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『ハロウィンの竜妃 』
松本・太一8504

 会社を定時で出ると、松本太一は地下鉄に乗った。
 普段乗らない路線に揺られ、初めて降りる駅に少し戸惑い、歩いたことのない道を時折迷いながら行く。
 それでも、スマホを見れば大丈夫。メールに添付された地図を確認しながらなので、完全に迷子にはならない。
『最近は便利なものね』
 太一の中にいる女悪魔が言う。太一も心の中で返答した。
(そうですね、本当に)
 昔は大変だった。画像を簡単に見られるスマホはおろか、ただの携帯電話だって誰も持っていなかった。迷ったら公衆電話で店へ連絡して道を訊いたり、交番で訊ねたり、電柱の住所表示から推測したり。
 ただ、最近やってることは、そんな学生時代と大差ないような気がしている。得体の知れない先輩にいきなり呼び出され、わけのわからないことをやる。少し迷惑で、けっこう楽しい。
 かなりの頻度で危険が伴うのは難点だけれど、今日はその心配もないはずだ。女悪魔は特に警告などしていない。
 進む先に、目的地である美容院の看板が見えた。

「いらっしゃい」
 太一を迎えてくれたのはさっぱりした雰囲気の美女。この店の店長だ。
 現代的な装いの店で、最先端の技術と流行を貪欲に取り入れている。一方で着付けにも対応していて、成人式や初詣や七五三ではがっつり稼いでいるとのこと。
 そんな美容院を営むこの店長が、今日メールで太一を呼び出した先輩魔女だった。魔女の夜会でよく構ってくれる人だけど、一対一(一対二?)で会うのは今日が初めて。
 スタッフに休憩を告げて後を頼み、店長は太一を導くと店の奥へ入る。
 ある扉をくぐった時、空気が切り替わるのを感じた。
 ここは現世から隔絶された魔女工房。先輩もたちまち黒いとんがり帽子に黒マントへと装いを変える。さっぱりした雰囲気は変わっていないのに、何か剣呑な感じも混じったように、太一には思われた。
「夜宵ちゃんも元に戻ったら?」
 中年男性――最近はずいぶん若返ったが――の姿のままの太一を見て、先輩が言う。
「あの、私は元々この身体で……」
「あー、そうなんだっけ。夜宵ちゃん、すごくナチュラルに女の子してるからあっちが本当の姿だと勘違いしてた」
 自分の額をぺちんと叩き、先輩はごめんごめんと謝る。
 あっけらかんと謝られては怒る気にもなれない。そもそも、自分の中にあまり怒りの感情も湧いてこない。それどころか安堵やちょっとした喜びすら感じてしまう。そのことに太一は困惑と若干の諦めを覚える。今後の長い生の中、「魔女である自分」の比率はこうやって次第に上がっていくのだろう。
「でもそっかー。いや、いやいや、ここで何とかしてみせるのがあたし!」
 太一がアイデンティティについて軽く悩んでいる間、先輩は先輩で何やら考え込んでいたらしい。そして一人で結論を出すと、太一に向き直った。今になってどうも嫌な予感がした太一は、機先を制するように問う。
「えっと、今日はいったいどんなご用件で私を呼んだのでしょう」
「実験台になって」
 先輩は堂々と言い放った。

「ハロウィンの仮装、最近はレベル高いでしょ?」
 顔色を変えた太一をなだめるように、先輩は説明を始める。
「はあ」
「メイクも衣装もプロが手掛けて、本物そっくり……とまでは言わないけど、昔に比べればずいぶんそれっぽくなっている」
 さすが、「本物」を実際に知っている人の言葉は違う。
「なので、メイクが本分のあたしとしては、そこに乗っかって楽しみたいわけよ」
「……魔術を使って、ですか?」
 太一が訊ねると、先輩はチッチッと立てた指を振る。
「条件は同じにしなくちゃ面白くないでしょ。ラジコンカーでF1レースしてるところに本物のF1で参戦してどうすんの」
 例えが微妙に古いと思ったけど、そこは口にしないでおく。
 ともあれ、言いたいことは理解した。美容院にしろ、今回のメール連絡にしろ、この先輩は最新の技術に抵抗がないどころか興味津々のようだし、使ってみたいということなのだろう。
「と言っても、女装までさせるのは想定外だったけど、まあそこはあたしのテクニックでカバーということで」
「じょ、女装ですか?」
 太一は声を裏返らせる。
「そ、それはけっこうですっ、ほら!」
 太一は瞬時に魔女の夜宵へと変化する。
 長い黒髪、潤んだ瞳、抜群のプロポーションを持つ美女が顕現した。色香を漂わせながらも、表情はどこかあどけない。
「わざわざそこまでしなくてもよかったのにー」
「は、はは……」
 女装の経験も何度かあるが、好んでやりたいわけではない。太一の身体で女性の扮装をするよりは、夜宵の身体で着た方が、身体にもフィットするし精神的にまだ落ち着く。
「まあ面倒でないんならいいや。それじゃ、魔術で変身させるね」
「何でですか?! 魔術使わないんですよね!?」
 思わず渾身のツッコミを入れる。
「手本は欲しいでしょ。まずはそれをこしらえてから、そこ目指して作っていくの」
「プロの漫画家が足で漫画を描くために、手本をわざわざ手で描いておくような技術の無駄遣いを感じるんですけど」

「とにかく行くよ」
 その一言で、太一の周囲を魔力が包む。
 と、視点の高さが変わっていた。夜宵のデフォルトより高く、太一よりは低い。
 立っている足元の感覚が変わっていた。ヒールの高い靴を履かされている。
 見下ろせば、変化は靴だけのわけもなく。黒いタイツが全身をぴったりと覆い、脚や腕を金色の鱗が飾るレガースやガントレットが包む。そして随所を竜の爪めいた装飾が彩る。振り向けば背には西洋竜のような巨大な翼、お尻からは太い尾が生えていて、鏡を見れば黒髪の中からも二本のねじれた角が伸びていた。
「ドラゴンクイーンというイメージね」
 先輩の言葉には納得するしかなかった。
「ひとまずこれは、名前を付けて保存。えいっ」
 その先輩の声で、部屋の片隅に今の太一を完全に模した人形が出現する。
「上書き保存じゃなくて良かったです」
 軽口を叩く余裕も出る。変身とは言うが、これは衣装が変わるだけ。凝ったコスプレくらいに考えればよさそうだ。
「さて、あれだったら無理なく再現できるんだよね。いわば現実に寄り添った解答例」
 先輩は人形を眺めながら言った。
「はあ」
「でも理想はあるわけさ。あたしはもっとできるはずという、工夫すればこれくらいは行けるだろうというライン」
「はあ」
「なので、今度は理想を目指してみるよっ」
 台詞と同時、再度太一を魔力が包む。

 口吻が伸びた。
「?!」
 声を上げようとして、軋んだ金属音のような声しか出ないことに気づく。人語を話せそうにないと諦めた。
 視点がさらに高くなっていた。二メートル? 二メートル半? もしかするとそれ以上。
 首の可動域がやけに大きい。白鳥やキリンのように――西洋のドラゴンのように、首が長く伸びている。
 そうして振り向いた背中には、先ほどと同様の大きな翼。けれど今はそれがパタパタと動き、自分の感覚と連動しているのが感じ取れる。
 床に触れる、両足とは別の感触。もちろんそれは太く長い尻尾が生えているからだ。
 両手は、三本指に変わっていた。鋭い爪が生え、そこ以外の皮膚は硬い鱗に変わっている。両足はどっしりと太く床を踏みしめていた。
 全身が黒い。その中を筆で刷いたように金色のラインが走っている。
 長くなった口の中を長くなった舌でまさぐれば、びっしりと尖った牙が何十本も並んでいた。
 変わり果てた自分の姿に戸惑い、立ち尽くすことしかできない。
「ちょっと成竜のミニチュアっぽくなるのは残念だけど、何十メートルもの大きさにはできないしね。仔竜じゃぬいぐるみっぽくなるし」
 どうも、これでもまだ不本意らしい。
「まあ、しかたない。名前を付けて保存っ」

 時間は流れ、ハロウィン当日の夕方。太一はまた定時で退社すると、美容院へ向かう。今回は物陰ですでに夜宵になっていた。
『何だかんだ言って楽しそうね。足取り弾んでるわよ』
(そ、そんなことは……)
 ないです、と言い切りたいけれど、その自信もない。
 魔女になってから、太一の生活は変化に富みまくりだ。
 二十数年間の会社勤めで心がすりきれていた日々とは明らかに違う。
 ただ――
「店長、この尻尾少し動いてますけど……まさか本物ですか?」
「開発中の人工筋肉を使わせてもらってね。お尻の微弱な電気信号で少しだけ作動するようにしてて、なりはでかいけど動きは小さいの。パレードでいきなりうねって周りの人を転がすなんてことにはならないわ」
 美容院のスタッフが見守る中、店長たる先輩は魔術抜きで、太一を竜妃に改造していく。
「口の辺りの造形、すごいですね!」
 最終的なメイクの完成形は、「現実」と「理想」の中間、いくらか「理想」寄り。特に先輩の気合が入ったのは顔だった。
 スタッフの女の子が口の部分を撫でる。今は特殊メイクだから、太一自身の口ではなくて、感覚はない。
「夜宵さん、あんなに綺麗なのに、どんどんものすごくなってく……」
 スタッフの皆さんの物珍しげな視線が、どうにも苦しい。
 中年男の状態から女装させられること。人間の女性からドラゴンに変えられること。それらに比べれば女性の状態でドラゴンのメイクをさせられるくらい何でもないように思えたから、メイクされることもパレードに参加することも簡単に承諾したけれど。
 魔女やら何やらの跳梁跋扈する世界に馴染んで感覚が狂いつつあったが、美人さんがモンスターじみたメイクをするというのは、それはそれで好奇の視線で眺められることなのだ。
 ――楽しいことは楽しいけれど、恥ずかしい。
 それが今の太一の偽らざる気持ちだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504/松本・太一/男性/48歳/会社員・魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして。このたびはありがとうございます。
 特殊メイク関連の知識に疎く、女装やメイクより変身の方が好きという嗜好もあり、ご指定からはいささか逃げる形になってしまったかもしれません。ご不満がございましたら、お手数かけて申し訳ございませんがリテイクをお願いいたします。

東京怪談ノベル(シングル) -
茶務夏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月25日

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