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『【奮鬼】あくるひの麗らか 』
Camillejb3612

「これはゴールじゃない、始まりだよ。たまには遊びに、顔を見せにおいで……お二人さん」

 それは二〇一五年の、ちょうど初夏の出来事だったか。
 Camille(jb3612)は、とある悪魔に出会った。名をジンクェン、そして彼の妻、マルガレヂア。
 その時に何があったのか……詳細は思い出の中だ、今は割愛しよう。
 とかく、カミーユと悪魔達はこう約束したのだ。

 また会おう。
 その時には、楽しく茶会をしよう。



 そして……
 その日はやって来たわけだ。



 夏の終わり。
 麗らかな午後。
 日差しはまだ夏のそれだが、風は随分と涼しくなったものだ。
 久遠ヶ原学園の中庭、パラソルの下。
 紅茶のにおいがふわりと漂う。

「久しぶり、お二人さん」

 香り立つ湯気の向こう、カミーユが微笑む先に、二人はいた。
「ハイ! お久しぶりです!」
「久しいな。達者なようで」
 ティーポットを手にしたジンクェンと、優雅に座したマルガレヂア。再会は実に二年以上振りである。
 二〇一七年。人と天使と悪魔の戦争は終わり、世界に平和が訪れた。「こうして気兼ねなく人界に来れるようになったのも、諸君の活躍の賜物だ」とティーカップを手にした女悪魔が微笑む。
「ありがとう。……ま、俺は最前線で大活劇……ってのは、してないけどね」
 カミーユは肩をすくめてみせる。もともと、傷つけあったり、命の奪い合いをしたり……そういう暴力的なことは、好きじゃないのだ。
「それでも、やっぱり、オイラ凄いと思いますよ」
 ジンクェンが陽気に笑んだ。「一人ひとりあってのことだと思いますし」と付け加える。キラキラしたその眼差しは、お世辞ではなく心からそう言っていることを感じさせる。ニコリ、とカミーユは笑みを返した。それから、二年振りに見るジンクェンの瞳の輝きが変わっていないことに密かな喜びを覚える。
「ジンも、座って一緒にお紅茶飲もうよ。おいしいからさ」
「ファッ……いや、でも」
「いいから、いいから。客人としてじゃなくって……友達同士ってことで、お茶会したいな」
 そうカミーユがニコヤカに言えば、「ではお邪魔します……」とジンクェンは巨体で器用に椅子に座った。

 卓上には、カミーユが持ってきたお菓子に、ジンクェンが焼いてきたクッキーが並んでいる。
 シンプルで素朴なおいしさのクッキーは、紅茶とよく合う味だった。

「新婚生活はどう?」
 クッキーを飲みこみ、紅茶を一口。ティーカップを置いたカミーユが笑顔で問う。
「しんこん」
 途端にジンクェンの顔が真っ赤になる。マルガレヂアがその様子にクスクスと微笑んでいる。騎士悪魔はいっそうしどろもどろと肩を竦ませた。
「いや、まあ、えと、確かに新婚、ですけども」
「幸せ?」
「ふぁい……」
 恥ずかしさで爆発しそうになりながら小声で答えるジンクェン。初々しさが逆に凄まじく雄弁だ。
「ふふ。何だかその一言だけでお腹いっぱいになっちゃう」
「我が夫は愛らしかろう」
 マルガレヂアが悪ノリする。「ねー、ほんと」とカミーユが同意すれば、巨体がますます小さくなって赤くなった。

 と、まあ、ジンクェン夫妻については幸せそうに穏やかに過ごしているようだ。
 では、と。ひとしきり含み笑ったマルガレヂアが、今度はカミーユに問いをなげかけた。

「そちらはどうか?」
「こっち? ん〜……」
 紅茶を少し飲んで。カミーユは椅子の背もたれに身を預ける。
「……特に変わらないかな。ああ、卒業生や学園を去った人がいるけど、俺はまだここに残ることにしたよ。学生として、ね」
 少し視線を外せば、久遠ヶ原の校舎が見える。窓ガラスが午後の青空を映していた。

 ――思えば、周りは随分と変わったものだ。
 世界の情勢もそうだし、卒業して新しい道に進み始めた者もいるし。

「世界を変えるとか……凄いことをやってのけるとか……そんな、大それた目標とかは、ないけどさ」
 視線を戻したカミーユの表情は穏やかだ。言葉に自虐や皮肉の色はない。こういう生き方をする人間がいてもいいじゃないか、と思っている。英雄にならずとも、幸せというものは見つけられるはずだ。
「我々も似たようなものさ」
 マルガレヂアはカミーユを肯定する。
「大それた目標などない、大望もない……しかし怠惰や諦念では決してない。この穏やかな他愛もない日々が続いていけばいいと思っている」
 これでいいじゃないか。過激な者はそれを臆病だの卑屈だだの言うが。この、夏の終わりの午後のような、穏やかな生き方だってアリなのだ。
「……ん。ありがとう」
 励まされたのかな、とカミーユは思う。世界が変わり、夢と希望を胸に人々が前を向いて歩いていく中、自分も何かしなくてはならないのだろうか――そんなことを、我知らず思ってはいなかったか。
 ジンクェンは友と妻のそんなやりとりをじっと眺めていた。それから、カミーユのカップに紅茶のお代わりを注いでくれる。

「あ、でもね」

 ジンクェンにお礼を述べた後に、カミーユは言った。
「他の撃退士に比べて、ゆるめの撃退士活動だったし、大局に関わることもほとんどなかったけれど。一個、やってみようかなあって思ったことがあるんだ」
「それって、なんですか?」
 クッキーを頬張る騎士悪魔が興味津々とたずねてくる。
「ジンクェンとマルガレヂアのような可愛らしいカップルを見てたら、さ……思いついたことなんだけど」
 ので、期待を受けつつカミーユは緩やかにこう語った。
「学園は、色んな年代、種族の子がいるし。学恋パーティーとか主催して、たくさんのカップル誕生を眺めてみようかな、なんて」
「わあ……! なんだかロマンチックです!」
「人の縁を繋ぐ、か。良いではないか」
 マルガレヂアもウンウンと頷く。
「こうやってお茶会みたいにして、おいしい紅茶とお菓子をつまみながら、気楽にできればな、とか……まだふんわりとした構想段階だけどね」
「お手伝いできることがあれば! オイラなんでもお手伝いしますので!」
 カミーユの言葉にジンクェンが言葉を弾ませた。恩返しの絶好の機会だ、と思っているようである。
「じゃあ、ジンには紅茶を淹れて貰ったり、クッキーを焼いて貰ったりしようかな」
「お任せください! オイラそういうのすっごく得意ですから! これからは気兼ねなく人界に来ることもできますしねっ」
 イキイキと語るジンクェン。見ているカミーユまで、なんだか嬉しい気持ちになった。
「折角だから魔界でも開催すればどうか?」
 と、マルガレヂアが言う。
「魔と人、縁を結び合うのも良いだろう。会場ならば我が屋敷を使うといい。庭も部屋も持て余している。お代は……お前とまた茶会を楽しむ機会があるなら、十二分だ」
「そうですね! 是非とも! カミーユさん、今度は魔界にいらしてください! 歓迎しますのでっ!」
 その言葉に、カミーユは「ふふっ」と笑った。
「そんなに熱烈歓迎されると、なんだかこそばゆいな。でも……うん。今度はこっちが、そちらさんに遊びに行くよ」

 約束ね、と微笑んだ。
 未来は随分と楽しそうだ。……思った以上に。



『了』




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Camille(jb3612)/男/24歳/阿修羅
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2017年09月29日

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