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『珠玉の一品 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


 ティレイラが瀬名雫とともに調査に出かけてから、2日が過ぎた。
 ただの調査だから半日ほどで戻ってくる、と彼女はシリューナに言い残していった。
 瀬名雫が持ってきた案件は、郊外の建物の探索であった。妙な噂があるというのは、別情報からすでにシリューナも得ていたのだが、自分に影響が及ばない限りは放って置いてもいいだろうと思っていた。
「……あの子ったら、また何かに巻き込まれたのね」
 優雅に午後のお茶を嗜みつつ、シリューナは小さな独り言を漏らす。
 そして彼女は腕をゆっくりと上げ何もない空間で、くるりと円を描く。その先に生まれるものは別次元の映像で、高い魔力を持つシリューナだからこそ構築できる魔術の一つでもあった。
 弟子であるティレイラのか細い魔力を探し当て、その場で痕跡を巡る。それを数秒続けて、建物の所在地を確かめた後、彼女はふっと自身の息を吹きかけて円を消した。
 空間を操る魔術は体力を大きく持っていかれるために、長くは使えないのだ。
「しょうがないわね。ティレだけならまだしも、雫も戻ってないとなると、そろそろマズイわ」
 大きなため息を吐いた後、シリューナはそう言いながらゆっくりと立ち上がった。
 そして彼女は優雅な所作で身を翻したあと、美しい黒髪を靡かせつつ、自身の持つ住処兼薬屋を後にした。



 郊外の古びた洋館で、オカルト的な事象が起こっているらしい。
 そんな情報を手にティレイラの元へと訪れたのは、オカルト少女の瀬名雫であった。自身が管理しているサイトの新しい更新ネタに、この件を使いたいらしい。
 師匠の手伝いも無く暇な時間を過ごしていたティレイラは、自身の興味も疼いたために彼女の頼みを快く引き受けて、軽い気持ちで出かけていった。
 その、数時間後。
「わぁ……!」
 二人の少女が、眼前に広がる輝く宝石に、感嘆の声を上げた。
 古びた洋館、と聞けば幽霊屋敷のイメージがあったが、辿り着いたその場所は、まるで夢のような空間であったのだ。
 キラキラと輝く色とりどりの宝石。門から玄関へと続く道も紅玉と碧玉で彩られ、歩みを進める度にそれが鈴の音を響かせているかのような錯覚さえ覚える。
「綺麗だね……思わず見入っちゃうね」
「うん。だからこそ、不自然でもあるよね。まさにオカルトだよ…!」
 ティレイラの女の子らしい素直な感想に、雫はやはりオカルト視点での感想を述べた。瀬名雫という少女をときめかせるのは、いつでも『オカルト的事象』のみなのである。
「じゃあ取り敢えず……中に入ってみる?」
「だねっ! そのための調査依頼だもん!」
 二人は肩を並べてそう言い合い、同時に扉へと手を添えてそれを押し開けた。
 ここまでに気配は無かったものの、中に何が潜んでいるかもわからない。それ故についつい慎重にもなってしまうのだが、隣の雫の好奇心はそれを上回るほどで、扉を開けた瞬間には駆け出し、エントランスと思わしき広い空間をくるりと見回しつつ瞳を輝かせていた。
 扉もそうであったが、洋館そのものが宝石化している為に、階段の手すりや崩れかけたシャンデリアなどもキラキラと光を瞬かせている。虹色とも思える輝きを視界に入れてしまえば、ティレイラの心もたちまち最初のような好奇心だけの明るいものへと瞬時に変わってしまう。
「綺麗……ルビーとかサファイヤとかアメジスト……とにかくいっぱいある……。お姉さま、これとか好きそうだなぁ」
 雫が少し離れた場で別のものを調べている間に、ティレイラは脇に飾られている騎士の像を見上げていた。それも当たり前のように宝石化していて、造形好きの師匠であるシリューナを脳裏に思い浮かべてから、小さく笑った。
「ティレちゃん〜! あっちの奥の方に行ってみようよ!」
「あ、うん。そうだね」
 一度エントランスの中心付近に合流した二人は、そこから雫の指を指した方向へと足を向けた。階段下の、奥へと続く長い廊下がある。
 軽い足取りで歩みを進めていると、角の大部屋らしき空間から、唸り声が聞こえた。
「んんっ!? これぞまさにオカルト現象!?」
「し、雫ちゃん、ちょっと待って」
 雫は今まさに部屋へと飛び込んでいきそうな勢いであった。
 それを止めたのがティレイラである。彼女の服の端を掴んで、ぐい、と自分へと寄せた。
 雫は不思議そうにティレイラを見たが、直後に表情が厳しいものとなり、自身の姿勢を整える。
「……どうやら、当たり、だったのかな? 逃げた方がいい?」
「うん……ゆっくり、私の後ろに回って……合図するから、一気に玄関まで走って」
「わかった」
 片手で雫を守るようにしながら、ティレイラは前方を見据えたままでそう言った。
 部屋の奥には確実に何かがいる。それは良くないものであり、『魔物』だと彼女は確信していた。
「……行って、雫ちゃん!」
 数秒後、ティレイラは雫にそう言った。それと同時に左腕を前に掲げて、手のひらから火の魔法を放つ。
「ガアアアアァッ!!!」
 異形の魔物が数体、部屋から飛び出してきた。それの一体がティレイラの火の魔法を顔に受けて、雄叫びを上げる。
 すると相手の怒りを買ったのか、複数の魔物がティレイラへ向かって駆け出した。自分へと意識を向けることで。雫を逃がすことが出来る。
 ――まずは、想定内通り、と思ったのだが。
「きゃああ!!」
「え……?」
 エントランスのほうから、叫び声が上がった。
 ティレイラは青ざめつつ、背に翼を生やしてその場を飛んだ。その際、尻尾も出して魔物をある程度に蹴散らしていく。室内であるために飛びにくいが、何とか体をくねらせて来た道を戻る。
「雫ちゃん!」
「……ティレちゃん、ごめん……」
 エントランスに出た所で、雫の弱々しい声が耳に届いた。
 視界に映る彼女は、一体の魔物に捕らえられて、動きを止めている。足元を見れば、そこから徐々に宝石へと変化しているところであった。
「あ……」
 ティレイラはその現実を目の当たりにして、絶句する。
 今まで綺麗だと見てきたもの全て、こうして魔物が宝石化してきたのだと思うと、背筋が凍った。
「ティレちゃんだけでも、にげ……」
「雫ちゃんっ!」
 雫はそれだけの言い残して、体全体が宝石化した。
 ティレイラはそれを見ているだけで体が動かずに、為す術もなかった。
「グルルル……」
 魔物は人語を介してはいないものの、知能はそこそこにあるようであった。ティレイラの言葉に反応したそれは、雫と同じように彼女も宝石にしてしまおうと竜のような腕をこちらに向けてくる。手のひらから放たれる魔法と、ティレイラが地を蹴るのは同時であった。
 彼女はかろうじてその魔法を避けることが出来た。そして言葉無く自分が持ち合わせる魔法を相手に撃ってみたが、それはアッサリと弾かれてしまう。
「うう……逃げ、なくちゃ……」
 そう言葉にしつつも、一歩が遅れる。雫を置いてはいけない、と思ってしまったからだ。
 窓から飛び出して逃げ切れれば、あとから出直すことも出来た。だが。
「あ……っ」
 エントランスにいた魔物と、廊下を追ってきた魔物で挟み撃ちにされてしまったティレイラは、その場で身動きが取れなくなった。
 そしてあっという間に相手の魔法を吹きかけられ、それを頭から被ってしまった。
 霧状のように光って拡散する魔法は、恐怖心よりも好奇心を掻き立てられるものであった。
 ここにある全ての宝石を見たときのような、ときめき感。それが此処に棲む魔物の成せる技の一つでもあったのであろう。
「ひぅ……」
 徐々に体を変容させられる感覚に、情けない声が漏れ出る。凝縮していく体に相反するかのように、脱力していくかのような、不思議な気分にさせられる。
「あ、……お姉、さま……」
 思わずの声は、師匠であるシリューナの名前であった。
 常日頃から、非常事態には最新の注意を払いなさい、と言われ続けてきた。
 気をつけてはいるつもりだが、どうしても意志が弱い。それは自身も自覚している。
 そしてティレイラは何もない空間に腕を伸ばす姿勢を最後に、美しい宝石像へとその姿を変えていった。
「ウオォォォン……!」
 魔物が再びの雄叫びを上げた。
 喜びの声なのかもしれない。
 ――その、直後。
 奥の空間から、大きな物音がした。何かが地面に沈む音であった。
 魔物がそれを耳にして振り返ると、通路の向こうで数体の仲間である魔物たちが倒れている。
「!?」
 慌てて周囲を見やるも、姿はない。気配すら感じられない。
「――さながら宝石の城、と言ったところかしら?」
 頭上から降りかかる声に、魔物が顔を上げた。
 その視線の先には、螺旋階段の手すりに腰掛けたシリューナがいた。長い髪をバサリ、と手で払い除け、赤い瞳を光らせる。
「ご機嫌なところ申し訳ないのだけど、雫とティレは返してもらうわね」
 彼女はそう言うのと同時にひらりと手すりから身を躍らせて、大きな魔法を魔物へと放った。威力も精度も桁違いであるそれに、魔物は断末魔の声すら上げることが出来ずに消滅した。
 それを遠巻きに見ていた他の魔物たちは、黙ってその場から逃げていった。大元を叩けば大抵はこのパターンになるが、シリューナは敢えて彼らを見逃した。言葉通りに、雫とティレイラを連れ戻すためだ。
「ふぅん、なかなかの出来ね……。取り敢えずは雫を解放して……と」
 まずは一周ぐるりと雫の宝石像を見て回り、彼女は右手を添えてその魔術を解いてみせた。
「……あ、あれ……シリューナさん……?」
「いつまで経っても戻ってこなかったから、迎えに来たのよ」
「え、確か一時間くらいしか経ってなかった、ような……」
「時間操作もあったのかしら。あなた達が出かけていって、もう2日過ぎてるのよ」
 シリューナにそう言われて、雫は慌ててポケットの中のスマートフォンを取り出した。
 日付は彼女の言うとおりに2日経っている。どうやら、洋館に足を運んだ時にすでに何らかの魔術にかかっていたのだろうと思い、雫は少し青ざめた。
「ティレちゃんは……?」
「大丈夫よ。ただ、貴女より魔力の強い魔法を掛けられちゃったみたいでね、中和するのに時間が掛かってしまいそうなの」
 シリューナはそう言いながらティレイラの元へと雫を案内して、困ったように笑った。
 ティレイラの宝石像は今も美しく輝きを放っている。
「ふわ……不謹慎かもですけど、綺麗ですね。翼と尻尾がよくマッチングしてるというか……」
「あら、分かる? これはティレだからこその造形美よ」
 ティレイラの像は虹色の光を醸し出していた。プレシャスオパールに近い色合いをしている。
 シリューナは自慢げにそう言ったあと、しなやかな指先をそれに這わせて、うっとりとため息を吐き零した。
「……シリューナさん?」
 雫が不思議そうに声を掛けてくる。
 思わず鑑賞モードに入りかけた彼女であったが、そこで我に返り、表情をもとに戻した。
「あら、ごめんなさい。ティレの事は私に任せて、早くここから離れましょう。家まで送ってあげるわ」
「はい、有難うございます」
 そんな会話を交わしつつ、二人は洋館を後にした。その際、ティレイラはシリューナの魔法でブローチとして姿を変え、彼女の懐へと収まった。
 その後、雫を無事に家まで送り届けたシリューナは、その足で急いで自宅へと戻り、一息をついた。
「さぁ、ティレ。私だけの有意義な時間をちょうだい」
 彼女はそう言いながらブローチを取り出し、床へと静かに置いた。
 するとブローチは小さな輝きを放った後、元の宝石像へと姿を変えて、その場に鎮座する。
「うふふ……十分な魔力の充填が済むまでは、じっくり鑑賞させてね」
 物言わぬ像に、シリューナは妖艶な面持ちでそう言った。いつもの鑑賞モードと言うわけだ。
「ああ、ティレ……素敵よ……」
 ほぅ、と感嘆の息が漏れる。
 柔らかな曲線で有りつつの、硬質な肌。それを指先で一つ一つ確かめつつ、シリューナは宝石であるティレイラを堪能した。
 その時間は、暫く先まで続けられた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785 : シリューナ・リュクテイア : 女性 : 212歳 : 魔法薬屋】
【3733 : ファルス・ティレイラ : 女性 : 15歳 : 配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お久しぶりでございます。この度は有難うございました。
 再び書かせて頂けて嬉しかったです。
 また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
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東京怪談
2017年10月02日

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