▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Silver slumbers 』
ラレンティアaa3515hero002)&天野 一羽aa3515

 その日は、文句のつけようのない真夏日だった。会話の内容が、自然に天気と気温のことばかりになるような日だ。天野 一羽は後ろ手にドアを閉め、頬を滑り落ちていく汗を拭った。昼前には目を覚まし、甲斐甲斐しく昼食を用意したはいいが、食欲はあまりなかった。心配した英雄たちが『あーん』だの『口移し』だのを提案してきたため、どうにか自力で完食したのがついさっき。午後はそれぞれ自由に過ごすことになったため、自室に戻って来たのだ。
「暑……」
 黄金色の太陽は美しく、また人間にとってなくてはならないものだが、この時期ばかりは恨めしい存在だ。遮光カーテンを閉め、冷房のスイッチを入れる。最初は強すぎるくらいでいいだろうと、温度設定のボタンをリズミカルに連打する。
「ふあー……生き返るー」
 思わず漏れた間抜けな声。くすりと笑いながら、ベッドに倒れこむ。夏休みに入ったばかりということもあり、昨日はだらだら夜更かしをした。寝入ったのは明け方だ。少し寝足りない気もしたが、暑さのせいでそれ以上は眠っていられなかったのだ。
(こんなにゆっくりしたのって久しぶりな気がする)
 一羽に構うのが大好きな英雄たちのおかげで、夏休みに入ってからもにぎやかな生活を送れている。一羽なりに今の生活を気に入っているつもりだが、たまには一人の時間も悪くないものだ。ふと思い出すのは、終業式の日に起こった小さな事件。英雄たちと学校の友人たちが初めての邂逅を果たしたのだ。結果は、危惧していた以上の大混乱。美しきお姉さま英雄たちと男子生徒たちのコラボレーションは、一羽を大いに振り回してくれた。夏休みが空ける頃には、『天野一羽、魔性の年上キラー疑惑』が消えしまっていればいいのだが。
(人の噂も七十五日っていうし……30日くらい足りないけど)
 噂を覆い隠すのは、新たな噂だろう。好きな子に告白すると息巻いていた友人は、うまくやれただろうか。他の友人たちもどこかで青臭い恋の計略を巡らせているのかもしれない。自分はどうなのだろうと目を閉じて考えれば、思い浮かぶのは英雄たちの顔ばかり。
 一羽は心の中でぶんぶんと首を振る。もう一人の彼女はともかくとして――。
(少なくとも、ラレンティアにはそういうつもりはないっぽいし!)
 だからこそ、刺激の強いスキンシップには困っているのだけれど。
「寒い」
 がちゃりとドアノブが回ったかと思うと、そんな声が聞こえた。
(そうかな、ちょうどいいと思うけど)
 思いはしたが、口を動かすのが億劫だった。今にも寝てしまいそうだ。突然やってきたラレンティアに用事を尋ねる余裕もない。
「む、風はここから出ているのか? 一羽、これはどうやって止める?」
 無理矢理にでも喋れば、眠気はどこかへ行くのかもしれない。けれど、一羽は誘惑に負けた。ラレンティアが奇跡的にリモコンの操作に成功することを願いながら。
(ねむ……)
 冷房から送られる強い風が容赦なく肌を冷やしていく。このまま眠ってしまえば、確実に風邪をひく。
「しょうがない」
 ふわり、とあたたかな空気に包み込まれた。瞼が重くて確認できないが、ラレンティアが毛布をかけてくれたらしい。助かった。
(気持ち良い……)
 ふかふかの毛布に思わず頬ずりする。体を包む温度はほんのりと暖かく、溺れてしまいそうなほどに安心感があった。
(あ、夕飯は冷たいものがいいな。そうめんとか? でもそうめんだけじゃラレンティアが不満がるだろうし……)
 寝入る寸前のとりとめもない思考は、あちらこちらへ飛ぶ。この真夏に毛布を出しているはずがない、という思考に至れるほどの余裕はもう残っていなかった。



「寝たか」
 一羽の耳を、至近距離からくすぐる声。ラレンティアはまるで幼子でも抱くように、一羽の頭をすっぽりと抱いて寝そべっていた。一人用のベッドは狭いが、彼らほどの体格の者たちが抱き合って眠るくらいは可能だ。
「まったく。いきなりこんな冷えた部屋で寝たら体に悪いだろう」
 母親のような小言をこぼすが、ラレンティアの表情は和らいでいた。一羽も幸せそうな寝息を立てるばかりだ。
「いつもこう素直ならばいいのだがな」
 一羽が自分からすり寄ってくるというのは新鮮だった。何も取って食おうというのではない。むしろ、彼に抱く気持ちは母性に近いものだ。やましいところなどないのだから、思う存分甘えてくれていいのだ。この世界では、一羽くらいの年の若者はまだ親と暮らしているのが普通らしい。であれば、心細い思いを抱えていてもおかしくない。
 この少年は見た目以上に強い。この世界に慣れぬ自分ともう一人の英雄を立派に守ってくれている。もっとも、本人にその自覚はないのだろうが。
「ん……」
 そっと髪を梳けば、一羽がくすぐったそうに身をよじる。背中に回した手で背を撫でているうちに、ラレンティアもうとうとと眠り込んでいた。
 人工の風の冷たい音色が遠ざかっていく。入れ替わるように、はっきりと耳に聞こえ出すのはせせらぎの音。ラレンティアは腹這いになり、見慣れた川のそばで月を見ていた。
 ふいに、きゅっと腰あたりの毛を引っ張られた。顔のそばでは、もうひとつ寝息が聞こえる。
 狼の声で、彼女は守るべき子らの名前を呼ぶ。ロムルス。レムス。ラレンティアが狼として暮らしていた頃、拾った人間の赤子。数奇な運命を辿った、双子の男児。
 それは遠い遠い昔の話。彼女の元いた世界での物語。その全てをラレンティアは記憶していない。けれど彼らが共に眠るこの時間が、ひどく貴重なものであることはわかった。
 今はただ、心安らかに眠れ。狼は鼻先で二人の頬にキスを落とす。眩しい日差しは眠りにつき、川を渡る涼しい風は狼の夏毛と子らの柔らかい肌を撫でていく。
「……寝ていた、のか」
 ラレンティアは目を覚ました。ちら、とカーテンの外をのぞけば、ほとんど時間が経っていないことが把握できた。
(随分、長い夢だったような気もするのだが)
 一羽はまだ眠っている。ラレンティアはその頬にキスを落とすと、もう一度彼の隣に寝転んだ。
 夏の日の午後が過ぎてゆく。穏やかな寝顔の少年が目を覚まし、自らの置かれた状況に仰天することになるのは少し後の話。それまでは麗しき母狼と彼女の愛しき子にまどろみの魔法を。銀の月に見守られているかのような穏やかな眠りを。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【天野 一羽(aa3515)/男性/16歳/防御適性】
【ラレンティア(aa3515hero002)/女性/24歳/シャドウルーカー】

イベントノベル(パーティ) -
高庭ぺん銀 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2017年09月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.