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『呪いの帰還』
イアル・ミラール7523


 教員の不祥事が後を絶たない。まったくもって嘆かわしい話ではある。
 ストレスの多い仕事であるのは間違いないが、それを言い訳にしているようでは同情の余地もないというものだ。
 もっとも、教員1人1人のメンタルケアを、おろそかにしてはならないのも確かである。
 私が学園長として、肝に銘じておかなければならない事の1つだ。
 響カスミの無断欠勤が、続いている。連絡もつかない。
 ただ怠けて休むような女性ではない事は、私もよく知っている。
 それは生徒たちも同様で、男子も女子も「カスミちゃん? どうせまた何か変な事に巻き込まれちゃってんだよ。そのうち戻って来るから平気平気」などという調子の者が大半であった。
 響カスミが教諭として、生徒に親しまれているのは事実だが、軽んじられているのも間違いない。
 まったく最近の学生は小中高を問わず、教師に敬意を払うという事を知らな過ぎる。師を敬う気持ちを、母親の胎内に置き忘れてしまったのではないかと思えるほどだ。
 教員たちがストレスで心を病み、不祥事を起こしてしまうのも、ある程度は仕方がない。
 私がしている事など、不祥事とも呼べないものだ。誰かに迷惑をかけているわけでもない。
 それをしている時の私を見た人は、不快な思いをするだろう。不快という迷惑を被るだろう。
 だから、それは私の密やかな楽しみだった。誰かに見せるわけにはいかない。
 しかし、誰かに見せたい。
 その思いを抑えきれず1度だけ、動画を投稿してしまった事がある。
 すぐに削除した。見た人間など、誰もいないはずだ。
 それはともかく私は今、帰宅を妨げられていた。
「だ……誰だね、君は」
 行きつけの店で、いささか飲み過ぎた直後である。
 人気のない路地裏を通って駅の方へと出ようとした私の眼前に、ほっそりとした小柄な人影が、いつの間にか佇んでいた。
 いわゆるコスプレ、であろうか。レオタードのような衣装を全身にぴったりと貼り付け、その上からマントなど羽織っている。
 少女だった。高校生か、中学生か、長身の小学生か。
 何にせよ、このような時間帯、このような場所を歩いていて良いわけがない女の子だ。
 家に帰りなさい、と私は言おうとした。
 家出かもしれない、と続いて私は思った。それならば警察へ連れて行くべきなのか。
「最悪でも減給処分」
 少女が、謎めいた事を言う。
「何ヶ月かの間だけ、ね」
「何を……君は、言っている……?」
「響カスミ先生の処遇」
「……何だ、君は響先生の教え子か」
 つまりは、神聖都学園の生徒であるという事だ。
「ならばなおの事、見逃すわけにはいかん。さあ家に帰りなさい。家出なら……悩み事を、聞いてあげよう」
「悩み事と言うか、気になる事はある。響先生が、ちゃんと仕事に戻れるかどうか」
「何とも言えんよ。本人と連絡がつかんのだから」
 捜索願は当然、出ている。警察も動いてくれているはずだ。
「響先生は帰って来ているよ。明日、学校へ謝罪の挨拶に出向くと思う」
 少女が、にわかには信じ難い事を言っている。
「別にサボってたわけじゃなく、石になったり獣になったりしていただけだから……快く許して、復職させてあげて欲しいの」
「……仮に君の言う通りだとしてもだ。響先生に関しては、私の一存では決められん。他の教員の手前も」
 そこで私の言葉は止まった。声帯が凍りついた。
 スマートフォンと思われる小型の端末機を、少女は掲げている。
 そこに、おぞましいものが映っている。
 おぞましい、と思いつつも止める事の出来ない行為に没頭している、私の姿が。
「何故……どうして……」
 息を詰まらせながら、私は辛うじて声を発した。
「削除……した、はず……なのに……」
「1度ネットの海に放流されてしまったものを、完全に消し去る事なんて出来はしないよ。私たちIO2なら、そんなものはいくらでも拾える」
 どうやらIO2関係者であるらしい少女が、小さく溜め息をついた。
「ネットリテラシーとか……神聖都学園では、ちゃんと教えているのかな?」


 響カスミの復職は、あっさり認められた。
「良かったわね、カスミ」
「ええ……一緒に来てくれてありがとうね、イアル」
 歩きながらカスミがしかし、いくらか釈然としない様子を見せている。
 神聖都学園からの帰り道。閑静な住宅街を、カスミのマンションへと向かって2人で歩いている。
 教職への復帰は明日からで、今日はこのまま途中のコンビニで何か買い込んで祝杯をあげようというところだ。
 歩きながら、カスミは言った。
「学園長先生……何だか、様子が変だったわ」
「確かに……」
 響カスミの復職は、あらかじめ用意されていた答えであるかのようだった。
 淡々と、そう見えてオドオドと落ち着きなく、その答えを口にする学園長の様子を思い出し、イアルは推測・断定した。
「あれは……誰かに、弱みを握られているわね」
「弱み……」
 カスミには、何か心当たりがあるようだった。
「学園長先生の……女装趣味の事なら、みんな知っているのに」
「何だ、そうだったの」
 細い全身にピッタリと戦闘服を貼り付けた少女が、2人の近くで塀にもたれていた。
「本人は、誰にも知られていないつもりだったようだけど」
「……そう、IO2が手を回してくれたのね」
 立ち止まり、イアルは言った。カスミも言った。
「茂枝さん、貴女……学園長先生に、何か手荒な事はしてないでしょうね?」
「暴力は振るっていないよ。精神的ダメージは与えてしまったみたいだけど」
「……私の復職に力を尽くしてくれてありがとう。だけど」
「別に感謝をされたいわけじゃないよ。それよりイアル……感謝は、私たちがしなきゃいけないね」
 茂枝萌が、微笑んだ。
「『誰もいない街』を消滅させて、彼女をこちらの世界に落ち着かせた……今まで大勢のIO2エージェントが命がけで取り組んで果たせなかった事を、イアルときたら1人でやり遂げてくれて」
「……あの子の意思よ。私は、何もしていないわ」
「自分で何もしていない、つもりの貴女がね。彼女に、私に、そこの響カスミ先生に、あまつさえ虚無の境界にまで、一体どれほどの影響を……」
 萌が、苦しそうにしている。
 その苦しみを自分も知っている、とイアルは直感した。
 体内が……各種臓器が、呼吸器官が、石化してゆく。その苦しみだ。
「萌、貴女は……!」
「ねえイアル……IO2エージェントとして、本格的にやってゆく……つもりは、ない? 私と一緒に……」
 言葉と共に、萌は石像と化していた。


 自分がどれほどの期間、石に変わっていたのかは、わからない。
 その間どうやら魔女結社の残党に預けられていたと言うから、茂枝萌としては気が気ではなかった。
 石化した自分の身体に、どんなおぞましい実験を施されるものやら、わかったものではないからだ。
 幸い何もされぬうちに、イアルが元に戻してくれたようである。
 元に戻ったはずの自分の身体がしかし時折、こうして突発的に石化する。
 その原因を突き止め、対策を講じてくれたのも、魔女結社の残党であるらしい。
「私たちに足を向けては寝られない、なぁんて思ってくれなくてもいいからね」
 マリンスポーツ専門店の女店主が、そんな事を言っている。
 萌は睨み、言葉を返した。
「せいぜい、世のため人のためになる事をしてなさい。そうすれば……IO2の魔女結社殲滅作戦、もうしばらくの間は先延ばしにしておけるかも知れないから」
「期待しないでおくよ。で……見ての通りのイアル・ミラールを、どうすれば元に戻せるかという話なんだけど」
 店舗の地下室。
 生き残りの魔女たちが、少し前まではここで様々な研究・実験に勤しんでおり、その大半がIO2としても看過しておけぬものであった。最近は、それほどでもないようだ。
 とにかくイアル・ミラールが、石像と化している。萌と入れ替わったかのように。
「何かと言うと石になってしまう……イアルの、体質と言うか宿命と言うか」
 響カスミが、悲しそうな声を発した。
「それはもう、改善しようがないんですか?」
「残念ながら」
 魔女結社の残党の中では一番の大物である女店主が、重々しく頷く。
「で、そんなイアル・ミラールの身体から搾り取ったもの……IO2のビルトカッツェ、お前はさんざん飲んだり浴びたりしたんだろう? それがね、お前の体内に残っていたのさ」
 萌の体内に残ったものを今、イアル・ミラールに返したところである。魔女の、転移魔法によってだ。
 結果、萌を呪縛していた石化が、そのままイアルに移行した。
 残る問題はただ1つ、イアルを元に戻す事であるが、その方法はもはや魔女の説明を聞くまでもない、と萌は思う。
 イアルの身体に、ただ1カ所だけ、石化していない部分があるからだ。
 生身のものが、隆々と屹立している。
「人体の中で、体液を噴射する機能が最も強い器官……女には無いんだけどね、普通は」
 言いつつ魔女が、萌とカスミに背を向ける。
「そこからね、石化成分を体外へ噴出させてしまえばいい。具体的にどうやるのかは、まあ……自分たちで考えてごらん」
 女店主が、地下室から出て行った。
 一部分を除いて完全石化したイアルと一緒に、萌とカスミは放置されてしまった。
「……………………一緒に、やりましょうか? 茂枝さん」
 カスミが、俯き加減に微笑んだ。
「イアルを……私、本当は独り占めしたいの。だけど……そんな事で貴女と喧嘩したら、イアルきっと悲しむから……」
「……一緒に、何を……やるの?」
 萌は問いかけた。
「私、わからない……」
「本当? 本当にわからないの? あらそう。じゃあ私1人でやるから見ていなさいね」
 まるでサキュバスのような笑みを浮かべながらカスミが、その嫋やかな繊手を、イアルの生身の部分に触れてゆく。
 淫靡なほどに美しい五指が、おぞましく屹立したものを優しく撫でる。
「私、イアルを……ふふっ。独り占め、しちゃうわよ?」
「させない……っ!」
 屹立したものの先端に、萌はしゃぶりついていった。


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA019/茂枝・萌/女/14歳/IO2エージェント NINJA】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/神聖都学園の音楽教師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年08月31日

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