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『かみさまがいないつき 』
紫 征四郎aa0076)&ガルー・A・Aaa0076hero001)&ユエリャン・李aa0076hero002

 細く、秋雨が肌寒く煙る日曜日のことだった。

 古びたインターホンが雨音の中で鳴ったのは午前のこと。
「おぅい、征四郎、ちょいと手が離せん、出てくれ」
 商品である薬の整理をしているガルー・A・A(aa0076hero001)が、家の奥の紫 征四郎(aa0076)へ呼びかけた。学校の宿題をしていたところの少女は「はぁい」と応えると、ぱたぱた廊下を駆ける。通り過ぎる廊下、もう一人の英雄のユエリャン・李(aa0076hero002)はまだ寝ているんだろうな――なんて思いつつ。
「はい! どちらさまでしょうか」
 背伸びした少女が快活な声でインターホンに出る。
 しかし。

「――…… え?」

 その笑みが消え、征四郎の瞳に驚愕が宿ったのは……直後の出来事。







 連日の雨に湿気った畳。
 客人用の座布団の上に品良く座したその女の名は、ハルという。征四郎の実家に代々務めてきた家政婦にして、征四郎にとっては母親代わりのような人だ。派手な服装や濃い化粧ではないものの、凛と指先まで整った所作は女性的で美しく、彼女がやんごとない家に仕える者であることを物語る。

 かち、こち、かち、こち――時計の針の音が沈黙を埋める。閉め切った窓ガラスを、雨雫が物言わぬまま垂れ落ちる。

「……そ、れで、ごようけんとは、なんでしょうか」
 正座した膝の上で、征四郎は小さな拳をキュッと握って、上目気味にハルを見やった。

 ――驚いた。まさか彼女が、家を訪ねてくるなんて。

 紫家は、一般的な家庭とはいささか異なる。代々剣士の家柄であり、伝統や旧きしきたりをあまりに重んじるきらいがあり……そこに色々なことが重なって、今、征四郎は実家を離れているのだ。
 だからこそ。一体この家政婦は、己に何を伝えに来たのだろう――そんな緊張と共に、征四郎はハルの表情を窺った。
「ええ、」
 征四郎の実母より少し年下の家政婦は、懐かしい声で頷いて言葉を続けた。
「ご当主様と奥様より、お嬢様へのご伝言が」
「っ! お父さまと、お母さまから……?」
 目を見開く征四郎。ハルが静かな声で内容を伝える。

 ――征四郎の家族、特に母親は、征四郎が実家に戻ることを望んでいること。
 ――送ったはずの手紙に返信がなく、心配していること。

「手紙……?」
 そんなもの届いていただろうか。瞬きをする征四郎。
 と、そこへ。ふすまが開いて、「粗茶ですが」とガルーが淹れたてのお茶を持ってくる。
「っ、ガルー」
 振り返る征四郎が、卓に湯飲みを置いたガルーへと抑えた声を発した。
「しばらくおさんぽしてきてください! 話しにくいのです」
 ぴしゃりと言い放つ。英雄はちょっと目を丸くするも、「わかったわかった」と肩を竦めた。
「……ユエリャンもか?」
「ユエリャンもつれていくのです」
「はいよ」

 ――そうしてふすまが閉まり、部屋はまた雨音と時計の針の音。

 そういえば……と征四郎は思う。家の者は英雄のことを良く思っていない者ばかりだけれど、ハルはガルーを見て眉一つ動かさなかった。リンカーとして超人的な身を得た征四郎のことも、恐れる様子がない。改めて彼女の気丈さを知った。
「征四郎お嬢様」
 ハルが言葉を続ける。征四郎は、家政婦をつぶさに見つめる。
「……言伝はもう一つございます」
「おうかがいします」
 姿勢を正した。ハルは寸の間、躊躇うような空気を見せるも――毅然としてこう告げた。

 征四郎が英雄と誓約を切り、リンカーをやめるならば、いつでも元の生活に戻れる……と。







 雨の日の公園は無人だった。
 木の下のベンチは幸い濡れておらず、黒い傘と赤い傘が並ぶ。

「ありゃあ相当キレてたな」
 思い出す征四郎の眼差し。ガルーは気怠そうだ。
「道理だろう。我輩も、手紙を勝手に隠されていたのなら不愉快になるのである」
 ユエリャンが答える。赤い英雄は眠そうに、すっぴんを隠すマスクの下であくびをした。ガルーのせいでとばっちり的に追い出されたこと、だけでなく化粧をする時間すらガルーが許してくれなかったことで、わりと不機嫌だ。
「なぜ手紙を隠したりしたのかね?」
 ブランチでも取ろうと廊下を歩いていた時に、やりとりは聞いてしまった。銀の目がガルーを刺す。子を想わない親などいない。そう信じている。信じたい。疑わせるなよ――視線の鏃にこもる感情。ガルーは溜息をこぼす。
「征四郎はリンカーだ。そして、家を襲ったヴィランも同じリンカー。得た力を持って復讐しに来るかもしれないと、父親が考えるのは当然のことだ」
 ガルーは征四郎の家庭事情のことを知っている。紫家をヴィランが襲撃し、家の者は征四郎を囮にして逃げて、少女は致命傷を負い――ガルーが召喚されて。

 幼い顔を哀れなほど血に染めて。死を迎えつつあった小さな小さな命の姿を……ガルーは昨日のことのように覚えている。

 だからガルーは、征四郎の実家のことを良く思っていない。ゆえに、最近になって何度か届くようになった実家からの手紙を隠していたのだ。
「でも、征四郎にとっては、」
 ユエリャンはレインブーツの脚を組み変える。征四郎の実家が襲われた事件については口頭で伝えられたが、家庭事情までは深く知らない。
「家族のもとで過ごすのが幸せなのではないかと思うのである」
 ガルーの横顔を見たまま、言葉を続けた。黒髪の英雄は緩く首を振る。
「英雄が怖い。娘のことも怖い。わけの分からないものを排除する弱者。恐怖から疑い、それが何かをする前に、焼くなり首を落とすなりしなけりゃならないんだ」
 それは普段のガルーの緩い振る舞いとは対照的だった。彼の本質でもある。
「だから征四郎の幸せの為にも、征四郎は離れた方が良いんだよ」
「黙れ」
 それ以上の言葉を許さないと言わんばかり、ユエリャンが唸るように言う。
「その思想は我輩が最も嫌うものだ」

 疑いと対処、信じられないから殺すしかない。怖いから殺す。理解できないから迫害する――。
 かつてユエリャンが『我が子』を殺さねばならなくなったそれも、また同じ。

 ……人間はたまに、酷く、汚い。

「二度と口にするなよ、犬」
 湧き上がる罵詈雑言を飲み下したのは、せめての温情だ。ガルーは反論をしなかった。

 ――しばしの沈黙。雨の音。
 公園の横を、車が一台通り過ぎて行った。タイヤの音が遠のく。

「おおかた……」
 おもむろに口を開いたのはガルーだ。
「あの家政婦、征四郎に『エージェントをやめろ、英雄と誓約を切れ』とでも言いに来たんだろう」
 深い、溜息のような物言い。ユエリャンの片眉がわずかに持ち上がる。
「征四郎が、我々との誓約を切る、だと?」
「……それは、それであいつの選択だ。止めはしねぇさ」
 背を丸め、地面を濡らしてゆく雨粒を目を伏して眺め。ガルーの言葉はどこか寂しげだった。もし征四郎が離れられないなら、いっそ自分達が……そんな諦念めいた感情すら彼の心にはあった。その後は消えてしまうだけだ。そうなったらいっそ消えてしまいたい。

「馬鹿め」

 言葉を破るように、ユエリャンの声が響く。
「征四郎がそんな選択をするものか」
 わざとらしいほど呆れた物言いで、赤い英雄が言いきった。
(そんな脆弱な思いで、紅い月の下、手を伸ばしたわけではないであろうから)
 始まりの日を思い返す。「きっとあなたの望む『明日』を探し出してみせるから」――あの言葉は決して軽いものではない、ないはずだ。そう信じている。心からだ。だからこそガルーへ「その言葉は他ならぬ征四郎への侮辱だぞ」と咎めの言葉が沸き上がるも、ユエリャンは口を噤む。彼の若い考え方も妙な達観も大嫌いだ。が……徹底的に非難と攻撃をしたいわけでもないのだ。
「ただでさえ雨続きで湿度の高い日が続いておるのだ。我輩の横でそれ以上シケシケするでないわ」
 回りくどいが、優しさであった。暗い気持ちを言葉にすれば、それは心の傷から痛いモノを引っ張り出してくる。 
「それに。あの家政婦とやらが、引きずってでも征四郎を連れていく心配もなかろうよ。状況を慮るに……ここへ一人で来たのだから、それなりに話は分かる相手だろう」
 ガルーの不安を先回りして吹き飛ばすように、なんとはなしに呟いた。そんなユエリャンの気遣いを察してかどうかは分からない。ガルーはゆるりと傘を回し、白い空を見上げて。
「……、わかったよ、わかった」







「おことわりします」

 凛、と征四郎の声が響いた。そこにためらいも迷いもなかった。
「ふたりとも、だいじな家族です。英雄です。さよならなんて、したくありません。
 ……それに、征四郎は強くなりたい。父さまが教えてくれた剣と、皆の力で、いまようやく誰かの為に、たたかえるのですから」
 少女の眼差しは揺るぎない。その胸元には、金と薄桃を往来するアレキサンドライトのブローチ。その足首には、紅いムーンストーンのアンクレット。二つの幻想蝶が――少女と英雄の制約の証が、キラリと輝く。

 英雄と誓約を切り、リンカーをやめるならば、いつでも元の生活に戻れる。
 その問いに、少女はキッパリとNOを突きつけたのだ。

「征四郎は、家族のみんなをうらんではいません。それだけは、どうか伝えてほしいのです」
 少女は恨みを抱えて戦っているのではない。明日の希望を信じて、戦っているのだと。言葉通り、征四郎の物言いには怒りや自棄は含まれていない。

 ――もっと強くなれば、その名が家まで届けば、いつか家族に戻れると信じ続けていた。
 そう。戻ろうと思えば、今すぐにでも戻れるのだ。年相応の少女として、平穏な日常と家族に憧れがないと言えば答えは否。
 けれど。
 戻るべき時は、「今」じゃない。
 傷ついたり、失ったりすることは、やっぱり辛いけれど。
 でも。自分に、戦える力が――誰かの明日を護れる力があるのなら。
 自分も助けて貰ったから、次は誰かの明日を守る為に。

 ――もっと強くなろう。

 その思いは、「強くならないといけない」と心を削るような焦りではない。
「ならないといけない」という焦燥ではなく、「なりたい」という希望なのだ。

 とは、いえ。まだまだ征四郎は少女である。
 ならないといけない、という気持ちが皆無という訳ではないけれど。気持ちの切り替えは、難しいけれど。
 それでも……。 
 きっと信じて貰える。あの日の選択は正しかったのだと。
 大丈夫。明日はもっとステキになる。

「ハル!」
 征四郎は微笑むのだ。花が咲くように。少女らしく。そして、否定せずに話を聴いてくれていた家政婦に、ギュッと抱き着く。昔、よくやっていたように。
「ありがとう、会いに来てくれて。いつか、必ず。皆を信じさせてみせますから」
 顔を埋めるハルのにおいは、幼い頃に嗅いだものと変わらない、懐かしくて、優しくて、落ち着くにおい……。
「……承りました」
 ハルの声音は優しい微笑み。かつてのように、征四郎の小さな背中を優しく撫でる。母親のように。







 それではお暇致しますね、と玄関に向かったハルだったが、征四郎がついて来る。
「バス停まで、おみおくりするのです!」
 子供用の長靴を履いて、小さな傘を持って。
「それに、ガルーとユエリャンも、おむかえにいかないとですから!」



「空腹だ。朝から何も食べていないぞ我輩。口も乾いている。せめて牛乳の一杯も飲みたかった。誰かさんのせいでそれすらも許されなかったのだ。おぉ、なんたる悲劇である。我輩、ここで干からびて死ぬのであろうか、誰かさんのせいで、ガルなんとかさんのせいで」
「嫌味か……嫌味だな。まあそう言いなさんな。そろそろ様子でも見に行くか? ……っと、噂をすれば」

 おーい、と呼ぶ声がする。
 長い雨で煙る視界に、鮮やかな傘の色。
 大きく振っている小さな掌と、眩しい笑顔と。

「ガルー! ユエリャン! かえりますよ!」

 駆けてくるのは征四郎。二人の前に立っている。
「……だな」
「ああ、そうしよう」
 そして英雄達も立ち上がる。


 歩いて行くのは黒い傘と赤い傘。
 その真ん中に、花模様の空色傘。




『了』




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2017年10月23日

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