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『温かさの記憶 』
Robin redbreastjb2203

 その日、Robin redbreastは四国のとある地を訪れていた。
「……ここでよかったかな」
 森林に囲まれたを岩場を見渡し、適当な場所に腰を下ろす。
 目の前に流れる川は驚くほどに澄んでおり、水面に反射する光が眩しい。遠くに見える入道雲を眺めつつ、ロビンはある天使がやってくるのを待っていた。

「早かったのだな」
 声をかけられ振り向くと、そこには見慣れた顔があった。斜め前髪をなびかせながら、シス=カルセドナが近づいてくる。
「あたしもさっき来たばかりだから、シスとそんなに変わらないよ」
「そうか。ならいいのだが」
 頷く相手は、いつも通り白ずくめの格好だった。ひとつだけ違うのは、普段よりもやや軽装なところだろうか。
「ここ綺麗なところだね。シスが見つけたの?」
「ああ、俺様のお気に入りの場所だ。特別に教えてやったのだぞ」
 聞けばゲート周辺の警備をしていたときに、見つけたのだという。シスは辺りを注意深く見渡してから、ロビンに視線を戻した。
「で、何の用で俺様を呼んだのだ?」
「あ、うん。ちょっと相談したいことがあって」
「ほう。言ってみるがいい」
 しかしロビンは、そこで黙り込んでしまう。話を聞いて欲しいはずなのに、いざ口にしようとしたら言葉が出ないのだ。
「……どうした?」
 訝しげな相手に、戸惑いつつ。
「こういうのって慣れてなくて。どういうふうに話せばいいんだろう?」
「ぬ。俺様に言われてもな……」
 シスは困った様子で考えを巡らせていたが、やがてかぶりを振り。
「いい答えが浮かばん。とにかく、貴様は何か悩みがあるのだな」
「うん」
「それをそのまま言えばいい。うまく話そうとか考えるな」
 ロビンはわかった、と頷いてから、思いつくままに言葉を並べ始める。

「あのね、この間卒業するまでは撃退士を続けるって話したと思うんだけど。進級試験に問題がなかったから、進学することになったんだ」
 ただね、とロビンはやや視線を落とす。
「大学へ上がる前にね。故郷に一度帰って家族に顔を見せようか、迷ってるんだ」
 シスは何ごとか言おうとして、口をつぐんだ。その三白眼は『何を迷う必要がある?』と言っているようで。
「あたしの家族は遊牧民族だから、今の正確な位置は分からないんだ」
「……? それは探せば済む話なのではないか」
「それにずっと会ってなかったから、顔が分からないかもしれないし……。死んだり、一家離散したりしているかもしれない」
「そんなもの、会ってみなければ――」
 そう言いかけたシスは何かに気づいたのか、再び口をつぐんでしまう。黙り込む相手へ、ロビンは小首を傾げ。
「シスどうしたの? あたし変なこと言ったかな」
「……ほんとうの」
「え?」

「本当の理由はなんだ?」

 思いがけない質問に、すぐには返事ができなかった。そんな彼女を見たシスは、軽くため息をつき。
「さっき話したのは、行かないための理由付けだろう」
「…………。どうしてわかったの?」
「俺様には透心眼(クリスタル・マインド・アイ)があるからな。貴様が本心を言っていないことくらいはわかるのだ」
「そうなんだ。シスって凄いんだね」
 その言葉に相手はまあなと返すものの、どことなく歯切れが悪い。いつもと違ってなかなか核心を言おうとしない彼女に、戸惑っているのだろう。
 ロビンは流れる白雲を見上げ、一度深呼吸してから。

「本当はね、怖いんだと思う」

 もうとっくに、忘れられているかもしれない。
 自分なんていなかったことに、なっているかもしれない。

「たくさん殺し過ぎて、汚れてしまって……故郷に帰る資格がないかもしれないし」
 記憶の中にある故郷は、いつものどかで平和で。そんな場所にキル・マシーンとして育てられた自分が、踏み入っていいのかとも思う。
「殺人鬼って責められても、仕方がないよね。本当のことだから」
「ロビン……」
 言葉が出ないでいるシスに、ロビンはやや躊躇いがちに切り出す。
「以前はね、こういうの考えたこともなかったんだ」
 家族に会うのが怖いとか、責められたらどうしようとか。そもそも故郷に帰りたいとさえ、考えることもなかったのに。
「学園に保護されて、いろんな経験をして。そういう気持ちが戻ったんだと思う」
 ずっと封じ込められてきた、人間らしい感情。ようやく戻ってきたことを嬉しく思う一方で、戸惑ってしまうのも事実で。
「……自分の本心っていうのかな。そういうのを打ち明けるのって恥ずかしいと思ったんだけど。やっぱりまだ、わからないことばかりだから」
 自分に自信が持てなくて、どうしても答えが出せなくて。
 結局悩んだ末、信頼する相手に相談してみることにしたのだ。

「そうか。貴様も色々あったのだな」
 シスはそれだけいうと、川面に視線を移したまま黙り込んだ。その表情はいつになく真剣で、切実な悩みを打ち明けた相手に何を伝えるべきか、深慮しているようにも見える。
「……俺は貴様ほどの過去は背負っていないし、経験もない。だから思ったことを正直に言うぞ」
「うん」
 シスは改めてロビンと向き合うと、ひとつひとつ言葉を選ぶように話し始める。
「まず、貴様の家族は貴様の存在を忘れてなどいない。忘れられるはずがない」
「……本当?」
「家族とはそういうものだ。……と、俺は思う」
 やや自信なさげなのは、彼自身も本当の親を亡くしているからかもしれない。両親と幼い頃に引き離された経験は、どんなに時が経っても何かしらの痛みとなって残っているものだ。
「それと、貴様の過去についてだが。自ら望んだものでなかったにせよ、多くの者を殺めた業はそう簡単になくなるものでもないだろう」
 そう告げるシスの顔には、深刻さと共にやりきれなさが滲んでいた。
「暗殺者として育てられた貴様を家族は怖がるかもしれないし、拒むかもしれない。その可能性を、俺は否定せん」
 もちろん、快く迎えてくれる可能性だって十分にあるだろう。けれど彼自身も多くの戦いに参加してきたからこそ、現実がそう甘くないことも知っている。
 命を奪うということは、たとえどんな理由であれ悲しみや憎しみを生んでしまう。それがわかるようになった(からこそ、会うのが怖いと言う)ロビンに、その場しのぎの気休めなど言いたくなかった。
「だが貴様が本当に家族と再会し、受け入れてもらいたいと思うのならば……会いに行くしかないのではないか」
 ここで悩んでいても仕方ないだろう? と言う天使に、ロビンは自身の手元を見つめる。
「うん、そうだよね。それはわかってるんだけど……」
「もしもを恐れていては何もできん。正直に話して、それでも会いたかったのだと、伝えればいいのだ」
 それとだな、とシスはやや怒ったような調子で言いやった。
「自分を汚れているなどと言うな」
「……でも、本当のことだし」
「いや違うぞ。今の貴様は暗殺者ではなく、撃退士だろう」
 ロビンは思わず、天使を見つめた。こちらを向いた瞳は、一点の曇りもない真摯さを映していて。
「この間も言ったが、俺とお前は信で結ばれた同志ではないか。もっと胸を張れ」
 共に多くを乗り越え、新たな時代を創ると約束した。
 過去を否定することはできなくても、今の自分を肯定することは許されるはずだからと。
「それに……今の貴様は悪くないと、俺様は、思うぞ」
「本当? 暗殺者じゃなくなったからかな」
 天使はかぶりを振ると、やや気恥ずかしげに続ける。
「出逢った頃から思えば、貴様は随分変わっただろう。今のロビンは十分に、人間らしくて……俺はいいと思う」
「……そっか。ならよかったな」
 ロビンは胸の辺りが温かくなるのを感じた。シスの率直な言葉が、すとんと収まっていくのがわかるのだ。
 
 どこかで、水が跳ねる音がした。
 水面に視線を移すと、ゆったりとした流れが多くの命を抱きたゆたっている。魚の影を目で追いながら、ロビンは心に決めたことを口にした。
「あたし、家族へ会いに行ってみるね」
 そうかと頷く天使に、ロビンも頷き返してから。
「またこうやって話しに来てもいいかな。報告もしたいし」
「ああ、もちろんだ。いつでも呼ぶがいい」
 そう告げるシスの表情は穏やかで、なぜだか懐かしさを覚えてしまう。
 安心感とか。温かさとか。
 きっとそれは、忘れていた家族の――

「ロビン」
「何?」
 シスの瞳は、まっすぐにこちらを映していた。
「誰がなんと言おうと、俺は今のお前を信じている。だからお前も、自分と家族を信じろ」
「うん。ありがとう、シス」
 そう返す彼女の顔には作り物ではない、真実の笑顔が咲いていた。
 ここへ来たときの迷いは、もう無い。
 もちろん不安がすべて消えたわけではないけれど、今胸にあるこの温かさを大切にしたかった。
 だって彼は、

 信じると言ってくれた。
 信じろと言ってくれた。

 だからきっと、大丈夫。
 ふたりで見上げた空は、いつかの記憶と同じように綺麗だった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/その胸に灯るのは】

【jb2203/Robin redbreast/女/温想】

参加NPC

【jz0360/シス=カルセドナ/男/信愛】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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生きてきた環境が違うほど、伝えられないことってありますよね。
共に重ねてきた時間が、その隙間を埋めてくれるのかもしれません。

こちらこそ、長きに渡りお世話になりました。
彼とロビンちゃんはまったく違うようで、どこか似た部分もあって。
ふたりの探しものは、きっとこの先見つかるのだと信じています。

たくさんの素敵な時間を、ありがとうございました!
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エリュシオン
2017年09月11日

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