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『黒く甘い夢 』
黒の貴婦人・アルテミシア8883)&紫の花嫁・アリサ(8884)

「んっ……」

 静かな寝室。
 眠りについている紫の花嫁・アリサ(8884)の眉根が寄せられた。
 穏やかだった寝息は乱れ、何かから逃れるように何度も寝返りを打つ彼女の表情は何か葛藤しているようにも見える。

  ***

「アリサ、もう一度。言えるわよね?」

『また……』

 見知らぬ古城。目の前には見知らぬ黒いウェディングドレスの女性。そして、彼女と対照的に白いウェディングドレスの自分。
 このところアリサが毎夜見る夢は、いつも同じ彼女へ帰依する為の儀式。

「はい。私は全てを捧げ、使徒として忠誠を誓います」

 勿論、アリサ自身はそんな事これっぽっちも思っていない。全てを捧げて仕えるのは己が信じる神ただ一人。そう決めて聖職者になった彼女の信心は揺らぐことなく今日もその胸にある。それなのに、どうしてこの口は躊躇いもなく嘘ばかり吐くのだろう。

 言葉に引きずられるよう自分の心に対する疑念を引き連れて戸惑いがアリサの胸中で渦を巻いていく。
 アリサに相対する黒の貴婦人・アルテミシア(8883)はその様子を見ながらクスリと口角を上げた。
 彼女にはアリサの心の動きが手に取るように伝わってきてくる。
 それは、アリサが自分の夢だと思っているここがアルテミシアの能力によって干渉され、引き込まれた黒い女神の夢だからに他ならない。

「でも、それだけじゃないわよね?」

「はい。私、アリサは花嫁として愛を捧げ、あなたの愛に溺れる事を誓います」

 いつもの事ながら、アリサは自分の言葉に声に耳を塞ぎたくなる。
 誓います。と口にしてはいるものの、その声にはどこか懇願めいた雰囲気がある。もしそれが本当ならばそれは誓いではなく願いということになる。

「素直なのはいい事よ。良いわ。愛してあげる」

 満足そうなアルテミシアの声と共に、アリサの指に薔薇をモチーフにした指輪が通された。そのまま、恋人つなぎのように指同士が絡む。
 長い口づけの後、窓に写ったアリサのドレスは漆黒に染まっていた。その吸い込まれそうな黒にいつもの様にアリサは目を伏せた。

 ***

「その方がずっと似合うわよ」

 伏せた目を開ければ、そこは1日の始まりを告げる朝日がたっぷり差し込む質素な自室。今までずっとそうだったし、今回もそのはずだった。
 しかし、目の前に広がるのは豪奢な調度品が並ぶ部屋と、先程までと変わらない黒いドレスの女性。

「どうして……」

 先程までとは違い、今度は自分の意思のままに口が動いた。

「どうして?アリサを愛しているからよ。アリサも気がついているんでしょう?貴女を本当に愛しているのは私だけ。早く受け入れて私に捧げてしまいなさい。心も体も、ね」

「わ、私には愛するものがいます。それらを捨てることは出来ません」

「そう。でも、本当に、心から愛しているの?」

「も、勿論です」

「どうしてそう言えるの?」

「そう思い込んでいるだけではないの?」

 アルテミシアの言葉は若い聖職者の心を強く揺らした。アルテミシアの唇がアリサの愛へ1つ質問を投げ掛けられる度、彼らに対する綺麗な気持ちが剥がれていく様だった。

「…………。あ、いえ。なんでもありません……」

 いくつ目の質問だっただろうか。アリサの口が小さく不満を漏らした。

『毒の効果が出ているようね』

 そうアルテミシアがほくそ笑んだが、アリサは気がつかない。
 自分自身の意思で放った黒い感情にハッと口元を押さえ驚きの表情を浮かべるばかりだ。

「ここには私達以外誰もいないわ。全部言ってしまいなさい。きっとスッキリするわよ」

 慈愛に満ちた声がアリサにかけられる。

「……」

 少しの間。
 自分の夢だからとでも思ったのだろうか、アルテミシアの声に後押しされる様に、その口から不満を溢れさせた。

「そんなに不満を感じる相手を本当に愛しているの?」

 暫く無言でそれを聞いていたアルテミシアが不思議そうに尋ねる。

「勿論。愛して……」

 そこまで口にするが、もう胸の中は黒い感情でいっぱいだった。

 愛していると思っていた。
 世界は光に溢れ、少なくとも自分は愛するものに囲まれて幸せだ。そう思っていた。それなのに、どうしてこんなにも不満が止まらないのだろう。これだけ言ってもまだ、心の中には吐き出せていない不満がある。

「でも、…………」

 愛している理由を探して言葉を紡ぐ。だが、止まらない他者の行動や結果への不満。そのうちに人物への嫌悪の言葉が付きはじめ、ついには彼らへの嫌悪の言葉だけが口をつく様になった。

 それらはアリサの本心ではない。
 今の彼女の言葉は全てアルテミシアの言葉と帰依の儀式として何夜もかけて流し込まれた毒が、アリサの中にあった記憶を悪い記憶へと変質化させた結果である。
 だが、アリサの感覚では儀式の時とは違い、自分の意思で言葉を紡いでいる。アリサが、自分の本心からの言葉だと錯覚しても誰も彼女を責められないだろう。

「どうして奴らはそんな事をするのかしら。何か理由があるはずよね?」

 アリサにはすぐに思いつくことがひとつだけあった。愛する人々が誰も触れない彼女の過去。

「……アリサが捨て子、だから。なんて事はないわよね」

「……」

 一番否定したい言葉。
 それなのに、違う。とアリサは言えなかった。
 それが理由ならば、全ての不満や嫌悪に納得がいく。

『私が捨て子だから……あぁ、そうなのですね……』

 黒い感情が腑に落ちたのと同時に、アリサは目の前が真っ暗になるような、暗い闇に突き落とされた気がした。
 信じたものも愛したものも、アリサから失われていく。いやそもそも

『私には何もない……何もなかった』

 絶望に打ちひしがれ涙を流す彼女を抱きしめる腕があった。
 アルテミシアだ。

「アリサの過去を私が受け入れてあげる。私だけは貴女を愛してあげるわ」

 優しい言葉をかけ、泣いている子供に母親がする様に髪を撫でキスを降らせる。
 その手も、唇も、吐息さえもアリサにはとても温かい。

「顔を上げなさい。アリサ」

 言葉のままに顔を上げればその唇にアルテミシアの唇が触れる。

『温かい……甘い……』

 縋るように救いを求める様に、アリサの腕がアルテミシアに伸びた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳(外見)/ 黒毒の女神 】

【8884 / 紫の花嫁・アリサ / 女性 / 24歳(外見)/ 絶望の修道女 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 アルテミシア様、アリサ様、今回もご依頼ありがとうございます。

 今回は帰依の直前に当たる物語とのことでしたので、アリサ様の気持ちの変化をメインに描かせて頂きました。お楽しみいただければ幸いです。

 お気に召されましたら幸いですが、もしお気に召さない部分がありましたら何なりとお申し付けください。

 今回もご縁を頂き本当にありがとうございました。
 またお会いできる事を心からお待ちしております。
東京怪談ノベル(パーティ) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月04日

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