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『旅路を往く 』
鳥居ヶ島 壇十郎jb8830)&徳重 八雲jb9580)&狗神 中jc0197

 夏が終わった。生命たちがうるさいまでに生きる喜びを謳う季節は、この楽園を去ってしまったのだ。まだ夜も明けやらぬ時分、自宅の戸をがらりと開けた鳥居ヶ島 壇十郎はそんなことを思った。着の身着のままの装い。ひんやりとした空気が、体にまとわりつく。取り分け、その背が寒々しく感じたのは、彼のトレードマークともいえる厨子を背負っていないせいだろうか。見慣れたはずの景色が、今日はやけによそよそしい顔をしている。
「うむ、体が軽い。若返った気分じゃな」
 強がりの言葉を吐く。本当は怖い。人とは相容れぬ生まれを持ちながらも、彼は人を愛し、人と縁を繋いで千年の時を生きてきた。本当はいつまでだってここにいたい。ここを離れるのは、寂しい。すくむ足を奮い立たせながら思い浮かべるのは、腐れ縁の二人の顔。彼らと会えば、いつも通りの自分に戻れるはずだ。両手で挟むようにして頬を叩けば、老齢とは思われないハリのある音がした。
 待ち合わせ場所と定めたのは、彼が住処としていたこの屋敷だった。敷地から一歩踏み出せば、徳重 八雲は既にそこにいた。
「そんな成りをしておいて、まだ若返りたいのかい」
 先程の独り言を聞かれていたらしい。
「人のこと言えんじゃろうが」
「おまいさんよりゃ、身の程を弁えてる」
 狗神 中がやってきたのは、とりとめもないやり取りが何往復か交わされた後だった。
「やれ、来るのがおそかったな」
「荷造りに時間がかかったのです。衣も何もかも愛い子たちが此方に選んでくれたものばかりで、思い出していたら一向に進みません」
 なるほど、その言葉は真実なのだろう。洒落者の彼女には珍しく、荷は最小限に纏められているようだった。
「待たせられんのはこれっきりにしてほしいもんだね」
 八雲は短く息を吐くと、まだ言い足りなかったのらしい嫌味を一つこぼす。誰ともなしに、夜と朝の狭間を逍遥するように、彼らは歩き出す。小気味良い足音こそ辺りに響けど、足跡は残らない。壇十郎のパイプから出た煙だけが、朝靄(あさもや)の中に取り残される。
「良い気候じゃな」
 得体のしれない寒さは、いつの間にかどこかへ消え去っていた。気のせいだったのだ、と今なら笑い飛ばせる。
「今日は何処へと行きましょうかね」
「回りくどい婆だね、行きたいように行けばいいだろうに」
 歌うように問いかける中に、八雲は呆れ顔を浮かべた。
「それなら、温泉に入りたいわねえ」
 戯れのような口調で彼女は続ける。
「中さんは、観光旅行にでも行くつもりだったのかい?」
「楽しい方が良いではありませんか。ねぇ、壇十郎さん」
 同意を求められるままに頷いて、壇十郎は心中でひとりごちる。
(道連れのいる旅路になるとは、なぁ)
 反対側に頭を振れば八雲の仏頂面が眼に入る。何が見えるでもないだろうに、景色を眺めるような素振り。つまりは、こちらの与太話に付き合ってくれるつもりなのだろう。
「せっかく身軽にしてきたのだから、道々、要らないものを拾うんじゃないよ」
「八雲さん、あまり厳しくばかりはしてくださいますな、きっと向こうでも飽きるほど言う羽目になるのですから」
 中は微塵も堪えていない様子で、ころころと笑う。
「あなた方ともよく買い物に出ましたね、懐かしいこと」
 新しいもの好きの中にはずいぶんと振り回されたものだ。壇十郎も八雲も文句こそ言えど、誘いを断ったりはしなかった。中には相当な暇人と思われているか、あるいは彼らも楽しんでいたことを見透かされているか。食えない彼女のことだ、きっと後者なのだろう。
「この屋敷で過ごしたのも瞬きのような間でしたが随分長かったように感じます」
「そうじゃの。1000年近く生きて、生きること自体に飽いてもおかしくなかったというに、ここでは毎日が新鮮じゃった。長生きはして見るもんじゃな」
「ええ、とても楽しい余生だったわ」
 思い出すのは、学園のこと。そこであったたくさんの出会いや、愉快な事件たち。その多くに、目の前の彼らが登場しているのは言うまでもない。お互い、物好きなことだ。
「結局最後までおまいさんかい。全く、気が滅入るよ」
「それはこっちのセリフじゃ」
 壇十郎は動物めいた仕草で、鼻の上にしわを寄せる。横目でにらみ合いながら、乱暴に歩を進める。壇十郎の蹴った砂が、八雲の着物めがけて飛んでいく。すんでのところで後ろに飛びのいた八雲は、一息に前進して壇十郎の足を踏もうとする。
「鼻息を荒くして如何した、八雲?」
「なぁに、行儀の悪い畜生に躾をしようと思ってねぇ」
 子供のような喧嘩を止めたのは、やはりというべきか、鈴の音のように愛らしい声。
「まぁ、お熱いこと。妬けてしまいますね」
 ぞぞ、と肌が粟立つ。喧嘩するほど仲が良い、とは誰が言いだした言葉なのだろう。中にからかわれる度に、そんなことを考えていた気もする。
 腐れ縁の男は反論するのにも飽きたのか、無言で乱れた髪を撫で付けている。急に怒っているのが馬鹿らしく思えた壇十郎は、鼻眼鏡をちょいと直す。
「壇十郎さんも、いつまでも若い気分で調子に乗っていると腰をやりますよ」
 やはり中には敵わない。ぴりりと効く一言を放つ彼女は、相も変わらず愛らしかった。
「向こうの空が明るくなってきたね」
 そろそろ家族が起き出す頃だろうか。八雲はふと思う。
「出る前に、あの子らに手紙を書きました。お別れの言葉というのは難しいわ。どうか幸せに、健やかに生きるように――そう繰り返すばかりの文章になってしまいましたもの」
 言葉を紡いだのは中だった。
「そんなものだろう。上手く書こうなんて思っちゃあ仕舞いよ。耄碌した頭絞って考えたところで、上滑りの言葉しか出てこねぇもんさ」
「あら、八雲さんでも?」
 テレパシィを信じたくなるような中の独白に触発されて、八雲も珍しく素直に答える気になった。常より乱れのない自室は彼自身の手で整えられ、文机に達筆な手紙を一通残るのみ。長く連ねられたその内容は、私物を誰に譲渡するかという目録だ。旅立ちの文字もなく、余計な文章もなく、ただそれだけ。呆れ返るほどに愛想がない。
「八雲さんらしい」
 八雲はフンと鼻を鳴らした。
「心残りはないのか?」
 壇十郎が尋ねた。いつもの調子を装って、何でもないことの様に。
「ない、といえば嘘になるかしらねぇ」
 飄々と中は答える。
「此方たちのような捻くれた爺婆には勿体ない可愛い子たち。此方の可愛い狛犬たちを残してくるのは流石に堪えましたが……去ると言えば最後、あの子らは供についてくるときかないでしょうから」
「違いないねぇ」
 八雲は孫のことでも思い出したか、優しい祖父の目をしている。
「それでも、時は流れるもんさ」
 願う。大切な子らが、あるいは学園で出会った年若き友人たちが、笑って生きて行くことを。
「時の流れの前には、感傷も、後悔も、些細な事だ。ましてやおまいさんらのように根性の悪い爺婆、惜しむ者と腹ン中で舌出す者とでトントンさ」
「相変わらず口が悪いこと」
「性悪の中でも、とびきりに根性の悪い爺がよく言うわ」
 壇十郎は立ち止まり、口の中で呟く。
「それでも、この爺にゃ過ぎた良縁に変わりねぇか」
 一人では、この日を迎えられる前に押し潰れていたかもしれない。
「壇十郎さん、どうしました?」
「本ン当に腰でもやっちまったのかい? 背負える奴ァいないんだから、来たいなら地を這ってついてきなよ」
 寂しがり屋の妖は口の端を上げる。
「足手まといは見捨てられると思ったが、案外お優しいのう」
「何だ、知らなかったのかい。壇さんの腐れ縁を務めるには、海よりも広い心が必要よ」
 感謝など口にするにはむず痒い、せめて、いつも通り笑って往こう。
 この旅立ちに、帰り路など用意されていない。だからどうしたと笑ってやろう。俯くことも、涙を流すことも、振り返ることも、自分たちには似合わない。
 まるで笑い声の様に賑やかな風が、夜明けの島を吹き渡っていく。朝日が顔を出す。今日は暖かい日になりそうだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【鳥居ヶ島 壇十郎(jb8830)/男性/32歳/鬼道忍軍】
【徳重 八雲(jb9580)/男性/59歳/ダアト】
【狗神 中(jc0197)/女性/15歳/陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エリュシオン
2017年10月02日

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