▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『SATSUEI 〜NYA-RA始めました〜 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&サーラ・アートネットaa4973)&迫間 央aa1445)&ヘンリー・クラウンaa0636)&リィェン・ユーaa0208)&美空aa4136)&キルデスベイベaa4829hero001
「ふぉほふぁふぉふぉあ?」
 猿轡の下からもぐもぐと。
 速度を落としたキャブオーバーワンボックスカー(俗に云うライトバン)の後部に縛り上げられて目を塞がれて転がされていたソーニャ・デグチャレフが訊いた。
「誰か翻訳を」
 声の主は、なめらかな手さばきでシフトレバーを5速からニュートラルまで落としてふわりと停車を決めた狭間 央。なんというか、地方公務員を超えた運転テクである。
「ここはどこだ、じゃないでしょうかギュン」
 ソーニャの猿轡を結びなおしたキルデスベイベが、ふかふかのシッポをさふさふ動かしながら答えた。
「あああああもふもふ! もふもふであります!」
 シートベルトからすっぽ抜ける勢いでそのシッポに埋まるのは美空だ。ちなみに彼女、今回合流するはずだった撮影監督が熱中症で倒れたのを介抱していた際、「予算は7人分出ています。そこから増えることも減ることも許されません」という央の発言により、さっくりと拉致られてきたんだった。
「地方自治体、おそるべしだな……」
 マネージャー兼食事担当として参加しているヘンリー・クラウンはかぶりを振り振り、ソーニャの体の下に鉄パイプを突っ込んで転がした。定期的に寝返りをうたせないと、彼女の皮膚がかぶれてしまうかもしれないから。
「それよりもあれはいいのか?」
 別件で近くの道の駅へ立ち寄っていたところ、央に声をかけられてそのまま同行することになったリィェン・ユーが親指で指し示した後方。大量のスポーツカーやら高級車やらが列を成して追いかけてきていた。
「問題ない。あれは俺が“うっかり漏らした”情報を見た支義団のみなさんだ」
 友だち相手ということで言葉を崩し、央は口の端を吊り上げる。
「正確には亡命政府陸軍特別支援義勇兵団だな。あくまで仮の名称だが……ちなみにあの車の塗装は我がK市内の協力自動車工場でのみ取り扱っている“にゃーピンク”だ。ありがとうございます!」
 そう言われてみれば、どの車も同じピンク色である。
「ひどい癒着だな……」
 ヘンリーの重いため息をふんすのひと吹きで吹き払い、央は強く言い放った。
「地元を潤してこその提携だ。そしてすでに次のカラーも用意してある。鮮やかで繊細な“さーイエロー”をな。ご注文お待ちしております!」
 もぐう! ソーニャの脇に転がっていたイモムシがびょんと跳ねた。簀の上からワイヤーでぐるぐる巻きにされたサーラ・アートネットである。
 彼女は大将(兼亡命政府代表)とソーニャのふたりしかいない陸海空統合軍の3人めの軍人として、伍長ながら特別情報幕僚の地位を与えられていて、今は簀巻きにされている。
「今日の主旨を説明するのでありますギュン」
 ソーニャとサーラの耳をヘッドホンでふさぎ、キルデスベイベが言った。
「本作戦の進行担当官キルデスベイベですギュン。今回自分等は、祖国奪回復興プロジェクトを展開中の我が国に提携・支援をしていただいているK市の湾岸部へお邪魔していますギュン。内容はにゃーたん少尉とさーらん伍長による我が国の国歌PV撮影ですが」
 ここで央が言葉を継いで。
「昼間はレジャースポット、夜間には工業地帯のアピールを舞台にすることで、我がK市の観光力をアピールさせていただく狙いもあります」
「ずぶずぶか。……それはとにかく、当事者に聞かせなくていいのか?」
 ヘンリーの質問に対し、キルデスベイベは極めて無慈悲に。
「少尉の泣き言は聞きませんギュン。ですので泣き言の種も与えませんギュン」
 そしてキルデスベイベは美空へ視線を向けた。
「撮影監督は美空さんにお任せしますギュン」
「頼まれたからには美空にお任せあれであります!」
 いきなり連れてこられて勝手に役職まで割り振られたのに、なぜかやる気まんまんの美空だった。
「他のみなさまは各種サポートをお願いしますギュン」
 かくてライトバンのスライドドアが引き開けられ、残暑を乗せた日ざしが車内へ飛び込んできた。


「貴様、いったい小官になにを!?」
 縛めを解かれたソーニャが開口一番絶叫し。
「祖国のためにお働きいただくのですギュン、にゃーたん少尉殿。さーらん伍長殿といっしょに」
 びくびくっ。ソーニャの小さな体の向こうで精いっぱい体を縮めていたサーラが思わず跳び上がる。
「うう、上官殿……」
 涙目になるサーラは、ポップなイエローのフリフリワンピース水着である。
 苦い顔で右眼を閉ざすソーニャもまた、サーラのそれとおそろいの、キュートなピンクのワンピース水着である。
「ほんとは布面積キレっキレな慰問式ビキニの予定だったのでありますが、にゃーたんの体には愚神にかじられた跡がありますので、統合軍よりワンピが支給されたのであります」
 部外者なのによどみなく説明する美空。
「そもそも考慮するところがちがうであろうが……」
 ソーニャは手渡された検閲済みの資料をめくる。とはいえ、ほとんどの部分が黒く塗り潰されていて、内容がまったくわからない。
「ちょっと待て。いつの間に小官、“にゃー”がひらがな表記になったのだ?」
「亡命政府に多数寄せられた嘆願によってですギュン。“ニャー”より“にゃー”のほうがかわいいと」
 続いてサーラがおどおどと。
「あの、さーらんとは、私、でありますか? それよりも私、どうしてこんなところに」
「すべては祖国のためですギュン。それににゃーたん少尉とコンビなのですから、当然名前も衣装もそれに合わせなければ」
「ううっ」
 思わずへたり込むサーラに、ソーニャは渋い顔を向けた。
「同志サーラいや、さーらん伍長。我らは軍人だ。祖国の踏み石として使い捨てられるは本懐よ」
「上官殿……その至言、胸に刻んで参りますぅ!」
 がっしとソーニャへ抱きつくサーラ。
 向こう側で雄叫びがあがる。
「はい、写真撮影は後ほど1枚540円(税込)で! 先行発売のにゃーピンク法被とさーイエロー法被は1枚は8640円(税込)です!」
 ライトバンのバックドアを開け、中に山積みにしていた商品を男たちへ見せる央。不気味なほど生き生きしていた。
「“祖国”の復興募金もお願い中なのであります! ひと口3240円からでリターン品をお届けするのであります!」
 ちんまい体をわーっと伸ばし、美空が人々の隙間を駆け巡る。
「募金じゃなくてクラウドファンディングだな」
 バーベキューセットを駆使して、地元漁協から提供された新鮮な岩牡蠣を炭火で焼くヘンリー。この岩牡蠣はひとつ756円(税込)だ。
「今ならにゃーたんとさーらんがふーふーしちゃうサービス(+108円)付きですギュン!」
 とんでもないキルデスベイベのオプション提示に男たちが殺到した。
「押さないで列を守ってくれ――なんだこの圧力は! 素人の殺気じゃないぞ、これ!」
 男たちを押し返しにかかったリィェンが驚愕する。
「本気だからな、みなさんは。そして俺も!」
 央の眼鏡が日ざしを照り返して妖しく光った。地方公務員を超えたなにかを宿して。
「そのやる気はいったい……ちぃっ、押すなと言ってるだろうが! 少し当てさせてもらうぞ! って、なぜ立てる!?」
 リィェンの勁を当てられ、崩れ落ちたはずの男がびょんと立ち上がり、岩牡蠣へ向かう。さながらゾンビパニックである。
「……」
 すべてをあきらめた顔で岩牡蠣を焼き続けるヘンリーの前で、水着姿のソーニャとサーラは微妙な顔でふーふーし続ける。
「ふー、ふー。その、はい、どうぞであります」
「さーらんのふーふーでおいしくなったよぉ!!」
「そ、そうであります、か」
 おどおどと首をすくめたサーラならぬさーらんの目元から、でっかい眼鏡がずり落ちた。
 それを見た男たちが「さーらんらんらん!! さーらんらんらん!!」、大合唱。
「ふー、ふー。くっ、殺……されても死すわけにいかん! 祖国を取り戻すその日まで!」
 ソーニャ改めにゃーたんが突き出した岩牡蠣に直でかじりついた男が、夢見る瞳を天へ向けて「はああああ」。
「にゃーたん、祖国の味がするよぅ」
 貴殿の祖国は日本だろうが! あと我が祖国で岩牡蠣は取れん! スクリパリ(コウライギギ)がせいぜいでな!
 しかし、言えない。彼女の夫は祖国。祖国のため、生きなければならないのだ。
「にゃーたんが笑ったぁ!!」
 にゃーたんにゃっにゃっ!! にゃーたんにゃっにゃっ!!
「上官殿ぉ、日本人はおかしいのでありますぅ」
 すがりついてくるさーらんを押し戻し、にゃーたんはフリフリつきのピンクアイパッチに隠された左眉をぐうと撓めて。
「諸兄は祖国の大切な外部国民として」
「にゃーたんカワイイよおおお! さーらんは――ちょっと育ちすぎ?」
「おかしいのは頭だけじゃないですぅ!」
「歯といっしょに目と耳も食いしばれ! すべては祖国の明日のため!」
「……僕、祖国に帰ったら財産全部寄付するよ? 先物取引で儲けたお金が9桁ドルあるし」
 男のひとりが紳士の笑顔で語る。
「おかしいのに優秀です!」
「先物取引というのがなんともまた」
 頭を抱えるふたりの間からぴょこんと美空が顔を出し。
「3240000円の募金で、にゃーたんとさーらんが1日お仕えしてくれる券1枚ご進呈なのであります」
「募金なのに消費税だと!?」
 おののくリィェンに、ヘンリーがそっと熱々の岩牡蠣を差し出した。
「ひとつどうだ?」
「なんだヘンリー、気にし」
「756円だ」
「なん、だと……?」


「歌のシーンは後に回しまして、先にゃーたんとさーらんがK市の湾岸部の名所を紹介するシーンの撮影に入るであります」
 ちんまい肩に大きな撮影用カメラを担いだ美空が言った。
「カット割りもコンテもないのでありますね」
「そのへんは撮影監督代理殿にお任せしますギュン」
 キルデスベイベの丸投げに、美空はふるふると難しい顔を左右に振り。
「ライティングを考えるとレフ板が欲しいのであります。アルミホイルをダンボールに貼って即席のやつを作るであります」
 素人とは思えない有能振りを発揮したりしていた。
「で、レベル先輩。小官らはなにをすればよいのであるか?」
「この海岸は特になにも見所はないのですが……とあるスポットがあるんです!」
 まだまだ暑い晩夏の日ざしのただ中、なぜか海軍風スーツ姿で仁王立つ央が高らかに告げた。
「見所がないのにスポット? いや、もう四の五の言うつもりはないが」
「私は上官殿についていくだけであります!」
 苦い顔のにゃーたんと、決死の表情で敬礼するさーらん。これから特攻でも決めようかって顔だが、水着のパッションカラーと過剰なフリフリで悲壮感は台無しだ。
 対して央はクールに口の端を吊り上げて。
「最近、ちょっとしたノーロープバンジーの名所が」
「必ず死ぬやつだぁ!」
「死ぬならせめて祖国で!!」
 と、いうわけで。
 ピンポイントでガードレールが撤去された小高い(緩和的表現)崖(端的表現)の上に立たされたにゃーたんとさーらんは、下から吹き上げるぬるい風にあおられ、戦慄する。
「じょじょ上官殿のの、声が聞こえるのでありますぅぅぅ」
「風の音だ! けしてこっちへ来いなどと言っているのではない……にゃー」
 と、四つん這いになって下を見る。
 すぐそばに砂浜があるとは思えない荒波のところどころから突き出す、妙にゴツゴツ尖った岩々。
「今のうちに腹ごしらえしておくか? 専門は菓子だが、なんでも作るぞ――俺にできるすべてをかけて」
 しんみりと言うヘンリーに続き、リィェンもまた静かに言葉を紡いだ。
「俺は武辺者だ。だから、このひと言をきみたちに送ろう。……武運を」
 ヘンリーが小さな鍋の内でイタリアンロースト(超深煎り)したコーヒー粉とカルダモンを入れる。そのなんとも言えない香が漂う中、にゃーたんとさーらんを映すカメラが回りだした。
「上官殿ぉ! このシーン撮影したら次のシーンの撮影はムリなんじゃないかと愚考いたしますがぁ!」
「押すなよリアルガチで!!」
「で、アラブコーヒーは入ったが、飲んで逝くか?」
 カップを差し出すヘンリーへ、くわっとにゃーたんが噛みつきかけたが。
「死に水は押すなああああああ!」
「わわ私も押され――」
 さーらんが顎の下までずり落ちた眼鏡を必死で押さえながら後ろを示し。
「武運を祈った以上は戦ってきてもらおうか」
 ぐいぐいふたりを押し込むリィェンが、神妙な顔をうなずかせ。
「戦う相手なんてどこにもいないでありますけどっ!?」
 さーらんの抗議に小首を傾げたリィェン。ぐっと腰を据えて掌をさーらんの背につけて。
「運命?」
 発勁。
「にゃーたん死すとも祖国は死なずぅうぅうぅうぅ」
「さーらん死んでも眼鏡だけはぁあぁあぁあぁ」
 もつれあって落ちていくふたりを見送った央は、美空に「カット」を指示して口の端を歪めた。
「本体たる眼鏡を守ろうという決意は結構ですが、死んでいただいては困ります。ファンのみなさんのため、俺の特別賞与金のためにね。……最近のAGWは金がかかりますので」
 央、意外なほどに野心家なんだった。
「いい映像が撮れたのであります! 次は海の家でお手伝いでありますね」
 カメラに付属するデジタルモニターで映像を確認した美空が、ぴゅーっと駆けていった。
「どう考えても順番おかしいだろ……なんで死ぬやつが最初なんだよ」
 行き場のなくなったアラブコーヒーをすすり、顔をしかめるヘンリー。
 幸運にも岩へ突き当たることなく、400キロの自重でぶくぶく沈んでいくにゃーたん、そして彼女と運命を共にするさーらんを見下ろし、リィェンは右掌で左拳を包む包拳礼を贈った。

 ――一方、この場にいないキルデスベイベは。
「今ならにゃーたん&さーらん回収用ボートの搭乗チケットがおひとり様20000円(税別)でありますギュン!」
 ネットで転売しようとする輩に地元産の海塩でコーティングした20mm機銃弾を撃ち込みつつ、祖国復興資金を稼いでいるのだった。


「い、いらっしゃいませであるにゃー」
「ど、どうぞ――らん?」
 リィェンの活で止まっていた息を吹き返したにゃーたんとさーらんは今、水着の上からフリフリの白エプロンを装着させられ、海の家の呼び込みに駆り出されている。
「3、2――」
 美空のキューで、央とリィェンが張ったロープの向こうに隔離されていたファンが解き放たれた。
 シーズンオフにつき調理場をヘンリーが切り回す、古ぼけた海の家へ殺到する“男津波”。
「ひぃぃ、らん!」
 押しつけられた語尾を律儀に語り、震え上がるさーらん。
 暑い日ざしに晒され続けた男たちは、いろいろな意味で強烈なのだ。
「鼻を食いしばれ! 行くも退くも地獄なら、我らはただただ前進するのみである! ――メニューはにゃーたん水と塩ラーメンと塩焼きそばと、シェフの気まぐれ茹でダコにゃー!」
「ささささーらん炭酸水も、あるのですらん!」
 餓えた男どもは水分を求め、ぐいぐいジョッキを呷る。
「さーらんも喉が渇いたでしょ? 僕の払いで飲んでさーらん炭酸水!」
 ファンに押しつけられた炭酸水に、さーらんはおずおず口をつけた。
「う、その、ありがとう、ございます、らん」
 と。
「さーらんを構成する水分の何パーセントかがさーらん炭酸水になった。ということは、このさーらん炭酸水はさーらんとも言えるわけで……そうか。さーらんは、しゅわっとしてる」
「いひぃぃぃぃぃ!」
 そろそろ描写に問題が出始める勢いで戯言を唱え始めたりなんだり。
 そしてラーメンと焼きそばは。
「妙にうまい!」
 のである。
 地元の魚介で出汁をとったラーメンスープは端麗にして繊細。手打ちの極細麺によくからんで、これがまたうまい。
 焼きそばも塩だれとシーフードの組み合わせが絶妙で、こちらも手打ちの平麺が最高の食感を味わわせるのだ。
「値段はとにかく、ちゃんとしたものを食べてほしいからな」
 ヘンリーは平ざるとヘラを換装しつつ、鉄板と寸胴鍋の間を忙しく行き交う。そろそろ仕込んでおいた麺が切れる。となれば、次は――
「茹でダコ、でありますか、らん?」
 異様な気を放つ男はさーらんにうなずき、たどたどしい日本語で告げた。
「ワタシ、特典、願う」
「特典はチョココーティング棒状ビスケットゲーム式タコ足ゲームになってますギュン」
 キルデスベイベがすかさず口を挟む。権利関係に障らない表現につき、面倒な表現になっていることをお許しいただきたい。
「タコ足ゲームとは、ちぎったタコ足の根元と先をふたりでくわえてちょっとずつ食べて行って最後にちゅうするアレでありますね!」
 美空の説明がくどいのもお許しいただきたい!
「ワタシ、にゃーたん、幸せ、する」
 一足ではすまない飛びっぷり。
「このままでは上官殿が重婚に!」
「それ以前に小官にもお断りする権利が!」
「とりあえず婚約までなら裁判でもなんとか……いけますか」
 さーらん、にゃーたん、央が言い合う中、男の前にリィェンが進み出た。
「知ってるよ。きみ、香港支部の“千鎌”だろう? 蟷螂拳の演舞は見たことがある。普通に話してるところもな」
「――貴様、邪魔しに来たのか! この世に生まれ出でて43年! 初めて知ったこの愛を!!」
 とち狂った“千鎌”が貫手を繰り出してきた!
「こっちはむしろ、きみのストライクゾーンの低さなんぞ知りたくなかったんだが」
 それを掌に乗せた勁で弾くリィェン。
「ここは俺が抑える! その間に特典を!」
「え? え?」
 意味がわからず慌てるさーらんにリィェンは口の端を吊り上げてみせ。
「ファンサービスになればいいんだろう? だったら――」

「い、行くでありますらん、上官殿!」
「う、うむ。ばっちこいにゃー!」
“千鎌”の貫手を弾いた肘をそのまま打ち込むリィェンの後方で、茹でたタコの足の両端を咥えるにゃーたんとさーらん。
 むちむちむちむち。タコ足が短くなっていって、ふたりの顔が近づいていく。
「じょ、上官殿――私、なんだか変な気持ちに」
「目を潤ませるな! 息を荒げるな! 雰囲気に飲まれるなぁー!」
 うおおおおおおお。ふたりが魅せる百合百合しさに、男たち感涙。
「いいでありますよ! おふたりとも、最高にお綺麗なのであります! もっとイっちゃいましょうであります! これは、伝説作れちゃうのであります!」
 どこぞのグラビアカメラマンみたいなことを言いながら、美空もふんすふんすと盛り上がる。
「ここのシーンだけ切り取ってネット販売するのはどうですギュン?」
「一応、公が絡みますからね。最近あのおふたりがアイドルとして所属されたという万来不動産さんにご協力いただきましょうか。うちと亡命政府さんのマージンについてはご相談ということで」
「あー、撮影はご遠慮くださいギュン! 後ほど公式映像の販売についてご案内しますギュン!」
 キルデスベイベと央はあいかわらずなんだった。

 タコの食べ過ぎと気持ちの盛り上がり過ぎで倒れ伏したにゃーたんとさーらんが目を覚ますと――夜になっていた。
「はい! にゃーたんとさーらんの寝顔を見守る会はこれにて終了ですギュン! 写真はチェックさせていただいた後、1枚につき540円いただきますギュン」
 ぱんぱん手を叩くキルデスベイベのシッポに埋もれていた美空があああと呻く。
「もふもふが行ってしまうのであります! もふもふがああああああ」
 そんな光景を虚ろな目で見やっているにゃーたんとさーらんへ、ヘンリーがコーヒーのマグカップを差し出した。
「ブラジル産の豆をシティローストして、クレバーコーヒードリッパーで淹れてみた。これなら起き抜けの胃にもそれほどの負担にはならないだろう」
「俺にもくれるか? さすがに疲れた」
 息をつきながらやってきたリィェンが座り込む。隙あらばにゃーたん・さーらんを接写しようと這い寄る男たちとの長い攻防は、彼の鉄の心身をも疲弊させていたのだ。
「とにかく最後のシーンになりますからね。我がK市が誇る、工場夜景をバックに歌っていただきましょう!」
 今までノートパソコンで今日の収支を打ち込んでいたはずの央が、右手を振り下ろして示した先には。
 夜闇を押し退けて照らし出された、コンビナートや工場群があった。
「にゃーたんとさーらんにはゴムボートで海に出ていただき、国歌の新曲をアドリブで披露していただきます」
 国歌の新曲――無茶振りにも程があった。
「それさえ終えれば解放されるのだにゃ?」
 涙ぐむさーらんをかばってにゃーたんが問う。
「ええ、今日のところはひとまず」

 にゃーたんとさーらんを乗せたゴムボートがしずしずと船出する。
「国歌新曲斉唱! ――黄昏包む雪の原」
 にゃーたんの歌声に合わせ、さーらんがあわてて。
「ここは日の本 黄昏越えた黒の海原」
 単なる棒読みだが、不思議なリズム感があってラップに聞こえる。
 ふたりの歌を支えるのは、男たちの「にゃーにゃにゃー」と「らーららー」のコーラスだ。
 いつしか場はひとつとなっていた。
 そしてその中で……静かにボートが沈んでいく。
「にゃーたん少尉が重すぎますギュン」
 キルデスベイベが舌打ちしたが、ちょこちょこ動き回ってカメラワークを展開する美空の邪魔はできず、救援に向かうことができない。
「こうなれば見送るしかありませんね。できれば場をそれっぽく盛り上げて」
 央の言葉を受けたリィェンはふと顔を上げ。
「ありがとう、はどうだ?」
 果たして。
 沈みゆくにゃーたんとさーらんに男たちが叫ぶ。
 ありがとおおおおおお!
 夢をありがとおおおお!!
 にゃーたんにゃっにゃっ! さーらんらんらん!
「いぶぶべば祖国ぶぶべびあかぶびぶ」
 身長の低いにゃーたんが先に海中へ姿を消し。
「上官どのぼぶびべぼぶぶぶぶぶ」
 さーらんが後を追って消えた。
 しぶとく泡立つ夜の海を見やり、ヘンリーは静かにかぶりを振った。アイドルって、なんなんだろうな。
 すばらしい映像を撮りきった美空のサムズアップを、男たちの号泣がむさ苦しく飾る。
「――これでアイドルユニット“NYA-RA(仮称)”のPV撮影は終了となりますギュン。これで終わりではありません。にゃーたんとさーらんは何度でも復活し、みなさまの前に現われるでしょうギュン」
「あのふたりは怪獣か」
 リィェンのツッコミを聞かす、キルデスベイベは男たちの声援に両手を挙げて応えた。
「それではこの後、痛車用のにゃーたん・さーらんの公認カッティングシートの予約を承ります。みなさま、こちらへどうぞ」
 央と共に男たちがぞろぞろ移動を開始する。

 後に残されたのは、静けさを取り戻した夜の海。
 にゃーたんとさーらんの復活は……きっともうすぐだ!


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 卓越する戦略眼】
【サーラ・アートネット(aa4973) / 女性 / 16歳 / 我ら凍りの嵐を越え】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【ヘンリー・クラウン(aa0636) / 男性 / 22歳 / ベストキッチンスタッフ】
【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【美空(aa4136) / 女性 / 10歳 / 「トイレどこですか」】
【キルデスベイベ(aa4829hero001) / ? / 18歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 偶像の道は修羅道。崇拝の道は畜生道。等しく亡者であろうなら、ただただ地獄を突き抜けん。
 
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年09月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.