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『有情の理 』
松本・太一8504
『死んだ』
 どこにいるのかも知れない“命の魔女”がつぶやいた。
『壊れた』
 どこにいるのかも知れない“物の魔女”がため息をついた。
『蘇ればいい』
“命の魔女”が他愛もなく言って。
『動けばいい』
“物の魔女”が面倒くさげに言って。
 どことも知れない世界に生命力と構成力とがあふれ出す。
「あああ、待ってください! 適当にしたらまたおかしく――」
 松本・太一ならぬ新米魔女「夜宵」はあわててそれらの力を払い散らしたが、まにあわない。
 命を取り戻した眷属は、それに気づかないまま死に続け。失った両脚を七本の脚で補強された眷属はぎこちなく歩きだそうとあがき、バランスを失くして倒れた。
 夜宵は急いで生きながら死に続ける眷属の状態を見立て、最適な見立てを言の葉に乗せて与えた。
「血がその肉を巡り、活力を運ぶ。死は停止。ゆえに進行は生。今あなたを進行させる生を確かめて、知ってください」
 自らに吹き込まれた生を“説明”され、“説得”された眷属が今度こそ動き出した。
「最適数は二。物には上下があり、左右があるもの。事にもまた起と終とがあり、阿吽を成します。万物が二という数に縛られ、支えられる。だから、数えてください。一……二!」
 七本の脚が二本に集約され、眷属は正しき挙動を取り戻した。
 夜宵は「情報」を操る魔女。誤情報の修正は得意なのだが……正直、そろそろ頭が煮えてしまいそうだ。

 今、彼女は普段の彼女では知覚することのできない高次元に在る。
 こんなところへ来た原因というか理由は、夜宵が研修でお世話になっている白魔女だった。
「白魔女のえらい人たちが黒魔女のえらい人たちと戦争しててさ。衛生兵が欲しいんだって。で、やっちゃんどうかな? 研修ついでに行ってみない?」
 夜宵はガマガエル入りの大釜をかき混ぜながら首を傾げた。
 えらい魔女同士の争いということは、それだけ強大な力がぶつかりあっているのだろう。こんな新米より、術も経験も確かな白魔女さんが行くべきなのでは?
「あそこは物質世界じゃないからね。言葉って情報を使うやっちゃんのが向いてるんだよ」
 そのときは意味がわからなかったが、送り込まれてみてすぐにわかった。
 生物として進化しすぎた魔女たちはすでに肉体を持たず、精神体――ある意味で神となっているのだ。その言葉は見立てることを必要とせず、語ったことをそのままに為し、成す。問題は、戦いに没頭する彼女(?)たちが適当に為して成すことにあり、夜宵の情報の魔法はその尻拭いに最適だということだったのだ。

『黒魔女どもの眷属が退いていく』
 白魔女たちの先鋒を務める“雷の魔女”が告げると、夜宵には情報が処理しきれず、見渡すことのできない世界から黒の気配が引き消えていった。
「黒攻白防の時終わり、白攻黒防の時来たる。そのときまで、一周期の休息が与えられた」
“命の魔女”は自らの命のごく一部を吹き込んだ仮初の肉体を夜宵の前に顕わし、笑んだ。
 彼女にとってそれは、人がバクテリアを真似ようとすることに等しい作業だったが、こうしなければ夜宵の姿を見ることができないのだ。
“命の魔女”は指先を夜宵の額に突き立て、命を流し込みながら語る。
「低位たる汝はこの世界に留まるだけで激しく力を損なう。……命の有り様を変えるか」
 夜宵はかぶりを振って“否定”の情報をばらまいた。
 彼女と自分では、その命を保つ“理”がちがう。彼女とこの世界に合わせて理を変えられてしまえば、元の世界へ還ることが難しくなるだろう。そうでなくとも彼女たちは大雑把だ。適当に化物へ変えられてしまったら目も当てられない。
「二を保てばよいのだろう? 戦っておらぬ今なら過たぬよ」
『息が不要になれば息を切らすこともあるまい』
『二にこだわるのがいけない。知覚が増えれば千も万も変わりはない』
 命がふたつになったら便利そうだが、魔女たちの思念を聞いて、じゃあお願いしますと言う気になるものか。
“辞退”の内に少しばかりの“拒否”と“否定”を混ぜ込んで、夜宵は愛想笑いを浮かべて後じさる。もっともこの世界に物理的な距離は関係ないため、気持ち程度のものではあるのだが。
 傷ついた白き魔女たちの眷属、その情報を補正しながら、夜宵は深いため息をついた。

“命の魔女”の依り代が生み出した新たな眷属。
 その半物質体を形成する情報を最適化すべく“言葉”を振るう夜宵に、“命の魔女”は無機質な目を向けた。
「我らには眷属らの誤情報が読み解けぬ。あまりに低位であるがためにな」
 彼女に夜宵のような感情はない。魔法に特化するため自らの有り様を最適化、余分なものを削り落としているからだ。
 魔女の至るべきひとつの究極形が、夜宵の目の前に在る。
 が、解脱してなお戦いから逃れられぬとは……生命の業は、どれほど深いものなのか。
「汝の目に我らがいかように映るものかは知れぬが、最適は最適ならぬものゆえにな」
 夜宵の思念を読み取った“命の魔女”が淡々と応えた。
 しかし。最適が最適ではない? 意味がわからない。
「我らは見立てることを捨てた。それでは遅いからだ。召喚の手間を惜しみ、変換の手間を惜しみ、言の葉そのものを魔法と化すことで速さを得た。魔法と直結した言の葉は口先から漏れ出すだけで眷属を生み、形を創り、命を吹き込む」
 その言葉を他の魔女が継ぐ。
『ゆえにこそ、我らは揺らぐ感情を捨てた。いたずらに生まぬがため、創らぬがため、吹き込まぬがため』
『しかし、そればかりでは存在の理が損なわれよう。ゆえに我らは存分に生み、創り、吹き込み、この身を満たし、あふれ出す言の葉たる魔法を消し合う敵が要る』
 理――ここまでに至った魔女ですら、理からは逃れられないというのか。
 生まれ増えよという生者の理と、命があふれぬよう数の均衡を保たんとする世界の理、そのふたつの理に従い、白魔女と黒魔女は戦っている。
 まるでそう、人と怪異とが争うように。
 両者の決定的なちがいは、彼女たちがすべての理を承知した上で互いを削り合っていることに対し、自分たちは互いにどのような理をもって対しているのかを知らないまま殺し合っているということだ。
「……すべての理を知りながら戦うことは、辛いように思います」
 言葉にしきれぬ感情をもどかしく紡ぐ夜宵。
 しかし“命の魔女”は問い返すことなく踵を返した。
「無情なればこそ嘆くこともない」


 白魔女による攻勢が開始された。
 第一陣を担った眷属は黒魔女の眷属と命を刈り合い、世界の底へ倒れ伏す。
『より強き命を』
“命の魔女”が骸へ告げ。
『より強き形を』
“物の魔女”が蘇った眷属を変えた。
 元の命が、形がわからぬほどに変容した眷属は前線へ向かい、初めから形などない敵に襲いかかり、また骸へ戻っていく。
 夜宵は今にも焼き切れてしまいそうな脳をなお酷使し、語り続けた。
 ばかげてる。ふと、吐き捨てるように思う。
 効率を突き詰めて特化した魔女の戦いは、しょせん自分と世界の都合をすり合わせるためのもので、そうしなければ存在できないから続けているだけのこと。無情どころか無意味じゃないか。
 そして夜宵は思い至った。
 理を外して見立てれば、白と黒の争いは「終わりようのない喧嘩」でしかあるまい。
 終わりようがないのはなぜだ? 均衡が――数的バランスが崩れるのが困るからだ。
 眷属とて生きているはずなのに、その数は考慮外にある。それは魔女が無情であるがため。
 だとしたら。
 争いの理を覆す理はひとつ。
「敵を見なさい」
 傷ついた白魔女の眷属に情報を込めた癒やしを与え、送り出す。
「自分を見なさい」
 滅しかけた黒魔女の眷属を、同じ情報を込めて癒やす。
 幸い、魔女たちには自分の姿と言葉を感知することができない。だからこそ、この戦場には夜宵の言葉をすべり込ませる隙がある。
「生ある者の顔を見なさい」
 夜宵の癒やしに込められた情報、それは“情”だった。
 無機質な命は情を埋め込まれてとまどい、戦う力を失っていく。
 拡散された情は無機質な世界へ浸透し、乾いた構成を潤していく。
 戦いの手を失った魔女たちはようやく世界を顧みる。
 満たされた有情が魔女の無情を揺るがして、その魂にほのかな彩を差した。
「生きなさい――」
 これが肉に縛られた低位の命にもたらすことができる、ただひとつの理。突き詰めた効率を覆す、非効率のひと言。
 焼き切れた脳の端で夜宵は唱え、ゆっくりと倒れ伏した。


「仕切りなおしだってさ。今度は眷属とか使わないで、自分たちの形変えて殴り合うんだって」
 夜宵の研修を請け負う白魔女が、釜をかきまぜる夜宵に肩をすくめてみせた。
「戦争、終わらないんですね」
“命の魔女”に救われたらしい夜宵は、目覚めればここに戻されていた。ただ単に追い出されただけかもしれないが。
「どんだけ進化してもさ、結局逃げらんないもんはあるんだよ。でもまあ、効率については勉強できたんじゃない? やっちゃんの最後のひと言のせいで、あの世界に命の価値ってのが生まれたわけで」
 最後のひと言。それがあの世界をほんの少しでも変えたのか。
 しかし夜宵は思うのだ。最後のひと言を告げるために、どれほどのものを積み上げなければならなかったのかを。
「どんな勝負もさ、結局は一発で決まるんだよ。ようするにそういうことさ」
 夜宵の心を読んだかのように、白魔女が言った。百を放とうと千を放とうと、とどめになるのはその内の一発だけ。
 ならば効率とは、とどめに至るまでの手をどれだけ詰められるかだ。相手を見立て、言葉を見立て、より効率的なパンチラインを叩き込む。
 どう考えても、自分にそれができているとは思えない。
「……結局、まだまだ修行が必要なんだってことはわかりました。効率、悪いですから」
 息をつく夜宵に白魔女は笑みを投げ。
「急がばまわれかもよ?」
「魔女道って難しいですね」
 釜の中でぐるぐる回されるガマガエルたちの不満の声に気づき、夜宵はかきまぜる手の速度をゆるめるのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504 / 松本・太一 / 男性 / 48歳 / 会社員/魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 効率と非効率は等価値であり、等しく無価値でもあるもの。
 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月05日

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