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『ある片隅のハッピーエンド 』
矢徳 セリカjb8402)&矢徳 ユウキjb5219

 理不尽でクソッタレで最悪な人生。

 それが、矢徳(ヤドク)セリカの――毒糶(jb8402)の生きてきた世界だった。
 若き日の毒糶ことセリカが生まれ育ったのは、日本ではない場所の、海が見える辺鄙な村。潮騒を聞き、海の青さを見ながらセリカは育った。

 どこまでも広がる青い海。キラキラ輝く水面。寄せて返す波の造形。うみねこの声。

 それを「どうでもいい」と思うようになったのは、あまりに幼い頃からだった。
 セリカは幼少時代を子供としての無防備なままに生きることを許されなかった。
 ……母親は病死。父親は行方不明。天涯孤独。ゆえに近所の住人の手を借りて、少女はなんとか生きてきた。

 生きることで精いっぱいだった。
 周りに『敵』と認識されて迫害されないように。
 守ってくれる者はいない。
 人畜無害な笑みの奥では、いつもいつも怯えていた。

 けれど――。

 そんなセリカにも、世界が輝いて見えていたひとときがあった。
 ある男との出会い。
 セリカは彼と恋に落ちた。
 セリカは彼を愛していた。
 幸せだった。
 本気で幸せだった!

 世界が色づいて見え『た』のだ。
 存在を許されたような気に『なった』のだ。
 初めて誰かから必要にされたのだと、そう思って『いた』のだ。

 そう、すべて過去形。
 全部全部、幻想だった。

 必死になって子犬のように媚びてみせて、追いかけていたのはセリカだけ。

 裏切られた。
 見捨てられた。
 愛の証である娘すら奪われて。
 殺されかけた。魂を吸い取られかけて。
 彼は人間ではなかった。悪魔だった。
 セリカは祖先の血――天使の力に目覚めて、九死に一生を得た。

 ……その日から、村の人々の目が途端に変わった。
 悪魔に体を開いた女。悪魔の子供を宿した女。裏切者め。
 あの女は人間じゃなかった、天使だった、バケモノだ。
 人間の敵だ。

 出ていけ。出ていけ。ここから出ていけ。

 ……その日、鉛色の海を背に、セリカという女は死んだのだ。







 環結城(jb5219)。はぐれ悪魔。久遠ヶ原学園生。……記憶喪失。

 いつも笑顔で振舞う少女は、その裏でずっと心にトゲが刺さっていた。
 結城には記憶がない。過去がない。ルーツがない。だから自分に、自信がない。
 外見年齢は女子高校生ぐらいなのに、実年齢はたったの九歳。噛み合わない外見年齢と実年齢。
 それでも、「いつか分かる」と己自身に言い聞かせた。呪文のように。

 失われた記憶の手がかりらしいことと言えば――ある日の桜の木の下。
 そこには一人の女性が、ボンヤリと立っていた。
「あァ、」
 結城の気配に気付いた女性が振り返る。春の風に彼女の艶やかな髪が翻る。
「花見をしていたのよォ」
 瞳を色っぽく微笑ませる彼女。なぜだろう――その微笑みに、その声に、結城が心が切なくなるほどの懐かしさを覚えるのは。
「桜はスキ?」
「はいっ、好きです」
「あら、そォ」
 どこか本音が見えない彼女だが、その物言いは優しかった。結城はしばし、桜を見上げる彼女の横顔を見つめ……「あの」と再び声をかける。
「ナニか御用ォ?」
 彼女はこれっぽっちも嫌そうにせず、むしろ優しく振り返った。
 そんな彼女に結城が差し出したのは、持っていたタッパーだ。中には自作のオニギリが入っている。

「一緒に、お花見しましょう」

 はらりはらりと桜が散る中。
 不思議だった。こんなにも穏やかな気持ちで、笑みが込み上げてくるなんて……。







 月日は流れ。
 いつしかセリカは毒糶と名乗るようになっていた。

 ――月日は流れ。
 世界は、平和になっていた。
 悪魔と天使と人類はいがみ合うことをやめ、手を取り合う世界となった。

 悪魔は皆、滅びればいい。
 そんな毒糶の憎しみは……平和の中で、行き場をなくしてしまっていた。

「……潮時ねェ」

 やることが、なくなった。
 目的が、なくなった。
 だから久遠ヶ原学園を卒業した。
 きっともう、種族という一括りでモノを見る自分は、時代遅れなのだろう。

 たった一人、当て所ない旅に出る。
 居場所を探していたのかもしれない。
 結局、毒糶が一か所に落ち着くことはなかった。
 そんな放浪を続けて――……毒糶は懐かしい潮騒を聞く。

 ガランドウの廃村。海の見える場所。そこは『セリカ』の故郷だった。

「まだ、……残ってたのねェ」
 雑草まみれの荒れ果てた村。セリカの家はまだあった。壊れたドアから、数年ぶりの帰宅を果たす。
 無人無音の居間、密やかに主人の帰宅を待っていた椅子に腰を下ろす。そのまましばしボンヤリと――破れたカーテンの向こうに見える、遠い水平線を見つめていた。

 海。
 久遠ヶ原島。

 思い返すのは、あの日、桜の木の下で邂逅した娘の笑顔。
「まだ……残ってるかしらァ」
 やおら毒糶は立ち上がる。物置を漁る。レターセットと切手は記憶通りの場所にあった。それから鉛筆。埃を払った湿っぽい机の上、古びた便箋に、古びた鉛筆で文字を綴り始める。

『拝啓、環結城様。
 お元気かしら。
 もうじき桜の季節ね』

 こんなに真剣に文字を書いたのは人生で初めてかもしれない。
 気まぐれだった。けれど、無我夢中で鉛筆を走らせていた。

『あの時は語らなかったけれど――』

 気付けば頭の中が、あの日の邂逅でいっぱいになっていた。
 春の風。なびく黒髪。微笑む顔。私の娘。私の家族。
 手紙は自然と、こんな文字で締めくくられた。

『……あなたの母親より』







 世界は平和になった。
 結城は久遠ヶ原学園で学生としての時を過ごし――大学生となって。猛勉強と努力の果てに、教員免許を取得した。家庭科科目の教員だ。就職先は我らが母校、久遠ヶ原学園。結城は母校を卒業し、そして……来年度から教員として、母校が職場になる。

 そんな、春を控えた時の出来事。

 結城のもとに、一通の手紙が届いた。
 古びた便箋。それは、己の母親を名乗る人物からの手紙だった。
 彼女は手紙の中でこう言った。

『桜が咲いたら、あの場所で待ってる』

 罠じゃないか。イタズラじゃないか。結城の周囲はそう懸念した。
 けれど結城は手紙の内容が嘘だとは思えなかった。
 理由も根拠もないけれど、なぜか結城は信じていたのだ。

 ――澄み渡った春の空。
 ――穏やかな三月下旬。
 ――桜が咲いた。今年もまた。

 桜が咲いたら、あの場所で待ってる。
 場所の指定はたったそれだけ。
 でも、不思議だ。
 結城には全て分かっていた。それがどこなのかが。不思議と足が向かうのだ。

「はぁっ――はぁっ――」

 気付けば走り出していた。
 桜並木。
 桜が散る中。
 あの丘の向こう。

 春の風が目まぐるしく結城の記憶を舞い上げる。
 優しいあの声。優しいあの目。

 ――あの日の、桜の木の下。

(なぜでしょう……行ったことがないのに、とても懐かしい場所、なのです)

 足を止め、見渡した。
 そこには一人の女性が、ボンヤリと立っていた。
「あァ、」
 結城の気配に気付いた女性が振り返る。春の風に彼女の艶やかな髪が翻る。
「花見をしていたのよォ」
 瞳を色っぽく微笑ませる彼女。なぜだろう――その微笑みに、その声に、結城が心が切なくなるほどの懐かしさを覚えるのは。
「桜はスキ?」
「はいっ、好きです」
「あら、そォ」
 どこか本音が見えない彼女だが、その物言いは優しかった。結城はしばし、桜を見上げる彼女の横顔を見つめ……「あの」と再び声をかける。
「ナニか御用ォ?」
 彼女はこれっぽっちも嫌そうにせず、むしろ優しく振り返った。
 そんな彼女に結城が差し出したのは、持っていた重箱だ。

「――……、」

 走っている間に、結城は何を言おうか考えていたはずなのに。
 言葉の代わりに溢れたのは、大粒の涙だった。

「お母さん」

 震える手に、桜の花びらが落ちる。

「お母さんですよね」

 次から次へと涙がこぼれる。

「……」

 その人は、そんな結城を優しく――あの日と同じ眼差しで見つめ返して、あの日のように微笑むのだ。

「大きくなったね……ユーキちゃん」







 来ないと思っていた。
 それでもいいと思っていた。
 これは娘の人生を縛る行為じゃないか?
 そうなってしまうなら……一人でも良かった。
 でも、浅ましいほど。
 毒糶の心は、期待していたのだった。

 ……彼女は来た。

 息を切らせて、重い弁当を持って。
 ボロボロ泣いて、こう言った。

「お母さん」

 嗚呼。
 その一言だけで。
 救われたのだ。このクソッタレな人生が――。

「大きくなったね……ユーキちゃん」

 あんなに小さかった子が。
 こんなに大きく、綺麗になって。

 込み上げる想い。
 毒糶は結城を抱きしめる。
 強く、強く。

「ユーキちゃん、ユーキちゃん」
「おかあさぁぁぁん……」

 わんわん泣いて、子供のようにしゃくりあげて、二人は抱き合った。
 会いたかった。会いたかった。
 やっと会えた。
 もう、ずっとずっと一緒だ。

 はらりはらりと桜が散る。
 二人とも真っ赤に泣き腫らした目で、それでも笑いながら、互いを見つめる。

「お弁当、一緒に食べましょう……お母さん」
「そうねェ、ユーキちゃん。一緒に、食べましョ……」

 ――澄み渡った春の空。
 ――穏やかな三月下旬。
 ――桜が咲き誇る景色。

 丘の上から海が見える。
 キラキラ輝く光が見える。
 母と子は隣り合って座り、一緒にお弁当を頬張るのだ。

(あァ――)

 毒糶は目を細める。
 世界が色づいて見える。
 ここにいても良いのだ。

(嗚呼――)

 結城は瞳を閉じる。
 やっと心のトゲが取れた。
 私は今、ここにいる。


 寄り添う二人に、桜の花びらが優しく降り注ぐ。
 それはささやかな幸せなのだろう。
 でも、それは――間違いなく、幸せなのだ。
 これからも、ずっと。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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毒糶(jb8402)/女/27歳/アストラルヴァンガード
環結城(jb5219)/女/17歳/バハムートテイマー
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エリュシオン
2017年09月14日

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