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『併合の答 』
松本・太一8504
 松本・太一はアパートの自室、リクライニングソファに背を預けて思いに沈む。
 研修はまだ終わらない。白魔女からは多くのことを学んでいるし、人間以上の存在と関わることで見識や自説――“情報”というものについても考えることができた。このまま行けば、都市伝説の見立てどおりの、一人前の“情報”の魔女になれるのかもしれない。
「って、そしたら女子になっちゃうんだよねぇ」
 実年齢48歳のおじさんである太一にとって、「女子」というワードはそこそこ以上に幅広い年齢層の女性をくくる枠組だ。30代までは問題なく女子。40代からは……40代女子?
 では、中身が48歳男性のまま外見は20代女性になる彼は、いったい男子なのか女子なのか。
「どうなのかなぁ」
 太一は絵に描いたような一般人だ。少なくとも自分ではそう思っている。
 なにか突出した能力があるわけでなく、人生を賭けるほどのめり込むなにかがあるわけでもない。次の瞬間、人間世界から消失したところで誰も気にしないだろうし、おそらく太一自身も気にしない。
 このまま魔女の夜宵になってしまっても、いいんじゃないか?
「会社に退職願を出して、引き継ぎを終えてからなら……だね」
 こんなことを考えてしまうのがまた一般人っぽいというか。太一は苦笑した。
「魔女。どうせなるなら、理想の魔女。私の理想ってなんだろう? 力に捕らわれたり操られるんじゃなく、力を使う、支配する、クレバーな――」
 力とはあるがままに力。それを識りてこそ魔女は魔女たりえる。
 頭の内に響く冷めた声音。
 と。
 太一はなにもない“黒”のただ中に立っていた。
 あわてることはない。すでに幾度も来ている場所だし、なんといってもここは太一自身の心象世界なのだから。
「久しぶり、だね」
「ふん。そなたがずいぶんと迂遠な道を迷い歩いておるゆえ、焦れてしもうたわ」
 太一のあいさつを払いのけるように長い指を振ったこの麗人こそ、彼の内に堕ちてきて同化し、彼に否応なく魔女となる道を選ばせた原因たる“悪魔”であった。
「力が欲しいか?」
“悪魔”が傲然と問い。
「うん、そうだね……少なくとも、自分のありかたに迷わなくていいくらいの力は」
 太一はおどおどと眼鏡の位置をなおしながら答えた。
“悪魔”は鼻を鳴らす。
 なんともはっきりしない男だ。これでは試練の渦に投げ込んだところであっさり溺れ死ぬがオチ。せめてあがける程度に鍛え、尻を叩いてやらねばなるまいか。
「さりとて我は迷うたことなどないからな。なにをどうしてやればよいものかが知れぬ」
“悪魔”のつぶやきに太一が顔を上げ。
「理想って言えば理想的だよね。私も“悪魔”さんみたいだったら」
 ふたりはしばし顔を見合わせ、うなずいた。

「そなたを我に合わせ、併せよ。見立ては充分に学んできたのであろう?」
 心象世界と現実世界でもっとも異なる点は、まさに“思い”の重さである。思いが“重い”ほどすべては力と彩を得、力を増す。これは先に訪れた超進化した魔女の世界でも体験してきたことだ。
 太一は“悪魔”と性を合わせるため夜宵となり、思いを併せるため“悪魔”の心象をなぞる。対象の本質を見て取る見立てと、自らを対象に喩える見立て、これを両立させて“悪魔”と同化する。
「見えるか?」
 閉ざしていた感覚を拡げると、視界に映ったものは黒――ではなかった。
「見える」
 今や“悪魔”となった夜宵はなんとか低い言葉を返した。
 黒だとばかり思ってい夜宵一の心象世界には、思いがあふれていた。浮かんでは消えるその場の感情、ゆるやかに流れゆく思い出、頑なに居座って心を塞ぐ心配事。
「意外なほどいろいろと考えておるのじゃな。これを見立てられるのが高みの魔女の眼なのじゃか」
“悪魔”を模して語るが、当の“悪魔”は「見立てが拙すぎるわ」と一蹴。解せぬ。
「さて。偽りとはいえ、そなたが思うところの力ある魔女の姿を得た。次はそうだな、今見えておるものから不要なものを殺していくがよかろうよ」
 夜宵を迷わせる感傷を。魔女たるを遮る人としての非合理を。
“悪魔”に促されるまま、夜宵は「心配事」の石に歩み寄った。
「早うせよ」
「待って。これって会社の案件がらみの心配事だよ。なくなっちゃったら案件自体忘れちゃうかも」
 すっかり元の口調に戻っていることにも気づかず、夜宵は石からいそいそ離れた。
「では、あの思い出だな。あれはそなたが無意識に引き寄せては迷いの種にするものだ」
 後ろ髪引かれるようにのろのろと遠ざかっていく思い出を指して“悪魔”が言う。
「あれは。私が魔女になったら迷わなくてよくなるのかも、って思ったあのときの記憶。そうか、今でも私はあのときのこと、迷ってるんだね」
 愛しげに思い出を見送る夜宵に、“悪魔”は深いため息を漏らした。
 そして。

「そなたはいったいなんのために我と合わせ、併せた?」
 いらいらと言葉を尖らせた“悪魔”が夜宵に問う。
「見てただけ、だよね……。でも。なつかしくて、苦しくて、楽しくて、切なくて、あんなことがひとつひとつ積み上がって私がいるんだなって、そう思う」
“悪魔”の顔でそう漏らす夜宵。
 ひとつの存在を分け合っている今、夜宵の万感は“悪魔”の存在を深く侵す。このままでは、冷徹な理想の魔女像を夜宵に学ばせる前に、ひどくセンチメンタリズムで決断力のない悪魔が誕生してしまいそうだ。
「もうよい。我が内で見ておれ。我がそなたに必要のないものを殺し尽くしてくれようゆえ」
 精神力では夜宵と比べものにならぬほど強い“悪魔”である。あっさりと主導権を奪い、ずかずか歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って! あれは」
「あれもこれもないわ。断捨離とでも思うておとなしく見ておれ」
 言いながら、主同様頼りなげに漂う夜宵の思い出のシッポを引っつかむ。
「あ、もっと優しく」
「これより殺してやろうというに、優しくも厳しくもあろうかよ」
 あきれながら、“悪魔”が手の内でもがく思い出を見下ろしてみれば。
「なんだ、これは?」
「あー、多分、私の初恋の思い出?」
 もじもじするな気色が悪い。その言葉を飲み込んで、“悪魔”は思い出に見入る。
 なにも言えないまま過ぎるばかりの時間。それどころか、想い人の窮地を影から助けて名乗りもせず、歩き過ぎていくのをただ見送っただけの、あのとき。
「そなた、今も昔も変わらぬな。確か「へたれ」と云うのであったか」
 しみじみと言う“悪魔”に、夜宵はしょんぼりと。
「自分で自分がかわいそうなくらい変わってないねぇ」
 夜宵は太一の顔で言葉を継いで。
「でも、前に進むためにはこういう思い出、減らすべきだなって思うよ。あなたとひとつになってると感じるんだ。私は“情報”を増やす“非効率”をよしとしたけど、“非効率”を“効率化”するためにはもっと自分に対して冷めてなきゃいけないんだって」
“悪魔”から流れ込んでくるその思考を受け、自分に甘いからこそ自分は甘いのだと夜宵は思い知っていた。そして“悪魔”がどれほど自分の成長に期待をかけ、いつか来る対峙のときを心待ちにしているものかも。――どうせ魔女になるのならば“悪魔”のようになりたい。“悪魔”に応えたい。その思いすらも甘いのだということに気づかぬまま。
 そして。
 夜宵ならぬ太一の様を俯瞰する“悪魔”もまた思い知っていた。
 一人前の魔女になると決めた太一に口を出さず、基本的に放置していたのは結局のところ自分が甘やかしていたからだ。
 脆さも弱さも、もしかすれば太一の“男性”すらをも……母性などというものが自分にあろうはずもないが、幼き異性に対し、ある種の慈愛を感じているように思えてならない。
 こやつの成長を急くも、とどのつまりはそれか。
“悪魔”は夜宵に問う。
「して、これはいかにする?」
「うー、ごめん。離してあげて。もうちょっと考えるから」
「結局それか。いっそ捨てられぬものに埋もれて死ね」
「いやだってほら! 私のデリケートな過去なんだし!? もう少し優しく訊いてくれてもいいのに……」
 どうにもならない夜宵の優柔不断に、“悪魔”は自らを夜宵の存在から引き剥がしてひとり立つ。
「へたれが移る。ぐじぐじと悩みたくばひとりで膝を抱えて転がっておれ」
 夜宵から太一に戻り、ええっ! と声をあげる情けない顔から目を逸らし、“悪魔”は薄笑んだ。
 こやつはこやつだ。
 そればかりは変わらぬし、変えることもないのだろう。
 もっとも尻を叩いてやらねばならぬことにも変わりはないがな。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504 / 松本・太一 / 男性 / 48歳 / 会社員/魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 迷いも慈しみも、すべからく、愛。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月20日

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