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『姉妹と母娘』
イアル・ミラール7523


「ミラール・ドラゴン!」
 イアルの叫びに応じて五色の光が生じ、キラキラと全身にまとわりつきながら実体化を遂げてゆく。
 まるで水着のような甲冑として、だ。
 食べ頃のメロンにも似た胸の膨らみが、ブラジャー状の部分鎧に拘束されて深い谷間を作る。同じく食べ頃の白桃を思わせる尻に、ミニスカートのような腰鎧が巻き付いている。
 この頼りない甲冑を含めて自分は、衣装と呼べるものを4着しか所有していない。王女のドレス、鏡幻龍の戦巫女の正装、その簡易装束。普段は、同居人の私服を借りている。
 何かもう少し着てみたい、と思わない事もないが、今はそれどころではなかった。
 無数の触手が、鉤爪が、牙が、あらゆる方向から襲いかかって来る。
 虚無の境界の、生体兵器の群れ。
 その襲撃を、イアルは左手の盾で弾き返し、右手の長剣で薙ぎ払った。
 戦巫女の斬撃が、五色の光となって生体兵器たちを切断、両断、寸断してゆく。
 拍手が、聞こえた。
「お見事……なぁんて、お褒めするほどの事でもないわよね」
 声は聞こえる、気配もある。だが姿は見えない。
「お姉様にとっては、こんな戦い……おままごとや怪獣ごっこも同然、かしら?」
「……貴女が出て来れば、話は別よ」
 縦横斜めに叩き斬られ、もはや屍とも呼び難い有様で周囲にぶちまけられている生体兵器たちを、イアルは見回した。
「アルケミスト・ギルドの技術を……上手い具合に、盗んだものね」
「連中のホムンクルスは役立たず。私たち虚無の境界が、こうやって手を加えてあげないとね。それでも、お姉様が相手では全然だけど」
「貴女が出て来なさい」
 姿を見せぬ霊鬼兵に向かって、イアルは言い放った。
「おかしな関わり合いが続いたけれど……貴女とはいつか、ちゃんとした形で戦う事になる。そう思っていたのよ」
「無茶を言わないで。私が今まで何度お姉様に、手足もがれて身体の中身引きずり出されたり、あんな事こんな事されたりしたと思っているの」
 気配が、ふっ……と消えてゆく。声だけが残った。
「ちゃんとした戦いで、私がお姉様に勝てるわけがないわ。ただ、いずれ……改めてのご挨拶は、させてもらうわね」
「……どうでもいいけど、私をお姉様と呼ぶのはやめなさい。私の妹は、ただ1人よ」
 返事は、なかった。


 虚無の境界の生体兵器製造工場を、1つ潰した。
 IO2の作戦である。依頼を受け、イアルもそれに同行した。それなりの仕事は、出来たのだろうか。
 工場の1つや2つ、虚無の境界にとって大した痛手ではないだろう、とイアルは思う。
 ともかくIO2は、報酬を振り込んでくれた。
 当然、貴女が自由に使うべきお金よ。イアルを居候させてくれている女教師は、そう言った。
 おかしな気を遣わないでね。私イアルと、お金のやり取りなんてしたくないんだから……とも。
「……というわけでヒミコ、貴女に何か買ってあげようと思うんだけど」
「ママ知ってるでしょ。私、やりたい事は何でも出来る、欲しい物は何でも手に入る。こないだまで、そんな暮らしをしていたのよ」
 結局『誰もいない街』では何も手に入れられなかったのであろう少女が、言った。
「お金で買える物で今更、欲しい物なんて……そうね、じゃあそのお金ちょうだい。私がママに、何か買ってあげる」


 秋物か冬物か、判然としないコートである。
 それを羽織って、鏡の前で身を翻してみる。
 悪くはない、とイアルは思った。だがヒミコはいささか難しい顔をしている。
「うーん……ママはもうちょっと、抑えた色合いの方が似合うかも」
「そう? 私はこれでも構わないけど」
「妥協しちゃ駄目。ママはね、もっともっと綺麗になれるんだから!」
 ヒミコの両目が、キラキラと輝いている。
 居候をさせてくれている女教師が、職場の慰安旅行で3日ほど帰って来ない。
 好機とばかりに、影沼ヒミコがイアルを連れ出した。
 鏡幻龍の王国、その王宮を思わせるほど豪奢で広大なショッピングモールを、2人で回っているところである。
「こっち! こっちのお店よ。ちょっとシックな感じの品揃えがママ向けかも。友達にね、教えてもらったんだ!」
 イアルの腕を引きながら、ヒミコが嬉しそうにしている。
 友達が本当にいるのか、とイアルはふと心配になった。
「ママは本当、何着ても似合うものね。中身がキラキラしてるから、服はちょっと地味系の方がいい感じかもって、いつも思ってたの」
「ふふっ……褒めたって、なぁんにも出ないわよ?」
「言ったでしょ、欲しい物なんて何にもないって。私はただママを綺麗にしたいだけ! ママってば、だって服3着くらいしか持ってないんだもの。コスプレみたいな鎧とかレオタードとか、あんなのばっかりじゃ駄目!」
「ヒミコ……無理を、しないで」
 イアルの言葉に聞く耳を持たず、ヒミコははしゃいでいる。
「私に任せて。ママをね、ばっちりコーディネートしてあげる! 世界で一番きれいなママだって、友達に自慢するんだから」


 2人で試着室に入ったところで、ヒミコが限界に達した。
「思った通り……貴女、人混みは駄目なんでしょ?」
 座り込み震えているヒミコの背中を、イアルはそっと撫でた。
「……人が……たくさん、いる……」
 怯え、震えながら、ヒミコが身をすり寄せて来る。
「みんなして、私にひどい事をする……わけでも、ないのに……恐いよう……誰かがいる街って、こんなに……恐いなんて……」
「人が大勢いる環境……無理にね、慣れる事もないと思うわ。苦手なら苦手で、いいじゃない」
 イアルは抱き寄せ、囁きかけた。
「……正直に言って、ヒミコ。こういうお店、一緒に来るような友達……本当にいるの? いないなら無理に作る事もないのよ。私も随分長く生きてるけど、友達なんて本当、数えるくらい」
「……1人だけ……しつこく、絡んでくる子が……」
 俯いたまま、ヒミコは言った。
「頭は良くないくせに、要領は良くて……怪奇探検クラブだか何だかに、私を引き込もうとするの。少しくらいなら、まあ……付き合ってあげてもいいかなって、思うけど……」
「その子なら私も知ってるわ。少し考え無しなところはあるけれど、とてもいい子よ」
「……ママとは、どういう関係?」
「数えられる程度しかいない、大切な友達の1人よ」
「友達って……こういう事の、対象なわけ?」
 ヒミコがそっと手を伸ばし、イアルのある部分を握った。
「こんなに、固くしちゃって……」
「ち、ちょっと待ってヒミコ! これはね、そういうあれじゃなくて、ええと……」
 大切な友達の1人である、あの少女の事を思った瞬間、イアルが不覚にも勃ててしまったものを、ヒミコが容赦なく弄り回す。
「いけないママ……いいよ、私に任せて。こういう事の対象になれるのは、私だけだから」


 結局、いろいろと買い込んだ。
 大恩ある女教師へのプレゼントも買った。もちろん、自分やヒミコの服もだ。
「お揃いね、ママ」
 ヒミコは嬉しそうだ。
 ベレー帽とロングコートの、ペアルックである。
「私、顔は全然ママに似てないけど服は同じ。少しでも、ママに近付ければいいな」
「貴女は……私の17歳の頃より、ずっと可愛いわよ」
 イアルは言った。
「それとね、往来で私をママと呼ぶのはやめなさい。変な目で見られるから」
「じゃあパパにする? あんなの生やしちゃってるし」
「……ママで、いいわよ」
 ベレー帽の上から、イアルは少し強めにヒミコの頭を撫でた。
 

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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月30日

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