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『夜宵の程 』
松本・太一8504
「口出しは無用だからね」
 松本・太一は頭の奥底に棲みついた“悪魔”へ念を押し、黒きシルクの衣をまとう。
 男だったものから、女であるものへ。やけに若づくりながら平凡な会社員でしかなかった人間から、限定された空間でのみとはいえ神に等しき力を顕現させるものをも殺す情報を操る超常の魔女へ。
「この衣装は『強き魔女たるにふさわしい』と彼女が見繕ってくれたもの。なら、今この力はかならずあの世界へ届く」
 太一から夜宵と成った魔女は低くうそぶき、自らが『強き魔女』であることを認められた世界を探す。普通であれば駆け出しの自分にできる芸当ではなかったが、これだけ強い“見立て”があればかならず“届く”。
「ああ」
 夜宵の指先が“届いた”。どこからか垂れ下がる縁の糸を“手繰り”、自らの魂の線と“縒り合わせ”、切ってしまわぬよう注意しながら“辿る”。
 ここだ。
 縁がもっとも強く引き合う虚空に手を伸べ、ノブをひねるように回した。見立てられた虚空がドアのごとくに四角く拓き、その奥にひとつの情景を描き出す。すなわち、淡い間接照明の灯に浮き上がるブティックを。
「いらっしゃいませ。よもや御自ら踏み入っていらっしゃるとは思いませんでしたわね」
 スレンダーな長身をタートルネックのセーターとタイトなロングスカートとで鎧っただけの女店主が笑みを傾けた。
 彼女こそは以前、太一をゴシックロリータの少女へ変じさせた『性別逆転』の都市伝説であり、その存在を定める質から太一に魔女の見立てを与えることとなったものであった。
「この閉鎖世界においてわたくしは理であり、則ですわよ? あなた様をどう変じさせるもわたくしの自由」
 店主の言葉を夜宵は“経験”で受け流す。
 彼女の意図は“恐怖”によって“定義づけ”を行うことだ。これを“承認”してしまえば、自ら店主の定義に組み敷かれることになってしまう。
「そうですね。あなたはそのために生まれたものですし、存在するものですから。でも、あなたはあなたの世界へ引き込んだものを変じさせるだけで殺すことはできない。だからこそ私に出し抜かれたんじゃありませんか?」
“確認”の体をとった“定義づけ”を返し、夜宵はその情報をいや増すため微笑んだ。
“自信”が情報に説得力を与えるわけではなくとも、相手の自信を喪失させられれば結果的に説得力が増す。だからこそ夜宵は店主自身に“事実”を確認させ、その自信を揺らがせることを選んだのだ。
 それを悟ってか、店主は小さくうなずいて夜宵を招き入れた。
「今日のあなた様は変じさせるも骨が折れそうです。ともあれ内へ。ご心配でしたら、その扉は開けたままいらしてくださいませ」
 夜宵はドアの隙間に髪を一本挟み込み、閉ざした。その髪は世界が閉じきることを妨げる“楔”でもあったが、それよりも元の世界への道をめくるための“栞”としての意味合いが大きい。
「見かけほど一端なら、こんなことはしなくてもいいんですけど」
 肩をすくめて自らの“未熟”を晒す夜宵。
 店主はどこからか現われたシノワズリのテーブルセットを示し。
「なるほど。わたくしにお訊きになられたいことがあるのでしょうか? とりあえずおうかがいいたしましょう」

 英国の伝統を映したアフタヌーンティーセットが夜宵をもてなす。
「理想の魔女、ですか」
 ブラックティー――硬水(欧州の水はそのほとんどが硬い)で淹れられた紅茶。含まれるカルシウム等の効果で茶の色が黒ずむことからそう呼ばれる――をひと口含み、店主が息をついた。
「ええ。私の“情報”はそもそも“見立て”からなるものですから。先輩方に術を学ぶのが難しいこともありますけど、見立てを深めるほうが効果を見込めるかなと」
 夜宵の“情報”は古来「言霊」と呼ばれ、世界の各地で扱われてきたものではある。しかし、先達が積み上げてきた方式ではくくれない夜宵の情報の“則”には、それにふさわしい新しい術式が必要となる。それが夜宵と“悪魔”の結論であり、だから彼女は最初に見立てをもらった都市伝説を頼ると決めたのだ。
「衣装の見立てを望まれますの?」
 店主にうなずき、夜宵は自らの衣装を見下ろした。
「はい。この衣装を見立てていただいたときのように」
 店主は眉根をひそめ、かぶりを振った。
「わたくしの見立てはあくまでもわたくしを説得するがためのもの。あなた様に“安直な思い込み”以上のものを与えうるものではありませんわ」
 続けて彼女は夜宵の胸元を指した。
「あなた様御自身があなた様御自身を見立てられて初めて、あなた様の望まれる見立てはかないましょう」
「私自身の――?」
 店主が首肯。黒麻の魔女衣装を取り上げて夜宵に示し。
「魔女であるだけならば、かような衣装ひとつで人はあなた様を魔女だと認めましょう。帽子しかり、箒しかりですわね。しかしながらそれはあくまで“見かけ”に過ぎず、“見立て”とはなりえません」
 自らの“見立て”を他者に認めさせてこそ見立ては成るということだ。
 夜宵は少し考え込んで、そろりと言葉を発した。
「自分に認めさせる見立てでなければいけない。そういうことですか?」
 店主がまた首肯した。
「さきほどあなた様がわたくしの定義づけを覆されたように、確固たる“あなた様”あってこそ見立てに力は宿りましょう」
 暗がりにぼうと灯が差し、とりどりの衣装を浮かび上がらせた。
「御心のまま、手に取られませ。あなた様をあなた様たらしめる見立てを」

 夜宵は店主に指された衣装の列へと歩み寄った。
 黒があり、白があり、赤があり。原色があり、中間色があり、模様があり。どれもそれぞれに“意味”が感じられ、夜宵は決めきれずに悩み続ける。
「迷いは断つもの。御心に映る色は直ぐにあなた様の目を捕らえますわ」
 だとすれば、迷う時点でこれらは「なし」ということか。
 後ろ髪引かれつつ、夜宵はさらに目線を巡らせていったが。目線を引き留める色はついに見つけられなかった。
「衣になくば、飾に求められましょうか」
 灯が宝石棚を浮き上がらせ、夜宵を促した。
「石は人の黎明よりその生のそばに在り、助けてきたものですわ。力をお求めになられるならばふさわしき助けが得られましょう」
 ブリリアントカットを施されたダイヤモンドから得体の知れぬ丸石まで、さまざまな石の装飾品が夜宵の指を待ち受けている。
 夜宵は思わず貴石の輝きに魅入られかけ、あわてて自我を引き戻した。今の自分に扱いきれぬものを求めたとて意味はない。もしこの中に、自分を魔女たらしめるものがあるのだとすれば、それは。
「私が魅入られたりしないほどつまらない、でも確かな力を与えてくれるもの」
 自分の力を売り込んでくるような石はいらない。
 夜宵に媚びてくるような石もいらない。
 欲しいのは、ささやかながら確固たる自信を持ち、主張することなくただ在るがままに在る“力”。
 そこまで考えて、夜宵は思わず自分にあきれた。求めているものの小ささに比べて、えり好みが激しすぎる。
 でも。それが欲しいのなら――それでなければ自分が自分を見立てられないなら、素直になろう。
「私が私の“情報”を見つけるまでの間、私を支えてくれる力が欲しい。あえて言うなら治癒の力。結構性に合ってるし、生計も立てやすいし」
 そこそこ身も蓋もないことを石に語りかける。
 不思議なもので、それを聞いた石はたいがい目を逸らしたり沈黙したりして、夜宵の指を避けるようになった。
 これもだめ、これもだめ、これもだめ。
 と。
 棚の下段、たったひとつ夜宵の指を拒まぬ石へ行き着いた。
「ハウライト……高い浄化作用を宿すパワーストーンとして流通しております」
 丸く磨きあげられた、灰色の編目模様を持つ白石。染色しやすい性質があることから染められて宝飾品とされることも多い石だが、このやわらかな色味がやけに頼もしくて、夜宵は知らず手に取っていた。
「今現在、あなた様が求められる“魔女”の形がその石にある、ということですわね」
 店主が夜宵の挟んだ髪をかるく引く。
 ドアが引き開けられ、その向こうに四角く切り取られた元の世界が映し出された。
「わたくしが贈らせていただきましたドレスにもよくお似合いですわ。お客様にあるべき姿をご提供させていただけることこそがわたくしの喜び。またのお越しをお待ちしております」

 果たして元の世界へ帰還した夜宵は、あらためて石を見る。小さく頼りない、しかし確かな重さを持つヒーリングストーン。
「神を殺すような強大な力じゃなくて生活の助けになる小さな力が欲しい。ちょっと情けないけど、私は私ってことよね」
 この程度の力なら、夜宵は自分を見失うことはないだろう。進む中でより大きな力を求めるならば、それはそのときに考えればいいことだ。
“悪魔”の盛大なため息を感じながら、夜宵は太一へと戻り、笑んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504 / 松本・太一 / 男性 / 48歳 / 会社員/魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 身の程はうつろうもの。今は此こそがあるべき程。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月23日

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