▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『石の妄執』
イアル・ミラール7523

 母親とは何か。
 娘の、玩具になってくれる存在ではない。それは影沼ヒミコにも、わかってはいる。
 だが娘に、罵声を浴びせたり物を投げつけたりする存在ではない事も確かだ。
 そんな事をする女生よりは、こうして甘えさせてくれるイアル・ミラールの方が、母親というものの真の姿に近いはずである。
「あのねヒミコ……貴女、いくつになったの?」
「17歳よ、ママ」
 湯の中でイアルの胸にすがりつきながら、ヒミコは答えた。
 イアルが、溜め息をつきながらもヒミコの髪を撫でてくれた。
「17歳と言ったら、もう充分に大人をやれる年齢よ。お風呂くらい、1人で入れるようになりなさい」
「30代40代の子供、今の世の中たくさんいるじゃないの。もちろん、あんな連中と同じになるつもりはないけれど」
 ヒミコは言った。
「それはそれとして私、いつでもどこでもママと一緒がいいの」
「貴女ね……自分が一体どれだけ危険な事をしているのか、わかってないでしょ」
 イアルが立ち上がり、浴槽の縁に腰を下ろした。
 女性としてはあり得ないものが、ヒミコの眼前に晒される。
「私はね、男みたいなものでもあるの。年頃の女の子が、男と一緒に入浴する……どれだけ危ない事か、特に考えなくてもわかりそうなもの」
「今更何を言ってるのよ、ママは」
 湯の中からヒミコは、イアルの下半身に身を預けていった。
「こんなもの生やしていたって、ママはママよ」
「こら……ちょっと、何やってるの」
 イアルが困惑・狼狽している。
「やめなさいヒミコ! こんな、悪ふざけ……」
「悪ふざけじゃないもん。私、ママを気持ち良くしてあげる」
 言葉を紡ぐ唇が、イアルのあり得ない部分に触れてゆく。
「私……カスミ先生より、上手く出来るもん……」
「ちょっと、何でそこでカスミが出て来るの……」
 そんな事を言いながら、イアルがマネキン人形に変わってゆく。
 気付かずヒミコは、唇だけでなく手指を、胸を、遣い続けた。イアルの、その部分だけは生身であった。
 ヒミコが唯一神として振舞う事が出来る『誰もいない街』は、すでにない。
 こちらの世界でもしかし、この程度の事は、気付かず無意識のうちに出来てしまう。
 相手が、石像や人形に成り易いイアル・ミラールであるなら、尚更だ。
「ママをね、気持ち良くしてあげる……ママを、幸せにしてあげる……」
 夢見心地のまま、ヒミコは夢を見始めていた。


 美しい女性が、美しい女神の嫉妬あるいは怒りを買って呪われ、醜い怪物と化した。
 それがメデューサである、と伝わっている。
 そのせいであるのかどうか、このメデューサという怪物は、美しい女性をことさら憎む。
「きれいな、オンナぁ……許さない、憎い、にくい憎いゆるさなぁあああい、殺す! ぶぶぶっ殺すうぅぅぅ」
 こんなふうに言われるのは、だから光栄な事なのかも知れないと、イアルは全く思わないわけでもなかった。
 蠢く無数の毒蛇が、頭髪を成し、醜悪な容貌を覆い隠している。
 毒蛇の群れによって作り出された陰影の中、眼光だけが禍々しく輝いて、イアルの全身を舐め回す。
 下着のような甲冑を装着する肢体。むっちりと肉感的に露出した太股、綺麗にくびれた脇腹に、すっきりと美しい腹筋。深く柔らかな胸の谷間。
 兜から艶やかに溢れ出す金髪、そして凛とした美貌。
 自分の身体の、あらゆる部分に、憎悪の眼差しが貼り付いて来るのをイアルは感じた。
 防御力など無いに等しく見える甲冑は、鏡幻龍の加護が実体化したものである。これがなければ、とうの昔に石像と化しているところだ。
「傲慢かも知れないけれど……醜い貴女に、同情はしないわ」
 言いつつ、イアルは長剣を抜き放った。
「貴女は、大勢の人を殺している。まあ哀れんであげる、くらいはいいけれど……許してあげる、わけにはいかないっ」
 牙を剥き、爪を振り立てて襲い来るメデューサを、イアルは斬撃で迎え撃った。
 鏡幻龍の力、五色の光をまとう長剣が、メデューサを切り裂いていた。
 絶叫が迸り、大量の臓物が溢れ出す。返り血が、イアルの全身を赤黒く汚す。
 その赤黒さが、石の灰色に変わってゆく。
 眼光よりも強い石化成分を含む、メデューサの体液が、おぞましいスライムのように蠢きながらイアルの全身を這い回り被い、鏡幻龍の加護力を侵蝕してゆく。
 イアルは、石像と化していた。
「きっ、キレイなぁ女あぁ、ゆるさない、ゆるさない! ゆるさなあぁあああい!」
 切り裂かれたメデューサの身体が、石化したイアルの全身にしがみつく。
 蠢く臓物が、石の美肌に嫌らしくまとわりついて這い回る。
 触手と化した消化器官が、石像の全身に汚物をぶちまける。
 ふわりと躍動感を保つ、石の美術品となったイアルの髪を、メデューサはその牙で噛み砕いた。
「おんな、オンナぁ……あたしよりも、きれいな女ぁあああ……」
 見るもの全てを石に変える両眼から、どろどろと涙を流しながら、メデューサは絶命していった。


 メデューサの屍が、腐敗し、干涸び、朽ち果てた後も、イアルは石像として佇み続けた。
 汚物をぶちまけられた全身各所が、悪臭を発する毒苔を生やし、まるで美しい女人像が石でありながら病んでいるかのようである。
 そんな姿を、イアルはずっと晒し続けた。時折ガタガタと、苦しげに震えながらだ。
 その苦しみが、ドピュドピュッと噴出した。浴室でマネキンと化しているイアルの唯一、生身の部分からだ。
 イアルは、生身に戻っていた。
 傍で、ヒミコが泣きじゃくっている。
 その頭を、イアルは少し強めに撫でた。
「いつまで泣いているの……本当、大人になれない子ねえ。そもそも何で泣いてるのよ」
「ママ……あのね、あのメデューサは……」
 嗚咽に声を震わせながら、ヒミコは言った。
「あのメデューサは、私……まるで、自分を見せられてるみたいだった……」


ORDERMADECOM EVENT DATA

登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/私立神聖都学園の音楽教師】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年10月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.