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『幻獣王冒険譚外伝 〜あるハンターの苦悩〜  』
雪都ka6604)&ノワka3572

 雪都(ka6604)は、悩み続けていた。
 それは、先日ある人物から言われた言葉に起因している。

 『尽くすって事は自分を殺す事じゃない。時に相手を否定してでも、次へ進ませる事も必要じゃないかねぇ』
 『もっと悩みな。いつかは自分を通さなきゃならない時も来る。その時までに答えを出せるようにしておけばいいんだ』

 この言葉は雪都にとって青天の霹靂であった。
 確かに世界を変えたのは敬愛する『あの方』である。
 あの方を世話して尽くす事。
 それが雪都にとって最善であり、絶頂でもあった。

 しかし、そこへ浴びせかけられる冷や水。
 本当に――それで良いのか。
 あの方にとって、それは良い事なのか。
 実は、もっと別の答えがあるのではないか。

 先日与えられた言葉は、雪都の心を変化させるには十分過ぎた。
 日常でも依頼の最中でも、雪都の脳裏にはふっと悩みが浮き上がる。
 その度に、雪都は首を捻りながら唸っていた。


「大丈夫ですか? 今日は簡単な依頼でしたが、戦いの最中に悩んでいたら危険ですよ」
 偶然同じ依頼に参加していたノワ(ka3572)は、雪都の身を案じていた。

 今日の依頼は辺境の怠惰が潜んでいたとされるアジトの探索であった。主に残された物を調査する事がメインだった為、敵が出現する気配はなかった。
 だが、探索の最中でも雪都は、時折ぼーっとしたかと思えば独り言を呟いたり頭を縁にぶつけたりしている。何かにぶつかって慌てて現実へ引き戻されるのだが、しばらくすれば再び妄想の世界へと突入してしまう。
 今回はアジトの調査であったから良かったが、これがもし歪虚との戦闘をメインにした依頼ならば雪都は大怪我を負っていたかもしれない。
「ああ……」
 雪都は、ノワに返答する。
 しかし、その言葉には生気が感じられない。
 まさに――空返事。ノワの言葉もちゃんと届いているか、怪しい。
「あ、あの……本当に、大丈夫?」
 心配のあまり下から顔を覗き込むノワ。
 その瞬間、雪都は再び現実へ引き戻される。
「……あっ」
「気付きました? 心ここにあらず、って感じでした。何か悩みがおありなら、お聞きしますよ。口に出す事で悩みが整理できる事ってあると思うんです」
「…………」
 相談に乗るというノワ。
 雪都は一瞬、相談するか躊躇した。
 自分の悩みに対する答えは、おそらくハンターの数だけ存在する。一つの案を聞いたとしても、それが解決に繋がるとは限らない。
 だが、最終的には自分で出すべき答えだ。
 ならば、ノワの答えを参考にする事もできるだろう。
「……何故、ハンターをやっているんだ?」
「え?」
 雪都からの唐突な質問に、ノワは気圧される。
 雪都がまさかこんな根源的な事で悩んでいるとは思わなかったからだ。しかし、この悩みの厄介さは考えてみれば分かる。明確な答えがないハンターも多くいるからだ。
 ノワは少し考えた後、再び口を開く。
「私は研究の役に立つからですよ。貴重な鉱床や鉱物などに関する依頼もありますから。マテリアル鉱物も医療鉱物としてどこまで使用可能かというのも気になります」
 ノワの場合、ハンターである事の利点が大きいからだ。
 鉱物を愛し、鉱物を利用してどんな病や怪我を完治させる技術を研究しているのだ。ハンターならば鉱床に関する依頼が飛び込んできてもおかしくはない。
「私の研究が様々な種族に対してそれぞれどんな効果が出るのか、というのもハンターとして動いていれば調べやすいですし」
「そうか……」
 ノワの答えに雪都は、そう一言だけ呟いた。
 ノワが鉱物研究家であればこその理由だ。
 一方、雪都にはハンタでなければ理由が思い当たらない。
 顔色が優れない雪都を目にしたノワは、慌てて理由を付け足す。
「んー……あとは、生活の為です!」
「生活の為?」
「そうです。この世界の為、とかはあまり考えた事がないですね。今は鉱物医療の事で精一杯ですし、専門外の事象は他に適任者がいると考えています」
 再びもたらされたノワの答え。
 その中で、雪都が引っかかった言葉は『世界』だった。
 クリムゾンウェスト、リアルブルー、エバーグリーン。
 三つの世界が確認されている現在、ハンターは依頼によってこれらの世界を往復する事も少なくない。
 そう考えれば、雪都にとってこの世界とはどういう位置づけなのだろうか。
 雪都は再び思案し始める。
「雪都さん、さっきも言いましたが悩んでいる内容を口に出してみると良いですよ。それで問題点が整理できますから」
「そうか……。ではやってみるか。
 目標となる人物を見つけた。だが、その人になりたいのか?
 ……いや、それはない。どう頑張ってもあの方にはなれない。
 ならば、その方に付き従って一生を終えるか?
 それも無理だ。それはあの方が望む姿ではない。それは俺の自己満足だ」
 口に出しながら問題を整理していく雪都を前に、ノワは雪都の悩みに耳を傾ける。
 雪都の言葉から、『あの方』なる人物の存在が原因のようだ。
 その人物は異性ではなく、尊敬に値する人物という事も窺える。おそらく、その人物との距離感がキーポイントのようだ。
「では、俺はどうだ?
 誰かの代わりやその誰かの影響で過剰な期待をされたり、代用品のような扱いをされたいのか?
 それも御免だ。俺は代用品じゃない。過度な期待をされても迷惑なだけだ。
 そして、この世界だ。リアルブルーと違い、クリムゾンウェストでは代用品扱いされる事は無い。『そっくりな人』ではなく、『雪都という一人の青年』として見て貰えるなら……俺は、この世界に必要とされたい」
 雪都の口から飛び出た言葉。
 
 ――俺は、この世界に必要とされたい。

 それは紛れもなく、雪都が当初に悩んでいた『何故、ハンターをやっているのか?』という問いに対する答えである。
「そ、それですよ! それこそ、悩みの答えです。雪都さんは、このクリムゾンウェストで必要とされる存在になりたいんです」
「……!」
 ノワの指摘に、雪都は気付かされた。

 雪都は今まで人と深い関わりを持とうとしなかった。
 それは、自らの外見が目当てだと先入観を抱いていた事から周囲の人間を信用する事ができなかった事が理由だ。加えて他者とのコミュニケーションが苦手で勘違いされ易く、雪都から人が離れていく事も少なくない。

 他者との関わりに苦しんだ雪都が、心の底で抱き続けた本音。
 それが世界に――誰かに必要とされる事であった。

 雪都が他者とのコミュニケ−ションで苦悩していたのも、裏を返せば他者と関わろうとした証。
 名誉や偽善の為ではない。
 他者との絆を感じたかったのかもしれない。
「そうか。俺は、世界に必要とされる存在になりたかったのか」
「答えが出れば簡単です。どうすれば世界に必要とされる存在になれるかを考えます。ハンターとして世界に必要とされる存在という事は……」
「……歪虚。世界を脅かす歪虚を倒せるハンターになればいい。
 そうだ。答えは、とてもシンプルだ。他人に頼られるような強いハンターになれば良いんだ」
 雪都は確信した。
 ハンターの中で一番になる必要は無い。自分が強くなって目の届く人を助け、最終的に歪虚を退ける力を得ればいい。
 その道は、必ず世界を救うハンターに繋がっているはずだ。
「つまり、今はハンターとして力を蓄える……」
「そうだ。先生を超える事。それが俺の目標だ」
「え!?」
 ノワの声が思わず裏返る。
 今までハンターとして強くなる事を目標だと思われていたが、雪都の口から出てきたのは――先生の存在。おそらく先程口にしていた『あの方』の事だろうが、話の急展開でノワは嫌な空気を感じ取っていた。
「先生を超えるって、どういう事ですか?」
「あの偉大な先生を超える事ができれば、歪虚を退けて他人に頼られる強いハンターだ。
 ……きっと、そうに違いない」
 ノワの言葉に対して、強く力説する雪都。
 あの方がノワの知っている『アレ』であるとすれば、ここから先は話がややこしい事になる。
 ノワは、念の為と詳細な話を引き出そうとする。
「雪都さん、その先生というのは……?」
「もちろん、あの方以外にはあり得ない」


 ――幻獣の森。
 大幻獣「ナーランギ」が結界を張るこの森は、多くの幻獣が住む土地である。
 ハンターと共に戦う幻獣達も普段はこの森で生活しているのだが、その森の中で一際異質な幻獣が住んでいる。

 ただひたすら食べて寝るだけの穀潰し。
 辺境の大巫女ディアナに言わせるとそう答えられる幻獣――それが自称『幻獣王』チューダ(kz0173)である。
「ほほーっ、これが南方より運ばれたサンドバナナでありますかっ! 我輩、実は初めてであります。では早速……」
 切り株に腰掛けて大きな口を開けてバナナを食する丸い物体。
 中に詰まっているのはマテリアルではなく、脂肪だけという陰口を気にする気配もないチューダ。
 実は今日、南方より取り寄せた新種のバナナを試食していた。
「むっほーーーっ! 思ったよりもあまーーーいっ!
 やるではないか、サンドバナナ! 褒めて使わすであります!」
「先生っ!」
 口いっぱいにバナナを頬張りながら、振り向くチューダ。
 そこには息を切らせて走ってきた雪都の姿があった。
 その後ろにはノワの姿もある。雪都が何をするのか心配になってやってきたようだ。
「あ、雪都でありますか。どーしたでありますか? また我輩を優しくマッサージしてくれるでありますか? 許可するであります。ささ、我輩のあんよを……」
「先生、御覚悟っ!」
 チューダがマッサージを要求する隙に、雪都は一足飛びに近づく。
「ちょ、ちょっと! 雪都さん!」
 突然の行動に驚くノワ。
 しかし、雪都は止まらない。
 大きく振りかぶる拳。
 スピードの乗った一撃がチューダに振り下ろされる。

 ――だが。

「…………ダメだーっ! 俺には先生を殴る事はできない! 先生のご尊顔の前では、何をやっても無駄になる気がする」
「えーーー!」
 雪都はその場で跪く。
 あまりの展開に、ノワは呆れる他無かった。
 何せ大騒ぎした挙げ句、チューダに何もできず完全敗北宣言。
 チューダはただバナナを食べていただけなのに勝利を収めている。
「先生。お見事です」
「むほ? 我輩何もしてないでありますよ?」
「いえ。先生のオーラを前に敗北です。俺はまだまだでした。やはり、俺はこれを糧に日々精進します」
 何が起こっているのか理解不能なチューダ。
 しかし、ここで自分が褒められていると気付く。
 褒められれば褒められる程、馬鹿は何処までも調子に乗る。
「え、あ、まあー、分かっちゃったでありますか? 我輩を見習って頑張るでありますよ」
「はいっ!」
 力強く答える雪都。
 
 少し離れた場所で雪都とチューダのやり取りを見守るノワ。
 あの相談は何だったのか。
 ノワの体にどっと疲れが溢れてくる。
「……帰りましょう。帰って研究を続けて今日の事は忘れます」
 足取り重く帰っていくノワであった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6604/雪都/男性/19/符術師(カードマスター)】
【kz0173/チューダ/男性/10/自称『幻獣王』】
【ka3572/ノワ/女性/16/霊闘士(ベルセルク)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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近藤豊です。
初めてのパーティノベルでしたが、如何だったでしょうか。
シリアスからコメディへ転換させております。結果、チューダが安定の品質で食っているだけになって気がしますが……。
雪都さん、ノワさんの心に今日の出来事が良い思い出になるよう祈っております。
しかし、チューダのオーラというのは可愛さオーラだとすれば、他のハンターにも有効かもしれませんね。
それでは、またご縁がございましたら宜しくお願い致しますっ!
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ファナティックブラッド
2017年09月20日

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