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『変身 』
アガタ・ペルサキス8893
 ウェブプログラマーとしての仕事を終えたアガタ・ペルサキスは、勤怠管理システムに指紋を認証させて退勤を告げ、仕事場を後にした。
 足は自然とリズムを早め、いつしかスタッカットの駆け足を刻みだす。それが1000を越えるころにはリズムが乱れ、徐々に遅れだすが、止まらない。
 明日の休暇を楽しむため、今日という日にやらなければならないことがあり、そして「やらなければならないこと」は彼女にとって「やりたいこと」だったから。
 心といっしょに胸を弾ませ、彼女は小柄な体をいっしょうけんめい駆けさせる。かくて最後には歩くのとほとんど変わらない足取りでたどりついたのは、住宅街の一角にあるマンション、その一階をぶちぬいて一室を為した撮影スタジオだった。

「えっと、おはようございまーす」
 靴を脱いで上がってきたアガタに手を振った、カメラマンならぬカメラオネェがうっと顔をしかめ。
「ちょっとアンタ、汗かいてんじゃないのよぉ! とっととシャワーして! メイクさん待ってるし、アンタの“準備”もあるでしょー」
「あははー、すみません」
 頭を何度も下げて、バスルームへと駆け込んだ。
 白人種ながら150センチという低身長である以外、アガタの体にさしたる特徴はない。手入れだけは欠かしていないため、一般の社会人女性よりは瑞々しさを保ってはいるが、言ってみればそれだけのことだ。
 しかし。
 走ってきた熱が今なお巡る体へ熱いシャワーを浴びる。体内の熱が湯の熱と溶け合い、彼女をさらなる熱で包み込む。
「はぁっ」
 吐いた息が、湯を蒸発させて激しく白い湯気をあげた。
 彼女を満たす、ありえない高熱。
 その熱が、異世界の女神たる彼女の魂に神気を灯し、内に押し込めていたあるべき姿を解放する。
「30パーセント――」
 全身の骨がぎちぎちと伸びだし、アガタの目線を押し上げた。
 170センチにまで伸びた身長はすべらかな肉をまとい、豊かな胸と尻、くびれを形作る。ほのかに香る筋肉の匂いは、いかにも欧米的な“肉感”を醸し出していた。
 可憐な幼さを宿す顔を裏切るコケティッシュな肢体。
 日本人であれば男女の別なく魅入らずにはいられないだろう、親しみやすく艶やかな欧米女性の姿がそこにあった。
「メイクお願いします」
 待ち受けていたメイク担当者がふたりがかりでアガタのまわりを行き交い、彼女を彩っていく。
 丹念に梳かれた金の髪はツインテールにまとめられて、ヘアアイロンで綺麗に縦巻きに。これは元々の髪型でもあるのだが、さすがプロの手にかかるとひと味変わるものだ。
 瞳の緑を際立たせるため、赤系統のアイシャドウをさりげなく。
 ピンクのチークで肌に立体感を。
「こっちの撮影は下着だからね。衣装より目立たせちゃダメよ!」
 オネェの声に、メイク担当のふたりが我に返った。素材がいいだけに、つい力が入りすぎた……そう思っていることだろう。
 アガタは心の内でふたりにあやまり、力を抜いた。撮影を前にして気持ちが昂ぶり、神気を放出してしまっていたのだ。
 人の世に隠れ住む女神がその力を使えば、普通の人間はひとたまりもなく魅了される。しかし、そんなもので人気を得たところでなにがおもしろいものか。
「今時ウェブだけじゃ食えねーんでしょ? ガツガツ稼いでいいもん食うのよ!」
 アガタがこのような副業を始めることになったきっかけを知るオネェの気配りに苦笑を返し、彼女は撮影現場に立った。
 今日は女性ファッション誌の特集ページ撮影。本業ではなく、副業モデルのアガタに巻頭ページを飾る機会はなかったが、読者の評価が幸い高いおかげでこのように変則的な仕事
 淡いピンクのキャミソールをまとった体をさまざまな角度でポージング、二秒に一度シャッターを落とされるカメラにそのなまめかしいボディラインを刻みつけていく。
「いいわよー、もうちょいくねらせて! そのへんのオンナどもに、それ着たらイケんじゃねーかって勘違いさせんだからね!」
 アピールならむしろ、こんなキャミソールを自分の恋人や妻に着せたいと思う男たちへ向けてするべきなんじゃないだろうか?
 18歳でこの世界へ降り立ってから2年。欲というものはそれなりに学んできたつもりだが……人々が性というものにかける情熱のすさまじさはそれなりどころじゃないくらいに思い知っている。それなのに、「HENTAI」という一大ジャンルを生み出したこの国の出生率が低い理由はさっぱりわからなかったが。
「衣装変えて! 次行くわよ次!」
 存分に着せ替え人形を演じて、アガタはようやく解放された。
「30分休んだら次よ。そっからはアンタの時間だからね。思いっきりやんなさい」

 アガタはほうと息をつき、控え室のドアに鍵をかけた。
 身長はいつの間にか元の150センチに縮み、年齢相応よりは少々幼く見える、感じのいい女の子の顔を取り戻していた。
 普段のこの時間には絶対選ばないオレンジジュースを呷り、ケータリングの揚げ物を次々口へと放り込む。これからたっぷりと力を使わなければならない。カロリーが必要だった。
「よし」
 取り込んだ糖質が熱に変わり、彼女の魂へ神気を再点火する。
 先ほどのように穏やかならず、激しく燃え立つ神気に身をゆだね、アガタはつぶやいた。
「100パーセント」
 やわらかかった筋繊維の一本一本に神気がみなぎり、硬く盛り上がる。
 肩が左右に迫り出し、バンプアップした胸筋の上で大きく膨らんだ双丘がHカップを実らせた。
 熱に炙られ、浮き彫りにされた腹筋が4つに割れてその存在を示し、伸び出した両脚を鎧う筋肉と共に丸く張ったヒップラインを太く飾った。
 そのヒップラインから背骨に沿って首筋まで届く筋肉は、肩甲骨にかぶさる筋肉と縒り合わさり、彼女の背に1本の大樹を描き出す。
「ああ」
 ライオンのたてがみさながら、神気を宙へ散らしてゆらめく金の髪。
 あまねくすべてが太く、それでいてしなやかに美しい、戦女神然とした235センチの超長身美女が誕生する。
 これこそが、異世界の女神たるアガタ本来の姿。
 すべてを解放した彼女の、あるべき形であった。

「今日の相手は?」
 甘さの消えた面を傾げ、アガタが問う。
 彼女を見上げるオネェは口の端を吊り上げ、小指でそれを示した。
「いちおう言っとくけど、軍事機密なんだからね? オートバランサーの耐久テストっていうことで借りてきたんだから、すぐ壊しちゃったらダメよ?」
 一眼レフタイプのデジカメならぬテレビカメラに取り付くオネェ。
「どれくらい保たせればいいんですか?」
「30秒」
 青いビキニをまとっただけのアガタは拳を固め、それに向かって踏み出した。

 余計な部品でごてごてと偽装されているが、それはどこかの軍が開発しているロボット兵器だ。現代の科学水準で考えれば4足歩行にするべきなのに、科学者のロマンというやつはそれをゆるせないらしい。
 アガタと同じほどの背丈がある人型が、チィ。電気モーターをきしらせ、ジャブを繰り出した。筋肉のようにねじれが生じないだけ、さすがに速い。
 アガタはこの打撃を胸で受け、弾き返した。豊かな双丘がぶるりと揺れて、人型は1歩2歩、後ろへ下がった。
 ――次は耐久テスト。
 アガタの蹴りが人型を押し退ける。
 人型は踏ん張りながら回り込み、横合から彼女にフックを打ち込んできた。
 両脚はバランスをとるためにのみ使われ、攻撃は腕のみで行うスタイルか。アガタはそれにつきあって、蹴り足を止めた。
 人型の腕がアガタを打つ。
 アガタはそれを避けることなく肉体で受け止め、押し返す。
 どれほど打たれても、アガタの鋼の体は傷どころか跡ひとつ負いはしない。
「30秒経過」
 そしてオネェの合図を受けて、彼女が動き出した。
 広背筋を起点に大きく弧を描いて振りだした左拳を人型の頭部センサーに叩きつけて破壊。
 ひしゃげた頭部を抱えてよろめく人型の両肩を掴み、あらんかぎりの力を込める。
「う、おおおおおおおおああああああああ」
 咆吼が全身の筋肉を昂ぶらせた。
 数百キロはあろう人型が、じりじりと浮き上がっていく。人型は激しくもがいて抵抗したが、どれほど暴れようともアガタの腕から逃れることはできない。
「ふうっ!」
 最後は右腕1本で人型を床に叩きつけたアガタは、そのまま機械の体へまたがって。
「ショータイム」
 技術もなにもないまま、ただ両の拳を人型へ叩きつけた。
 12345678――ひと打ちごとに人型が割れ、砕け、裂けていく。
 その拳はただの力だった。
 その力は純化された暴力だった。
 筋力。それだけのものが成す破壊は、シンプルだからこそ凄まじいまでのリアリティを宿していた。
 ――再びアガタが立ち上がるまで10秒。
 後にはぴくりとも動かない、破壊しつくされた残骸だけが残された。

「あ、もうアップしてくれたんだ」
 150センチの姿で帰り着き、ゆっくりと風呂をつかったアガタは、また235センチの女神となっている。
 スマホの画面には、先ほど撮影したばかりの約1分間が映し出されていて、すでに数千ものコメントがつけられていた。
 ネットでのアガタの異名は「恐怖の変身女」。この世界に着たばかりのころ、食うに困って自分の女神への変身シーンなどをアップしたことがすべての始まりだったわけだが……そのころに比べて、ずいぶん有名になったものだ。
「アフィ、ごちそうさまです」
 画面に手を合わせて、アガタはその美しい恵体をベッドへすべりこませる。
 明日はどうやって過ごそうか。
 まどろみの中で他愛もないことを考えながら。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アガタ・ペルサキス(8893) / 女性 / 20歳 / 恐怖の変身女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて女神は真の力を顕現させん。
 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月06日

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