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『始まりの日、血塗られた道 』
イリス・リヴィエールjb8857)&ガート・シュトラウスjb2508

 イリス・リヴィエール(jb8857)の父親は悪魔だった。
 でも、それは内緒のこと。
 イリスは父親から、「悪魔の子供であることを絶対に話してはいけないよ」と何度も何度も言い聞かせられてきた。

 イリスが十三歳の頃。
 その頃、まだ世界は戦争をしていた。
 人と天使と悪魔が、まだ互いに殺し合っていた時代の物語。

 イリスの父親の任務は、偵察兵として人間界に溶け込み生活すること。イリスも一緒に暮らしていた。母親の顔は覚えてもいない、いわゆる父子家庭だった。
 イリスは父の言いつけを守ってキチンと「人間として」過ごしてきた。大きな事件もなく、波乱もなく、昨日のような今日が、今日のような明日が、いつまでも流れていく。
 お父さんは本当に悪魔で、本当に偵察兵なんだろうか? そんなことを思うほど、イリスの毎日は平和だった。







 ――小学校を卒業して、中学生になって。
 夏休みも終わって、二学期が始まって。

 帰り道。真夏よりも日が短くなったけれど、それでも夕刻はまだまだ太陽が顔を覗かせていた。
 赤とんぼがイリスの頭上をすーっと飛んでいく。それを見上げる少女は帰り道、重たいリュックを背負い直した。
 共に帰路に就いていた学友とは、さっきの曲がり角でお別れをした。また明日、と。今はイリス一人、ありふれた住宅街を歩いている。
(お腹すいた……今日のお夕飯はなんだろう)
 ボンヤリと茜の空を見て思う。片親ながら、父は家事に熱心な悪魔だった。毎日のお弁当も、毎日のご飯も、いつも父親が作ってくれていた。その分、掃除や洗濯や買い出しなど、イリスもできる範囲で家事を手伝っている。二人きりではあるけれど、イリスと父親の生活に苦はなかった。

 かん、かん、かん。安いアパートの階段を上る。
 帰ったら、まず手を洗って、ご飯を食べて、お皿を洗って、お風呂に入って、宿題をして……。明日は体育だから、体操服を忘れずに……。
 かん、かん、かん。平和なことを考えながら、イリスは階段を登り切った。あとはもう目を閉じても辿り着ける、我が家へのドア。
 一応、いつもドアには施錠してある。合鍵を出してそれを開けて。手慣れた動作だ。ドアノブを回す。

「ただいまー」

 いつものように。いつもの通り。
 けれど。
「……?」
 いつもは聞こえる「おかえり」がない。
 部屋も電気がついていなくて。
 でもお父さんの靴がある。出かけてはいないみたい……?
 家の中は妙なほど、シンと静まり返っている。
 あれ?
 どうしたんだろう。

「……お父さん?」

 呼びかけて、一歩、わずかに開いていた居間へのドアをそっと開けて――。







 まだその頃、悪魔ガート・シュトラウス(jb2508)の名はケット=C=シュバルツであった。
 兵士である彼はある日、とある任務を言い渡された。

『偵察役の同胞が裏切り行為をしている。粛清せよ』

 命令は絶対である。離反する理由もない。そもそも従わなければ殺されるのはこっちである。
 めんどくさい、とか、嫌だなぁ、とか、そういう感情も特になかった。
 仕事は、仕事。生きるための方法。呼吸と同じ。
 同じ仕事っていうのなら、書類にハンコ押すのも、同胞の首を掻っ切るのも、同じこと。

 ――ゲートをくぐって辿り着いた人間界は、夕暮れだった。
 血のように赤い空だ。一瞥し、鼻を鳴らし、ガート――否、ケットは蝙蝠のような翼で空を叩いた。
 矢のように空を飛ぶ。密やかなる闇を纏って姿を隠す。大抵の者ならばケットの存在に気付けまい。

 かくして、目標の住居を発見。物質透過を発動。ケットは天井をすり抜けて、目標の眼前へと『着地した』。

「な、ッ――!!」

 目標の男は目を見開いた。悪魔とはいえ、当然か。こうしていきなり目の前に悪魔が現れては、驚きの声の一つぐらいも出るものだろう。など。脳の片隅で思いつつ。その時にはもう、ケットはその手に武装した鉤爪を――猫の爪のように細い細いそれを、ヒュンと横なぎにひと振るい。

 赤が散った。

「……へえ」
 ケットはケモノのように目を細めた。一撃で首を掻き切るつもりだったが、間一髪腕を盾に防がれた。
 男の呻き声。切り裂かれた腕からおびただしく流血しつつ、飛び下がってケットを見やる。
「冥界の……? な、なぜだ! 裏切者か……!?」
「裏切者はオマエだろ」
 淡々と告げる。爪を構え直しながら。すると眼前の男も悪魔としての本性を現し、苦々しい表情を見せる。
「う、らぎり? いったい何のことだ、説明してくれ……! 私は命令通りに偵察任務を、」
「さあ?」
 オレが知るかよ。溜息を吐いて。憐憫も何もなく。仕事は仕事、粛々と。男が動くより先に――今度こそ、ケットの爪が男の喉笛を引き裂いた。
 びゅう、と生温かい赤が四方八方に飛んでいく。
 それはケットの頬にも散り、そして……

「……お父さん?」

 いつの間にか。ドアを開けて入ってきていた少女の顔にも、ビチャリと散った。
「……」
 ケットは少女の方を見やった。そういえばターッゲットは娘と二人暮らしだったか。血相を変えた幼い少女が、「お父さん、お父さん」と震える声で連呼しながら、ゆるやかに倒れこんだ父親へと縋りつく。
「血、血が、いやだ、お父さん、いや、死なないで、死なないで、どうしたら」
 父親の首の傷に小さな両手を当てて、しゃくりあげる金髪の少女。細い指の隙間からは無情なほど、命の赤が止めどなく噴き出してゆく。ごぼごぼと血を吐く男は、震える手を少女に伸ばした。

 ごぼ。

 そのまま一際、血を吐いて。
 ぼた、と、もたげられた手は床に落ちた。
 あああああああああああ。少女の悲鳴。
 ケットはそれを、何の情動もなく見下ろしていた。
 足元にじわじわと、殺された男の血が流れて広がってゆく。

「お、お前が、」

 そんな中だった。顔を上げた少女が、恐怖と憎悪に満ちた目でケットを見上げる。
「お前が、お父さんを、殺したのね。どうして、こんなこと……ッ!」
 ああそういえば、この少女も、いずれは悪魔側の戦力として何か任務が下る予定だったっけ――憎悪を吐かれる中、ケットは悠長にそんなことを思い出す。
「お前も、あ、あ、悪魔でしょう。どうして、どうして」
「……『偵察役の同胞が裏切り行為をしている。粛清せよ』」
 面倒になって、ケットは言われた言葉をそのまま口にした。少女が息をのむ。
「そんな! お父さんは、ちゃんと任務に忠実だったのに! お父さんは裏切ったりなんかしてない! そんなの嘘よ! 嘘ッ!!」
 金切声。よろめくように立ち上がった少女が、父親の血でべったり汚れたままの体でケットにつめよった。
「ねえ! お前、悪魔なんでしょう! だったら何かっ、魔法を使えたりするでしょう! 今すぐお父さんを治療して!! お父さんは無実なの!! お願い!! こんなの何かの間違いよ!!」
「……っ あーーー、」
 ケットは面倒くさそうに顔を歪めた。実質、面倒くさかった。

 ……殺すか?

 キーキー喚かれて、変に周りに感付かれたら面倒だ。
 だが。そうとは言え。
 ケットの粛清対象は、既に死したあの悪魔ただ一人だ。
 わざわざ殺すのも面倒くさい。何をされようが何を言われようが至極どうでもいいのだが。
「はぁ」
 露骨な溜息。その間にも少女は、やれ父親を治療しろだの、父親は潔白だの、きぃきぃわぁわぁ、うるさいことこの上なかった。
 だから、少女を突き飛ばして、こう告げた。

「オレが命じられたのはコイツの始末だ。オマエに用はない」

 言下。
 ケットの無造作なまでの前蹴りが、少女の薄い腹に深々と突き刺さる。
「っかは、」
 くの字に折れる幼い体。衝撃に後ろへひっくり返る小さな体。
「が、 っか、はぐッ、 あ゛」
 口をパクパクさせて、何が起きたのか理解していないのか、口からごぼりと胃液を漏らして、腹を押さえた少女はうずくまったまま震えている。立ち上げれはしないだろう。視界もぐるぐる混濁していることだろう。吹っ飛ばされて受け身も取れずに、頭部を強く打ってもいたのだし。殺さないようにしたとはいえ、そんなに加減もしていないのだ。

 さて。任務完了――ケットは再び、翼を広げる。







「裏切者の娘」

 その日から、それがイリスの称号となった。

「裏切者には粛清を」

 その日から、イリスは他の悪魔に追い回されながら、死と隣り合わせの日々を生きることになった。

 イリスはたった一人になった。
 守ってくれる人は誰もいない。
 時代が時代だ。悪魔ということがバレてはならない。
 人間にバレてみろ。バケモノだと殺される。
 悪魔にバレてみろ。粛清対象だと殺される。
 もうかつてのようには過ごせない。

 何も信じられなかった。
 何もかもが敵に見えた。

 それでも、イリスが自暴自棄にならずに、残酷なほど冷静でいられたのは。
 復讐心。憎悪。憤怒。燃え盛り、煮え滾るようなドス黒い感情が、彼女の生きる糧となったから。
 死んでたまるか。死んでたまるか。おどろおどろしいまでの感情は力になり、少女の細い足に立ち上がる力を与える。

(赦さない……)

 唯一の肉親を殺したあの悪魔を。

(赦さない……)

 自分を見逃し、屈辱を刻んだあの悪魔を。

(赦さない……!)

 何よりも、謀反もはぐれもせず、何もしていなかった父の仇を討つ為に。
 父の無念を晴らす為に。
 父の潔白を証明する為に。


 あの悪魔を、赦さない。


 ――それは、少女の復讐の物語が始まった日。
 赤い夕陽の、血塗られた日。


 そして少女は、保護された先の場所で仇と再会する。
 復讐の陽は沈まず。……沈まぬまま、どこへ傾いてゆくのだろうか。




『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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イリス・リヴィエール(jb8857)/女/19歳/バハムートテイマー
ガート・シュトラウス(jb2508)/男/22歳/鬼道忍軍
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2017年09月26日

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