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『選んだ道へ 』
イアル・ミラール7523
 茂枝・萌はIO2本部の地下深くにある研究施設、そのゲストルームにいた。
 ここで行われる実験や研究にはスポンサーがついていることがほとんどで、それらの人々がアクリルガラス越しに“過程”を確認できるよう用意された部屋なのだが……
『スポンサーじゃないわたしたちには、なんの説明もしてくれないわけね』
 萌の傍らに置かれたコンパクトミラーの内、鏡幻龍がため息をついた。
 イアル・ミラールの姿を借りているこの守護龍の声音は、あのときに聞いたイアルの声そのままで、萌の心を波立たせる。
 理由など探るまでもない。過去の自分と素足の王女との因縁を知ってしまった、そのことが彼女をかき乱し、こうして浮き足立たせているのだ。
 転生というものが実在したことはもちろん衝撃的だった。しかしなにより、次世にまで自分が抱えてきた妄執の深さ――震えるほどにおぞましく、それでいてなによりも甘美な昂ぶりが、打ち合う高波のごとくに彼女の心を翻弄する。
 私は王女をどうしたい?
 わからない。
 萌は静かにソファへ腰をかけ、肩の上で小さな寝息をたてているフェアリーをそっと両手でかかえて膝に降ろす。
 これはイアルの魂を一時的に移された依り代で、錬金の業で生成されただけのホムンクルスに過ぎない。
 しかし、ただそれだけのものと切り捨てられないだけの情が、すでに萌の内に息づいていた。
 ずっとひとりだった私に寄り添ってくれた、初めての存在だから。
 そうだからこそ、思い切れないのだ。イアルの魂をあのビスク・ドールに戻すことを。

 一方、ガラスの向こうの萌の葛藤に気づくことなく、対空気汚染仕様の分厚い防護服でその身を鎧った研究者たちは手術台にくくりつけられたビスク・ドールの解析と解呪を進めていた。
「レーザー照射停止」
 ドールの全身、その温度を上げていたレーザーが止められて、遠巻きにしていた研究者たちがドールへ近づく。
「まったく、ただの陶器とは思えない頑固者だな」
 リーダーがしゅうとため息をついた。
 ドールを構成するビスクはそもそもが土である。そのことは幾度とないスキャンで確認されているし、実験によって実証もされている。
 しかし。熱っしようと冷まそうとドールの温度は変わらず、分子運動に変化も見られない。それだけ物質として安定しているわけだが、他からの影響をまったく受けることがないとなれば、その安定はまさに呪いレベルと言えよう。
「結局、オカルトに頼らざるをえないか。ケーブルを出してくれ」
 用意されていた機器が前へ押し出され、そこから伸ばされた超伝導ケーブルがドールの“男”に繋がれた。
「さて、成功してくれるかな」
 機器の上方には密閉型のシリンダーが取り付けられており、その内には薄金の液体が収められていた。フェアリーの血液から抽出された鏡幻龍の魔力である。錬金ほどの精製度ではないが、効果は充分に期待できる。
「魔力注入開始。電圧、上げます」
「ゆっくりでいいからね。来る? もうちょい……来た! 電導率は!?」
「最大値で安定。安全弁解放。流すわよ」
 ケーブルを伝い、魔力を溶かし込まれた電流が先端部へ流れ込んだ。
「数値はどうです? 上げますか? 下げますか?」
 電圧の調整を担う研究者の問いに、モニターに映し出されるドールの状態を確認していたリーダーが人差し指を掲げ。
「反応は来てる。圧をもう0・14下げろ。数値が固定できるようなら全身に拡げるぞ。 ケーブルはあと何本ある?」
「あと14本。充分足ります」
 すばやくドールの全身にケーブルをセットしていく研究者。けしてドールに触れないのは、生命力に反応してあの“におい”が発せられるという推論からのことだ。
「それでも万全じゃないけど、リスクは少しでも減らしておかんとな」
 それなりの年を経たリーダーも、先日あのにおいにあてられて小娘のような痴態を晒すことになった。結果的に興味深いデータを得られはしたが、研究チームの内にこれ以上痴情の種を蒔くのは避けたいところだ。
「数値、安定しました! ――あ、来ます!」
 総合モニタリング担当者の警告。
 手順に従い、最低限の機器を残して他の電源を落とした研究者たちが室外へ退避する。
「においの濃度が増していきます。換気をかけていますが」
「濃度ゼロになるまで待機。どれだけ汚染されたかわからない。恋人がいる者はデートにでも誘っておけよ」

『わたしの魔力を吸ってイアルが“動いた”。あの魔力が尽きるまでの間なら移せるわ』
 鏡幻龍が萌に告げる。ビスク・ドールに鏡幻龍の魔力が命の火を点したのだと。
 わかっている。それはイアルに魂を移すことのできる、もしかすれば唯一の機会。
 しかし。
「あと何時間かは保つ。もう少しだけ、考えさせて」

 自室に戻った萌はベッドにその身を投げ、思いに沈む。
 傍らにはまだ目覚めないフェアリーがいた。あの実験に先立ち、ずいぶん長い間血を濾され続けていた影響だろう。
「私は」
 つぶやきが途切れ。
 いつしか萌は深い眠りに落ちていった。


 萌――いや、名も無き暗殺者は、糠を詰めた布袋で王の間へ続く大扉を一心に磨きあげる。
 この奥には、彼女が主とあがめる“素足の王女”が安置されているのだから。
 主を狙い、これまで多くの同業者や騎士、ときにはこの国を合議によって統べる侯爵たちが彼女に刃を向けてきた。彼女はそのことごとくを王城のしかけと自らの刃とで屠り、代償に彼女は片目と片腕、片脚を失ったのだが。
 それがなにか?
 彼女は残された片眼を陶然と潤ませた。
 ただそれだけの代償で主との蜜月を保てるのだから安いものだ。
 それに、今や八侯となった為政者たちの中には彼女を援助する者もあり、おかげで極上の義手と義足を備えることができている。そのおかげで自分は王女を護り、その足元にはべることができる。
 だが。
 今日、その足元から自分は這い上がろう。
 同性をかき乱すという王女の“におい”に接してきた彼女は、恋情を超えた情動を王女に抱いていた。これまでそれを押し殺し、自らを鎮めてきた――
 ずるり。彼女の体が傾ぎ、床に落ちた。
 自ら処置した義手と義足の継ぎ目が激しく痛む。しかたない、骨と鋼を無理矢理繋ぎ合わせているのだから。ただ、さすがに自覚せざるをえなかった。十全に王女の護衛を務められる時間が、それほど長くはないことを。
 後継者が必要だった。彼女の技と業とをすべて継ぎ、自分亡き後王女を護り続けることのできる分身が。
 わたくしは独り。信頼できる者はない。だから。
「わたくしが産む。愛しきあのお方の血を継ぐ、わたくしの分身を」

 大扉を通り、彼女は自らの衣装を脱ぎ捨てていった。
 醜い傷跡が幾重にもはしる体だが、主はきっと受け入れてくれるだろう。
「我が君、お情けをいただきにあがりました」
 玉座に代えて据えられたタールのレリーフの中央に封じられた、素足の王女。
 王女は変わらぬ憂い顔で彼女を見下ろし、その目をかすかに蠢かす。
 生きていらっしゃるのだ、このお方は。その“男”もまた……!
 援助者を通じ、彼女は王女の半生を知った。その“男”が魔王を自称する女によって据え付けられたことも。
 日々の世話の中で入念に“男”を愛でた。結果、わずかずつ“男”は彼女に応え、その能力が彼女の想いを果たすに充分なものであることを示していた。
「失礼いたします」
 継ぎ目にはしる激痛を意識から切り離し、ゆっくりとレリーフを横たえる。
 そして“におい”に昂ぶった体を這わせて“男”の上に自らを合わせ。
「お慕い申し上げております、我が君」

 目覚めた萌は自分が涙を流していることに気づいた。
 哀しみではなく、喜びの涙。
 それほどまでに自分は王女を――イアルを愛していた。
「逢いたい、素足の王女に」
 萌は視線を姿見に向けた。
『決心、ついたみたいね』
 鏡幻龍の言葉にうなずき、萌は眠り続けるフェアリーを抱き上げた。
「王女に魂を還す。この子がどうなっても、誰にも利用はさせない。そうしなければならないなら私の手で葬る」
 その手の内、今の言葉に応えるともなくフェアリーがつぶやいた。
「いいよ」
 萌は喉元にこみ上げる激情を飲み下し、フェアリーを抱えて自室を跳びだした。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 /イアル・ミラール / 女性 / 20歳 / 素足の王女】
【NPCA019 / 茂枝・萌 / 女性 / 14歳 / IO2エージェント NINJA】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくてヴィルトカッツェが選びし道は、出逢いと別離の一本道。 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年09月26日

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