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『甘露 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
「思いがけない相乗効果ね」
 書斎の一角に置かれた二体の像を見やり、シリューナ・リュクテイアは甘い息をついた。
 虹の艶めきを帯びる魔法真珠の少女像。一体はシリューナの妹分にして魔法の弟子であるファルス・ティレイラ。もう一体は彼女と同じ好事家であり、蒐集家である少女。
 異世界の竜たるティレイラと魔族を自称する少女、ふたりの間に接点はないのだが、こうして並べてみるとさながら双子の様相を見せるのだ。
「材質が同じだから、というわけではないわね」
 日よけの薄いカーテンに揺すぶられて波打つ陽光が、ティレイラの悲哀の表情と少女の喜悦の表情をふわりと浮き立たせる。
 たまらずシリューナはプレイジデントチェアから立ち上がり、光になぶられるふたつの像に見入った。
「真珠には灯よりも日ざしが合う。でもそれは夏の強い光じゃだめ。こんなふうにやわらかな……」
 シリューナは先の騒動――自らのオブジェ化の欲に取り憑かれた魔族の少女の襲来――をきっかけにこの時間を得た。
 これまでにも充分ふたりを堪能し、味わってきたが、自分でも驚くほどに飽きることなく、欲望は高まるばかり。
「ティレの表情と対になるあの子の表情もそうだけれど、同じ素材で仕上げられたはずなのにまるでちがう。互いにひとつのオブジェとして完成されていながら、そのちがいで互いを引き立てている」
 いつになく饒舌に語りながら、シリューナは薄衣だけをまとう肢体を進ませ、ふたつの像へ歩み寄った。
「ティレ――この肌触りのすべらかさはあなただからこそね。怯えることでかわいらしさを、怒りを露わにしたことで演出した躍動感。思わず吸い寄せられずにいられない」
 ティレイラの像を抱き、彼女の固い唇に頬をすべらせて真珠の感触を確かめる。
 固いはずなのにやわらかい、つるりととらえどころがないはずなのに引き留められる、それはもしかすれば、ティレイラのせいばかりでなく、シリューナの心が作用してのものなのかもしれないが。
 ――しかたないわね。私にとってティレは唯一無二だから。この愛しさもこの邪な熱も、すべてはティレだからこそ感じるもの。
 続けてシリューナは少女の像へ腕を伸べ、ティレイラのときのように唇へは触れぬよう気を配りながら、自らの肌でその肌触りを楽しんだ。
 同じように固い真珠の肌。しかし、その感触にティレイラのようなやわらかさはなく、むしろどこまでもすべり落とされていくような冷たさが際立つ。まるでそう、その身を縮めているかのようにだ。
「あなたの肌の冷たさと固さ、花として開くときを待つ蕾のよう……。真珠に封じ込められている限り、あなたはいつまでも訪れない開花を待ちわびながら蕾を晒し続けることになるのよ、永遠に。……解放されたい? それともこのままでいたい?」
 ふたりを抱きしめるのは幾度めだろう。しかし、こうしてふたりのちがいを比べるのは初めてのことだ。極上の芸術品へ昂ぶるまま欲望を叩きつけるのも悪くないが、やはり自分は好事家。分析と検証を忘れていることはできないのだ。
「あなたたちの生の一瞬がここに在る。オークションに出したら、どれだけの好事家がどれほどの対価を積むかしら? 一秒にも満たないあなたたちの時間を永遠に弄びたいと、血走った目で群がってくるでしょうね」
 シリューナの眼前に思い描かれるのは、自分を押し退け、無粋な眼と手でふたつの像をなぶる好事家どもの浅ましい姿。
 ぞくぞくと体の芯を這い上ってくる愉悦を両腕で抱え込んで鎮め、シリューナはティレイラの八の字に困る眉を唇でなぞった。
「誰にも渡さない。ティレは私の狂気を満たしてくれる唯一の美だもの。このまま閉じ込めてしまいたい気持ちはあるけれど……あなたの生があってこそ、この一瞬はより輝くのだもの。それに、私には私ではないあなたが必要だから」
 シリューナの指先が解呪の術式を編み、ティレイラの体に浸透させる。
 彼女を構成する真珠がゆるやかに解け、血と肉とを再生していく。
 それを名残惜しげに見やっていた目を引き剥がし、シリューナは少女の像へ向きなおり。
「あなたはもう少しそのままでいるといいわ。ティレは絶対に見せてくれないその表情を消してしまうのが惜しい。それを楽しませてもらう代償に、もうしばらくかわいがってあげるから」
 と。シリューナはティレイラへ振り向き、その真珠の耳元に唇を寄せて。
「私がいちばん大事なのはティレ、あなただけよ?」
 この世界の人間は、貝殻から海の音がすると子に語って聞かせるのだという。
 しかし今、ティレイラの内から聞こえるものは命の音、そればかりであった。
 ティレが時間を取り戻す。
 私の手から逃げ出して、私の前に戻ってくる。
 たまらなく寂しくて、たまらなくうれしい。……おかしなものね。200年を生きてきたはずの私が、こんな矛盾すら越えられないなんて。
 万感を乗せてシリューナがため息をつき、そして。
「――ぉ姉様は邪竜オブ変質者ですぅぅぅぅぅう!!」
 ティレイラの絶叫が書斎の静寂をぶち破るのだった。

「まったくもう! お姉様はほんとにまったくもうなんですから!」
 シリューナの書斎の一角。ぷりぷりと憤りながら、ティレイラは魔族の少女像に付着した埃を慎重に払う。
 真珠は傷がつきやすい。下手に埃を拭き取ろうとすれば、思わぬトラブルを引き起こしかねないのだ。
「まあ、どっちかっていうと、お返しにちょっとだけイヤなことしてやりたいーって思わなくちゃいけない子なんだけどなぁ」
 少女の夢見る笑顔を見下ろし、小さくかぶりを振る。
 憎たらしい相手ではあるが、こうなってしまえばどうしようもない。むしろシリューナの嗜好に巻き込まれた同志として、親近感も湧いてこようというものだ。だからこうして、渋々ながらも手入れをしているわけなのだが。
「こんなにうれしそうじゃなかったらだけど……」
 好事家というものの闇は、シリューナの無体と我が身の被害で思い知らされている。そして今、「誰かを固めたい」が突き進むと「自分が固まりたい」域に達するのだということを知ってしまった。
「性癖って、怖いよねぇ」
 シリューナもそのうちに言い出すのだろうか?
『ティレ、あなたの手で私の一瞬を永遠にして』
 いやいや、自分がそんな魔法を編めるようになるまでどれくらいかかるかわからないし、なによりティレイラにはその気がないし。今でさえ常軌の枠外にいるシリューナに、これ以上あちらへ行かれてはたまらないし。
 なにより。
 お姉様がなんにも言わない像になっちゃったら、やだし。
「――いいわね。絵になるわ」
 びくぅ! 跳び上がるティレイラ。あわてて振り向けば、すぐ後ろにシリューナが立っていた。どうやら魔法で気配を断ち、ここまで忍び寄ってきたらしい。
「な、なな、なんですかもう! 私、すっごくかなり真剣に怒ってるんですからねっ!」
 それを聞いたシリューナは細面を傾げ。
「じゃあ、今は近づかないほうがいいのかしら?」
「近づかないでください! あ、向こうのほうから魔法かけるのもダメですから!」
「声をかけるのは?」
「それも禁止ですー!!」
 いつになく強い抵抗。
 だめだ。いけない。かわいらしすぎる。
 シリューナは喉の奥にこみ上げる笑みの衝動を無理矢理に飲み下し、すました顔をティレイラへ向けた。
「じゃあ、ティレが私のことを許してくれるまで、私は自分でアフタヌーンティーを用意して午後を過ごすことにするわ。――この子といっしょに」
 少女の真珠像を指すシリューナ。
 こうなれば売り言葉に買い言葉で。
「どうぞご勝手にーっ!!」

 というわけで。
 プレジデントチェアに背を預けたシリューナは少女の像を見やっていた。
 観賞のお供は、白磁のカップに満たしたダージリンのセカンドフラッシュ(甘い香りと強めの渋みが味わえる、夏摘みの茶葉)。そして生地にたっぷりのナッツを混ぜ込んで焼いたパウンドケーキである。
「生の喜びはテーマとしてよく取り上げられるものだけれど、その生を奪われる悦びを映した像はめずらしい。門の前に置いて、苔生す侘寂を加えてみるのも一興かしら」
 シリューナの言葉に応えず、ティレイラは魔法で織り上げた“世界で二番目にやわらかい布巾”で少女像を拭く。
 真珠は鉱石ではなく貝殻と同じタンパク質だ。手入れはそれだけ繊細なものとなる。埃が残っていないか確かめて、やさしく布巾をあてがい、艶が出るように磨きあげる。
「日ざしにあててると色が変わっちゃうかも。日陰に移してあげたほうがいいかも」
 独り言にしては大きな声でティレイラが言った。
「それほど長い間置いておくつもりはないわ。……もっとも、その子がそのままでいたいなら考えるけど」
 シリューナもまた、独り言の体で言葉を返した。
 対してティレイラは尖った声で。
「すごいですね。なんにも言わない像の思ってることがわかっちゃうんですね。私がいろんなこと言ってもわかってくれないのに」
 シリューナはしばし沈黙。ティレイラの背を見つめて、ついにぽつり。
「……どれだけ知識を蓄えて、どれだけの力を得たところで、私にわかることなんてなにもないわ。だからこそもっと知りたいと願ってしまうのは、この世界の神が語る原罪なのかしらね」
 シリューナと同じ好事家である少女像は語らず、ただその場に立ち尽くしていた。陶然だ。今の彼女はただの像でしかないのだから。
「芸術は品。心がないからこそ、目で見たままに理解できる。でも生者はちがう。どんなに追いかけても同じ様で留まってくれることなく、先へ先へと進んでいく。結局のところ、私は怖いのかもしれないわね。すべてを知ることのできない生者と向き合うことが」
 ふと。
 ティレイラがシリューナの傍らに並んだ。
「私、となりにいますから。お姉様といっしょに歩いていくんです。だから追っかけなくていいんですよ。一歩進むごとに私のこと見て、わかんなかったら訊いてください」
 ティレイラの手が、シリューナの手に重なった。
「ティレは今、なにを考えてるのって」
 シリューナは目を閉ざし、手の甲を包むあたたかさに酔いしれた。
 ――申し訳ないけれど、あなたには近いうちにお帰りいただくわ。ティレに満たされるこの一瞬を、誰にも邪魔されずに味わい続けたいから。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 時はうつろう。ゆえにこそ一瞬は何物にも代えがたく貴い。
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東京怪談
2017年09月27日

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