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『いつか通った道  〜 薬師と助手 〜 』
ユリアン・クレティエka1664)&エアルドフリスka1856

 それは夏の夕暮れの事。
 宿屋の二階にある薬局。
「暫く休みをもらえるかな」
 一日の仕事を終え薬草をまとめていた薬局の主エアルドフリスは手を止め帳簿整理中の助手ユリアンへと視線を向けた。
「アメノハナの村に行こうと思って」
 ユリアンが窓辺の鉢植えを見やる。青々と茂った葉がいかにも元気が良さそうだ。だが花を咲かせる様子はない。
 アメノハナは辺境のとある村の祖霊花。その地でしか咲かないと言われている。
 エアルドフリスとユリアンはそんな花を村の外で開花させようとしていた。
「そりゃ構わんが……」
 エアルドフリスの脳裏を過る顔。何か言いたげに口を開きかけてからくしゃりと髪を掻き回し「少し歩かないかね?」と助手を外に誘った。
 助手は嬉しそうに帳簿を片付ける。

 茜の空は次第に藍に染まっていく。ぽつ、ぽつと家々に燈る灯り。
 「おばあちゃんの腰の薬今度貰いに行くね」元気に駆け抜ける子供。「先生、二日酔いに効く薬はないかね」顔馴染みの露天商。
 どこかの家から「ご飯の支度を手伝いなさい」と母が子を叱る声。夏の夕暮れ時は他の季節より賑やかだ。
 打ち水を施された通りを渡る風が水匂いを運ぶ。
 リィンと涼やかな音を響かせて水瓜売りが空になった籠をかついで歩いていく。
「決めていたんだ。今年は夏から少しずつ手入れをしようって」
 ユリアンが屋台で買ったトウモロコシをエアルドフリスは礼と共に受け取った。
「春前後しか知らないなんて勿体なかったよね……あ、これ結構辛い」
「対象を深く知ろうとするのは大切だな。どれ……」
 香草と唐辛子と一緒に蒸されたトウモロコシは確かに辛いがそれが暑さに合っているし甘みを引き立てている。
「いや……俺が気にしているのはだな……。その、なんだ……」
 トウモロコシの皮が奥歯に挟まったような言い方に「大丈夫。戻ってくるから」と苦笑を浮かべられた。
 ユリアンが死にかけた冬の話をしているのだろう。
 実際のところエアルドフリスはもう助手の遠出について心配はしていない。
 きっと己が学ぶべきことを示す限り戻ってくるはずだと思っている。
「旅に出る事を、話すべき相手にちゃんと話したかね?」
 トウモロコシの芯を屑籠に捨て顎を撫でるエアルドフリス。
「妹?」
「違う、妹の事じゃあない」
 間髪入れずの否定に――さんみたいだ、一緒にいるから似てきたのかな、と笑うユリアンは「宿のおばさん?」と更に正解から遠ざかる。
「本気で言っているのかね?」
 こいつは難物だぞ――浮かぶ少女に心の内で忠告してからまたもや髪を「ええい」と掻き回す。どうやら単刀直入に言うしかないか、と。
「『あの娘』の事だ」
「――さん?」
 漸く正解である楽士の少女の名を出した。
「良い子だよね。妹にも本当に良くして貰って感謝してるよ」
「本気で言っているのかね?」
 二度目。まじまじと助手の顔を見た。
「そうじゃなくて?」
 傾いだ首に一瞬演技じゃなかろうかと疑いたくなった。天に向かって腹の底からの溜息一つ。
「師匠、どうし……」
 言葉を交わすことは尊くもあり楽しくもあるとエアルドフリスは思っている。だから本来人の言葉を遮ることはあまりしないのだが「まさか気付いていないわけじゃあなかろう」ユリアンの声に被せた。
 息を飲む気配。流石に思うところはあったらしい。
「あの娘は本気だ、本気になっちまった」
 余計な世話かと思うが言わずにはいられない。
 助手に向けられる少女の瞳に込めらる想い――痛い程に伝わって来る。自分にも向けられたものだから。
 それが眩しすぎることも。己を知っているからこそ受け入れ傷つけることが怖いことも。
 ならば気づかないふりを――その心境も。自分がそうして逃げ回ったのだから。
 今にして思う、己は卑怯だったと。相手を傷つけたくないと嘯いて必要以上に傷つけていたのだ、と。
「ん……」
 歩き出すユリアンの後ろを着いていく。黙り込んだ助手に今度はエアルドフリスが炒めた夏野菜を薄く焼いた生地で包んだものを渡す。
「……気にならないと言ったら、嘘になる」
 一口齧ってユリアンがポツポツと話し出した。
「喜んでくれたり笑ってくれると嬉しいよ。全てを音楽に捧げる心と姿勢は綺麗だと思う……」
 街灯に照らされたユリアンの横顔に浮かぶ笑み。「お前さん、今どんな顔をしているのか知っているかね?」エアルドフリスはそう告げたかった。
「でも……手を伸ばしたいとかまでは……」
 まだ……。静かな声は辺りを包む浅い闇に溶ける。
 川岸に寄り吹く風に目を細めた。
「待たせたくないんだ……。母さんみたいに。それは両親が決めた事だけど……」
 覚悟をしたところで寂しくないわけじゃない。不安に思わないわけじゃない。ユリアンの言いたいことはエアルドフリスにもよくわかる。
「自分の性分も弱さも解っているから……」
 ああ、解っているだろう。でもそんなのは相手も先刻承知なんだ、とエアルドフリスは思う。
「大事にしたい、が一番近い、かな……」
 そう結論付けた助手はかつての己と同じ顔をしていたかもしれない。
「自分なんかにそんな資格は無いと思ってるんだろう?」
 問われたユリアンは一度エアルドフリスを見ると何も言わずに再び川へと顔をむける。
「解るさ、俺もそうだったから……」
 夜だというのに道行く人が増えてきた。河原にも人が集まり始めている。少し浮足立った様子で。着飾った娘たちも多い。
 傷つけたくない。大事にしたい――耳障りの良い言葉で逃げている理由をつけてるだけだ。
 尤もエアルドフリスとてそれに気付いたのは散々傷つけたにも関わらずずっと正面から向かい合ってくれた人がいたから……。
 助手に並ぼうとしたエアルドフリスの肩が誰かとぶつかった。
 上がったか弱い悲鳴に反射的にその腕を取り支える。「失礼、お嬢さん」転ばぬようにだ。あくまで。
 こちらこそ、笑顔で去る女性の黒髪が一筋落ちる項を追いかけてしまった己に額を押えた。
「あー……」
 いや今も傷つけている……ような気がする。
 「師匠……」川面を見つめていたはずの助手の視線が痛い。コホンと咳払い。
「だがいいかね」
 少しだけ高い所にあるユリアンの頭を掴んで、目線の高さを己と合わせた。
「無傷で済ますのはもう無理だ」
 真顔でエアルドフリスは告げる。相手の事を大事に思っているのならなおのこと。
「どっちが悪いんでもない、こういうのはそうなんだ」
 丸く見開かれた双眸に映るエアルドフリスの顔。己が思っていた以上に真剣で聊かバツが悪くなりぱっと手を離した。

 ドォオン……

 遠く大気を震わす轟音。夜空に咲く光の花。あちらこちらから上がる歓声。
 一つ上がって、二つ上がって。
 下流域で花火大会開催されているようだ。人出が多かったのはそのためか。
「俺も知らなかったよ。まともな恋をしたことが無かったから……」
 無意識のうち手が胸で揺れるコインの半分へと。

「師匠、俺と花火見てる場合じゃないんじゃない?」
「ユリアンはどうなのかね?」
「俺? 俺は師匠と見ることができて良かったな……って」
 少し間を開けてから答えたユリアンにエアルドフリスは何か言いたげな顔をしてから再び夜空を見上げる。
 本当は浮かんだ顔があった。でも旅立ちの前師匠と花火を見ることができたのも嬉しかったのは事実だから――。
「チアク、花火みたことあるかな?」
 アメノハナの村で出会った少女の名を出す。打ち上げとはいかないが手持ちの花火を土産に村に行く途中に立ち寄ってみようかと。
 出会ったころはまだまだ幼かったというのに最近だいぶ大人びてきた。思い過ごしではなく懐いてくれているとも思う。
「チアクも妹と同じように元気で笑っていて欲しいし、甘えてくれるのが嬉しい……」
 言葉にすれば楽士の少女に対するそれと似てる。でも――。
 チアクと少女――その違いは何であろうか……。思いかけて「師匠、氷食べよう」川に背を向け屋台へ向かう。
 無傷では済ませられない――師の言葉が蘇る。氷をすくうスプーンの手が止まった。
「風は……一所に留まらないから……」
 往く道はずっと一人だと思っていた。いずれどこかに吹き抜けて行くのだから……。
「どうするかは結局自分で決める事さ」
 動きを止めたユリアンに掛けられる師の声。「だけど……」続く言葉に耳を傾けながら手元の氷を崩す。
「逃げるより向き合う方が、たぶんいい……と、思うよ」
 師にしては大分歯切れが悪いように思えた言葉は、いや師としての言ではないのだろう……。同じ轍を踏みかけている年若い友人への――……。
「ありがとう師匠、俺、師匠が大好きだよ……」
「……」
 突然の言葉に軽く目を瞠ったエアルドフリスが「そいつはどうも」と口端に笑みを浮かべた。
「本当に」
 重ねて言えば「で、その心は?」なんて冗談めかされる。
「言ったことは内緒で……」
「さて……どうしたものか」
 勿体着けるエアルドフリスに「師匠ってば花火ではなく女性に目を奪われていたなあ」ユリアンのわざとらしい独り言。
 花火だけではなかった。エアルドフリスが眺めていたのは。時折視線は夜空とは別のところを。
「それは男の性分で断じて他意はない。何よりいつもと違う格好が中々に新鮮……」
「確かにお洒落を頑張るところも可愛いらしいかな……」
「ユリアン……」
 呆れ口調のエアルドフリスにユリアンは「?」と。「質が悪い」ぼそりと零された声は花火の音にかき消され。
「今なにか……」
「お前さんがある日突然刺されたりしないことを祈るよ」
 名も知らないような誰かに。
「師匠こそ……」
 どっちもどっちだからね、そう突っ込んでくれる人は此処にはいなかった。

 帰路、別れ際。
「行ってきます」
 ユリアンは改めてエアルドフリスに告げる。
「アメノハナによろしく。くれぐれも無理だけはしてくれるなよ」
 餞別だと投げられたのは師が調合した薬。
「村に着いたら手紙を書くから」
「俺は土産話でかまわんよ」
「皆に送るよ。生存報告も含めてね」
 言外に込められた意味をユリアンは敢えて気付かないふりをした。
「……」
 たっぷり十秒ほど沈黙した師は
「何も言うまい……」
 声に出して言う。

 何時か……

 師を見送り一人歩き出す。
 答えを出す日がくるのだろう。出さねばならないのだろう……。
 村の事も。そして――
 誰かとの事も……。

「でも……今は――」
 爪先に当たった小石が転がって行く。転がる先はみえない。
「甘えて……るのかな?」
 苦笑交じりの声が路地に響いた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664 / ユリアン】
【ka1856 / エアルドフリス】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

薬師さんと助手さんの夏の一コマいかがだったでしょうか?
水も風もたえず流れていくところは似ているのかもしれないな、と思いながら執筆させていただきました。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2017年09月07日

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