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『崩落 』
イアル・ミラール7523
 私立神聖都学園高等部。
 一列に並んだ教室の内、生徒たちは授業という時間の中でそれぞれに過ごす。
 そんな“舞台”を繋ぐ廊下の端にSHIZUKUはいた。
「んぅっ」
 両脚をよじり合わせて上体を倒し、赤らんだ顔を歪めて一歩ずつ。おそらくは急いでいるつもりなのだろうが、まるで進まない。
 そして。
「あ」
 ぶるりと震え、操糸を引き抜かれたのようにがくりと力を失くして座り込む。
「ふぅっ、くぁっ」
 突き上げる快感に流されかける意識を必死で引き戻し、SHIZUKUは窓枠を手がかりに立った。まだ脚は震えるが、一度達してしまったことで余裕ができた。これなら部室までは保つはずだ。
「イアルちゃん」
 ふと口をついて漏れ出した名前。
 街のオカルト情報を追う中でタールのマネキンに変えられたSHIZUKUを救ってくれたイアル・ミラール。
 彼女がいなければ何回かは人生が終わっていた。わかっている。今ここにこうしていられるのも、イアルがその身を贄としてくれたからこそなのだと。
 感謝している。もしかすればそれ以上の感情も……、
 助けてもらったあたしが、今度はイアルちゃんのこと助ける。
 しかし。
 強く誓うほどに、深く想うほどに、彼女の体は昂ぶり、心が赤く塗り潰されていくのだ。
 錬金術師に植えつけられた“男”のせいで。
 ――なんでとれないのよコレ! こんな! ありえないし!
 苛立ちの底から迫り上がってくる欲情の熱。おかしいおかしいおかしい。イアルの名を呼ぶだけで、こんなにも狂おしく……
 SHIZUKUは必死で息を吐き、心を鎮めながら怪奇探検クラブの部室を目ざす。
 あそこまで行き着けば、誰に見とがめられることもない。
 ことあるごとに立ち上がり、彼女の理性を突き壊す“男”を、思うがままに慰められる。

 部室の椅子にけだるい背を預け、SHIZUKUは天井を見上げた。
 だめだ。これだけしても、まだ足りない。理由は多分わかっている。この情欲の熱はすべてイアルに向かっているから、満たされないのだ。
 ならばすぐにでもイアルを救う手を探ればいい。そう思ってみても、“男”はそれをゆるさず、さらなる慰めをSHIZUKUに強要する。
 ――あたしどうなっちゃうんだろ。このままじゃやばい。やばいってわかってる。でも。
 SHIZUKUの手が“男”を掴んだ。
「あ」
 たったそれだけのことで甘い震えがはしり、背骨を伝って脳まで駆け上がって彼女の全部を痺れさせた。
 ――だめだ。あたし、もうだめだ。
 机に突っ伏すSHIZUKU。
 そのとき。
「うちがしたげよっか?」
 跳ね起きたSHIZUKUが見たものは。
 この学校の制服を“ちゃんと着崩した”女生徒の笑顔だった。
「なんかヤってるみたいな声するし? 撮っちゃうかーって思ったんだけどさ。それ、おもちゃとかじゃないんでしょ? やばくない?」
 思いきり露出した“男”を指され、なにをどう言えばいいかわからず固まるSHIZUKU。
 そんな彼女へまぁまぁと手を振ってみせ、落ち着いた頃合いを見計らって、女生徒は言葉を継いだ。
「誰にも言わないってば。でもさ、そんなん見るの初めてだし? 味見はありだよね?」
 グロスで光る唇に、ゆっくりと舌先が這う。
 イアルとは似ても似つかぬ顔。それなのに、SHIZUKUはその顔にイアルを見ていた。
 はぁ。熱い息を吐き、SHIZUKUが立ち上がる。
 女生徒はシャツのボタンをひとつはずし、イアルのように笑んだ。


 錬金術師の巣窟。
 イアルから鏡幻龍の魔力を抽出する作業を進める筆頭格の女へ、ひとりの錬金術師が耳打ちした。
「先生、魔女どもが動きました」
「目的は素足の王女ですか?」
 錬金術師はかぶりを振り、さらに潜めた声で告げる。
「先に放した女のようです」
 先生と呼ばれた筆頭格は円熟した細面を傾げてしばし黙考。そして静かに弟子たる錬金術師を見やり、言った。
「それ用のホムンクルスを用意して監視に向かわせなさい。魔女は人外の術を使いますからね、同志を失うことになっては困ります」
 錬金術師はうなずき、そしてふと顔を上げた。
「すぐに生成いたします。ですが、ホムンクルスを潰されれば、結局は敵対することになるのでは?」
「こちらが王女を抑えていることはもう知られていますよ」
 先生は艶然と笑み。
「あちらが痺れを切らす前に事を済ませられるなら、その後で進呈すればいいでしょう。それが無理なのであれば……戦力を温存して備える必要がありますからね」
 器具の内に精を放つイアルの嬌声を聞きながら、先生はうなずいた。
 SHIZUKUとイアルとを捕らえて“男”を据えた店主であり、この場にある錬金術師すべての師である彼女。いったいどれほどの時をあの魔女どもと渡り合い、歳を重ねてきたものか――それを知りたがるほど、弟子たる錬金術師は愚かではなかった。


 SHIZUKUは溺れた。
 女生徒の体と技に、声をあげて自らを打ちつけることしかできなかった。
 SHIZUKUにはもう、女生徒がイアルにしか見えない。けしてそうではないことを知っているはずなのに、抗えない。
「イアル――!」
 もう幾度跳ね、爆ぜたかなど思い出しようもなかったが、それでも彼女は女生徒から離れられない。
 もっと奥へ、奥へ、奥へ、ああしの“男”をねじり込みたい。
 抱きすくめられ、のしかかられながら、女生徒はSHIZUKUにささやきかける。
「まだ元気だね。場所変えよっか? うちだけで相手すんのムリっぽいし? 友だち集めてみんなでしたげるよ。あんたも絶対満足するよ? だってうちら全員、イアル・ミラールの匂いつけてるから」
 SHIZUKUの痺れた頭にその言葉は届かない。
 しかし、イアル・ミラールの名が耳に滑り込んだ瞬間、彼女は背をのけぞらせて達していた。


「やれやれ。錬金術師のみなさんには感謝しとかなきゃいけませんねぇ」
 どことも知れぬ影の内、モノクルをふたつ繋げた眼鏡を鼻先から押し上げた魔女が肩をすくめてみせた。
「粘土遊びのおままごとも意外と役に立つ。こんな簡単にSHIZUKUさんをものにできるんですから」
 鏡に映るSHIZUKUの痴態を見るともなく見やり、魔女はまた肩をすくめた。
 その足元には、監視用に調整された鳥型のホムンクルスが目を開いたまま身じろぎもせず落ちている。偽りの命に呪を撃ち込まれ、生命活動を一時停止させられたのだ。その間は魔女の鏡に移る映像をそのまま錬金術師に送っているので、気づかれるとしてももう少し時間は稼げるだろう。
「さぁて、これでイアルさんの居所もわかりましたし、SHIZUKUさんも抑えた。イレギュラーがなければ魔女結社の総取りです」
 唯一の懸念は、科学を操る者たちの干渉だ。
 魔女や錬金術師が人外の術に長けるように、科学でその身を鎧う者たちは人知の術に長けている。理がまるで異なるがゆえに、探知や察知は困難だ。その場で行き当たって初めて互いの存在を知ることになるだろう。
「IO2が出張ってるって話はありますからねぇ。芸風合わないですし、できれば退散してほしいとこなんですけど」
 イアルへの干渉により、眼鏡の魔女はイアルと繋がる“縁”の糸の存在を知ることとなったが。どこへ伸びているものかまでは追い切れていないのが実情だ。
「ま、今はわかるとこからたぐってくってことでひとつ」
 今は過ぎる欲を抑え、知れているものをひとつひとつ集めて縒り合せていくよりない。
 錬金術師による鏡幻龍の魔力精製が成果を出すまでは、どのみちこれ以上手の出しようもないのだから。
「ともあれたっぷりおもてなししてあげてください。正気が切れない程度にね」
 SHIZUKUを誘い、部室から出た女生徒のまわりに人払いの呪を張り、眼鏡の魔女はほくそ笑んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 /イアル・ミラール / 女性 / 20歳 / 素足の王女】
【NPCA004 / SHIZUKU / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 宿縁の魔女、再び。
 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月10日

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