『明け暮れを重ねて』

不知火あけび（jc1857）＆不知火藤忠（jc2194）

　風雲荘の特別室に、いつもの三人がいつものように顔を揃える。
　不知火あけび（jc1857）、不知火藤忠（jc2194）、そして日暮　仙寿之介。彼等が集まるのはいつも決まってこの部屋だ。
　今日はあけびが二十歳になった記念すべき誕生日。
　既にアパートの皆には盛大に祝ってもらい、大きなケーキやご馳走の数々も楽しんだけれど――
「初めてのお酒は三人でって、ずっと前から決めてたもんね」
　あけびががいそいそと酒器セットの蓋を開ける。
　入居祝いに買って以来ずっとインテリアとして飾り棚に収まっていたそれが、本日とうとう日の目を見るのだ。
　全く同じに見えた三つの白磁は、酒を注ぐとそれぞれの底に浮き彫りのような花模様が現れる仕組みになっていた。
「実はこれも特注品なんだよ」
　木通に藤、そして菊の模様が揺れるぐい飲みで、三人は初めての杯を交わす。
「改めて、誕生日おめでとう」
　一気に飲み干した杯を掲げ、藤忠が微笑んだ。
「しかし過ぎてみればあっという間だったな」
　三人で呑む約束も、当時はまだずっと先のことに思えたものだが。
　それもこうして無事に果たされ、後は――
（「あけびと仙寿が上手くいってくれれば、俺の幸せ家族計画もめでたくハッピーエンドなんだがな」）
　しかしこの二人、その自主性に任せておいたら何の進展も期待出来ないことは確実だ。
　ここは自分が背を押してやるしかないと、藤忠は行動を起こした。
「あけび、海賊船のパーティを覚えてるか？　昔二人で見に行っただろう？」
「もちろん覚えてるよ、バレンタインのでしょ？」
「ハロウィンの期間にも似たような企画があるらしいぞ、久しぶりに楽しんで来い」
　そう言って、藤忠はロイヤルスイートの宿泊券を差し出した。
「これって船長室の……しかもペア！？　待って姫叔父、私そんな……！」
「誘う相手などいない、か？」
　藤忠は意味ありげな視線をちらりと仙寿之介に向ける。
「だったら友達を誘うのはどうだ、あの部屋にはホログラムがあるだろう？　皆とわいわい楽しむのもいいし、万が一、酒に酔った時の安全地帯として使うのもいいだろう」
「酔わないよ、撃退士だもん」
「わからんぞ、最近では天魔や撃退士も酔わせる酒が普通にスーパーで売ってるくらいだからな」
　実はここに用意したのも、そういった類の酒だ。
　二人の会話を意識の外に閉め出そうとするかのように、ひたすら呑み続ける仙寿之介は全く平気なようだが――
「……あれ、なんだかふわふわしてきた……」

　かくして、あけびは再び仙寿之介のベッドに沈み込む。
「……うわぁ……おししょーさまのにおいだぁ……」
　くんかくんか、すぅー。
　枕に顔を埋めて匂いを嗅いでいたかと思えば、あっという間に眠りに落ちた。
「こうして見ると子供の頃と少しも変わらないが……なあ、仙寿」
　藤忠は機械的な往復運動を続ける仙寿之介の手から、ぐい呑みをひょいと取り上げる。
「お前の目に、あけびはどう映ってる」
「どう、とは……」
「今でも子供に見えるか？　あの時のまま、何も変わらないように見えるか？」
「そんなはずがなかろう」
「そうだろう、俺から見てもかなり良い女になったと思うぞ。よく今まで虫が付かなかったと驚くほどにな」
　何故だと思う、そう問われた仙寿之介はぐい呑みをひったくるように奪い返した。
「俺が知るか」
　嘘だな。
　こいつはあけびの気持ちに気付いている――そうは思ったが、藤忠は話題を変えた。
「この部屋はいつ見ても綺麗に片付いているな」
　そもそも片付けるべきモノがない。
「仙寿、もう清貧サムライのスタイルに拘る必要はないんだぞ？」
「そんなつもりはない。これといって欲しいものが見当たらないだけだ」
　本当に、そうなのだろうか。
　抱える荷物が少なければ、身軽にどこへでも行ける。
　彼はまだ、この世界にしっかりと根を下ろしていないのではないか。
「お前、怖いんじゃないのか……自分だけ取り残されるのが」
　確かに人の成長は早い。
　成長はあっという間に老いに変わる。
「気持ちはわかるが……だからって、見ているだけでいいのか？」
　今こうしている間さえ、悪い虫が付かないか心配で仕方がないという顔をしているのに。
「心配なら迎えに行けばいいだろう。いや、むしろついて行け」
「しかし俺は――」
「種族が違うし寿命も違う、ただの気の迷いかもしれない……そんなところか、お前が引っかかってるのは」
　それを本人に直接ぶつけてみるといい、そう言って藤忠は仙寿之介の背を叩く。
「その為のお膳立てだ、しっかり頑張って来い」
　赤飯炊いて待ってるからな！


　そして当日。
　友達同士で楽しんでいるところに割り込む図太さはなかったらしく、仙寿之介は少し遅れて会場に入った。
　今、船内ホールでは仮装ダンスパーティが開かれている。
　あけびに気付かれずにそっと見守るには丁度良い――はずだった。
　しかし。
「……お師匠様！」
　あっという間に見破られてしまった。
「何故わかった」
　髪を黒く染め、濃色のサングラスに黒のタキシード、顔の真ん中には派手な傷跡のタトゥーシールという気合いの入った仮装をしていたのに。
「そんなの当然じゃない、お師匠様だって私のことすぐにわかったでしょ？」
　言われてみれば、確かに。
　ドレスアップした姿は何度か見たが、今のあけびは普段あまり着ないようなオレンジと黒のロングドレスに身を包み、ゆるくウェーブをかけてアップにした髪には大きなカボチャのヘッドドレス、ヴェネチアのカーニバルで使われるようなアイマスクで顔の半分を覆い隠している。
　何故わかったのかと訊かれても、こちらが理由を訊きたいくらいだ。
「ねえ、心配して来てくれたの？　それとも……」
　マスクを外して悪戯っぽく見上げるあけびに、仙寿之介はサングラスをかけたままぷいと横を向く。
「酒に酔ったお前が皆に迷惑をかけていないか、様子を見に来ただけだ」
「私そんなに酒癖悪くないよ」
「すぐ寝るだろう、それにやたらとガードが甘くなる」
「それは……姫叔父とかお師匠様とか、信頼できる人と呑む時だけだし！」
　なお今現在やたらとテンションが高いのは酒のせいではない。
　思わぬところで会えたことが、そしてどう考えても自分を心配してくれていることが嬉しいから。
「ね、踊ろう！」
　答えも聞かず、あけびは仙寿之介の手を取ってホールの真ん中に躍り出た。
「俺は踊りなど――」
「大丈夫、私も適当に動いてるだけだから！」
　それでもさすがに運動神経は良い二人、見よう見まねで剣舞の動きにも似た和洋折衷のダンスを披露する。
　額にうっすらと汗が滲むほどにダンスを楽しんだら、次はディナーショーへ。
　来たばかりの頃はフルコースという形式の存在さえ知らなかった仙寿之介も、今では慣れた様子で食事を楽しんでいる。
「うんうん、お師匠様もずいぶん成長したよね！」
「何だその保護者目線は」
「だって人間界の知識に関しては私がお師匠様の師匠だもん」
「そうだったか？」
　教えたのは主に藤忠やアパートの仲間達で、あけびはむしろ仙寿之介と一緒に教わる側だった気が気がするのだが。
「それはそうと、あまり飲みすぎるなよ」
「だってカクテル美味しいんだもん。それに寝ちゃったらベッドに運んでくれるんでしょ？」
「襲われるとは考えないのか」
「……いいよ、仙寿様なら」
　見つめる赤い瞳が熱っぽく潤む。
「やはり飲み過ぎだな。そろそろ帰るぞ、友達に挨拶して来い」
　思わず目を逸らし、立ち上がろうとする仙寿之介。
　しかし、あけびは逃がさなかった。

「ね、すごいでしょ！」
　降るような満天の星の下、あけびは大きなベッドに寝転がる。
　投影されたホログラム映像の下で、そこは広大な草原のように見えた。
「前に姫叔父とも一緒に見たんだよ！」
「……そうか」
　ぽつりと答えた声は遠く、普段の五割増しほど低い。
　今、彼は部屋の隅に置かれたソファに座っていた。
　映像の中だと遠くに見える丘の上あたり。遠すぎて表情はよく見えない。
「ずっとね、仙寿様と一緒に見たいと思ってたんだ」
　あけびはうっすらとオーロラが現れ始めた空に向かって呟くように言った。
「種族が違うって言うけど、私の気持ちは仙寿様が人間でも悪魔でも変わらないよ。確かに、一緒に歳を重ねていけたら良いな、とは思うけど……」
　それでも止められない想いが、心の中でいつの間にか育っていた。
「洗脳の影響が残っているだけかもしれん」
「今も洗脳してるの？　違うよね？」
　洗脳の影響なら、記憶を消された時点で何も残らないはずだ。
「私の気持ちを嘘だなんて言わないでよ」
「勘違いの可能性は？　師弟関係ではよくあることだと聞くぞ」
「それだけ私が魅力的なサムライガールなんだよ！　あ、もうガールじゃないや、レディかな？」
　それもあっという間に頭にオールドが付いて、それさえも過去になって。
「ひとりになるのは、寂しいよね」
　それはわかる。
　わかるけれど、諦めるという選択肢はない。
「そうだ、なら沢山子供を作ろう！　そうすれば寂しくないよ！」

　――げほっ！

　あれ、なんか咳き込んでる。
「おま（げほっ）気が早（ごほげほっ）、だいたい子供が何人いようと、お前の代わりには――」
「うん、ありがとう」
　ベッドから降りたあけびは、仙寿之介の首に腕を回した。
「私が老いるのは仕方ないけど、嫌になったら、言ってくれれば良いし……あ、でも子供達はお願いします」
　笑ったつもりが、ひどく崩れた泣き顔になる。
　それを見られないよう、ことさら強くしがみついた。
「……馬鹿だな、お前は」
　言葉とは裏腹に柔らかな声。
　大きな手がそっと髪を撫でた。
「俺も時間を進めればいい。お前が老いていくなら、俺も一緒だ」
　驚いて顔を上げたあけびの口から出かかった言葉を、仙寿之介は唇で塞ぐ。

　いずれ独り老いたなら、思い出を糧に山にでも籠もろう。
　それはまさに仙人――自分の名に相応しいではないか。

　明け方の空に、白い翼を広げた天使が飛ぶ。
　凍てつく闇からあわいの紫を経て燃える赤に移り変わるそのさまは、腕に抱えた明けの光そのままの色合いだった。
「やはりお前には朝日が似合うな」
「でも夕日がいてくれるから、朝日は輝けるんだよ？」
　朝日が夕日を引き上げるなら、夕日は朝日の足下を支えて持ち上げてくれる。
　そうして互いに支え合いながら、昼と夜とを巡り続けるのだ。
「それは堂々巡りとは言わないよね」
　強いて言うなら永久機関、だろうか。
「あけび」
　朝焼けを見つめたまま、仙寿之介が耳元で囁く。
「お前にだけ、教えておく」
　それは天界に置いてきたもの。
　もう二度と、呼ばれるはずのない名前。

「俺の、本当の名前は――」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc1857／不知火あけび／女性／外見年齢２０歳／サムライレディ】
【jc2194／不知火藤忠／男性／外見年齢２６歳／愛のキューピッド】

【ＮＰＣ／日暮　仙寿之介／男性／外見年齢？歳／俺の名は】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

厳しくなったジスウ様に阻まれ、とりあえず書きたいことを詰め込むだけの急ぎ足になってしまいました。
長く書けば良いというものでもありませんが、もう少し何と言うかディテールを盛り込みたかった……！

なお仙寿之介は古風な大人ですので、婚前交渉などもってのほか、という考えのようです。
恐らく平気な顔で添い寝しつつ、実は一睡も出来ないまま朝を迎えたのではないでしょうか……というところもちゃんと書きたかった……！！
あと、仮装もいつの間にか解いています（多分どこかのタイミングで着替えと入浴を済ませたはず……（

本名の件は一度お伺いしてからのほうが良いかと思い、ここで切らせていただきました。
和風か洋風か、意味や由来など、ご希望がありましたら――文字通り「お嬢さんだけが知っている」ことにして、敢えてそのまま伏せておくのも浪漫かな、と思ったりもしますが。

では、口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

パーティノベル

STANZA

エリュシオン

2017年10月10日