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『意気と粋 』
ウィンター ニックスaa1482hero002)&齶田 米衛門aa1482
「兄弟、飯は足りてるか?」
 下生えに覆われた黒土、その上に太くうねる木の根へ腰かけ、干した猪肉を食んでいたウィンター ニックスが問う。
「あんまり食うと後に障るッス。持ってくッスよ。途中で食えるように」
 応えるのは、向かいに座す齶田 米衛門。
「ふむ、長丁場になるか?」
 ウィンターがおもしろげに笑みを傾け。
「簡単に終わる気はないッス。そりゃ兄さんもだろ?」
 米衞門が生真面目にうなずいた。
「早くすませて肉でも焼きたいところだがな。そちらがその気なら俺も手は抜かんよ」
 ウィンターと米衞門は右拳をかるく突き合わせ。
「では兄弟、胸を貸そう! 全力でやろうではないか!」
「へば、遠慮なく借りるッスよ! ……そこまで兄さんが近づかせてくれるんなら、ッスね」
 ……ふたりは今、緑に覆われた山中深くにある。
 H.O.P.E.東京海上支部の練習場ではなくここを選んだのは、狩人たるウィンターと野生児たる米衞門、その身に蓄えてきたすべてをぶつけあうがため。
【鴉】小隊の前衛を張る米衞門と、そのさらなる力を求める声に応えてこの世界へ顕現し、第二英雄となったウィンターが、互いの力を全力で確かめ合うがためだ。
 と。
 ウィンターの手に、魔法さながらの鮮やかさで弓が現われた。AGWならぬコンポジットボウにつがえられた矢は、先をゴムで固めた模擬戦仕様である。
「ふっ」
 右手の人差し指と中指との間に挟んだ一の矢が米衞門の鼻へ飛ぶ。
「!」
 初手から嫌なところを突かれた。弾けば視界が塞がるし、大きく避ければ視界がブレる。どちらにせよ今まで見えていた場所に死角が生じ、ウィンターの中指と薬指、薬指と小指の間に挟まれた二の矢、三の矢を射込まれる隙と化す。
 まだッスよ!
 米衞門の体が稲妻のごとくに閃いた。
 截拳道。それは名優にして稀代の拳法家であったブルース・リーが編み出した拳法であり、その名の「截」とは断つ、防ぐ、遮るの意を持つ。鋭い連撃ばかりに目を取られがちだが、教えの根底にあるのは「守り」なのである。
 一の矢をサイドステップでかわし、二の矢を左手で払い、三の矢を右拳で叩き落とす米衞門。
 だが。それを最後まで見届けることなく、ウィンターは木々の影にその身を躍り込ませていた。
 最初からそのつもりだったのだ。矢を使って米衞門の足を止め、その隙に距離を取って潜むための。
「……さすが、頭の巡りは兄さんが上ッス」
 息を絞って物陰へ身を潜め、米衞門もまたコンポジットボウを手に取る。
 得物は同じ。
 あとはどちらがどちらの獲物となるか、勝負だ。


 木陰から気配を窺っていたウィンターが、拡げていた感覚を一度自らの内へ戻して胸中で独り言ちる。
 においがしない。飯を持っていくと言ったのはやはりブラフか、兄弟。
 狩人は五感をもって獲物を捕らえ、射る。そのもっともたる感はにおいだ。隠しようのある姿や音とちがい、生きている以上はかならずその身よりにおいを放つ。そしてそれよりもにおうのは、煮炊きされた食料だ。この場にあるはずのないにおいは、これ以上ない標となるのだ。
 もとより待ち伏せ続ける気はないが……手練手管は俺が上だ。先の先を取る。
 ウィンターは意を決して潜伏先から踏み出した。視界の半ばが木々に遮られている今、次に頼るべき感は聴。そして獲物たる身分が残す“跡”。せいぜい惑わせてやろうか。

 深い下生えの隙間に見つけた獣道を慎重にたどり、米衞門はウィンターを追っていた。
 仲間を、友を、人を守る。それだけを思い、戦場に立ち続けてきて……一度折れた。しかし志は彼を再び立ち上がらせ、戦えと促したのだ。
 二度と折れない。
 二度とあきらめない。
 その覚悟、兄となったウィンターに見せる。
 その覚悟、ウィンターへ預ける資格があることを示す。
 だから考えろ。兄さんがなにを考えるか。兄さんならなにをしてくるか。いや、オイの小賢しさなんぞ、兄さんには届かん。だから。
 考えるな。
 感じろ。
 右手に持つ矢は一本のみ。ウィンターのような速射はできずとも、米衞門はマタギだ。放つべき一射を過ちはしない。
 先を取りたくて焦っちゃダメだ。いたず(熊)を射るときを思い出せ。ぶっぱ(射撃地点)決めて、いたずの動きに合わせるんだ。オイが取るのは後の先だ。
 ふと地を探っていた米衞門の目が止まった。
 下生えの奥、踏み折られた草……この足幅は、獣のものではありえない。
 においはしない。それほど甘い相手ではないことは十二分に知っているから、それはいい。問題は、熟練の狩人たるウィンターが、マタギたる米衞門にとってこれほどわかりやすい、有り体に言えばあからさまな痕跡を残した理由だ。
 罠、だべな。
 ひゅう。低い風切り音が迫る。
 米衞門はとっさに放った蹴りでこれを打ち落とし、悔いた。
 矢が遅い!
 目に頼るより耳に頼ってしまったのが災いした。風切り音の鈍さはすなわち矢の速度の遅さ。ウィンターが放った矢ではなく、トラップとしてしかけられた即席の射出機からのものだ。
 どこから来る!? どう重ねてくる!?
 ぞくり。頭頂にはしる寒気。
 見上げず、米衞門は地に背を投げ出した。視界の真ん中を貫く矢。音がしない。これはごく低い場所から落とされただけの矢だ。
 横へ転がりながら気配を探る。虚の矢は最低限の対処で落とす。その奥から狙い澄ましてる実の矢を感じ取れ。かならず来る、オイの命を獲る一本が。
 空気を裂いて飛び来る二本の矢。迅さは本物だが、実じゃない。むしろ――オイの動く先を誘導する矢だ!
 転がりながら体をねじり、あえて一本の矢の軌道に体を晒す。そして。
 米衞門はここまでの間に用意してきた弓を射た。
 パジン! ゴムがゴムを弾く濁った音が響き。米衞門の矢が上へ、射落とされたウィンターの矢が下へ、それぞれ吹き飛んだ。

 うむ、矢頭がゴムじゃなきゃすり抜けられた。が、あの姿勢から当ててくるとはやるな、兄弟。
 下生えと木の根が絡み合って織り成す陰から半眼をのぞかせたウィンターが胸中で笑む。本来であれば移動すべきときだったが、この距離では体が押し割った空気の逆巻きで居所が知れる。それに。
 今動かなければならない理由はない。
 先の矢が射落とされたそのとき、上に向かってウィンターは矢を放っていた。
 矢を射るとは、全身あるいは体のある程度以上を固定することになる。しかも無理な姿勢から矢を射た米衞門は体の均衡を崩し、今なお硬直状態にあるのだ。ゆえにこんな単純な手が効く。

 充分な高さまで昇り、そこから弧を描いて降り落ちた矢は、米衞門の正中線――体の中心線を捕らえていた。目、腕、脚、すべての動作の起点が左右に分かれた生物は、ど真ん中を突かれることに弱い。右によけるか左によけるかの判断、それ以前の反射が封じられるからだ。
 考えるな! 感じろ! 感じろ! 感じろ!
 米衞門は右も左も選ぶことなく、上へ右脚を蹴り上げて後ろへ回る。
 つま先で矢を蹴り払いながら、起き上がったときにはすでに弓を構えていた。
 その眼前に。
 実の矢が在った。

 兄弟ならそう来ると思ってたさ。まあ、どこによけても同じことだがな。
 一矢を射終えたウィンターは体内にわだかまる息を吹き出した。
 動きをコントロールすると見せかけたのはブラフ。本命は、そのブラフにかからぬために行動せざるをえない米衞門の動きを見定め、その一挙動の終わりに置く不可避の矢だ。
 この勝負は俺がもらった。兄弟が俺になにを示したかったのかはおおよそわかっちゃいるが、俺は俺で、示しておかなきゃならんことがあるのさ。
「俺がどれだけおまえを気に入ってるか、いっしょにぶちかましてやりたいか――そう言ってやれる力が俺にはあるんだってことをな。米衞門」
 ささやきよりも細い言の葉。
 対して米衞門は口の端を吊り上げ。
「ありがとう、兄さん」
 ――なに!?
 実の矢が、宙に止まった。

 兄さんなら、オイのど真ん中、狙ってくれるって思ってたッスよ。
 ウィンターの矢の先に射込んだ矢を見やり、米衞門は笑む。
 熟練の狩人が自らの射に意を込めることはない。
 しかし。この生命にぎわう山中にあって、“無”はあまりに異質だ。獣であれば気づくまいが、米衞門は“無”を体現するマタギ。その異質さを嗅ぎ取ることは容易い。
 そして。この距離なら外さない。
 零距離から矢頭の芯を射貫き、停止させた。
 射込んだウィンターには見えていまい。だが、射込まれた米衞門には、ウインターのいる先が見える。
 後の先、取らせてもらうッスよ!
 拮抗していた二本の矢が押し合う力に耐えきれず、折れ砕けた。
 飛び散る欠片を貫き、米衞門の実の矢が飛ぶ。
 ウィンターはわずかに体内へ残されていた息を吹き、その流れに導かれるまま前へ倒れ込んだ。前転。
 狩人が獲物と顔を合わせる――うむ。どうなるにせよ、これが最後の機ってやつだ。米衞門!
 矢をくぐられたときには、米衞門もまた前へ踏み出していた。
 膝を狙ったウィンターの矢を跳び越え、着地した足を強く踏みつけて反動を溜め、さらに跳んでウィンターへ迫る。
「おう!」
 回転を踏み止めたウィンターが吼え、同時につがえた三本の矢を射放した。急場とは思えぬしっかりと体を据えた射撃姿勢が、三本すべてに実を与え、米衞門の踏み込む先を塞ぐ。
 だめだ兄さん、こごはオイの間合だんで!
 矢を取った右の裏拳で真ん中の矢を弾き、ウィンターが膝をついているゆえに横を向いた弓をそのまま右足で踏み抜き、地へ叩きつけた。
「兄さん」
「うむ」
 弓を失ったウィンターは立ち上がり。両手を持ち上げて。
「俺の負けだ。……見せてもらったぞ、兄弟の心の強さをな」


 最初の場所へ戻り、ふたりは山火事にならぬよう、慎重に火をおこす。
「ふむ、先に血抜きをしておいてよかった。うまく抜けている」
 勝負が始まったころに仕留めておいたらしい兎の肉を炙りつつ、ウィンターがうなずいた。
「兄さん。兎の血、なして使わながったッスか?」
 血のにおいは強い。ウィンターならいくらでもトラップとして使えたはずだ。それを、なぜ?
「兄弟とふたりで、互いの全部を出してやり合おうっていうんだ。こうしていただく命を利用するのは無粋だろうよ」
 なんでもない顔で、塩梅よく焼けた兎脚を差し出すウィンター。
 米衞門は苦笑する。
 なんでもありの勝負だば、届がながったがもしれねぁ。
 そんなことを思いながら肉を受け取り、塩を振ってかぶりつく。
 しっかりと血抜きされた肉は甘く、だからこそ、ほろりと苦く感じられた。
 オイはまだまだ強ぐならねば。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ウィンター ニックス(aa1482hero002) / 男性 / 27歳 / エージェント】
【齶田 米衛門(aa1482) / 男性 / 21歳 / 農作物の従魔被害対策の会】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 弟たる者は意気を見せ、兄たる者は粋を見せた。互いを信じればこそ、己を晒すがために。
   
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2017年08月29日

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