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『しあわせの旅路 』
水無瀬 文歌jb7507)&水無瀬 快晴jb0745

 これは久遠ヶ原で卒業式が行われてから、少し経った頃の話。
 水無瀬快晴と水無瀬文歌は、夫婦でとある場所を訪れていた。
「ふたりで旅行するのは初めてだね、カイ♪」
「だねえ。在学中は何かと忙しくて、行けなかった、し」
 学生結婚をした彼らにとって、この旅は新婚旅行といってよかった。どこへ行くか迷ったのだが、文歌の友人から受けた招待をきっかけに決まったのは――

「こちらの世界に来るのは初めて、だね」
 大理石調の廊下を歩きつつ、快晴は僅かに緊張した面持ちを見せた。文歌も異質な空気を肌で感じながら。
「前に行った天界や神界とは、雰囲気が全然違うね……」
 ふたりが踏み入っているのは、冥魔界へと通じるゲート。薄暗い通路はひんやりとしていて、地球とは違う密度を抱いている。
 それは禍々しさだったり、得体の知れない何かだったりするのだけれど、不思議と嫌な感じがしないのは、同じ空気をまとう者達と何度も心を交わしてきたからだろう。

 しばらく歩み進むと、廊下を抜けた先に巨大な門が現れた。
 その前に立つのは、桃色のボブヘアーに、紫水晶の瞳を持つ少女。
「ようこそ、冥魔界へ」
 メイド服姿のリロ・ロロイが、いつもの丁寧な礼をしてみせる。自分達を招待した相手へ、文歌達は嬉しそうに駆け寄った。
「リロさん、お招きありがとうごさいます♪」
「今日はよろしく、ね」
 ふたりの挨拶に、少女は小さく頷いてから。
「まだ案内できる場所はそう多くないんだけどね。楽しんでもらえると嬉しいよ」
 今は停戦状態とはいえ、人間が冥魔界へ来るのはそう簡単なことではない。文歌達がすんなりと入れたのは、悪魔側からの申し出があったからこそ。
「リロさんはどうして私たちを招待してくれたんですか?」
 文歌の質問にリロはああといった様子で。
「ボクはキミ達に、こっちのことを識ってもらいたいって思ってる。だから閣下にお願いして、許可してもらったんだ」
 近い将来、天魔の戦争は終わりを迎えるだろう、と彼女は言う。
「そうなればキミ達もボク達も、異なる世界を自由に行き来できるようになると思う。いずれ来る日のために、足がかりになればって」
「なるほど、ね。俺達もこれからは、異世界のことをもっと識りたいと思ってたところだったから。ちょうどよかった、よ」
 快晴の言葉に、文歌も頷く。ふたりの夢のためにも、今回の旅はきっと意味のあるものになるはずだから。

 冥魔界の空は、宵闇に包まれていた。
 ほの暗い世界を見渡しながら、文歌は感慨深げに呟く。
「魔界には太陽が無いと聞いていましたけど……やっぱり、暗いものなんですね」
「そうだね。キミ達の星でいう”夜”の状態がいつも続いてる感じかな」
 説明を聞いた快晴は、なるほどといった様子で。
「昼夜の区別がないってことか……。確か季節もないんだよ、ね?」
「うん。だから地球にはじめて来たとき、驚いた」
 人の住む世界はあまりにも綺麗で、眩しくて。うつりゆく景色の数々に、心を掴まれてしまった。
「リロさんとは綺麗なものをたくさん見ましたよね」
 微笑む文歌に、リロも笑みを返す。

 月虹かかる夜桜の里。
 満天の星降る夜空。
 花紅葉が彩る碧い海。
 白雪が舞う久遠ヶ原の街。

 どれも忘れられない、大切な思い出。
 ふたりが楽しそうに語り合うさまを、快晴は微笑ましく見守っていた。
 天魔との共存を目指す妻をそばで見てきたからこそ、今自分たちがここにいる意味を強く感じる。
「あ……そういえ、ば。昼夜や季節がないってなると、時の経過がわかりくそうだ、ね?」
 快晴の素朴な疑問に、悪魔はその通りといった様子で。
「うん、だから時計が手放せないんだよね。まあ、そもそも時間を気にしてない悪魔は多いけど」
「なるほど。いつもリロさんが時計を持ち歩いていたのは、そのせいだったんですね」
 文歌が納得した直後、前方で何かが光るのが見えた。近づいてみると、花の一部が淡く発光している。
「このお花、光ってるんですね。綺麗……」
「ふふ。ここはボク達がよくお茶会をするガーデンだよ」
 奥に進むと光の数はますます増え、煌びやかな庭園が広がっていた。
「わあ、素敵……!」
 辺りを見渡し、文歌は思わずため息を漏らす。
 園内では見たこともない花が咲き乱れ、その周囲では淡く発光する蝶のようなものが舞っていて。
「あ、これ高松のゲートでも見た、ね」
 快晴が示したのは、蒼白い光を纏う氷の薔薇だった。高松ゲート――レディ・ジャムが構えていた城のあちこちで、この花を目にした記憶がある。
「ジャムはこの花が好きだからね」
「リロさんが好きな花はありますか?」
「ボクはこれ」
 指差した先には、桜にも似た木々が並んでいた。花びら一枚一枚が、桃色に輝く光の粒子を纏っている。
「これも綺麗ですね……!」
 うっとりと見入る文歌に、快晴も微笑んで。
「うん。闇の中でよく映えてる、ね」
「ここにある花は、ボクも好きだよ。でも地球で見る花も、凄く好き」
 陽の光の下で花開くさまは、生命の息吹を強く感じるから。

 夫婦はしばしの間、メイドが準備したお茶を楽しんだり、庭園内をのんびり散策したりした。
 快晴はとある花の前でふと足を止め、リロに尋ねる。
「これ、一輪もらっても、いい?」
 視線の先にあるのは、水色の光をまとう華やかな一花。了承をもらい丁寧に摘み取ってから、文歌の髪に飾ってやる。
「ん。よく似合って、る」
「カイ、ありがとう♪」
 どこか神秘的な光は、いつもとは違う彼女の魅力を引き出していて。そんな小さなことが、なんだか嬉しい。
 
 庭園を満喫した後に訪れたのは、ゴシック調を思わせる、巨大な建物。
「ここはキミ達の世界で言う、図書館。魔界のありとあらゆる本が集められてるよ」
「ずいぶん広い、ね。どれくらいの大きさなのか、な?」
 快晴の言葉通り、館内は驚くほどに広大だった。奥行きはもちろんのこと、天井の高ささえ、暗さも相まってどこまであるのかわからない。
「ボクもどれくらいの大きさなのか、わからない。今もどんどん広がってるみたいだしね」
「そうなんですか? じゃあ迷子になったら大変そうですね……」
 文歌の言葉に、少女は神妙に頷いて。
「うん。迷うと出られなくなるから気をつけて」
 さらりととんでもないことを言われた気がするが、ここは異世界。地球での常識が通用しないのも、ある意味お約束なのだろう。
「それにしても、凄い本の数、だねぇ」
 ずらりと並んだ本の数々は圧巻で、快晴達の気持ちも自然と高揚していく。
「あ、そうだ。ときどき噛みつくのがいるから注意しておいて」
「……本が噛みつくんですか?」
 きょとんとなるふたりに、リロは真顔で頷いた。
「ここではよくあることだから」

 ふたりは好奇心の赴くまま、館内を見学し始めた。
「凄いね、カイ。見たことない本がいっぱいだよ♪」
 文歌が(噛みつかれないよう)そろりと手に取る隣で、快晴は目に留まった本を開いていく。
「読んでみたい本ばかり、だね。翻訳もしてみたい、な」
「ふふ。気になるのがあったら、貸してあげるよ」
「リロさん、魔界の歌が収められている本とかありますか?」
 文歌の問いかけに、リロは楽譜が収められた一角を案内する。
「これがいいかも」
 取り出してきたのは、革の表紙が美しい一冊だった。中を開くと、どういう仕掛けになのかわからないが、音符が浮き出し曲が流れ始める。
「わあ、素敵ですね……! 私、これを借りて帰ります」
「いい、ね。じゃあ俺はこれにしよう、かな」
 快晴が選んだ本は、なぜか全体がもふもふしていた。試しに背を撫でてみると、気持ちよさそうにぐるぐると鳴くのだ。
「もふもふのせいで題名が読めないけど……なんか面白そうだった、から」
「鳴く本なんてびっくりしたけど、なんだかかわいいね♪」
 何が書かれているのか、今から楽しみだ。

 その後も夫婦は魔界で人気のカジノを訪れたり、不思議な雑貨が並ぶ街を散策したりして、数日を過ごした。
 楽しい時間はあっという間で、ついに帰宅の日を迎えてしまう。
「なんだか名残惜しい、ねぇ」
 人界へと続くゲート前で、快晴はしみじみと呟いた。人知を遥かに越えたこの数日間は、まるで夢のようで。
「とても楽しかったね♪ リロさんも色々とありがとうございました」
「ボクも楽しかった。冥魔界のこと、少しでも識ってくれたら嬉しいよ」
 満喫しきった様子の文歌達に、リロも嬉しそうだ。
「これからふたりは、どうするつもり?」
 彼女の問いに、夫婦は卒業後の進路や夢について語り始める。
「私は歌で人界と異世界を繋ぎたいと思ってるんです。歌手兼外交官、って感じでしょうか」
「なるほど。文歌らしいね」
「俺は異世界の言葉や文字を解読する、翻訳家が夢、だよ」
 そのために、これから異世界をもっと廻るつもりだという。
「そっか。ふたりともこれからの未来を、ちゃんと見据えてるんだね」
「はい。いつかは子供も連れて、異世界旅行をたくさんするのが夢なんですよ♪」
 笑顔でそう話すふたりは、これからの希望に満ちていて。
「リロさんは今後、どうするつもりなんです?」
「ボクはこれからも、閣下のメイドとして生きていくよ」
 ただ、と少女は本音を口にする。
「ときどき地球にも顔を出したいって、思ってる。キミ達と出逢ってボクはあの場所が好きになったし、それに……」
 紫水晶の瞳が、親しみのこもった色を映した。
「キミ達に会いたい、から」
「うん。待ってる、よ」
「また絶対に遊びに来て下さいね♪」
 互いに握手を交わし、再会の約束をする。
 今度ここに来るときは、他の異世界の話がお土産になっていることだろう。

 リロと別れた文歌と快晴は、旅の思い出話に花を咲かせながら帰路につく。
 持ってきたスーツケースは、友人やお世話になった人達へのお土産でいっぱいだ。
「ねえ、カイ」
「うん?」
「私いま、幸せだよ」
「……うん。俺、も」
 今日も明日も、この先だって、きっと。
 そう信じられるのは、ふたりが多くを乗り越えてきた証。
「これからひとつ、ひとつ、夢を叶えていこうね」
「ん。楽しみだ、ね」
 未来を夢見ることが、以前は怖かった。でも今は、違う。

 あなたのまなざしが、この魂を輝かせる。
 あなたが笑ってくれるから、この世界は美しい。

 握った手のひらから、穏やかな体温が伝わってくる。
 互いに微笑み合い、そっと口づけをかわす。

 幸せの瞬間を、宝物のように織りあげていこう。
 ふたりで歩む未来はいつだって――彩りに満ちあふれているから。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/これから】

【jb7507/水無瀬 文歌/女/歌で繋ぐ歌手兼外交官】
【jb0745/水無瀬 快晴/男/言葉で繋ぐ異世界翻訳家】

参加NPC

【jz0368/リロ・ロロイ/女/地球推しメイド悪魔】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております&改めてご結婚おめでとうございます!

卒業後すぐの異世界旅行とのことで、状況等はこちらで調整させていただきました。
お任せいただいた部分等、これでよかったかドキドキですが……楽しんでいただければ幸いです。

おふたりの未来に、幸あらんことを。
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エリュシオン
2017年09月11日

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