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『2人の心霊テロリスト』
イアル・ミラール7523


 一瞬、時が止まった。イアル・ミラールは、そう感じた。
 その一瞬の間に、周囲の全てが変わっていた。風景を描き変えられたかのように。
 新たな風景の中に1人、見覚えのある女性がいる。イアルは思わず息を飲んだ。
「巫浄……霧絵……」
「お久し振りね、イアル・ミラール」
 虚無の境界・盟主が、長椅子にゆったりと身を沈めている。
 イアルは見回した。一瞬前まで自分は、あの女盗賊と一緒に、バスルームにいたはずなのだが。
「いけない遊びをしながらの長風呂は、身体に悪いわよ? とりあえず服を着なさい」
 目の前に籠があり、その中で一揃いの衣服が畳まれている。
 桃色の、ドレスのような水着のようなランジェリーのような衣装。鏡幻龍の巫女姫としての、正装である。
 それを着用するしかないまま、イアルは訊いた。
「どうして……貴女が、こんなもの持ってるの?」
「貴女に関わりある品物なら私、大抵は持っているわよ」
「……そうだったわね」
 イアルは小さく、溜め息を吐いた。
「……彼女は、元気なの?」
「あまり元気ではないかもね。私が思いきり、こき使っているから」
 霧絵は微笑んだ。
「おかげ様でね、プロデュースはまあまあ上手くいっているわ。虚無の境界の広告塔として、彼女は申し分ない仕事をしてくれている……あの子のおかげで、虚無の境界への入信者が爆発的に増えているの。生体兵器の実験材料にも事欠かずにいられるわ」
「彼女を、悪事に利用するのはやめなさい!」
「……変わらないのね、イアル・ミラール」
 囁きが、イアルの耳元をくすぐった。
 霧絵が、いつの間にか傍に立っている。
「いつも他人の心配ばかり。自分を守る事を、おろそかにしていると……こうよ?」
 具体的に霧絵が何をしたのかは、わからない。
 とにかくイアルは、石像と化していた。いや、一部分だけが生身だ。
 そこに、優しく柔らかなものが絡み付いて来る。
「まったく、いつまで……こんなもの、くっつけてるつもりなのかしらねえ貴女ってば」
 霧絵の、片手だった。
 優美な五指の蠢きの中で、おぞましい生身の部分が熱く固く膨張してゆく。
 汚らわしい快感が、イアルの全身を駆け巡った。生身であれば、あられもなく胸を揺らして身悶えをしているところだ。
 その豊かな胸も、今は2つの石の塊である。
 舌も、声帯も、石化している。さもなくば、どれほど恥ずかしい声を発していたものか想像もつかない。
 身悶えや悲鳴の代わりに、石像と化した全身がガタゴトと痙攣している。
 ただ一箇所、石像ではない部分が、霧絵の手の中でビクビクッ! と震えながら、汚らしいものを噴射し続けた。


 巫浄霧絵の私室においては、時間の経過も彼女の思うままである。外の世界では、恐らく1日も経っていない。
 だがイアルは、石化した肉体に苔が生じるほど長期間、放置されていた。
 否、放置されているわけではない。虚無の境界の盟主自らが、苔むしてゆくイアルを玩具にし続けている。
「ごめんなさいね? イアル。貴女がね、こんなふうに……物として扱われるのが大嫌いだという事、わかってはいるのよ。だけど私、人の嫌がる事をするのが楽しい……そんな気分なのよ今。慣れないプロデューサー業でストレスが溜まっているのね、きっと」
 霧絵の楽しげな言葉が、イアルの耳元をくすぐる。
 霧絵の淫靡に蠢き躍る繊手が、イアルの生身の部分を嬲り弄ぶ。
「あの子をね、こんなふうに遊んであげても良かったのだけど。やっぱりねえ、プロデューサーがアイドルに手を出したらまずいじゃない? あの子はもう私の私物ではなく、虚無の境界の広告塔……世の人々に、現世への絶望と滅びへの希望そして新たなる霊的進化への道を示し続けなければならないのだから」
 霧絵の言葉など、イアルはもはや聞いてはいない。
 快楽の絶頂が、何度も何度も脳髄を揺るがし、理性を粉砕する。
 石化した下着の中でぶちまけられたものが、苔と一緒くたになって凄まじい臭気を発し、イアルの正気を呼び醒ます。
(あ……私、臭い……わたし、いま……どうしようもなく、けがされて……いる……?)
 その正気が、立て続けに襲い来る快感によって打ち砕かれる。先程から、その繰り返しだった。
「あの子はねえ、もう一人前のアイドルとして……私の手から巣立ってしまったのよ。喜ぶべき事、だけど悲しくて寂しいのは事実なわけで……そこへ貴女が戻って来てくれたのよイアル! こんな嬉しい事、他にあるかしら? ねえ、ねえねえねえ」
 本当に嬉しそうに、霧絵はイアルを弄んでいる。
 その言葉通り、本当に寂しい女性なのではないか。
 崩壊を繰り返す理性の中で、イアルはふと、そんな事を思った。
 こうして異空間に私室を作り出し、お気に入りの物品でそこを埋め尽くしている。
 自分1人、何もかもが思い通りになる『誰もいない街』で唯一神として振る舞っていた少女と、どこか重なりはしないか。
 幻聴であろう。その少女の、声が聞こえる。
「やっと……やっと見つけたわよ、ママ」


 自分でも、勝ち目はない。
 巫浄霧絵にかつてそう思わせた相手が、いつの間にかそこにいた。
「……今は確か、影沼ヒミコ……だったわね」
 イアルを背後に庇って佇みながら、霧絵はその少女に微笑みかけた。
 そう。確かに自分は今、この石化した『裸足の王女』を庇っているのだ。影沼ヒミコに、奪われてはならない。
「生息地だった『誰もいない街』から引きずり出されて、檻に閉じ込められて餌をもらって……動物園のフェネックかレッサーパンダみたいに安穏と暮らしているようだけど。私の居場所を探り当てて殴り込む、そんな野獣の嗅覚と行動力がまだ残っていたのね」
「……ママを、返してもらうわよ」
 影沼ヒミコの口調は静かだが、両眼は怒りに燃えている。
「巫浄霧絵……貴女とは、手を結びたい。そう思っていた時期もあったわ」
「私たち虚無の境界にとっても、貴女は無視出来ない相手だったわ。同盟を結ぶ、寸前くらいまで話が進んでいたのよね」
「虚無の境界が突然、破壊活動を止めてしまった」
「私がね、このイアル・ミラールを拾ってしまったから……支配の石像に支配されて、とても楽しい日々を送っていたの。破壊活動どころではなかったのよ。ごめんなさいね」
「ほんッッと使えない女だって思ってたわよ。まあそれはいいわ。私がこの世でただ1人、少なくとも1度は手を結びたいと思った相手……そのよしみで今回だけは許してあげるから、ママを返しなさい」
「その母親恋しさが、貴女の力の源……母親となりうるものが、だから永遠に手に入らない方が貴女のためなのよ。それがわからないのかしら?」
「警告……したわよ……っっ!」
 ヒミコの細い全身から、念動力が迸る。
 襲い来る念力の荒波を、霧絵は見据えた。真紅の瞳が、禍々しく発光する。
 それだけで、ヒミコの念動力は砕け散った。
「あッ……! う……っ」
 吹っ飛んだヒミコが、柱に激突し、ずり落ちる。
 そこへ霧絵は言葉を投げた。
「『誰もいない街』から出てしまった貴女なんて……まあ、こんなものよ。引きこもりが外へ出たって何も出来はしないの。自分1人が万能でいられる世界へ、さっさとお帰りなさいな」
 言いつつ霧絵は、ある異変に気付いた。視界の隅で起こった異変。
 イアルが、砕け散っていた。念動力の余波を、まともに喰らったのだ。
 この部屋は、ヒミコにとっての『誰もいない街』と同じである。霧絵に不可能な事など何もない。砕けた石像を、粉砕の事実など無かった事にして元通りにするのは容易い事だ。
 影沼ヒミコを許しておけるかどうかは、しかし別問題である。
「……貴女ねえ。この部屋の中だから良かったものの」
 この少女も同じように粉砕し、よくわからないものに作り変えてやろうか、と霧絵が思ったその時。
 砕け崩れたイアルの、破片の1つが動いた。
 石像の破片でありながら、それは石ではない。
 石化したイアルの、ただ1つ生身の部分。先程、霧絵が散々に弄んでいたもの。
 それが、ヒクヒクと蠢いている。倒れたヒミコに、懸命に這い寄ろうとしている……ように見える。
「ふっ……うふふふ、あっはははははははははは」
 霧絵は笑った。嘲笑だった。
 これほど無様なもの、見た事がない。いくらか悲しくなってくるほどの、無様さと滑稽さである。
「ああ馬鹿馬鹿しい……だけどまあ、楽しく笑えたのは事実」
 霧絵は目を閉じた。
 目を開いた時には、粉砕の事実は無かった事になっていた。石化の事実もだ。
 生身のイアルが、横たわっている。
 少し離れた所では、ヒミコも同じく倒れたままだ。
「ん……ううん……ヒミコ……」
「ママ……ママぁ……」
 2人とも、うわ言を発している。
 放っておけば目を覚ますだろうが、それまで見守る事もせず霧絵は背を向けていた。
 もはや付き合ってはいられない。
 霧絵がそう思った瞬間、イアルもヒミコも姿を消していた。今頃は、元いた場所に戻っているはずだ。
 虚無の境界、本部。盟主専用の執務室に、いつの間にか霧絵はいた。
「お帰りなさい、盟主様」
 盟主直属の霊鬼兵が、傍に立って一礼する。
「暗黒教団の残党は、片付けておきました。急いで報告しなきゃいけないような事はありませんが……まあ帰って来たのなら、お仕事して下さい」
「暗黒教団との戦いでは……貴女も随分、ひどい目に遭ったのよね」
「あれは、無かった事になりましたから」
 イアルとの楽しかった時間も、しばらくは無かった事にしておこう、と霧絵は思った。
 これからは、盟主として忙しい日々を送る事になる。楽しい思い出に浸っている暇などないのだ。


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA024/巫浄・霧絵/女/年齢不明/虚無の境界 盟主】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月10日

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