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『Smoked affection 』
アラン・カートライトja8773)&仁科 皓一郎ja8777

 まずはこの話に登場する、男達について語ってみよう。
 見た目はいいが二人揃って酒好きのヘビースモーカー。己の興味の惹かれるままに、ふわり根無し草な日々を渡り歩く。
 隣にいる美女は誰かって? そんなのいちいち覚えちゃいない。
 彼らにとって彼女達の存在は、朝食と同じなのだ。食べる日もあれば食べない日もある。メニューなんて気にも留めてないし、腹が満たせりゃそれでいい。
 でもどういうわけか、上等なモンしか寄ってこない――なんとも、羨ましい話さ。

 暗転。紫煙が蔓延する一室。
 転がる空き瓶の数だけ同じ時間を共有する、ダメ男共。
「……あァ、もうすぐ卒業か」
 仁科皓一郎が、気怠げに煙を吐き出す。ゆるゆると立ちのぼったスモークは、やがて幻のように霧散した。
「俺達の学園生活、ってのも終わりかねェ」
 学園生活という響きがあまりに不似合いで、アラン・カートライトは苦笑を漏らす。足元に転がした酒瓶は、今ので何本目だったか。
「終わらねえだろ、俺達は。終わらせねえさ」
「まァ始まってんのかさえ、わからねェがな」
「始まりなんて必要ねえ。終わるか終わらないかだろ、このどうしようもない喜劇は」
 戯言混じりの軽口に宿る、鈍色の真意。探り合うことすらしない関係は、始まりの鮮烈さがいまだ色あせないでいるから。

 皓一郎はソファに寝転んだまま、どこかを見ている。何を見ているのかは誰も気にしないし、たぶんどうでもいいことだ。
「それにしても、だ。お前さんの顔を、こんなに見るハメになるとはねェ」
「離れがたいだろ? 俺ほどの紳士はそうそういねえからな」
 紫煙のゆらぎに、ふ、と笑みが混じる。どこかで名も知らぬ鳥が、甲高く鳴いた。
 切れそうで切れない白熱電球のような夜も、そろそろ明けることだろう。

「なあ、仁科。卒業したら、旅に出ようぜ」
 唐突な提案に、視線が動いた。グラスを傾けるアランの手は、おどけた役者めいていて。
「この俺と二人旅だぜ、光栄じゃねえか」
「……ハ、光栄すぎて、涙が出そうだわ」
 新しく咥えた煙草に、火は点いていない。点いているかどうか確認するのは、死ぬときだけでいい。
「確かにお前さんといりゃ、退屈しねェかもな」
「ああ。お前の退屈は俺が殺してやろう、紳士的にな」
 求めたのは最高に愉快な暇潰し、掴んだのは得難い友だった。お前が居るならば、地獄へだろうと付き合ってやるさ。
「相棒ってのは、そう云うモンじゃねえの?」
 始まりの、一輪花。
 根本的に冷え切った自分とは違い、冷めたようで情のある男。

「あァ。悪くない、ねェ」

 煙草を咥えた口元が、戯れを揺らし返した。





 暗転。名も知らぬ場所。
 気分の赴くままに旅する、ダメ男共。

 灰色の空へ向け煙を吐き出してから、皓一郎は気だるげな視線を寄越した。
「で、どっから行くンだ。……退屈、殺してくれんだろ?」
「行き先なんて、決めるもんでもねえだろ。そのうち、向こうから出迎えにくるさ」
 ふたりが乗り込んだ車は、唐突な気安さで走り出す。天魔の残党を狩りつつ、興味が惹かれる先へ。
 なにかを目指すでもなく、投げ捨てるわけでもなく。あてのない旅はまるで最後まで観ることのないB級映画のようだ。
「悪ィが、お前さんの死後なんざ知らねェからな……盾が先に逝くわけねェ、そうだろ?」
 アランの内を見透かしたような、皓一郎の戯れ言。
「俺はそう簡単に死なねえよ。お前が護ってくれるんだろ?」
 常に死を意識する男の軽口には、いつもほんの少しの本音が混ざる。いや、本音と言うよりは、願望と言うべきか。
「あァ。護れといわれりゃ、護るさ」
 そっけない返事の中に在る、濁りのない真実。
 この男は頼らずとも、自分を護る。たぶん命すら、いとも簡単に賭けるだろう。
 そんな確信を揺り起こしたのは、否、揺り起こされたのは、彼奴が呆気なく零したひと言のせいだ。
「お前さんに縁を寄こされた以上、最期くらいは見届けてやるよ。それが盾の役目ってもンだろ?」
 だがまあ、とたっぷり時間をかけ、笑みを漂わせる。
「お前さんの驚いた顔を見て逝く、つうのも悪くねェか……ハ、お前さんの妹にゃ、泣かれちまうか」
「おいおい、あいつを泣かせるのは俺の役目だぜ?」
 妹とのイタチごっこ、只今開催中。依存と執着の中で孤独を投げかける、痛々しくて幸福な日々。

 いつの間にか、小雨がアスファルトを濡らしていた。
 窓を開けると湿気を含んだ風が、土と煙草の匂いを混ぜて流れていく。
「随分遠くまで来たモンだ、が……そろそろ酒が恋しくなってくるねェ」
「酒ならいくらでもあるぜ、と言いたいところだが。気持ちはわかる」
 淀みきった部屋で飲む酒は、出来の悪いスナック菓子と同じだ。さんざん食べ飽きて、忘れた頃にまた食いたくなる。
「まったく俺もお前も、救いようがねえな」
 アランの言葉に、皓一郎は「違いねェ」と応じる。ジョークと憎まれ口は、足取りと同じ軽さで交わし合うのが定石だ。
「なあ、仁科。俺が死んだら、妹のことも何とかしてくれるんだろ?」
「だから知らねェ、つってんだろ。それにお前さんは――」
 言いかけて、煙草から灰を落とす。後の台詞は、煙となってどこかへ散った。
 アランは愉快そうに、ハンドルを切った。横道に入った途端、今までとは違った景色が現れる。まるで最初から決まっていたかのように、車は軽快さを持って進んでいく。
「ああ、わかってるさ」
 投げた言葉に返される視線を、アランはわかりきったように受け止める。
 いつか自分はどこかで呆気なく死ぬのだろう。然しそれは、今ではない。
 お前が言ったんだぜ? 相棒。

 日が暮れる頃、寂れた温泉町へ辿り着いた。
 洒落た宿も華やかな花街もない場所だが、ひっそりとした賑わいになぜだか足を踏み入れてみたくなる。
「悪くねえな。今夜はここで宿を取るか」
「酒が呑めりゃ、文句はねェよ」
 適当な場所に車を停め、狭い路地をぶらぶらと歩く。肉が煮える匂いに腹を空かせ、消えかけた外灯の下を通り抜けたとき、女のものらしき悲鳴があがった。
 遅れてやってくる人外の咆哮に、アランは肩をすくめる。
「……どうやら御呼びのようだ、モテる男ってのは辛いな」
「ハ、これで美女なら言うことないンだが」
 撃退士の性というべきか。悲鳴が聞こえた方へ自然と足が向く。
「天魔さえ俺を愛して止まねえのさ。お前も俺を愛してるだろ?」
「あァ、アイシテルさ、奇特な物好き野郎」
 好戦色を映すそばで交わされる、ジョークとアイの応酬。
 返ってくるシガーじみた笑みは、いつもと同じでどこか皮肉と情が滲んでいて。
「……学園生活は、気付けばお前さんと共にあった。楽しかった、つう記憶があるなら、そりゃつまり、お前さんのオカゲだろ」
 何気なく零されるひと言が、アランの中心をつかんで離さない。歪みすらも包み込むその器を、手に入れたいと思うのは、傲慢に過ぎるだろうか。
「バーカ、逃してやらねえよ」
 砂利道を踏みしめる音が、宵の静寂をかき乱す。助けを求める声は、もう近い。
「言っただろ? 俺はあまり諦めの良い性質じゃねえんだ」
 己が何を求めるかも分からない中、ただ惰性を殺し生きるのみ。それに付き合う酔狂な男に、少しばかり執着を抱くのは道理だろう。

「なあ、皓一郎。諦めて、俺と踊っておけ」
 戯れに呼んだ名。ひりつくような思いは、手の中でくしゃりと丸められる。
 あとに残るのは、溶け残った氷の中に浮かぶ――小さな希望。
「……俺の何がよかったンかは、最後までわからねェ、が」
 新しく咥えた煙草に、火が点けられる。大してうまそうでもなく吸い込んでから、皓一郎は気怠そうに微笑った。
「手を差し出すなら、いつでも取るさ、アラン」
 揺らされりゃ、揺らし返そう。戯れに名を呼び返すくらいには。
 相棒ってのは、そう云うモンだろ?

「――で、そろそろ助けるか?」





 さて日も暮れたし、男達の話はここまでにしておこう。
 え、いつまで続くのかって? さあ、それはあいつらに聞いてくれ。
 まあそのうち、どこかでぷっつり終わるんだろう。今はそうじゃない、ってだけのことさ。

 ああ、そうそう。明日も雨になるって、天読みの女が言ってたぜ。
 シケった煙草は、さぞがし甘くて苦いんだろうな。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢/煙草と笑みは】

【ja8773/アラン・カートライト/男/26/甘くて苦い】
【ja8777/仁科 皓一郎/男/26/苦くて甘い】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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根無し草たちの未来や如何。

お世話になっております、最後の思い出にとご指名いただきありがとうございました。
せっかくなのでいつもとは少し違う趣向で書いてみました……が、うまくいったかドキドキしつつ。
久々におふたりを書かせていただいて、嬉しかったです。

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エリュシオン
2017年09月19日

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