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『タイムリミットの先で笑う者は 』
風羽 千尋ja8222)&雪代 誠二郎jb5808

「選んで、雪代さん。今返事するか、それともこれから毎日俺にストーカーされるか」
 卒業式が終わるや否や、相手を校舎裏へと引っ張って行きそう迫った風羽 千尋に、雪代 誠二郎は言いかけた祝いの言葉を飲み込む羽目となった。
 返事。それがいったい何の話なのかが分からぬ程、誠二郎という男は愚鈍ではない。
 ――好きだ。隣に並びたい。昨年の四月、千尋が誠二郎に向かい口にしたのは紛う事なき愛の告白であった。
 それに対する返事を、未だに誠二郎は返していない。風のように自由な彼はのらりくらりとその話題を避け、人よりもずっと上手な口で返事をはぐらかし続けている。
 千尋とて、本当は大人しく返事を待つつもりではいたのだ。しかし、この機を逃したら会う事自体が減りそうだという懸念があった。
 このまま何事もなかったかのように相手と疎遠になる……なんて事は我慢がならない。そんな風に終わって良いと思う程に、この想いは軽いものではないのだ。
 壁を背に立つ誠二郎の両脇を囲うように千尋は両手を付く。いわゆる、壁ドンと言うやつだ。
 普段ならドキドキと胸が高鳴りそうな状況だが、今はそれどころではない。誰に何と言われようがこれは本気の恋で、それ故に少年は必死だった。
 誠二郎の顔を見上げる千尋の瞳には、決して逃がさないという決意が込められている。
 逃げ道を塞がれ、それでも彼の人は動じる事もなく飄々とした態度を崩さなかった。いつも通りの声音で、誠二郎は言葉を紡ぐ。
「打ち上げかなんかがあるんじゃあないのかい。あまり人を待たせるものではないぜ」
「待たせるものじゃないなんて……俺は一年以上も待ったよ!」
 はぐらかそうとした誠二郎の言葉は、珍しく不発に終わった。千尋の猫のような茶色の瞳がキッと細められ、誠二郎の事を睨むように見やる。
「雪代さん、俺、本気だから」
 呟かれた言葉に嘘偽りはない。千尋の瞳はどこまでも真剣で、必死だった。
「……どいてくれ給え、少年」
「だ、だから、今日は返事を聞くまではっ……!」
「分かっている。だが、流石に此処は人目につくだろう」
 誠二郎が場所を変えようと提案している事を察し、千尋はようやく壁についていた手を放した。ゆったりと歩き始めた誠二郎に倣うように、少年も慌てて後へと続く。
 普段と変わらぬ誠二郎の態度を歯がゆく思うが、けれども、千尋とて今日は答えを聞くまで引くつもりはなかった。
 今だって、その手は誠二郎の袖口を掴んで離さない。逃がさないとでも言うように掴む力を強めた千尋に、誠二郎は微かに肩をすくめてみせた。

 ◆

 辿り着いたのは、誠二郎の馴染みの喫茶店だ。千尋も彼と共に訪れた事がある、思い出深い場所であった。
 一番奥の席へと座り注文を済ませた後、静かな店内にはしばしの間沈黙が降りた。煙草へと火を点ける一瞬の間に、誠二郎は密かに思考を巡らせる。
 まさか千尋がこうして詰め寄ってくるとは、誠二郎にとっては予想外の事であった。最近は目立った事がある訳でもなく、少年も以前自分に向けた言葉など忘れているだろう、と誠二郎は思っていたのである。
 故に今回の件は、彼にとっては青天の霹靂だった。
 しかれども、その事を彼が易々と顔に出すはずもない。決して慌てる事もなくどこまでも落ち着いた態度を貫く彼は、至って何時も通りの表情で腰をかけている。
「……君の申し出は嬉しく思う」
 しばし煙草の味を楽しんだ後、ようやく口を開いた誠二郎の言葉に千尋は目を見開いた。何かを口にしようとした少年を遮るように、誠二郎は話を続ける。
「だが、如何せん若すぎる」
 千尋は僅かに眉をしかめた。それは、今まで幾度となく思い知らされてきた年の差というものを、改めて千尋に突きつける言葉だ。
「俺ももう二十歳過ぎてるし、学園卒業してこれから社会人だよ」
 若いからダメなんて納得できない。そう反論した千尋に、誠二郎はまるで溜息のようにゆっくりと煙を吐いた後、呟く。
「歳の話ではない。経験の話だ」
「経験って……そりゃ雪代さんに比べたら全然未熟だろうけど、俺だってちゃんと考えてるのに」
 まるで煙に巻くかのような誠二郎の対応。それでも、千尋は食い下がる。
 彼と自分の間にある年の差という残酷な壁は、どう足掻いても取り壊せない千尋にとっての最大の障害だ。だからこそ、千尋は千尋なりに彼に追いつこうと思って努力をしてきた。
 千尋の前に座る誠二郎の表情は読めない。いつものように落ち着いた様子で、煙草を口にしている。
 喫茶店で煙草を吸う誠二郎の姿は相変わらず絵になっており、とんとんと灰皿へと灰を落とすその仕草すらひどく様になっていた。こんな時でも、思わず見惚れてしまいそうになる程だ。
 そんな千尋を現実へと引き戻したのは、他でもない誠二郎の声だ。
「もしも君が大人になって、まだそのつもりでいるのなら受けてみても良い話ではある」
 勿体ぶった口調で紡がれたその言葉に、ぱちり、と千尋の猫のような瞳は大きく一度瞬く。
 言われた言葉を理解するために噛み砕いている最中であろう少年に、誠二郎は次いで問いかけを一つ投げかけた。
「君はどう思う? 何年後に自分は大人になっているのか。考えてみてくれ給え」
 誠二郎の言わんとする事を把握した千尋は、素直に言われた事を考え始める。
 今日は誠二郎から告白の返事を貰うまでは引くつもりはなかった。だが、自分の未熟さは自覚している。今の自分では、まだ誠二郎には全く追いつけていないという事も。
「――五年。五年あれば、大人になってやるさ」
 だからこそ、少年はその提案を飲んだ。
 彼に見合う大人に。彼の隣に相応しい人間になるために。
「『人を待たせるもんじゃない』んだろ?」
 先の誠二郎の言葉をなぞりそう笑った千尋に、誠二郎も笑みを返す。
「なら五年だ。それ以上もそれ以下もなしだぜ」
(五年。そんなに待たせれば、この少年にもその内良い人の一人や二人出来て、――そして、自分の事は忘れるだろう)
 誠二郎は、人知れずそう高をくくった。そんな彼の思惑など知らない千尋は、声をあげる。まるで宣戦布告でもするかのように、高らかに。
「待ってろよ! 見違えるほど大人になってみせるからな!」
 そう宣言する少年の姿は、誠二郎から見たらやはりまだまだ子供でしかなかった。

 しかし、タイムリミットの先で待つ結末を知る者は、まだどこにもいない。
 賽は投げられている。五年後の未来で望みを叶え笑みを浮かべるのは、果たして誠二郎なのか。
 それとも――。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8222/風羽 千尋/男/20/アストラルヴァンガード】
【jb5808/雪代 誠二郎/男/35/インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注ありがとうございました。
お二人にとってとても大事なお話だとお見受けし大変緊張いたしましたが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等御座いましたら、ご遠慮なくお申し付けください。
それでは、またいつかご縁が御座いましたらよろしくお願いいたします。
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エリュシオン
2017年09月22日

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