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『南風の午后 』
ソレル・ユークレースka1693)&リュンルース・アウインka1694

 ヒトの街の夏は暑い。


 ソレル・ユークレース(ka1693)は、冷水を溜めた木桶の中に手を突っ込んだ。水の冷たさが肌の火照りを取り去ってくれる。しばしその感覚を楽しんでから、沈めてあったエール缶と、グラスをひとつ取り出した。
 ちょっと考えてから、もう1つグラスを取り出す。缶のまま飲めばいいかと思っていたが、相棒と過ごす折角の休日だ、揃いのグラスで飲むのも乙だろうと思い直した。
 氷で拵えたかのようによく冷えたグラスを拭い、片方にエールを注ぐ。しゅわしゅわと気泡が弾け、その音を聞くだけで喉が鳴る。もう片方のグラスには、濃厚な甘みの李のペーストを一掬い。それを水で割り、爽やかさをプラスするため檸檬を数滴絞り入れ、更に輪切りを縁に添えた。

「我ながらいい出来だ」

 よく冷えたエールに、夏の果実を使ったシロップ水。夏の休暇を彩るに相応しい飲み物だ。
 並べたグラスを見て満足気に笑うと、それらをトレイに乗せ、部屋へ戻った。


「ルース、一息入れないか」

 部屋へ入ると、窓辺で本を読んでいたリュンルース・アウイン(ka1694)が顔を上げた。日差しが零れる窓の傍にいたためか、頬は湯上りのように上気し、首筋が汗で光っている。

「おいおい、何だってそんな陽が入る所で」
「え? ……ああ本当だね。読み始めた時には、風も入るし、日陰でいいなって思ったんだけれど」

 熱心に字面を追うあまり、時間の経過で陽が当たるようになったことに気付いていなかったようだ。ルース、とため息混じりに歩み寄り、その額へシロップ水入りのグラスを押し当ててやる。

「冷たっ。……ありがとうソル。気付いたら喉もからからだよ」
「そりゃそうだ。ちゃんと水分摂らないと倒れちまうぞ?」

 ルースは受け取ったグラスを軽く掲げ、色づいた頬で微笑む。それに軽く己のグラスをかち合わせると、高く澄んだ音が響いた。

 互いの呼び名――『ソル』と『ルース』。『相棒』だと認め合うふたりの間で使う特別な呼び名だ。

 硬質な音の余韻と共にエールを呷る。冷たさと炭酸の刺激が喉を転がり落ち、程よい苦みが何とも言えない。

「やっぱり夏はこれだな!」

 ルースは相棒の言葉に目を細めてから、薄紅の唇をグラスに寄せる。早くも汗をかきはじめたグラスから、白い指先に雫が伝う。その向こうで、コクリと上下する滑らかな白磁の喉。

「ん、良い甘さ。おいしい」

 そう言って目を細めれば、長い睫毛が目許にうっすらと知的な影を落とす。
 無意識の内に見入っていたソルはさり気なく視線を逸らすと、日陰になっている向かいの椅子へ腰かけた。そうとは知らないルース、長い黒髪を束ねだす。

「汗ですっかり髪が貼りついちゃった。髪結ぶだけでも大分違うね、涼しい」

 艶のある髪は、櫛などなくともしゃんと結い上げられた。普段髪に隠れているうなじが顕わになる。しっとりと汗ばんだそこへ、一筋の後れ毛。黒髪と白肌のコントラストが何とも艶っぽい。

「ソルも襟足、結んであげようか?」

 おまけにそう言って小首を傾げたりするものだから、高々と結った髪が揺れ、優しい香りが辺りに舞った。
 ソルは思わずじと目になり、

「……ルース、それ他の奴の前でやるなよ?」
「ん? どうして? おかしい?」
「おかしくはないが」

 むしろ新鮮で好ましい。が、他の奴に見せてやるのは勿体ない。
 その言葉を、エールと共に喉の奥へ押しやった。
 ルースはやっぱりヘンなのかと、しきりに首へ手をやったり、髪の根元を弄ったり。
 そんな仕草に胸を鷲掴まれたソルは、ルースを手招く。

「そっちは陽が当たるだろ、こっちに来いよ」
「え? だって一人掛けの椅子じゃない。狭、」
「こうすりゃ良いだろ」

 言いかけたルースの手を強引に引き寄せると、そのまま腰を抱え膝の上に座らせた。

「ちょ、ちょっとソル! 重いでしょ?」
「重くない」
「それにしたって……くっついたら暑いよ。これじゃあ、日向に居るより暑いんじゃない?」

 仕方ないなぁとばかりにくすくす笑うルース。それでもルースはソルを拒まない。ソルもそうと分かってやっている。
 大人しく膝の上に納まった相棒に、何故かしら満足感を得ると、結い髪の先を指に絡めた。しっかりと節のある小麦色の指。そこに巻きつく、しなやかな黒い髪。
 膝に感じる重みと親しんだ温もりに、ほうっと息をつく。
 ルースもじゃれるようにソルの胸に頭を擦りつけていたが、やはりくっついていると暑いのか、シロップ水をこくこくと嚥下した。

「ソルは、私ほど暑さが辛くないみたいだね」
「んー。まあ、俺は頑丈だからな」
「頑丈とかそういう問題かな?」

 またクスリと笑って、ルースは窓の外へ目を向けた。釣られてソルも表を見やる。
 放った視線はすぐに向かいの建物に突き当たる。下の方に目線をずらせば、通りを足早に過ぎていく人々が。誰も彼もが日陰を求め、早く目的地へ着いてしまいたいと気忙しく歩いて行く。
 強烈な日差しに何もかもが白く溶けていきそうな眺めの中、静かで穏やかな空気で満たされたこの部屋は、まるでぽっかりと切り離されているかのようだ。
 ルースは何を思っているのだろうと顔を覗き込むと、同時に銀色の眼がソルを仰いだ。

「森はもう少し涼しかったよね。私が暑さに弱いのは、森育ちだからかな」
「……ああ、」

 何気なく口にされた言葉に、ソルは曖昧に頷いた。
 今は遠いエルフの森。その情景がほろ苦さを伴って胸に蘇る。

 ルースの故郷。
 小さいけれど、美しく豊かな森に囲まれたエルフの集落だ。


 ――否、集落『だった』。


 エルフではないソルも、かつてかの集落で暮らしていたことがあった。
 傭兵として各地を渡り歩いていたのだが、自然に囲まれた集落での暮らしが気に入り、一時根を下ろしていたのだ。
 ところが安寧な営みは、歪虚の襲撃により打ち砕かれた。
 いかに己が腕のみを頼りに生きる傭兵のソルと言えど、ルースひとりを守りながら逃げ延びることで精一杯だった。


「…………」

 また一口、エールを喉へ流し込む。苦みが喉と言わず胸に沁みた。

「ここにももう少し、緑があれば涼しいと思うのだけど」

 ねえ? と振り向くルースに、

「そう、だな」

 またも曖昧に頷いてしまう。
 流石におかしいと思われたか、銀の瞳が探るように覗き込んで来る。真っ直ぐな視線を受け止めきれず、ソルはグラスを置くフリで目を逸らした。
 けれど、同じくグラスを置いたルースの両手が頬に添えられ、無理矢理向き直らされてしまう。ずっとグラスを持っていたせいで、白い手のひらはひんやりとして心地よい。
 吐息のかかりそうな距離で、じぃっと見つめてくるルース。澄んだ銀色の瞳には、虹色の光彩がちらちら踊っている。居心地の悪さよりもその煌めきに惹かれる気持ちが勝った。同じように見返していると、

「……ソル、」

 ちょっと改まったルースの声が言う。動揺を見透かされないよう平静を装うと、頬を包んでいた手が今度は右手を包んだ。そしてそのままルースの胸へ誘われる。薄い生地越しに、トクリと脈打つ鼓動が伝わってきた。

「私は、ここにいるよ」

 ソルが命懸けで守り抜いたたったひとつの命。命を懸けても守りたかった命。
 それが今もここにあるのだと精一杯伝えるように、鼓動がかすかに、けれど確かに手のひらを打つ。
 目を瞠るソルに、ルースはふわりと頬を綻ばせた。

「ソルが居る所が、私の居たい場所だよ」
「……――」


 何と答えれば良いのだろう。
 胸にせり上がる感情が確かにあるのに、それを巧く言葉にすることができなくて、ソルは華奢な身体を力いっぱい抱きすくめた。

「ちょっと、苦しいよ」

 困ったように微笑むルースの頬は、またほんのり赤く染まっていて。
 見上げてくる眼差しの中には、無二の相棒に対する信頼と――それだけでは言い表しきれない、とても大事に大事に見守られているような、それでいて熱の篭っているような、面映ゆい何かをソルは感じる。
 そしてそれを感じる時、己にそれを受け止めきれるのか、同じだけの真摯な想いを返せるのか、なんて、様々な思いが心に凝る。

(そもそも、どうして他の奴に見せたくないだなんて……)

 親友を独り占めしたいという子供じみた独占欲なのか、それとも――

 その感情の出所を探ろうとして、その感情に名前をつけようとして――やめた。頭を軽く振り、ソルは再び回した腕に力を込める。

「?」

 不思議そうに瞬くルース。見ても見ても見飽きないその顔を、これからも隣で見ていたい。
 腕の中にルースが居れば安心する。
 一時は離れてしまったけれど、もう二度と手放したくないと強く感じる。
 今の所、それだけが分かっていれば良くて、ソルの中の揺るぎない真実だ。
 無理に心の内を探るのは止めして、休日を満喫しようと決め込んだ。

 いくらか汗の引いた白いうなじに、汗ばんだ額を押し当てる。

「……そろそろ次に植えるモン考えなきゃな」
「何の話?」
「家庭菜園、」
「ああ」

 急に切り替わった話題にもルースは動じない。小ざっぱりしたソルの表情から、普段通りに戻ったのだと察したのだろう。摺り寄せられた頭を抱えるようにして、銀糸の髪を優しく撫でる。

「秋蒔きのもの……カモミールはどうかな?」
「お、良いな」
「お茶にしたりね」

 首許で喋られると吐息がくすぐったいのか、ルースが小刻みに肩を揺らす。
 一頻り香りや温もりを堪能すると、ソルは空のグラスを手に取った。

「おかわりは?」
「今度は私がいれるよ」
「いい。座ってろ」
「ソルが立ったら座っていられないよ?」

 悪戯っぽく目を細め、ソルの膝をぽんぽんと叩くルース。ソルも負けじと片眉を跳ね上げると、左手でグラスを、そして右腕一本で強引にルースを抱き上げ立ち上がる。

「わっ、危ないよっ」
「平気平気」
「グラス! 危なっ、」
「平気だって」

 そうして、ソルはルースを抱えたまま再びキッチンへ立つ。
 誰もいなくなった部屋へ、西日が忍び込み始めていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1693/ソレル・ユークレース/男性/25歳/White Wolf】
【ka1694/リュンルース・アウイン/男性/21歳/道行きに、幸あれ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お互いに『相棒』と認め合う、強い絆を育むおふたりの物語、お届けします。
ほのぼのと言うよりも、しっとりシリアス成分が多めな塩梅になりました、すみません!
参照データでご指定いただいた作品が、リュンルースさん寄りの視点が多いのかなと感じましたので、今回はソレルさん側の視点で描写してみました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2017年09月19日

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