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『怪盗王女』
イアル・ミラール7523


 アルセーヌ・ルパンの女版を気取るつもりはなかった。
 状況によっては、忍びやかで穏やかな窃盗が、暴力的な強奪に変わる事もある。刃傷沙汰にも及ぶ。
 スマートな怪盗ではなく、血生臭い強盗にならなければならない。
 そうして命がけで盗み出した美術品を、隠れ家に飾って悦に入るような趣味も私にはなかった。
 盗品とは、売りさばいて金に換えるためにある。
 だが、例外がないわけではない。
 私はこれを、売るために盗んだわけではなかった。
「こんなものを買う輩が……まあ、いるのだろうけど」
 この度の戦果を目の前にして、私は苦笑した。
 これほど奇っ怪なものを、私は今まで見た事がなかった。
 石の、女人像である。
 出来は良い。今にも動き出しそうな、若く美しい女の石像。
 一ヶ所だけが、石ではない。
 生身の、おぞましいものが、隆々と屹立している。
「何とまあ、無様なもの……」
 最初は、憤りがあった。それが今は、哀れみに変わりつつある。
「イアル・ミラール……我が一族の恥晒しが、こんなものを浅ましく立て膨らませて一体何を欲しがっている? ええおい」
 物言わぬ石像に語りかけながら、私は鞭を振るった。
 女人像としては有り得ない生身の部分に、それがビシビシッ! と蛇の如く巻き付いてゆく。
 この鞭さばきには、いささかコツがいる。
 私は今まで大勢の男どもを、こんなふうに締め上げて、宝の隠し場所等を吐かせてきたものだ。
 イアル・ミラールのその部分が、私の鞭に締め付けられてドピュドピュッと何かを噴射した。
 かわしながら、私は手首と手先で鞭を操った。
 劣情を搾り出され、すっかり萎んでしまったものから、シュルシュルッと鞭がほどけてゆく。
 石像が、倒れた。
 倒れた時には、すでに石像ではなくなっていた。石化成分を、私が鞭で搾り出してやったのだ。
「うっ……」
 生身のイアル・ミラールが、床の上で弱々しく身を起こす。
 私は、微笑みかけてみた。
「お目覚めかな? 石の眠り姫……いやいや。お姫様が、そんな無様なものを生やしているわけはないな」
「……誰、貴女は」
 イアルが問いかけ、睨みつけてくる。
 眼光の強さは、さすがに鏡幻龍の戦巫女だ。
「魔女結社……いえ、アルケミスト・ギルド?」
「群れなければ何も出来ない、あのような輩と一緒にしないでもらおうか」
 私は言った。
「私の顔に、見覚えは……? 面影くらいは受け継いでいると思うのだけど」
「貴女など知らない……」
 言いかけたイアルが、目を見開いてゆく。赤い瞳の中で、私が微笑んでいる。
「いえ、まさか……あの子の……?」
「会いたかったよ。私の……ご先祖様、という事になるのかな?」
 私は、微笑んではいられなくなった。
 イアルの瞳の中で、私は今、牙を剥いている。哀れみが再び、憤りに変わっていった。
「王家の、面汚しが……ッ!」


『イアルがね、いなくなってしまったの……』
 喧嘩して家出をした、わけではないのなら、またどこか怪しげな組織にでも拉致されたのだろう。いつもの事ではないか。
 などとは、心配している響カスミに向かって言える事ではなかった。
 電話の向こうでカスミは今、泣きじゃくっている。
『イアルが、また石に変わってしまって……すぐに戻してあげれば良かったんだけど私、急ぎで上げなきゃいけない書類があって』
「在宅勤務も程々にね、響先生」
 左手にスマートフォンを持ち、右手でパソコンを操作しながら、茂枝萌は言った。
「ただでさえ、日本の教師は働き過ぎなんだから」
『本当に……書類なんて、放っておけば良かった……』
 カスミが、しゃくり上げている。
『私が、そんな事している間に……イアルが……』
「いなくなってしまった、と」
 石像のまま放置されていたイアルが、いなくなった……恐らくは、盗難に遭った。拉致、と言うべきか。
 心当たりが萌には、ないわけではなかった。
 IO2がリストアップしている、要注意人物の1人。そのファイルを開いているところである。
「ねえ響先生。イアルの、出自に関してなんだけど……本人から、話は聞いてる?」
『大昔の、どこかの国のお姫様だっていうお話なら……』
「裸足の王女。そんなふうに呼ばれてイアルは、大昔からずっと……物として、扱われてきた」
 とある1人の女性に関する、様々な個人情報が今、萌の眼前のパソコンに表示されている。
「その、裸足の王女に関連する様々な品物を……イアルが入った事のある魔本とか、石像の複製品とかね。そういった物を盗み集めている、窃盗犯がいるんだけど。ちなみに女」
『その人が、私の家からイアルを……盗んだ、の?』
「確証はない。証拠を残すような相手でもなし」
 どことなく、イアルに似ている女性だ。
「窃盗犯と言うか、必要に応じて強盗みたいな荒っぽい事もする。魔力や超能力の類が、本人にあるのかどうかはわからないけど……この女が盗んだものの中には、そういう物も多く含まれてる。曰く付きな呪いの宝物とかね。だからIO2の要注意リストにも載ってるわけだけど」
『IO2が、その人を……どうにかして、くれるの? イアルを……助けて、くれるの?』
「この女の仕業だという事が、明らかになればね」
 怪盗、などという生易しいものではない。人死にを伴う強盗行為にも大いに手を染めてきた、美貌の女盗賊。
 その資料に記された事実をカスミに語って聞かせるべきか、萌は迷った。
 ある時代、鏡幻龍の王国には少なくとも2人の王女がいた。
 第1王女イアル・ミラールと、その妹である。
 イアルは未婚のまま『裸足の王女』として数奇な運命を歩む事となり、今に至る。
 一方、妹王女は他国に嫁いで子孫を残した。
(その子孫が……)
 萌の眼前、パソコンのモニター上で、不敵に微笑んでいる。どことなくイアルに似た美貌を、ニヤリと歪めている。
 筋金入りの、犯罪者の笑顔だった。
(血縁があろうと無かろうと、そんな輩がイアルに関わるのは……もう許さない。魔女やら錬金術師、それに虚無の境界、そういった連中だけで手一杯なんだから)


 魔本、それに石像の模造品。その他諸々。
 とにかく『裸足の王女』に関連する品物ことごとくを、私は世界各地から盗み集め、このアジトに保管してある。
 無論、保管するために集めたわけではない。売却するためでもない。
 破壊・処分し、この世から消し去るためである。
 歴史のあちこちで恥を晒す、愚かな第一王女の痕跡を、消滅させるためである。
「イアル・ミラール……私は、お前を許さない」
 私がそう語りかけた相手はしかし、すでにイアル・ミラールではない。
「ぐるっ……がぅるるるる、ぎゃあうッ!」
 首輪と鎖に繋がれた、1頭の牝獣である。イアルという名前は、私が奪った。
 結果この女は石化の呪いからは解放され、しかし人間ではいられなくなった。
 人間の女の姿をした、名無しの牝獣。牝としては有り得ないものを隆々と立てた、無様な生き物。
「ふ……ふふっ。これが、誇りある鏡幻龍の戦巫女……ははっ、あっははははははは」
 私は笑うしかなかった。笑い過ぎて、涙が溢れ出してくる。
 憤りか、哀れみか、よくわからない感情が今、私の中では渦巻いている。
 鏡幻龍の王国、その王家の血を引く者としては、恥晒し・面汚しとしか言いようのない様を晒す名無しの牝獣。
 何のために私は今、こんなものを鎖に繋いでいるのか。
 一刻も早く、この世から消し去らなければならない無様な生き物を何故、私は生かしておいているのか。
 破壊・処分すべき品々を、私は何故、このアジトのあちこちに放置しているのか。
 わからぬまま、私はひたすら笑い続けた。
 殺処分なら、いつでも出来る。
 今はただ、この生き物の無様さをしばし愉しみ続けよう、と私は思う事にした。


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA019/茂枝・萌/女/14歳/IO2エージェント NINJA】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/神聖都学園の音楽教師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月11日

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