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『◆玄冬流転 〜会奇〜◆ 』
八重咲・悠2703



「――ねぇ、知ってる?」
 ある日の放課後。怪奇倶楽部が活動を行う旧校舎の一室で、そんなふうに部員の一人が切り出したのは、最近話題になっているという、ある噂についてだった。
 曰く、「夕暮れ時に現れる、真っ黒なコートを着た人物に『願い事』をすると願いを叶えてくれる。その代わり、願いが叶ってから数日中に、『願い事』と同じだけの不幸が降りかかる」という。
 都市伝説にはよくある類の噂話だ。話を聞いた八重咲悠は始め、これまであったその類の噂話が変化したものだろう、と、怪奇倶楽部として調査する程のものではないと考えた。
 しかし、その話が『真っ黒なコートを着た人物』が現れるという場所の情報に至ると、その考えを翻すことになる。
 その場所が、とある縁で知り合い、紆余曲折を経て共に暮らすようになったクロ――現在も悠の隣で部員の話に真剣に耳を傾けている――と初めて出会った場所そのものだったからだ。
 悠が視線を向けると、それに気付いたクロが気がかりそうに見返してきた。彼女が悠と同じく、その場所と現れる人物の格好――『真っ黒』なコートという部分に引っかかりを覚えたのだと確信を得て、悠はその噂話の調査に自分とクロが向かうと発言した。
 怪奇倶楽部の活動は、表向きには都市伝説のように学校や街で噂になっている怪奇現象の取材・調査と、その結果を書いた学校新聞の作成、となっているが、本来の目的は『本物の怪奇事件』であった場合、その解決と妖怪・幽霊が原因であれば保護、そして分かり合えない危険な存在であれば退治することにある。部員は異能に理解ある者や、自身が異能力者である者たちが主であり、その性質や噂話の内容から、向いていると考えた調査に立候補がある流れは珍しくはない。特に不思議に思われることもなく、恙なく承認を得て、悠とクロは噂話の現場に向かうこととなった。

◆ ◆ ◆

 もう数分も歩けば目的の場所に辿り着く。隣を歩くクロが、目的地が近くなる程に何かを思い悩むような表情を深めていくのに、悠は無論気付いていた。
「……クロさんは、原因に心当たりがお有りですか?」
 訊ねてみると、クロは僅かに目を見開いて悠を振り仰ぎ、それから小さく首を振った。
「原因……だって、確信してるわけじゃ、ない……」
 けれど、全く心当たりがない、というわけでもないのだろう。少し考えるような間を置いて、クロは再び口を開いた。
「悠さんは、『封印解除』の時、一緒にいたことがあるから、分かると思うけど……『玄冬』の『降ろし』のために必要だった力……『封印解除』でわたしが取り込んでいた力、は…全部を取り込むことは、できなかった、から……」
 言われて、思い返す。確かに、『封印解除』の場に居合わせた際に感じた異質の気配は、『封印解除』前より、『封印解除』後の方が僅かに濃くなっていた記憶がある。
「確かに、そのようにお見受けしました」
「その、残った力が、何か作用してるのかも、しれない…し、」
 訥々と紡がれる、けれど初めて会った時と比べると随分と滑らかになった語り口が、不自然に途切れる。
「……? クロさん?」
 どうしたのかと声をかければ、クロは迷うような素振りを見せ、ぎゅっと掌を握りしめた。
「……わたしの、せいかも、しれない……」
 その言葉が、先の『封印解除』を行った影響によるものかもしれない、というのとはまた違った意味合いなのは、詳しくを聞かずとも察せられた。
「それでは尚更、きちんと調べなくてはなりませんね」
 こくりとクロが頷くのとほぼ時を同じくして、問題の場所――噂話の現場であり、悠がクロと初めて出会った場所――へと辿り着いた。
 周囲を観察してみるが、クロと出会ったときのような、不可思議な現象は起こっていない。ただ、段々と落ちる陽と共に、異質の気配が増していくのを感じる。
 クロが緊張と警戒を濃くし、悠もまた、手にした『黙示録』をいつでも開けるような体勢をとる。
 ――見つめる先、陽が落ちきると同時、溶け出るように人影が現れた。
 噂話の通りの、真黒のコート。それだけではなく、他に身に着けている物も全て黒一色に統一されている。それに揃えたかのような、漆黒の髪。それから、夜色の瞳。
 その色彩も、容貌も、よく似た――否、同じもの持つ人を、悠は知っていた。
 その人影を認め、「……やっ、ぱり…」と小さく呟いた、クロのもう一つの姿――青年姿のクロが、そこに在った。
「『やっぱり』ということは、彼方の方がクロさんの姿をしているのは、偶然ではないのですね?」
「……うん。多分、だけど……」
 何の感情も見られない完全なる無表情でこちらを見つめるもう一つの姿の『クロ』から目をそらさずに、クロは答える。
「……当主の『願い』を叶えるのが、わたしの…『玄冬』の『封破士』の存在意義だった、から……。あれは、多分、『願いを叶える』わたし…『俺』……それから、『玄冬』の一族の、役割…概念……そういう部分が、形を持った、もの、だと思う……。『封破士』じゃない生き方を、『わたし』は選んだけど……そもそも、本来は、一族として、『願い』を叶えなければいけない……そのために、つくられた、から……」
 眼前の『クロ』が、ゆっくりと口を開いた。音なき声が、指向性を持ってその場にいる者――悠とクロの元に届く。
(――…俺は『願い』を叶えるもの)
(『願い』を、叶えよう。どんなものでも。相応の代償さえ、払う覚悟があるなら)
 瞬間、クロが小さく息を呑んだ。
「――どうしましたか?」
 肉声ではない形で声を伝えてくるのは不可思議な現象ではあるが、そのような反応をする程のものではないはずだ。それとも、『元』となった――この言い方が正しいかは分からないが――クロにのみ感じ取れる何某かがあったのか。
 悠の問いかけに、クロはハッと顔を上げて、夢から覚めたかのように瞬いた。
「……だい、じょうぶ……何でも、ない…から……」
 それが嘘ではなくとも、真実のみを語っているのでもないことは明らかだったが、悠はそれに言及することはせず、ただこの場の対処について確認する。
「それなら、よいのですが。――彼方の方は、そのままにしておけるものではないと思いますが……消してしまってよいのでしょうか」
「……そのままにしたら、どう変質するかわからない、から……消すべきだと、思う、けど。…わたしがやる、から…悠さんは、下がってて」
 そう告げる声は僅かに硬く、向けられる視線には気遣うような色があった。前者の理由はともかく、後者の理由は察せられる。『代償』――それは『封破士』として動いていた頃のクロだけでなく、悠の『黙示録』とも深く関係するのだから。
 了承を告げ、位置を変えた悠を確認して、クロが『クロ』の形をしたものへと向き直る。慎重に歩み寄り、その胸に手を当て――その掌に吸い込まれるようにして消えるまでを、悠は静かに見守っていた。
 陽の残滓も消え、夜闇が広がり始めたそこに、異質の気配は、もう無い。
 クロは数秒掌を見つめた後、それから悠を振り返って、――眩しいものを見るように目を細めて、小さく笑った。
「……帰ろう、悠さん」
「――ええ、帰りましょう。私達の家へ」
 『クロ』の形をしたものに関わることか、それ以外のことか――何かクロが口にしなかったことがあると理解しながら、けれど悠は笑みを返した。
 言わないのなら、言わないだけの理由があるのだろう。それを無理に暴くようなことを、悠は好まない。
 ただ、共に居たいと、共に生きたいと――互いに抱いた『願い』が、脅かされるようなことでなければいいとだけ、願いながら。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2703/八重咲・悠/男/18歳/魔術師】

【NPC4890/クロ/両性/?/封破士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
 またもお久しぶりです。本当にいつも有難うございます。

 「ある日の怪奇倶楽部」を、とのことでしたが、如何だったでしょうか。
 怪奇倶楽部の活動の一環、という形ではあるものの、怪奇の正体により、ちょっと違う方面に焦点が当たる感じに。
 『願い』と『代償』については、『封破士』や『当主の願い』関係なく、クロは少し敏感だったりします。


 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 書かせていただき、有難うございました。
東京怪談ウェブゲーム(シングル) -
遊月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月21日

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