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『甘美な牢獄 』
ファルス・ティレイラ3733

 並べられた貴重な魔法道具の数々に、ファルス・ティレイラは先程から視線を忙しなく動かしている。中には今まで見た事がない形の道具まであり、少女の興味を大きくひいた。いったいあれは何に使うのだろう? そちらの棚からは、なんだか心地の良い香りがする。
「っと、ダメダメ。警備に集中しないと」
 ふと我に返り、慌ててティレイラは邪念を振り払うように首を左右へと振った。何せ、今は仕事中。とある魔女からの依頼で、魔法道具が保管されている倉庫での留守番の最中である。
 警備も兼ねているので、周囲にも気を配らなければならない。しかし、元来好奇心の強いティレイラに、こんなにもたくさんのお宝を前にしてじっとしていろと言うのも酷な話だ。先程から、少女の視線はついつい魅力的な魔法道具の方へと誘われてしまっていた。
(この仕事が終わったら、ちょっと鑑賞させてもらえないか頼んでみようかなぁ。……ん?)
 不意に、ぴくぴくっとティレイラの形の良い耳が僅かに震える。今、かすかな物音がしたような……。少女が首を傾げていると、再び響き渡る物音。先程よりも大きかったその音は、今度こそしっかりと少女の耳に届いた。
「ネズミ? それにしては大きな音だったけど……まさか、侵入者!?」
 ティレイラは、急いで音のした方へと向かう。すると、ちょうど逃げる途中だったらしい何者かの後ろ姿を見つけた。
 怪しげな笑みを浮かべ今まさに飛び去ろうとするその者の正体は、少女の姿をした魔族だ。その腕に大事そうに抱えられているあるものに気付き、ティレイラは驚き目を丸くする。
「あっ! ちょっと、待ちなさい!」
 ティレイラの声に魔族は一度だけ振り返ったものの、こちらをバカにするように鼻で笑って飛んでいってしまう。その腕に、倉庫から盗んだ魔法道具を抱えたまま。
「泥棒め〜! 逃がすもんですかっ!」
 気合を入れるようにティレイラは叫び、翼を展開する。その背にはえた翼を羽ばたかせ、少女は逃げる魔族の背を必死で追いかけた。

 ◆

 盗人を追いかけた末に辿り着いたのは、森の中にひっそりと隠れるように佇んでいる小さな小屋だ。どうやらあの魔族の隠れ家らしい。
 ティレイラは、警戒しつつも室内へと足を踏み入れる。そして、そこに広がっていた光景に目を輝かせた。
「わぁ、凄い! 見た事ないものがたくさん……! これ、全部盗品なの?」
 小屋の中はまさに、宝の山であった。魔法道具だけではない。高級そうな絵画や、いったい何に使うのか分からない奇妙な物体まで、様々な物が整理される事もなく乱雑に置かれている。珍しい品々の数々に、ついティレイラはここが敵地だという事も忘れ見入ってしまった。
 ふと、どこかから漂ってきたのは甘い香りだ。その香りに誘われるように、ティレイラは周囲を見渡す。
 そしてーー目があった。意地悪そうな笑みを浮かべ、こちらに向かい杖を掲げている一人の少女と。
「ま、魔族っ!」
 ティレイラが盗品に夢中になってる内に、いつの間にか背後へとにじり寄っていたらしい。気づいた時にはもう遅かった。魔族の少女は、ティレイラに向けて持っていた杖を振るう。
 杖から放たれたのは、液状のチョコレートだ。先程の甘い香りは、どうやら魔族の少女が今しがた振るったこの杖から漂っていたらしい。不意打ちをくらったティレイラの翼と尻尾に、放たれチョコレートがかかってしまう。
「きゃっ! な、何これっ!?」
 しかも、それはただのチョコレートではない。魔女の倉庫から盗んできたばかりの魔法の杖から放たれた、魔法のチョコレートだ。まるで絡みつくように、チョコは触れた箇所を覆っていく。
 応戦しようとしたティレイラだったが、絡みついたチョコレートのせいで動きが鈍り上手くいかない。そんなティレイラに、容赦する事なく魔族は再び杖を振るった。今度はティレイラの手足へと狙いを定めて。
「キャハハハ! アンタなんかお菓子になっちゃえ!」
 魔族が楽しげに杖を振るたび、魔法のチョコレートがティレイラに襲いかかる。それはさながら甘い拘束具、少女の自由を封ずる甘美な牢獄だ。
(何これ……!? なんだか、だんだん、意識が……)
 甘い香りがティレイラを惑わしていく。意識にモヤがかかり、視界もハッキリとしない。まるで夢の中を歩いているような心地だ。
 力が抜け、口からは自然と甘い声が漏れる。もし足がチョコレートに覆われていなかったら、今頃ティレイラはその場にくずおれていた事だろう。
 力を振り絞り抵抗しようともがくが、魔族は容赦なくティレイラに向けて杖を振るい続ける。とうとうティレイラの全身はチョコレートに覆いつくされ、球体状に固まってしまった。
 意地の悪い笑みを浮かべた魔族の少女が、ボールと化したチョコレートの表面を砕く。すると、ひび割れた卵から顔を覗かせる雛のように、そこからチョコレートでコーティングされた翼が出てきた。続いて尻尾、腕、足と、砕く度にだんだんとティレイラ型のチョコレート……否、チョコレートにコーティングされたティレイラの姿が現れてくる。
「ふふっ! 人型チョコレートの完成〜! すごいすごい、本当に人がチョコレートになっちゃった!」
 表面を砕き終えると、魔族はチョコと化したティレイラへとくんくんと鼻を寄せ、その甘い香りを堪能する。頭のてっぺんから足の爪先まですっかりチョコレートに覆われ固まってしまったティレイラは、どこもかしこも甘いお菓子の香りがしていた。とびきり美味しそうなその香りは、飽きっぽい魔族の少女ですらずっと嗅いでいられる気がしてくる程に魅惑的なものだ。
「今まで色々なものをコレクションしてきたけど、生きたチョコレートは初めてだわ! アタシの一番のお気に入りになりそう! ふふ、光栄に思っていいわよ!」
 上機嫌な様子で、魔族はからかい混じりにティレイラへと言葉を投げる。しかし、声を出すどころか相槌を打つ事すら叶わぬティレイラに返事をする術などない。
 ティレイラの目元から、未だ固まりきっていなかったらしいチョコの雫が一粒だけこぼれ落ちる。まるで、チョコレート色の涙のように。
 しかし、それすらもすぐに固まってしまった。魔族の少女は、抵抗の術を持たぬ少女から漂う甘い甘いチョコレートの香りを、いつまでも楽しみ続けるのだった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注ありがとうございました。
甘くも苦難なティレイラさんのお話、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等御座いましたら、ご遠慮なくお申し付けください。
それでは、またいつかご縁が御座いましたらよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月26日

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