言であけびの後ろをついてきて、ここにいる。普通であれば気づきそうなものなのだが……
「ああ……」
「?」
「……なんでもない。ひと息ついたら、その、湯を使って寝ろ」
「うん。仙寿様もそのまま倒れ込んで寝ちゃったりしないでね。お風呂入らないとだめだよ?」
「風呂!? ――いや、水を浴びれば、充分だから! 安心しろよ!」
 疑問符をいっぱいに飛ばすあけびから顔をそむけ、仙寿は大股にその場を離れた。
 なんであのタイミングでそんなこと言うんだよ! いや、なんで俺はこんなこと意識してるんだ!? 別に、同じ風呂を使うわけじゃないのに……。

 自室へ至って大きく息をつき、仙寿は慎重にドアの鍵を閉める。この程度で忍びたるあけびを遮断できるか……いや、あけびはそんな無作法をしない。それもまたわかってはいる。
 ようするに、見られたくないだけなのだ。普通なら気にするようなことじゃないことを気にしてひとりうろたえている自分を。特別な意識などなにひとつない、まるでいつもどおりのあけびに。
「こんな独り相撲、見られたくないよな」
 真意を口にしてみてようやく少し落ち着いた。
 そうだ。俺は前よりずっと意識してる。
 あけびを。
 ――少し前には追いつきたいと思っていた。並び立って、同じ道を行きたいと。
 でも今は。
 並ぶのが怖い。
 屍国を斬り抜け、仙寿はライヴスリンカーのひとつの高みと云われる域に立った。その機先を見切る冴えた眼は、確かにあけびの背を捕らえていた。あと一歩踏み出せば届く距離から、まっすぐと。
 しかし。
 だからこそ怖い。
 追いついてしまえば、俺たちはどうなる?
 あけびは俺を、どんな眼で見る?
 今も俺とあけびの共鳴体はあの男の姿そのままだ。それを透かしてあけびは“俺”を見るのか?
「成長したつもりだったんだけどな」
 上でも下でもない、となりに並び立つことだけを思って駆けてきたはずなのに。いざ立ち止まるべき場所が見えてみれば、こうしてあけびの“師匠”のことを思って心を沈ませる。
 近づくほどに、あけびから遠ざかりたくなる。
「俺はどうしたい? どうならなきゃならない?」
 どれほど恐れたとて為すべきはひとつ。
 一歩踏み出してあけびの背に追いつき、二歩踏み出してあけびの横へ並び立つ。
「結局それしかないなら進むだけだろ」

 足早に去って行く仙寿の背中を見送ったあけびは、自室のただ中に佇んだまま首を傾げている。
「なにうろたえてたんだろ? まさか私のお風呂、心配してた?」
 子どもじゃないんだから、身のまわりのことくらいちゃんとするのに。
 思わず唇を尖らせかけて、あけびはふと表情を引き締めた。
 いけない。私は剣の先達なんだから。仙寿様を導いて、護らなくちゃいけないんだから。
 でも。
 あの夜――眠りに惑う仙寿が漏らした言葉が、まるで呪いのようにあけびを縛りつけてしまっている。
 あけびに導かれ、護られているガキだと語った仙寿は、たった数ヶ月でずいぶん大人びた。眼を研ぎ上げ、剣技を澄まし、ひとりの剣客としての完成形を成した。
「もう、導かれてるだけじゃないし、護られてるだけでもないし、ガキなんかじゃない、よね」
 あれ以来、仙寿の手に自らの手を重ねたことはなかったが……きっとあのときよりも強く、大きくなっているんじゃないかと思う。
 変わっちゃったよね仙寿様。いいことなんだって、思うんだけど。
 自分は仙寿の成長を歓迎していないのだ。まだ導かせてほしい。まだ護らせてほしい。そう願ってしまう。仙寿のことが、大切だから。
「勝手だね、私」
 お師匠様も私のことそんなふうに思ってたのかな。
 靄めいた記憶の向こうに佇む剣士の影を思い、あけびは息をついた。いや、まだ師匠の足元すら見えていない自分と仙寿では話がちがう。仙寿はすでに、すぐそこまで追いついてきている。このままでは程なく、並び立つどころか追い抜かれてしまいそうだ。
「もう少しゆっくりでいいのに」
 もう少しだけ、今のままでいいのに。
 かける先のない願いを押し詰めたあけびの心は、なおも揺れるばかりであった。


 静養する間も置かず、あけびは稽古を再開した。
 木刀を振り、師匠の軌跡をなぞっているときだけはすべてを忘れていられるから。たとえその後に重苦しい懊悩が押し寄せるのだとしても。
「……前よりも切れはあるけどな」
 道場の端に座し、あけびの型を見ていた仙寿がぽつり。
「そっか」
 あけびは木刀を収め、道場に一礼した。
 忘れているつもりでいたが、剣はごまかせない。屍国で成長した技ばかりは冴えていながら、心が伴わない剣は空ならぬ虚でしかないのだ。
「まあ、俺も同じだ」
 剣を振るう度、あの男の影が視界にはしる。
 どれほど迅く斬り込もうと切っ先は届かなくて、仙寿は早々に稽古を止めていた。このまま捕らわれていては、これからの自分を探るどころかこれまでの自分をも崩してしまう。それに。
 これ以上あの男に惑わされているのは腹立たしくもあった。今、あけびの前にいるのはあいつじゃない。俺なんだから。
「明日、出かけないか?」
「えっ?」
 あけびの口から思わぬ高い声が出た。仙寿様、いきなりなに!?
「気晴らしじゃないけど、俺もあけびもまだあの戦いが“抜けて”ないんだと思う。気持ちを切り替えるっていうか、リセットしたほうがいいだろ」
「あ、うん。そういうこと――そうだね。わかった。じゃあ、明日ね」
 かくて分かれたふたりだが、大変なのはその後だ。

 おまえ、俺といっしょに出かけるんだぞ!? なんだよ「そういうこと」って! そういうことがどういうことか、わかってないのかよ!? いや、そうでもどうでもない、ただ出かけようってだけの話だけどな!
 あっさりとうなずかれたことに動揺と妙な憤りを感じつつ、仙寿は隠し持っていたガイドブックを必死でめくる。
 家に仕える女中や道場の門下生へさりげなく――と、仙寿本人は思い込んでいる――聞き込みをし、女は壁や床が白い店へ連れて行くべきだとの情報を得ていた。しかし、条件に見合うような店はどこも恋人や女子の御用達で、仙寿がその空気に耐えられるものかどうか……あけびにあらぬ誤解を与えてしまうのではないかと、先回りの不安を感じずにいられなかった。
 できるかぎり落ち着いた、コーヒーが売りの、白い店。
「そんな店ねーよ!」
 最近努めて正している口調を思わず粗野に崩してしまいながら、仙寿は悩む。
 たった二歩踏み出すことがこれほどいろいろとアレだとは……このあたり、仙寿もまだまだ年相応ということだ。

 出かけるって、ふたりでってことだよね!? 仙寿様、「リセット」とかかるく言ってくれちゃったけど、それっていわゆる……だよ!? ああもう、そういうとこガキなんだから!
 焦茶色のマホガニーフレームにふわふわの羽毛布団を合わせたアンティークなベッドの上、あけびはわーっと広げた服を手に取っては投げ出しを繰り返す。
 出かけようと誘ってきた。でも、具体的にどこへ行くか知らせてくれなかったわけで、そうなるとどこへ行っても大丈夫なよう、チョイスを無難に留める必要がある。Tシャツとニットジャケット、ジーンズで大概の場所に行ける男子とはちがい、女子の服装はなにかと難しいのだ。
「うあー、結局いつもどおりにしてくのがいいのかな? ちょっと雰囲気変えて――って、意識してますって言ってるみたいだし!」
 こちらはこちらで、ある意味年相応なのだった。


 翌日。
「仙寿様、行こっか」
 門前で待つ仙寿に声をかけたあけびは。
 緋の矢絣に海老茶の行燈袴を合わせた、大正情緒溢れる女学生スタイルであった。
「柄がいつもとちがう」
「ブーツはいつものだけどね。どこに行くか教えてもらってなかったから、無難にまとめてみたんだけど……おかしいかな?」
 自分を見下ろし、くるくると回ってみるあけび。
 女ってどこに行くかで服も変わるのか……仙寿は女子の難しさを実感しつつ、かぶりを振った。
「似合ってる」
 さりげなく言ったつもりだった。
「似合ってる?」
 さりげなく聞き返したつもりだった。
「あ、ああ。ほんとに、似合ってる」
 おざなりに聞こえてしまっただろうかと、不安になった。
「う、うん。ありがと。うれしい」
 疑っているように感じさせてしまっただろうかと、不安になった。
「そうか――」
「――うん」
 なんともぎこちなく、ふたりは歩き出した。
 手が触れ合ってしまわないよう、一歩分の距離をあけて。


「渋い!」
 裏路地でひっそり営業している純喫茶店。
 床も客席のテーブルも黒檀。深赤の革を張ったソファとの相性は最高だ。
「仙寿様、こんな隠れ家みたいなとこ知ってたんだ」
 実は白い店探しに挫折した結果、なんとか見つけ出した店だったわけだが、これはあえて言わずにすませるべきだろう。
「入るのは俺も初めてだけどな」
 努めて平静を保ちつつ、仙寿はあけびに奥の席を勧めようとして、あっさり失敗した。
「上座はえらい人だよ」
 機先を制され、奥の席に座りかけた仙寿だったが……踏みとどまった。
「奥の席からのほうが入口、よく見えるだろ。そういうことだ」
 言いながらすでに後悔していた。男として、エスコートしてきた女子に上座を譲りたいだけだったのに。なんで俺は入口を見張りやすい席に座れとか言ってるんだよ!
「仙寿様、深いね」
 あけびはうなずいて奥の席に座る。
 確かにここからのほうが、入口から攻め込んできた敵に気づきやすい。
 納得はした。でも、どこかやるせない気もするのはどうしてだろう。
 いや。やるせない気になっているときじゃない。ここからはもう少し楽しい話をしなければ。
 ……四国での反省をやりとりしながらここまで来た。正直、あけびにはそれしか話題が思いつかなかったから。
 そういえば、あんまり仙寿様と向かい合っておしゃべりするって、ないよね。
 戦場では目線をいつも敵へ向けているから、互いの姿を内で確かめることはない。交わす言葉もまた同じで、敵に対するための指示であったり警告であったりだ。
 結局。話らしい話ができないまま、コーヒーをすする。
 マンデリンから立ちのぼる湯気の白が、あけびの鼻先をなぜる。黒々と艶めかしい香に、彼女はほうと息をついた。
「肩の力が抜けたな」
 仙寿はほろりと薄笑みをこぼした。その口元はすぐにカップの奥へ隠れてしまったが――あけびの鋭い眼は見逃さなかった。彼の笑みに、確かな気づかいと安心とが浮かんでいたことを。
 少しだけ、わかった。仙寿が心配してくれていたのだということを。
 いつの間にか、ほんとにガキじゃなくなっちゃったんだなぁ。
 あけびはなんとなく姿勢を正し、カップで自分の顔を隠す。もしかしたら少し赤くなってしまっているかもしれないから。
 一方、仙寿。
 今だって気持ちはバタバタしていて、落ち着いてなんかいない。でも、コーヒーを飲むあけびがすごく自然体で、昨日の稽古のときとはまるでちがって落ち着いていて、よかったと思えて……なんの気負いもなく、自分が一歩を踏み出しているような気がして。
 意外なほど気負いなく、笑ってしまった。
 勇気なんて出してる暇、ないじゃないか。あけびとこうして向き合うのも、踏み出して並ぼうとするのも。
 仙寿は笑みに染み出す苦いものを飲み下し、あけびにメニューを示した。
「せっかくだからなにか食うか」
「イチゴタルトはないみたいだけど?」
「あけびが好きなやつでいい」
「じゃあ仙寿様、タワークリームふわふわパンケーキね」
「この店になんでそんなのがあるんだよ!?」

 どこかへ忙しく向かうこともなく、ゆっくりと時間を過ごした。
 特になにか語るでもなく、眼を合わせるでもなく。ただ互いの存在を感じながら、時折なんでもない言葉を投げ合って。
「もしかしたら稽古のときのほうがしゃべってるかもな。……でも、なんだろうな。こういうのも悪くないっていうか。もっと間が持たないんじゃないかって思ってたから、余計に」
 思わず漏らした仙寿へ、あけびは笑みを投げて。
「私もそう思う。いいよね、ゆっくり時間が流れてくって感じで」
 その表情がやけに大人びて見えて、仙寿は焦る。
 追いついたと思ったらまた行っちまうのかよ。そこにいろよ。せめて俺が横に着くまで。
 仙寿の言葉に跳ねかけた心臓へ落ち着け落ち着けと言い聞かせながら、あけびはひきつりかけた笑みをゆっくりと傾けた。
 不意打ちやめてー! 向かい合うって怖いね! ゆっくりできないよね! いや、まあ、ゆっくりしてるけど、ね。だから仙寿様もゆっくりしてよ。もうちょっとでいいから。


 帰り道、ふたりは夕暮れの川辺を歩く。
「桜もこうなっちゃうとわかんないね!」
 仙寿の先を行くあけびが声をあげた。
 路に沿って植えられた、青葉が残るばかりの染井吉野。種も落とし終えた木々の連なりは、どこか物寂しく、それでいて清々としているように見えた。
 今まで心の端へと追いやっていたはずの思いが息を吹き返す。
 あの男とただ数合剣を交えた。その光景が、今このときを塗り潰して仙寿の心を塞ぐ。
「八重の蕾だって、言われたよ」
 ぽつり。つぶやいた仙寿へ、あけびは目を向けた。
「八重桜は染井吉野より咲くのが遅い。でもそれだけの意味じゃない。そんなこと、自分がいちばん思い知ってる」
 未熟ゆえに、蕾。
 あの散り桜のただ中で対したあけびの師匠という男は、仙寿の“丈”を見透かし、そう表現したのだろう。それが、あのときよりも成長した今だからこそ、思い知らされる。
「だから仙寿様は急いでるの?」
 あけびの言葉に顔を上げ、仙寿は苦笑した。
「今日はそんなこと考えてる余裕がなかった。そんな程度のことじゃないはずなんだけどな。いや、あけびがいたから、考えずにすんだ」
「そっか」
 仙寿の言葉に動揺することなく、あけびは返していた。
「ほんとはよくないのかもしれないけどな。でも今日立ち止まってみてわかった。急いでも早く着くわけじゃないんだって」
「そっか――」
 仙寿は自分の未熟をよしとせず、成長しようとあがいている。
 対してあけびは、そんな仙寿を導き、護る立場にしがみつきたくて、停滞を望んだ。
「――まだまだ未熟だね、仙寿様」
「ああ、まだまだだ。追いつきたかったんだけどな、あけびの背中に」
「追いつけないよ。仙寿様が進んだだけ私も進むんだから」
 自分は染井吉野だ。八重桜たる仙寿が花開こうとあがくなら、自分は散ることなく咲き続けよう。咲き方を示して導き、咲くときを見守ればいいのだ。同じ時に相咲くそのときまで。
 そう肚を据えた瞬間、ふと体が動いていた。
 後ろ歩きで一歩下がり、仙寿の横へと並んで。
「行こう」
 追いかけていたはずのあけびが、一歩下がって横にいる。追いかけることしか考えていなかった仙寿の虚を突いて、となりに。
 そうか。俺とあけびは、ふたりでひとりなんだ。気負うことも焦ることもなかった。そういうことか。
 仙寿は前を見据え、誰の背も見えぬ先へと踏み出した。
 その左掌に重ねられた、あけびの右掌のあたたかさを共連れて。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 17歳 / 守護刀を継ぐ少年】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 18歳 / 闇夜もいつか明ける】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて蕾は一歩を進み、桜は一歩を戻る。すべては相咲くがために。
   
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2017年08月30日

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