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『手のぬくもりと仰ぐ花火と 』
氷雨 柊羽ka6767)&氷雨 柊ka6302


 森のそばにひっそりと佇む日本家屋。
 そこへ、滑るように近付く銀色の陰がひとつ。

 氷雨 柊羽(ka6767)は通い慣れた道を足早に歩いていた。
 玄関へ続く飛び石を渡り、額の汗を拭ってから戸を叩く。

「姉さん、僕だよ」

 呼ばわると、すぐに奥から足音がやってくる。

「はいはーい、今開けますよぅ」

 すぐにカラリと戸が開き、頬を綻ばせた姉・氷雨 柊(ka6302)が現れた。

「しゅーちゃん、いらっしゃいー」
「姉さん、今鍵開けた? まさか鍵かけてないんじゃ……?」
「あらー? そうだったかしらぁ?」

 柊羽よりも背の低い柊は、幼い仕草で頬に手を当て、かくりと小首を傾げる。所作相応にあどけなく、のんびりした所のある姉に、柊羽は小さく息をついた。

「気をつけなくちゃだめじゃないか、ひとり暮らしなんだから」
「むぅ、いつもはかけてますー。それにこの子がいますよぅ」

 ちょっとむくれた柊の足許には、一匹の白猫が。柊羽はもう一度息を吐き、靴を脱いで上がり込んだ。


 磨き上げられた廊下を歩いていると、姉がチラチラと上目遣いに見上げてくる。

「どうしたの?」

 尋ねるも、柊は紫の瞳でちら、ちらり。

「……いや、気になるからさ。言いたい事があるならちゃんと言って欲しいな」
「えーっと、ですねぇ」

 柊は部屋の襖を開けた。中には襟元の市松模様が印象的な、一着の浴衣が掛けられていた。

「どうしたの、これ?」

 普段は着物で過ごしている姉なのにと、柊羽は首を捻る。柊は意を決したように、胸の前でぎゅっと両手を握り柊羽を見上げた。

「しゅーちゃんっ、お祭り行きませんかー? 今夜近くであるみたいなんですよぅ」

 なるほどそういう事かと柊羽は額を押さえ、

「……お祭りって……僕が賑やかな場所苦手なの、知ってるでしょ。それにわざわざ僕を誘わなかったっていいじゃないか」
「他の誰でもない、しゅーちゃんと行きたいんですー」
「何でさ、」
「何ででもですーっ」

 どうやら姉の決意は固いらしい。どうしたものか悩んでいると、柊はへにょっと眉を下げ、寂し気に目を伏せる。それから上目遣いに柊羽を見つめた。

「花火を見るだけでも、一緒に行ってくれませんかぁ……?」

 呟く声音の儚気なこと。とうとう柊羽は首を縦に振った。

「……はぁ。わかったよ、一緒に行けばいいんだろう?」

 途端、先程まで潤んでいた紫の目がきらきら煌めく。

「わ、いいんですかー? ありがとうございますねぇ♪」

 そこからの柊は早かった。ぽんっと手を叩き、

「あっそうです、折角ですから浴衣とか着て行きましょうー。しゅーちゃんの分も確かあったような……」

 箪笥に飛びついたかと思うと、

「ほら! ありましたよぅ」

 ささっと目当ての甚平を取り出した。小柄な柊にはどう見ても大きく、それでいて柊羽に良く似合いそうな露草色の一着。いかにも柊羽のためにあつらえたようなそれに、柊羽の眼つきが遠くなる。

「……姉さん。それって、」
「下駄も確かぁ、ほらここにー」
「姉さん、」
「この翡翠の髪留め、この甚平にぴったりでしょうー?」
「姉さ、」
「まあ偶然ー。甚平と同じ金魚柄の団扇もありましたよぅっ」
「…………」

 確信犯だろうか。確信犯だろう。
 そうと分かっていても、姉のこんなに嬉しそうな顔を見てしまったら、何も言えなくなる柊羽である。
 我ながら姉さんに甘いと奥歯を噛みしめながらも、されるがまま着替え始めるのだった。




 祭りの会場となっている広場は、柊羽の予想を上回る大勢の人々で溢れていた。
 浮かれ気分の人達は普段以上に声が大きく、絶えず話し声が飛び交っている。
 そうでなくとも、人いきれに酔ってしまいそう。
 傍らを見れば、背の小さな姉は人の波に流されそうになっている。

「思った以上に人多い……姉さん、手繋ご」

 その手を取って軽く引くと、丁度背の高い人の間に挟まれていた柊がすぽんっと出てくる。幸い浴衣も、綺麗に結った髪も乱れてはいなかった。
 ほわっと目許を緩ませた柊、柊羽の手をぎゅっと握り返す。

「ふふ、しゅーちゃんとおてて繋ぐの、久しぶりですねぇ」
「ちっちゃいからはぐれたら見つけられないよ」
「そんなにちっちゃくないですよぅ」

 もうっ、と頬を膨らせる姉をよそに、柊羽は辺りを見回した。宵闇の中、スナイパーでもある柊羽の目は、小高い丘の上にベンチを見出す。

「あそこはどうかな?」

 柊は人の間から覗こうとぴょんぴょん飛び跳ね、

「あ、確かにあそこなら空がよく見えそうですー」
「行こっか」

 柊羽は手を引いて歩き出す。

「気を付けて、ここ段差あるから」
「はーい」

 先程とは立場逆転。手を引かれるままついてくる姉に、柊の表情も柔らかくなる。

(……確かに、手を繋いで歩くなんてどれくらいぶりだっけ。とってもちっちゃな頃は、姉さんが僕の手、引いてくれてたような気がするけど)

 あの頃と変わらず、握った手は柔らかくて温かい。離れないようしっかり握り直して、ふたりは丘の上を目指した。


 丘の上は案外穴場だったようで、先程よりも人が少ない。皆花火が始まる前にと、広場に並んだ夜店を物色しているのだ。
 ようやく人心地ついた柊羽は、空いているベンチへ柊を促した。それから揃って腰を下ろす。

「もうすぐ始まりますよぅ。あ、しゅーちゃん見てください、夏の星座がこんなに……手が届きそうですねぇ」

 夜空へ両手を差し伸べ、無邪気に微笑む柊。白い腕を揺らす度に袂が優雅に翻り、まるで星空を泳ぐ2匹の白魚のように見えた。
 柊羽がそれを黙って見つめていると、やがて腕をひっこめた柊は、おずおずと顔を近寄せてくる。

「……無理に誘ってしまったこと、怒ってますー?」

 自分とは違う、澄んだ紫紺の瞳が瞬く。
 ふたりは揃いの銀髪をしているが、父似と母似で別れたか、姉の柊は紫水晶のような明るい瞳を、妹の柊羽は落ち着いた琥珀めいた瞳をしている。肌も、雪のように白い姉に比べ、柊羽の肌は幾分色が濃い。
 改めて、姉妹でも違うものだななんてしみじみ感じていると、姉の目が不安げに揺れたのを見て我に返る。

「怒ってはいないよ。それに、」

 姉さんが『他の誰でもない、しゅーちゃんと行きたい』と言ってくれて、嬉しかった。
 口にするのは少し照れくさい一言を、言おうか言うまいか躊躇った時だ。

 夏の湿った闇を裂くように、一筋の閃光が空へ駆け上がっていく。高みへ届いたかと思うと、夜の大気を震わす轟音と共に、大輪の華を咲かせた。

「あ……」
「わあっ、始まりましたねぇ」

 千々に散る焔の花弁が消え終わらぬうち、次の光が打ち上げられ、また夜空を明るく照らす。その余韻が残る間に、また次、次と、色とりどりの華が咲き乱れる。

「綺麗ですねぇ、しゅーちゃん」
「うん……」

 互いの声を聞き取るのも大変なくらいの騒音なのに、この儚くも力強い輝きの前には少しも気にならなかった。
 汗が頬を伝い落ちる。
 それを拭う事も忘れて、姉妹はしばし夜空の華に見入った。
 繋いだままにしていた手に、どちらからともなく力が篭る。弾む気持ちを、あるいは今見ている光景の美しさを、相手に伝えようとするかのように。

「綺麗です、ねぇ……」

 夢見るように呟く柊の声に、柊羽はそちらを見やった。
 花火を仰ぐ柊の瞳は、赤い花火が上がれば薔薇色に、橙色の花火が上がれば山吹色にと、火の粉の輝きを映し色を変える。
 と、柊が振り向いた。

「しゅーちゃんの目。花火とおんなじ色してますよぅ」
「姉さんこそ」
「本当ですかー? それなら今はお揃いですねぇ」

 お揃い。
 その言葉に、ほんのり胸があたたかくなる。
 柊は手拭いを取り出すと、柊羽の頬の汗を拭ってくれた。
 柊羽は団扇を持っていた事を思い出し、ふたりに風が当たるよう――どちらかと言うと姉に風が送れるように――ぱたぱたと扇いだ。

 その内に、一際大きな打ち上げ音がしたかと思うと、今までで一等大きく、きらびやかな金色の枝垂れ柳が華開く。
 びくっと肩を震わせた柊、

「にゃあっ! しゅーちゃん今の! すごかったですねぇ……!」
「姉さん見て、まだ続いてる」

 細かに散った幾千幾万の金の花弁は、そのまま消えることなく長い尾を引き落ちて来る。じぃっと見つめていると、まるで光が覆いかぶさってくるような、逆に光の中へ吸い込まれていくような、何とも言えない心地がした。
 光の雫が残らず消えてしまうまで息を詰めて見つめていると、風に乗り、花火終了を告げるアナウンスが流れてきた。

「はー……」
「…………」

 それでも美しい花火の余韻が消えなくて、ふたりはしばらくそのまま座り続けていた。
 そんな姉妹を、そよりと夜風が撫でて過ぎる。

「……本当に本当に、綺麗でしたねぇ、しゅーちゃん」
「そうだね」

 短く、けれどしっかりと頷く。

(……ま、一緒に来てこんなに喜んでくれるなら来た甲斐もあったのかな。花火も綺麗だったし、ね)

 そんな風に思っていると、自然と口許が綻んだ。それを見て柊が立ち上がる。

「良かったですよぅ、柊羽ちゃんも楽しめたみたいでー」
「まあ、ね」

 少し照れくさくて、柊羽は柊の視線を振り切るように腰をあげた。
 それからまた並んで歩き出す。ふたりが歩けば、からんころんと下駄が鳴る。
 柊羽はふと先日行った海の事を思い出した。

(なんだか海といい花火といい……姉さんに乗せられて、今年は夏を満喫しちゃってるなぁ、僕)

 と。
 不意にぎゅっと強く手を握られた。
 見下ろせば、自分よりも小さな姉が、大人びた表情で見上げている。

「しゅーちゃんはしっかりさんですしぃ、とっても頼もしいですがー……たまには年相応に楽しまないとー。難しい顔ばかりしてると、ちょっと心配になっちゃいますよぅ?」
「そう? 難しい顔しているつもりはないんだけど……」

 戸惑って自分の頬に触れてみる柊羽に、柊はぴっと人差し指を立てる。

「なんでも楽しんだ者勝ち、ですよぅ?」

 ちょっぴり悪戯っぽい仔猫のような笑みに、柊羽はふっと肩の力を抜いた。

「……まあ、たまにはこういうのも悪くない、かな?」
「良かったぁ♪ じゃあ来年もまた一緒に来てくれますかー?」
「さあ、どうしようか?」
「えーっ?」

 柊羽が歩を早めると、柊は懸命に追いかけてくる。
 肩越しにその様子を見やると、柊羽の口の端に笑みが灯った。
 薄らいでいく喧騒の中に、いつしか虫の音が混ざり始めている。秋の訪れを告げる虫の声だ。
 大輪の花火で夏を送り出せば、直に秋がやってくる。こうして季節は巡っていくのだ。
 けれど、姉妹は変わらずこうしているんだろう。
 秋が来ても、春が来ても――来年の夏も、きっと。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6767/氷雨 柊羽/女性/17歳/白銀のスナイパー】
【ka6302/氷雨 柊/女性/20歳/はんたあ倶楽部】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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仲良し姉妹さんの花火鑑賞の一夜、お届けします。
ほんわかと可愛らしいお姉さんに、凛々しくしっかり者の妹さん。
お姉さんの猛プッシュで始まり、途中で妹さんがリードして、また最後にお姉さんらしい一面をちらりと。
片方が支えるのではなく、ちゃんと支え合っているおふたりを表現できていたら良いのですが。
服装や小物は、先に納品されていた素敵なイラストをそのまま描かせて頂きました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年10月02日

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