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『あるいは未来の影 』
火乃元 篝aa0437
「ハロウィン、か」
 火乃元 篝はしみじみとうなずいた。
 彼女のことを誰よりも知る契約英雄は、それが「しみじみとうなずいてみただけ」であることを思い知っているので、訊いてみたのだ。ハロウィンがなにをする祭か知っているかと。
 篝は答えた。
 それはもう迷いなく、まっすぐ高らかに。
「菓子をくらわせるんだ!」
 誰に!? 英雄が裏返った声をあげたときにはもう篝の姿はなく、彼女が飛び出して行く勢いで逆巻いた風だけがひゅるりらと解けゆくばかりなのだった。

 いつもの服を魔女服に替え、いつもの顔、いつもの歩きかたで、篝は町を行く。
「おかしくれさい」
 お母さんに手を引かれ、たどたどしく言うヴァンパイア姿のお子さんをくわっと見下ろし。
「ならばくらえ!」
 山吹色のお菓子(芋ようかん)を突き出した。
「チョイス!」
 なぜ幼児に芋ようかんなのかというお母さんのツッコミは、すでに肩で風切り歩き出した篝には届かない。
「トリックオアトリートー?」
 ゾンビナースの仮装でそろえた女子三人組をくわっとにらみつけ。
「ゾンビはヘッドショットだ!」
 それぞれの口にもが、もぐ、もげ。鉛玉色のお菓子(フィンランドが誇る“すごい”飴)を叩き込んだ。
「苦っ!」
「痺っ!」
「アタマ痛ぁっ!」
 あまりのまずさに崩れ落ちた女子には目もくれず、先へ。
 そして行き会った、非仮装の非美男子に。
「ご苦労様だ」
 そっとキノコ型のチョコビスケットの箱を握らせた。
「あの、僕、タケノコ派なんですけど……」
 そんなことは知らん! のであった。

 ハロウィンの名を掲げ、背中に負ったでかい袋いっぱいにぶちこんだ菓子をくらわせていく篝。まさに魔女の姿をした地獄のサンタクロースである。
 菓子のチョイスが少々アレなのは、基本的に彼女の性格が乙女の文字からもっとも縁遠い感じだからだ。育ちが影響している面も多々あるのだろうが――
 ふと気がつけば日が暮れかけていた。
 黒いばかりの家並が薄赤い空の下に続く。その薄っぺらい黒は、どう見ても影絵。
「なんか暗いな!」
 特に気にすることもなく、なにかに気づくこともなく、一直線に影絵の道を篝は進む。
「菓子はいらんか!? 私の菓子はまだまだあるぞ!」
 菓子の部分をチャカやら弾やらにすげ替えてもまるで違和感がない調子で、篝は標的もとい菓子をくらわせる相手を探し続けた。
 そして。

「ん?」
 黒い道の隅に置かれた黒い檻の内からこちらを見ている、影なる幼女を発見する。
「おまえは鳥か?」
 四角い檻に入っているから鳥。だが肝心の幼女が鳥どころか角と翼を備えた竜娘なので、不正解確実だ。
 立ち上がることのできない大きさの檻の内で体育座りし、うつむく幼女。
 それを見下ろし、篝は眉をしかめた。
「好きでそこにいるのか?」
 幼女は応えない。檻の内にいることは彼女にとって宿命であり、使命だった。だからそこにいる。しかし。
「私は嫌いだ。誰かになにかを押しつけられるのが」
 篝の手に巨大な鉈が現われる。共鳴していない彼女が抜き出せるはずのない愛鉈、トライド・グロウスヴァイルの影が。
「体を縮めろ!」
 影なる大鉈を篝がフルスイング、影なる檻を横薙ぎに打った。
 檻の上部がひと薙ぎで斬りちぎられて吹っ飛び、幼女の上から消え失せた。
「飛べぇっ!!」
 頭を抱えて縮こまっていた幼女が、その翼を一気に伸ばして跳び――自分の足で、影絵の道を踏みしめた。
「おまえは自分でなんでもできる。だから元気だしてなんでもしろ!」
 篝は袋の中から体があたたまる唐辛子飴を取りだし、幼女に押しつけた。
 そしてそれを口に入れてのたうちまわる幼女を後に残し、満足げに先へ。

 次に行き会ったのは“ずるずる”した影だった。
「おまえ……とろろ、か?」
 不満足そうに波打っているので多分ちがう。
「わかりやすい形なら、私にもわかるんだけどな」
 身も蓋もないことを言いながら、篝は首を傾げた。
 影は伸び縮みしながら0と1とをざわめかせ、一瞬として同じ形を保つことはない。それが影にはたまらなく寂しく、やるせないのだ。
「なにが言いたいのかさっぱりわからないぞ。そもそもおまえ、なんなんだ?」
 考えることをあっさり放棄して篝が訊いた。
 訊かれた影は思い悩む。わからない。わからない。わからない。
「おまえはなんでもないのか?」
 肯定するよりなかった。そうだ、0と1で造られた自分は自分が何者かを知らない。だから、何者でもありはしない――
「なら、なんにでもなれる! なんにでもなれ!」
 なにを言っているのかと思った。何者でもないから何者にもなれる。そんなことを本気で言い切るこの女はなんだ?
「参考までにこれをやろう」
 と、篝が影にばらばらと色とりどりのゼリービーンズを振りかけた。大阪にある某テーマパークの某アトラクションで買える、ひどい味のするネタものが混ざったやつである。そしてなぜか、篝のビーンズはネタ100パーセントだった。
 酷いとしか言い様のない不味に激しく沸き立つ影。
 篝はその様を見ることなく歩き出した。

 三番めは、唐突に襲いかかってきた。
「いたずらは菓子がもらえなかったときじゃないのか!?」
 影の大鉈の腹で篝が弾き返したのは影の爪。
 狼少女の影は宙で一回転して着地、その反動で前へと跳び出し、篝の首筋を狙った……はずだった。
 狼少女の足が止まり、目だけが篝の手元を追う。
「クッキーが嫌いな女子はいない。なんかで見といてよかったな」
 手にした太陽の形をしたクッキーを振り振り、得意げな顔で言う篝。先の女子三人組がこの場にいたらツッコミの嵐だったろうが……。
「食べたいか?」
 食べたい。いい匂いがするあれを。でも目の前の奴は自分の奇襲を簡単に受け止めた。ここから跳びかかっても、きっとこの爪と牙は届かない。
「やる」
 ふと差し出されたクッキーと篝の顔を見比べて、狼少女は悩んだ。
 取られてもないのに自分からくれる? なんなんだ、こいつ?
「いらないのか?」
 いる!
「じゃあ手を出せ」
 強い声音にびくりとすくみ、おずおずと手を出せば、そこに乗せられるクッキー。
「よし」
 去って行く背を見送りながら狼少女は思う。
 あいつ、もしかしておいしいものの神サマ?

 四番めに会ったものは眼帯少女の影。
「黒いばっかりなのに眼帯だってわかる……不思議だな!」
 特に悩む様子もなくうなずく篝へ少女は訴える。目が痛い。なにも見えない。なにもできない。痛い。痛い。痛い。
 気がつけばここにいた。歩こうと思えば歩けるだろうし、なにかしようと思えばできるのかもしれないけれど、でも目が見えなくて痛くて、なにも見定められなくて――ここにいる。
 篝はしばし考え込み、これしかないという顔で声をあげた。
「ご飯食べてないからだな!」
 あまりにもシンプルなご意見であった。
「痛かったり怖かったりするとそうなる。私も初めてケンカした後はうまく物が噛めなくて困った。戦場帰りのチョーさんのおかげで、やわらかいものなら大丈夫だってわかって助かったけどな」
 言いながら取り出したのは、近所のケーキ屋で仕込んだハロウィン用のゼリー。カボチャランタン型やお化け型のゼリーは果汁や牛乳を固めて作られていて、たとえ歯がなくても食べられる。
 ちなみに、なぜこれが最初のほうで出てこなかったのか、加えてチョーさんが誰なのかは言いっこなしってやつだ。
「そういえば……おまえにぴったりのがあるぞ。これつけたら見えないのが見えるかもだ」
 と、篝は目玉型のゼリーを少女に差し出し。
 全力で拒否られるのだった。

 五番めの相手は、この世界をほの明るく照らす太陽の影だった。
「大きいな!」
 しかしなぜか親近感を感じたり。篝と太陽、どちらも火だからだろうか。
「大きいおまえには大きい菓子がいるな」
 袋から出てきたのは大きなバースデイケーキ。先ほどのゼリーといっしょに購入したものだったが、本当に、どうやって袋に収めていたのか。
「口を開けろ!」
 篝がケーキを太陽の口(?)へ叩き込んだが、べしゃり。ケーキは見事に太陽の表面で爆ぜ、その影を白く汚す。太陽からすれば鉄壁の守りで我が身をかばったわけだが、結果はこのとおり無残なものだ。
「なんで口を開けないんだ! 3800円もしたケーキだぞ!?」
 わけのわからない憤りを浴びせかけられた太陽はむっとした。
 自分は太陽だ。この世界をあまねく照らす光だ。貶めることはゆるされない。ゆるさない。
 かくて太陽は自分に貼りついた生クリームを投げ返した。それが篝の顔にびしゃっと命中して、にやり。
「やられたら泣かずにやり返すのが私だぁーっ!!」
 びしゃべしゃぶしゃばしゃ。クリームやら篝が袋から補充したクリームパイやらの投げ合いが始まって。それが目減りし、ついにはなくなって。
「ふはははは! いいパイを投げるじゃないか! おもしろかったぞ!」
 いい汗かいた顔で颯爽と手を挙げ、去って行く篝。
 普通にバカなのか手のつけられないバカなのかわからなかったが、一歩も退かずにこの太陽とやり合い、笑ってみせたあの顔――やけに気になった。
 太陽は気づく。こんなことが意外に楽しいほど、自分は孤独だったのだと。

「ん、明るくなった」
 いつしか篝は元の町に戻っていた。そして。
「おかしくれなきゃいたずらするぞっていって」
 最初に出逢ったお子さんが、小さな体を伸び上がらせて篝に告げる。
「お菓子くれなきゃいたずらするぞ?」
「はい、どうぞ」
 渡されたものは小さなチョコレート。
「――そうか。ハロウィンとはお菓子がもらえる日だったのか」
 まだ微妙にまちがっているわけだが、ともあれ。
 篝の不思議なハロウィンは幕を下ろし、ようやく普通のハロウィンが幕を開けたのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【火乃元 篝(aa0437) / 女性 / 19歳 / 最脅の囮】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて彼女は仮初めに出逢い、仮初めに別れ、其を思い起こすこともなく先へ。
 
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2017年10月11日

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