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『 ■ 銀の月 ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 パシャリと音をたててカメラはその瞬間を切り取った。扉を開けた途端視界を埋めたフラッシュに被写体のティレイラが目をパチクリさせながらこちらを見ている。シリューナはそれを気にとめるでもなくカメラから吐き出されたシートフィルムを2本の指で摘むと乾かすように軽く振った。
 ようやく状況が飲み込めたのか我に返ったティレイラが物珍しげに尋ねた。
「どうしたんですか、突然!」
「最近手に入れた魔法道具よ」
 シリューナの返答に、ティレイラは自分の体に異変が出ていないかを確認し始める。
「大丈夫よ、そういう道具じゃないから」
「あはは…ですよね」
 苦笑しながらティレイラがシリューナの手元を覗き込んだ。そこには今写されたばかりの写真が握られているのだ。
「変な顔していませんか?」
「それはどうかしら?」
 ドキドキした顔のティレイラにシリューナは小さく首を傾げた。
「このカメラは被写体をそのまま写すわけではないのよ」
「じゃぁ、何が写るんですか? まさか、心霊!?」
 心なしか蒼白な顔でティレイラが声をあげる。竜族たりえ異界を往来する彼女が今更それを怖いとは思わないのだから、これはたぶんテレビの見すぎというやつだ。すっかり東京に染まっていた。
「このカメラは被写体が考えている事を写すのよ。さて、ティレは何を考えていたのかしら?」
 写真を見て、シリューナの顔が呆れたような何とも言い難い表情になった。
「…何が写ってたんですか?」
 ティレイラが写真を覗き込む。そこにティレイラの姿はなく代わりにアクアパッツァやパエリアなどの食べ物が所狭しと並んでいた。
「あ…」
「食べ物の事しか考えてないのね」
「ちょうど夕食のメニューを考えてたんですよー」
 ティレイラが拗ねたように頬を膨らませた。
「表層しか写せないとはいえ、一応ちゃんと撮れるみたいね」
 考えている事が写るなどと話半分くらいにとらえていたが。シリューナは満足げに呟いた。最近、同好の士と趣味について語り合おうとすると何故かティレイラだけではなくシリューナまで巻き込まれる事案が多発している。そこで事前に相手の思惑がわかれば対策も出来るかと思ったのだが、見た目の年齢はともかくシリューナよりも老獪なババ…もといお姉様な連中も多いため、魔法を使うにしても直接的な方法では弾かれてしまうだろう、弾かれる程度ならまだいい。そこで考えたのがこの魔法道具だ。魔力の発動がカメラの内部でのみ起こるため例え百戦錬磨のお姉様方であっても気付かれ難い。深層までは読みとれないが、事これに関しては表層だけで充分だろう。もちろんそれでも保険の域は出ないのだが。
 まずは、今日の来訪者でお試しだ。
「お茶の用意と出迎えをお願いね」
 呼び鈴の音にシリューナは立ち上がるとカメラを手にエントランスホールに飾ってある天使の像の影に隠れた。フラッシュはオフにしておく。
 ティレイラが来訪者を招き入れた。魔族と自称し上位魔族である事を象徴するかのような4本の角を有するが、形状は多くの魔族と異なり鹿のそれを持つ少女。黒く長い艶やかな髪、赤い瞳、ボディラインはティレイラと同じなのに、どこか大人っぽい色気を漂わす。
 ティレイラに促され応接室へ案内されるところをすかさず写真に収めてシリューナは現像を促すようにシートを振った。そこに浮かびあがったものを見て、シリューナは意表をつかれたように写真を何度も見返したのだった。


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 お茶の準備をしにいくティレイラと入れ替わりでシリューナが応接室に入る。
「お久しぶり」
「こちらこそ、お招き感謝なのだわ」
 スカートの裾をそっとあげて軽く会釈する。少女は人懐っこい笑みをシリューナに向けていた。そんな少女をシリューナはまじまじと見返してしまう。写真に写っていたのはオブジェを愛でているシリューナの姿だった。
 ティレイラがお茶を運んできた。近況を互いに交換しあい、程なく少女が本題に入った。
「この前話していた“面白いもの”持ってきたのだわ」
 そう言って少女が取り出したのは小さな小瓶だった。中は銀色の液体で満たされている。
「わぁ! なんですか、これ?」
 ティレイラが興味津々で小瓶を手にとって上から横から下からと眺めている。自分と背格好が似ているせいか何となく親近感はあったものの、落ち着きのない自分と違っていつも泰然としていて、豊富は知識を披露してくれる少女は憧れのような存在でもあったのだ。その少女が持ってきたとっておきの魔法道具である。興味が沸かないわけがない。
「ふふふ、開けてみてもいいのだわ」
 促す少女にティレイラは不穏そうな顔をして、それでも好奇心がおさえきれなかったのか意を決したように小瓶の蓋を開けた。特に何も起こらない。ティレイラが手のひらに銀色の液体を垂らしてみると、それは水銀のように手のひらの上で丸くなった。指でつつくとぷるんぷるんしている。
「全然わかりません」
「どうやらこれは扉のようなのだわ」
「扉?」
「ええ、魔力を込めると、別の空間に繋がる扉が開くのだわ」
「わぁ! 面白そうですね!」
 今にも飛び込まん勢いでティレイラが身を乗り出す。全身からワクワクとドキドキが溢れ出している彼女に、シリューナは苦笑を滲ませた。
「さて、飛び込む前にもう一杯お茶をいただいておこうかしらね」
「あ、はい! サンドウィッチがあったので取ってきますね!」
 これから別世界への冒険に向かおうというのだ。小腹が減っては全力出せぬとばかりにティレイラは立ち上がると空になったティーカップをトレーにのせて応接室を出ていった。
 それを見送ってシリューナが切り出す。
「別の空間?」
 口の端が自然あがった。
「そうなのだわ」
 少女が意味深に頷く。
 つまり。
 この魔法道具は、銀色の魔法液で満たされた球状の空間を作りだし、そこに入れたものを美しい銀のオブジェに変えて封印してしまうというものなのだ。そこにティレイラを放り込んで思う存分銀のオブジェを堪能しよう。
 ここまでは、いい。ここまではいつだって想定内なのだ。ティレイラをオブジェにして心行くまで楽しむ事はシリューナだって吝かではない。
 しかし、おかしいのだ。
 シリューナは少女を見返した。
 写真には銀のオブジェを愛でるシリューナの姿が映っていた。但し、そのオブジェはティレイラではなく、少女の方だったのである。
 確かにティレイラと少女は背格好が似ている。しかし決定的に違う部分があった。ティレイラには少女のような角はない。ティレイラと少女は見間違いようがないのだ。
 やはり写真のシリューナが愛でていたのは銀のオブジェ化した少女である。
 少女は是非ティレイラを、と語った。
 カメラが壊れているのだろうか、と考えたが直前のティレイラを撮影した時はちゃんと動いていた。少女は確かに自らがオブジェになってシリューナに愛でられる事を脳内に描いていたという事である。
 よもや銀のオブジェになるという方が嘘なのか、或いはティレイラが銀色の空間に飛び込んだ後自分も飛び込むつもりなのか。いやいや、しかし…。
 いくら考えても、少女の頭の中身はさっぱりわからない。
 答えの足がかりも見つからないまま悶々としていると、ティレイラがサンドウィッチと紅茶を運んできた。
 サンドウィッチを食べながらシリューナは更に考えた。
 少女が何を考えているのかはさっぱりわからないが、とりあえずティレイラと共にシリューナも巻き込んで2人をオブジェにしてやろうとは考えていないのではないか、という結論に達する。あわよくば、少女とティレイラの2つのオブジェを並べて堪能できるかもしれない。
 だから、サンドウィッチを食べ終わる頃には少女の思惑ではなく銀のオブジェと化した2人をいかに味わうかについてじっくり考え始めていた。
「さぁ、行ってみましょう!」
 ノリノリのティレイラが胸を膨らませるようにして立ち上がる。
 シリューナは手のひらに転がる銀色の液体に魔力をこめた。
 銀色の液体は大きく広がってシリューナらがすっぽり入れるくらいの大きさの球体となる。
「わぁ! これが扉なんですね!」
 そう言ってティレイラは恐る恐る片手を球体の中へ滑り込ませた。それは水の中に手を突っ込んだような感触だ。銀色の液体は確かに扉を開いた。そこには銀色の液体が満ちた空間がある。小さな小さな空間だ。人一人が入れるほどの。
「これ…まさか…」
 何かを悟ったようにティレイラが少女を振り返った。
「なのだわ」
 少女が微笑んだ。
「ひどーい! 騙したでしょー!!」
 ティレイラは怒鳴り声をあげた。とはいえ言葉ほどに怒っているわけではない。銀色の液体に満ちた確かに空間があって、その入口は扉ともいえる。ある意味嘘ではない。ティレイラは諦念に満ちた内心とは裏腹に思いっきり頬を膨らませて怒った顔で銀球の中に吸い込まれた。
 いつもは驚いた表情が多いが怒った顔のティレのオブジェも可愛かろうなとど、オブジェの出来上がりを楽しみにしていたシリューナが続く違和感にハッとする。
 咄嗟に少女を見た。
 自分の右手が銀球に飲み込まれている。
「どういう事!?」
 それは言葉になっただろうか。あまりに意表をつかれたから取り繕う余裕もなく呆気にとられた顔でシリューナは球体に飲み込まれていた。
 その直後球体は急速に縮み、そこにシリューナとティレイラの銀のオブジェを吐き出した。

 まさか、魔力を込めた者まで封印の対象となるとは――。
 写真に写っていたのは、少女の悪巧みに対するシリューナの逆襲を少女が妄想したものだった。どんな姿にされてしまうのかと妄想し、かのシリューナの手に掛かるのであればきっと素晴らしいオブジェになるに違いないと夢想し、シリューナに隅々まで愛でられる事、だが自らはそれを愛でる事が出来ないという葛藤に脳内をぐるぐるさせていた、その瞬間を切り取ったものだったのだ。

 ……とシリューナが知るのは、当たり前の話だが銀の封印が解けた後の事である。





■END■


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。


東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2017年10月30日

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