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『おとなの夏休み 』
志鷹 都ka1140

 夏バテ、というほどのことでもないのだが、心身ともに疲れているのを感じていた。妻のその変化を敏感に感じ取り、夫は一日、彼女に夏休みをくれた。
 志鷹 都の、おとなの夏休みの一日が、こうして始まった。



 磨き上げられたような、空の青さはつまり、暑さを象徴してもいた。白い日傘の陰にあっても、都の背中はじわりと汗を帯びる。そんな中、夏らしい単の着物姿で都が向かっているのは、喫茶店であった。そこは都の、秘密の場所。リゼリオにやってきた二年前、街を散策していたときに偶然見つけたのだ。レトロな外観と内装が作り出す心地よい空間と、美味しい食事が気に入っていた。
 喫茶店にしては重い、しっかりしたつくりの扉を開くと、店主が上品な微笑みで出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。暑い中をありがとうございます、都さん」
「こんにちは、マスター。本当に、毎日暑いですね。久しぶりに、ゆっくりさせていただこうと思って」
「ええ、ぜひ。暑い日にぴったりの、つめたい飲み物をご用意いたしましょう。どうぞ、奥へ。いつものお席、空いてございますよ」
「ありがとうございます」
 都が店主に会釈をして、店の奥へと足を踏み出すと、その足にすらりと身を寄せるものがあった。一匹の、猫。この店の看板猫だ。
「あら、こんにちは。おもてなし上手ね、相変わらず」
 にゃあ、と小さく鳴いて都を歓迎してくれる猫に微笑みかけ、都はまず店内の壁にしつらえられた本棚へと向かった。この店にはたくさんの書籍が置いてあり、自由に読むことができるのである。店主が厳選した、さまざまな種類の書籍の背表紙がどれも誇らしげに並んで都を誘っていた。都は本が好きだ。幼いころ、よく父が読んで聞かせてくれた。
「さて、どれにしようかな?」
 猫に語りかけながら、本を選ぶ。この本たちが、下手に凝ったインテリアを置くよりも何倍もこの空間を心地よくしてくれる、と都は感じていた。
 数ある書籍の中から、都は「夏の旅」をテーマに編まれた短編集を手に取った。テーブルの上に木漏れ日が散る、窓辺の席に腰を落ち着ける。ここは都のお気に入りの席だ。改めてぐるりと静かな店内を見回す。静かなのもそのはずで、客は今、都ただひとりだった。
「ご注文は、いかがいたしますか」
 絶妙なタイミングで、店主がやってきた。
「暑い日にぴったりの、飲み物があると仰いましたよね。それをお願いします」
「ハーブティーですが、よろしいですか? ハイビスカスをベースにしたものですが」
「はい、結構です。何か、それに合うケーキもお願いします」
「かしこまりました」
 店主はうやうやしく一礼をして去った。代わりに、というように、猫が都の隣にぴたりと寄り添う。都はふふふ、と笑って猫の背を撫でた。
 ハーブティーとケーキはほどなくして運ばれてきた。大きめのグラスにたっぷり入ったハーブティーは赤く透き通っていて、ハーブティーの中を泳ぐ氷もまるでルビーのように輝いていた。溶けても薄くなってしまわないよう、氷もハーブティーでつくられているようだ。ケーキはオレンジピールの練りこまれたパウンドケーキ。もったりと泡立てられたなめらかなホイップクリームと、ミントの葉が添えられていた。
「ハイビスカスティーには、お好みでこちらをどうぞ」
 店主が、小さなポットをグラスの隣に置いた。中に入っているのは、蜂蜜だ。
「ガムシロップを入れるよりも断然、蜂蜜がいいのです、つめたいハイビスカスティーには」
「マスターがそう言うなら間違いないですね。とっても美味しそう、楽しみです」
「どうぞ、ごゆっくり」
 都は、まずハイビスカスティーをストレートのまま、ひとくち飲んだ。少し酸味のある、さわやかな味。ハイビスカスをベースに、紅茶も少しブレンドしてあるように感じた。このままでも充分に美味しい、と思いながら、ポットの蜂蜜をとろりとそそぐ。ストローでゆっくりかき混ぜてから、もう一度飲むと。
「美味しい……!」
 都は、思わず口に出してしまった。深みのある甘さが加わって、ごくごく飲み干してしまいたくなる、まさに暑い日にぴったりの飲み物に変身したのである。
「本当に、美味しい」
 都が感心してつぶやくと、傍らの猫が得意げに、にゃあ、と鳴いた。



 都はハーブティーを飲み、ケーキを食べ、猫の背を撫で、しばらくゆったりと読書を楽しんだ。たまっていた疲れが、ゆるゆると溶け出してゆくような、そんな感覚を味わいながら。嫌なことや悲しいことがあったときも、寂しくなったときも、心に曇りがでてしまったときも……、ここはいつも、温かく都を迎え入れ、まるで頭を撫でてくれるように包み込んでくれる。
 猫が、ふわわわ、とあくびをした。
「退屈になった?」
 都は微笑みつつ、本を閉じて猫を膝の上へ抱き上げた。にゃあ、と猫は短く鳴いて、おとなしく都に抱かれている。
「何も話さなくてもわかってくれるみたいね、あなたは。私が、何を望んでいるか」
 穏やかな時間を、邪魔しないでくれたお礼に、都は猫をたっぷりと撫でた。猫が嬉しそうにごろごろと喉を鳴らす。すっかり満足した猫が、都の膝を降りて店主のいるカウンターの方へ歩いてゆく頃、都のハーブティーグラスはすっかり空になっていた。
「本当に、よくわかってるのね」
 都はくすくす笑って猫の背中を見送った。さあ、そろそろ夏休みもおしまいだ。少し陰り始めた窓の外の日を眺めて、都は立ち上がった。



「ハーブティー、とっても美味しかったです」
「それはよかったです。お気に召したならとても嬉しいですよ」
 店主と言葉を交わしつつ、代金を払う。その際、レジの脇に並べられていた美味しそうなサブレの詰め合わせが目にとまり、家族と、友人への土産に、と買い求めた。大切な人たちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「次は、大切な人と来ることにします」
 気が付くと、そう口にしていた。ここは、秘密の場所だけれど、この憩いを、大切な人と共有するのもまた、嬉しいことのように思えて。
 店主が、ゆったりと微笑んだ。
「おや、それは旦那さんのことですかな?」
「ええ」
「仲良しですね。是非、一緒においで下さい。お待ちしておりますよ」
「はい。そのときはまた、美味しいお茶とケーキを楽しみに参りますね」
 都は優雅にお辞儀をすると、重い扉を押して店を出た。多少陰ったとはいえ、まだまだ力のある太陽の光をちらりと見上げてから、日傘を開く。
 疲れが抜けて、心身ともに楽になっているのを感じていた。
 おとなの夏休みは、ここでおしまい。大切な、大好きな、家族のところへ帰る、都の足どりは、軽かった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1140/志鷹 都/女性/24/聖導士(クルセイダー)】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
夏の疲れを癒す、ゆったりした時間の演出ができていたならば、と思います。
大切な一日をお任せいただけて光栄です。楽しんでいただけますように。
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2017年09月01日

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