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『砕かれた人形姫 』
イアル・ミラール7523


 魔女の野望が果たされようとしていた。
 憎悪と僅かばかりの享楽に彩られたそれは、物言わぬ人形として目の前に在る。
「フフフ……ついに、ついにこの時が来たわ……お姉さま……!」
 大きく複雑な魔法陣の中心に置かれていたのは、人形の頭部であった。
 ボウ、と陣のラインが紫色に怪しく光る。魔女の声に反応したようであった。
 ――長かった、とも思うが、魔女にとってはつい昨日のような出来事でもある。
 自分が一番、誰よりも慕っていたと自負できる存在が、一人の女の手によりこの世を去った。どんな上位の魔女かと思えば、ただの人間であった。
 ただの人間、と言い切るには語弊も生じるが、それでも魔女たる自分たちにとっては塵芥に等しい存在である。
 そんなただの人間の女が、誰よりも愛しい『姉』を奪った。
 名前はイアル・ミラール。フルネームで常に繰り返しているのには、理由がある。名前そのものに、呪いを刻み込むためだ。
 苦しんでもらわなくては困るのだ。
 あの女には、苦しんで苦しんで、そして苦しんで貰わなくては心が休まらない。
 それほどの恨みを、魔女は常に抱き続けてきた。
 積み重ねて、時には猶予を与えて、そしてまた積み重ねていく。
 それを幾度か繰り返して、機を伺ってきた。
 綿密な計画の元、まずは彼女の親友である響カスミを奪い、従順化させて今では自分たち魔女の完全なる手下となった。一つ命ずれば野生化した犬のような行動も取り、今回もその行動を取らせている。
 そしてイアル自身には特殊な植物を植え込ませ、それが一体化した今では彼女は両性具有者となってしまった。
 同時に少女との享楽と、さらなる屈辱を味あわせた後、イアルは魔女の手によって再び捕らえられビスクドールとなった。その際、興が乗ったのか魔女はイアルの体の一部分を生身として残した。植え付けた『元植物』の部分であった。それを下僕であり今や犬と化したカスミに弄らせ、出るだけ出た体液を満足そうに眺めた後、魔女はカスミにそのビスクドールを破壊させた。
 文字通りのバラバラの人形となったイアルの肉体は、一部ずつ魔女結社に引き取られ姉妹たちがそれぞれの実験に使うと言う。そして怨恨に染まる魔女は、頭部と最後まで生身であったあの部分を引き取った。
 頭部は言わば寄り代だ。これを『器』に失った存在を呼び戻す。西洋魔術でも高等なモノであるが、段階は全てクリアしてきた。それ故に満を持しての『現在』なのである。
「――さぁ、お目覚めの時です、お姉さま……!」
 魔女は恍惚に満ちた表情で、そう言い放った。
 すると魔法陣が再び紫に光り、柱のようなオーラを生み出される。
 それを一筋の閃光が横切り、紫の光は輝きを弱めた。
「!!」
 魔女は血相を変えて、顔をそちらへと向ける。
 その視線の先には、一人の少女の立ち姿が飛び込んできた。
「やっと見つけた。――イアル」
 凛々しいその姿は、月明かりに照らされてさらに神々しさを纏う、ヴィルトカッツェ――萌であった。



 時間を遡ること、十五分ほど前。
 萌が一人でイアルの行方を探し続けて数週間、最後にもう一度、と訪れたこの場所はあのアロマオイル店であった。前に訪れたときとは雰囲気も一新され部屋を満たす香りも別のものになっており、外れだったかと思わせる雰囲気だったのだが、その『誤魔化し』が効くのは一般人までである。
 僅かな歪を萌は見逃すこと無く、自身の気配を消したままで廊下の壁に手をやった。するとそこには隠し扉があり、静かに押し開けると空気が一変する。
 いつも肌に感じる、毒気のような魔の香り。間違いなく、ここに魔女がいると萌は確信して身を進ませた。
 長い廊下を音を立てないように進む。外見の構築からは有り得ない長さに、別次元であるのだろうと思わせる雰囲気があった。
 足元に散らばる欠片。やたらと気になり、萌は一旦足を止めてそれを拾い上げた。
「……陶磁器のかけら……まさか……」
 小さな手のひらに乗った欠片。
 それをまじまじと見つめて、萌はそんな言葉を漏らす。
 イアルは石化された自分を救うために、交換条件として人形化されていた。それを思い出して、萌は顔色を変える。
 まさか、あれほどまでの憎しみの感情を抱いている者が、その対象をこんなにあっさり壊したりするだろうか? 
 心配の先に生まれた感情は、思考の切り替えであった。
 相手が衝動的になるのであれば、イアルはもっと早い時期に壊すなり殺されるなりの処遇になっていたはずだ。
 そうしてこなかったのには、深い怨恨があるからだ。萌はそれを、少なからずだが知っている。
 ぎゅ、と欠片を握りしめつつ、萌は再び奥へと進むために足を一歩前に出した。そして数メートルを歩いた先で紫色のオーラを目にした彼女は、咄嗟に天井へと飛び移り息を殺した。
「――お姉さま!」
 部屋の奥から、そんな声が聞こえてきた。魔女のものであった。
 何かの術式を発動させているところで、それに集中しているのかこちらの気配には気づいていないようだ。それを幸いに、萌は天井伝いに距離を縮めた。
 床に描かれた大きな魔法陣。
 五芒星の角には髑髏が五つ。そしてその中心に置かれているものは――。
 ――イアルの首であった。
 人形化されている状態ではあったが、頭部以外は見当たらない。萌は思わず声が漏れそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。そして先ほど拾ったあの欠片が、イアルの一部であると思い辺り、涙腺が緩みそうになる。
 だが。
 イアルが死んだ、という確証はどこにも無かった。
 彼女が以前、自分は龍の加護を受けていると言っていたのを思い出したのだ。
 五つの首を持つと言われる鏡幻龍。イアル・ミラールがその身に宿す不老の力は、この守護龍の影響によるものだ。彼女が石化するのはその守護の延長上のものでもあり、その神秘のオーラのようなものを萌も感じたことがある。彼女と体を重ねた時、手のひらから伝わってきたものが、そんな温もりであったのだ。
 だから、という理由は無茶かもしれないが、あんな状態であってもイアル自身は生きている。
 そう、思わずにはいられなかった。
「お目覚めの時です、お姉さま!」
 魔女がそう言って、両腕を上げた。
「!」
 萌はそれを逆さまの視界に捉えて、瞠目した。
 魔女は今、イアルの頭を寄り代に何かを召喚または再生させようとしている。そう悟った彼女は、己の精神力を一気に集中させて武器の一つであるサイキックアローをその場で放った。
 ――それが先ほどの、紫のオーラを遮断したものであった。
「……あらぁ、子猫ちゃん。いつの間にここにたどり着いたのかしら」
 地に降り立った萌を睨みつけつつ、魔女がそう言ってきた。よほど術に集中していたのか、動揺が明らかに漏れている声音であった。
「あなたの好きには、させない」
 萌は一瞬の隙をも見せずに、背中のブレードに手をかけた。彼女は元より要人を捕らえまたは抹殺が出来る立場にある。本部からもこの件においては捕らえることは後回しでいい、と了解を得ている状態であった。
 故に、殺してしまっても構わないのだ。目の前の魔女を。
「凄い殺気ね。いいのよ、今すぐ殺してしまっても。……ただし、イアル・ミラールもその時点で完全に死んでしまうということを、忘れてはいないかしら」
「そうやって、また私たちを惑わすの?」
 萌に迷いは無かった。
 逆に僅かな焦りを見せるのは、魔女の方である。
 だがそれでも、魔女には絶対的な勝利の確信があった。
 イアルの身体はこちら側にあるのだ。既に他の魔女たちの手にも渡っている。これを不利だと捉えるのは、無理がある。そして萌は、まだその事を知らないはずだ。
「……ふふ……やっぱりアナタはまだまだ、文字通りの子猫ちゃんね」
「…………」
 萌はそれに何も返せなかった。やはり、魔女の思惑を読み切れていないようだ。
 その時、二人の傍らで何かがカタカタと震えたのを感じて、萌も魔女もそちらへと視線をやった。
 サイドテーブルのような形の上に置かれていたものは、イアルの身体の一部である。元は植物であり、イアルの性別を歪ませた根源たるモノであった。
「震えてる……」
 萌は僅かに頬を染めつつも、目をそらさずにそれを見ていた。
 そのイアルの一部は、確かに震えていた。しかも、萌の声に反応しているかのようであった。
「そう……まだ、生きるというのね」
 魔女は静かにそう言って、魔法陣から一旦離れた。すると紫の光も完全に収まり、萌はそれを視覚で確認する。
「いいわ……もう少しだけ時間をあげる。子猫ちゃんがどれだけ出来るのか、せいぜい足掻いてみなさいよ」
 それは勝ち誇った表情と、声音で彩られていた。
 受け止めた萌は、そこから感じ取る新たなる不安に、眉根を寄せた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 : イアル・ミラール : 女性 : 20歳 : 素足の王女】
【NPCA026 : 響・カスミ : 女性 :27歳 :音楽教師】
【NPCA019 : 茂枝・萌 : 女性 : 14歳 : IO2エージェント NINJA】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつも有難うございます。
 萌が今後どのように動くのか、気になるところです。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月19日

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