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『新たな土地で 』
ネフィルト・ジェイダーka6838


 某日、快晴。


 窓を開けたネフィルト・ジェイダー(ka6838)は、空を仰ぎうんと伸びをした。
 カーネリアンを思わす赤茶色のクセっ毛を掻き上げると、額に小さなツノが覗く。

「んんー良い天気じゃ! 所変われば、空の青さも違って見えるのぅ」

 彼は故郷を離れ、この土地へ来たばかり。目にする何もかもが新鮮で眩く見える。風にも異郷の花の香が混じっていて、好奇心を擽った。

「今日は絶好の散歩日和であるのー。こうしてはおれん、善は急げじゃ。ここは早う出かけねば」

 散歩を兼ねて近隣を見て回り、周辺への理解を深めるのもいいだろう。そう考えたネフィルトは、いそいそと戸口を出た。
 が、三歩踏み出し急いで戻る。

「おっといかん、帽子帽子」

 キャスケットをぽんっと頭に乗せた。そしてポケットに気に入りの菓子がたんと詰まっているのを確認すると、

「では、改めて」

 わくわくと瞳を輝かせ歩き始めた。




 ほどなくして、商店が並ぶ通りにやってきた。
 ハンターの依頼で使う物は大体ギルドショップで揃うが、生活に必要な物となると別だ。これからこの商店街にお世話になることもあるだろう。そう思い、一軒一軒覗きながら歩く。

「良いお天気ですねぇ」
「まったくじゃ」
「兄さん見ない顔だね。旅の人かい?」
「いや、最近近くに越して来ての。ネフィルトじゃ、よしなに頼むのー」

 柔和な面差しの彼は話しかけやすいのか、店の者達が次々に声をかけてくる。無意識に帽子を被り直して足を止めれば、

「果物はうちで買うといいわ、野菜なら斜向かいね」
「うむ、棚の物みな良い色艶じゃのぅ。あ、ここらに甘い物を扱う店はあるかえ?」
「甘い物? もう少し進んだ右手にあるわよ」
「金物が必要ならうちに寄っとくれよ!」

 なんて、店そっちのけで喋り込む。その勢いに少々気圧されつつも、にこにこ話しかけてくる商人達に、彼の顔にも自然と笑みが零れた。


 その時だ。


 商店街を一陣の強風が吹き抜けた。女性達は急いで髪やスカートを押さえる。ネフィルトも帽子を押さえようと頭に手をやったが――僅かに遅く、帽子は風に攫われ飛び去った!

「ああああ!? 待つのじゃ我の帽子ー!!!」
「あら大変っ」

 帽子は通りの奥へ飛んでいく。ネフィルトは挨拶もそこそこに、帽子を追って走り出した。

「待つのじゃー!」

 すると今辞して来た果物屋の店主が、少し先にいた雑貨屋の店員に叫ぶ。

「ねぇ、その帽子つかまえて頂戴!」
「これかしら?」

 店員は地に落ちそうだった帽子に手を伸ばしたが、帽子は再びの風に攫われ宙へ。追いついてきたネフィルトを、店員は申し訳なさそうに仰ぐ。

「ごめんね、つかまえられなくて。頑張って『おにいさん』!」
「――!」

 一瞬、『おにいさん』が『鬼さん』に聞こえ、ネフィルトは慌てて額に手をやった。
 風で髪が乱れ、いつもなら髪の下に隠れているツノがあらわになってしまっている!
 慌てて額を押さえ、帽子を追いつつちらりと店員を振り返る。けれど彼女の顔に怯えなどはなく、むしろ「しっかりね!」と励まされた。

(ツノに気付かなかったのか? いや、見えたはずじゃ。なのに――)

 考えているそばから、再び彼女の声が響く。

「魚屋のおじさーん、その帽子つかまえてー!」

 それを聞き、帽子の行く手にいた魚屋の親父が身構える。けれど帽子はするりと空へ。
 追いついてきたネフィルトに、

「悪ぃなぁ兄ちゃん。ほれ、髪型なんぞ気にせず走んなっ!」
「あ、ああ」
「おーい花屋の若旦那、その帽子つかまえてくれー!」
「うわーごめん! 間に合わなかった!」
「良いのじゃ、むしろすまんのぅ」
「頑張ってください! あ、工房の姐さーん! 帽子が行きます、つかまえてー!」
「任せな! ……ああチクショウ! すまないねぇ」
「良いのじゃ、良いのじゃ」

 地域の結束を感じさせる商人達の連携プレーに、そのあとを追い走るネフィルト。
 いつしか商人達ばかりか、通りがかりの客達までもが彼を応援しだす。

「頑張ってー!」
「ファイトーっ」

 道の両側から見知らぬ人々に歓声を送られ、ネフィルトは目を白黒。

「こ、これは一体どういう状況じゃ?」

 もしリアルブルー出身者がこの光景を見たら、既視感を覚えたことだろう。
 さながら駅伝ランナーと、沿道の観客のようだと。

(何が何だかよく分からぬが、周りの好意には応えねばのっ)

 そう決意したネフィルト、ツノも裾の乱れも気にせず走る! 走る!

「頑張れよ兄ちゃん!」
「うむ!」

 声援に、力強く拳を掲げて見せた。



 だが商人達の連携も、彼の猛追も及ばず。悪戯な風は、帽子を通りの端まで連れ去ってしまった。
 通りの突き当りには小さな公園があり、帽子はその中へ入っていく。

「はぁっ、はぁ……帽子め、こんな所まで……」

 ツノを持つ自分が入っては、中で遊ぶ子らを怖がらせてしまうのではないか。そう考え入るのを躊躇っていると、

「あ、みて。ぼーし!」
「ひーろった! オイ、誰のだー?」

 子供達の声が聞こえてくる。
 そちらの方に目をやると、帽子を握りしめた少年とばっちり目が合ってしまった。少年はネフィルトをびしっと指さす。

「あーっ!」
「!」

 咄嗟に隠れようとするも時既に遅し。少年はガシッとネフィルトの服を掴んだ。

「コレ鬼さんのかー? えんりょしねーで取りにくりゃーいいのに」

 何だかこまっしゃくれた物言いだが、ネフィルトが驚いたのはそこではない。
 この少年は自分の事を『鬼』だと認識しているのに、気にする素振りが全くないのだ。
 たじろぎながらも、少年と視線を合わすようしゃがみ込み、こくこく頷く。

「そ、そうじゃ。拾ってくれてありがとのぅ」

 少年はにっと笑って、帽子を握った手を突き出してくる。
 すると、別の子らも駆けてきた。

「だめよぅ、そんならんぼうな渡し方しちゃー」

 おませな少女は少年から帽子を受け取ると、爪先立ちになって頭に被せてくれた。
 その少女の耳はツンと尖っている。エルフのようだ。よく見れば、先程の少年は歳の割に背が低いものの、骨太な身体つきをしている。ドワーフの血が混ざっているのかもしれない。
 そんな彼らが分け隔てなく遊んでいることに、ネフィルトは不思議な心持ちがした。その上、鬼族の特徴であるツノを持つ自分に、こうも普通に接してくれる。
 しみじみと子らを眺めていると、別の子供に袖を引かれた。

「ね、あそぼ!」
「んん?」
「あそぼ、あそぼ!」
「おにーちゃん走るのとくい? オニごっこしよ!」

 無邪気な顔でねだられては、否とは言えない。帽子を拾ってもらった恩もある。ネフィルトは袖をまくると、

「よーし、ではやるかの! 我がオニじゃ、皆逃げるが良いぞっ!」

 がおーっと両手を掲げて見せる。子らはきゃっきゃと声をあげ散っていく。

「我から逃げられると思うてかー!?」
「やだやだー!」
「あ、木に登るのは反則じゃぞー!」
「ここまでおーいでー」

 最初は手加減してやるかと思っていたが、幼い子らは思いのほかすばしっこく、彼が入っていけない遊具の隙間や灌木の中へ逃げ込んでしまう。
 途中からムキになって追いかけまわし、ようやく全員つかまえた頃には、陽が西に傾き始めていた。



「も、もう勘弁して欲しいのじゃ」
「えー?」
「菓子があるぞ、食べぬか?」

 疲れ切ったネフィルトの提案に、子らは諸手を挙げて大喝采。木陰のベンチに座り、ネフィルトが持参した菓子を皆で頬張った。木陰の風が汗ばんだ肌を撫でていく。

「にーちゃんのポッケ、どんだけ菓子入ってんだよー」
「ふふ、秘密じゃ」

 答えて帽子に手をやると、走り回ったせいで帽子がずれ、ツノが見えてしまっていたことに気付く。そそくさと直す彼を、子らは不思議そうに見上げた。

「何でツノしまっちゃうのー?」
「まぁるくてかわいいのに」
「可愛いじゃと?」

 思わず噎せかけたネフィルトは、そこでようやく気になっていたことを口にする。

「商店街の者達もそうじゃが、ここでは誰もこの姿を咎めぬのぅ。鬼の我が怖くはないのかえ?」

 おずおずと切り出したネフィルトだったが、子らの答えはあっけらかんとしたものだった。

「ぜーんぜん?」
「は、」

 思わず目を丸くした彼に、子らは更に続けて言う。

「こないだも、商店街のまつりの手伝いに来てくれたハンターさんに、鬼さんいたよなー?」
「そうそう、力もちだし優しかった!」
「迷子のペット探してくれたりもしたよね」

 子らは今までに自分が会った鬼の話を口々に話してくれた。話す時の楽しそうな顔と言ったらない。
 ネフィルトはふと両親の顔を思い出した。ツノを持たぬ両親が、ツノを持って産まれた自分をどんな顔で見ていたか――物思いに沈みかけ、軽く頭を振った。そして、種族の壁という概念すら持たぬのだろう子らへ、今日一番の笑みで頷きかける。

「そうか。……よぅし、陽が沈むまでまだあるのっ! 今度はかくれんぼでもするかえ?」
「やったー! じゃあ鬼さんがオニねっ」
「また我か」
「トーゼンッ」
「にげろー!」


 身体は疲れ果てているのに、心は温かく軽やかだ。
 そうして陽が暮れてしまうまで、全力で遊び倒したのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6838/ネフィルト・ジェイダー/男性/17歳/舞刀士(ソードダンサー)】
【ゲストNPC/近所の商店街の人々や、公園で遊んでいた子供達】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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新たな土地で、新たな生活を始めたばかりのネフィルトさんの物語、お届けします。
初めてお預かりするPC様で、その上新たな生活を始めようという大事な一場面を書かせていただく事になり、何とか良いスタートをと試行錯誤しました。お時間頂き申し訳ありません。
髪色の比喩に用いたカーネリアンには、『未来を創造する』といった意味があるそうです。
ネフィルトさんのこれからのハンター生活が、素敵なものになりますように。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2017年08月30日

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