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『人形の成長と人形への堕落』
セレシュ・ウィーラー8538


「お姉様……どうか、よくお聞きになって」
 物欲の化身であった少女が、よくもここまで真剣に他人を気遣うようになったものだ、とセレシュ・ウィーラーは思う。
「お姉様ってば、直接攻撃系の魔法にはチート級に強いくせに、変化系……特にお人形になってしまうような魔法は、ちょくちょく効いてしまいますわよね。それって、致命的な弱点だとお思いになりません?」
『自分……何、焦っとるんや』
 人形と化し、肉声が出せないので、会話するには念話を使うしかなかった。
『うちが人形になってまうの、初めてとちゃうやろ。今までだってどーにかなってきたやん、大丈夫やて』
「どうにかなるなるで、何万年も生きてこられたのですわね。このお姉様は」
 少女が、溜め息をついた。
 元々、石像であった少女だ。セレシュによって擬似生命を与えられ、自我を得て、今では即席の付喪神と言うべき状態にある。
「今回はね……私のつまらない悪戯のせいで、そのような」
『その悪戯に、まるっきり無警戒・無抵抗やったんは、うちの落ち度やで』
 ある意味、この少女を信頼していたため、とも言える。無警戒で、身を委ねてしまうほどに。
『意外と気にしぃなんやね、自分……まあ責任感じさせとくんも気の毒や。お人形体験もそろそろ飽きてきたさかい、元に戻ろか』
 セレシュは、解呪を念じた。
『ほう、これは……ふむふむ、うん。なるほどや』
「お姉様……どう、なさったの?」
 付喪神の少女が、はらはらしている。
 セレシュは答えた。
『元に戻らへん』
「は?」
『戻らんのよ。とっておきの解呪の秘文、さっきから頭ん中で唱えとるんやけどな……あかんわ、何も起こらへん』
「……どうなさる、おつもりですの?」
『うん、とりあえず褒めたるわ。うちの解呪が無効化されてまう……自分、なかなかの魔法構成やで』
「嬉しくありませんわ! 本当に、どうなさいますの!?」
『お任せや』
 セレシュは言った。
『責任、感じとるなら……自分やってみい、うちを元に戻してもらおやないの。うじうじ悩むより行動やで?』
「お任せ、と言うか丸投げですわね……」
『とりあえず、今すぐ一気に解呪まで持ってくんは無理やろ。時間かけなあかん。呪符か何かに毎日ちょっとずつ魔力を溜めていくっちゅうんは、どないや?』
「そんな悠長な……と言いたいところですけど、それが最も現実的ですわね」
 付喪神の少女が、自信なさげに頷いた。
 責任を感じている、だけではない。この少女は、やはり何か焦っている、とセレシュは思った。


 数万年、生きていても克服出来ないものがある。
 それが、この無意識という代物だ。
 無意識のうちに自分は、人形化の解除を拒んでいる。それをセレシュは、自覚してはいた。
 意思のある人形であり続けた期間が、長過ぎる。
 人形とは多くの場合、己の意思など持ってはいない。どれほど我の強い魔物や魔女であろうと、人形化すればいずれ自我を失う。
 人形が、己の意思で解呪に抗うなど、通常はまず考えられないケースなのである。
『解呪のあてが、ない……わけやないのよ』
 今はこの場にいない付喪神の少女に、セレシュは語りかけた。
 先ほどまでセレシュの蔵書を引っ張り出したりしながら色々と調べたり悩んだりしていた彼女も、今は疲れ果てて自室で眠っている。
 頑張っている、とセレシュは思った。頑張っているのなら、最後までやらせてみるべきだ。
『まあ色々やってみぃや。元に戻るの百年後でも千年後でも、うちは一向に構わんさかいな』
 真夜中である。
 鍼灸院の自宅区域。居間でセレシュは1人、鏡を見つめていた。
 見つめながら、片手を掲げる。
 人形化した五指が、カシャカシャと動く。左右全ての指に、球体関節が生じていた。
 自力で元に戻る事は出来ずとも、この程度は可能だ。
 指が動くので、服を脱ぐ事も出来る。
 服を脱いでもしかし、着衣状態ではない等身大の着せ替え人形が鏡に映るだけだ。
 生きた色香を全く感じさせない、硬い人形でしかない己の身体を、セレシュはじっと見つめた。
『……やばいわ、うち……めっちゃヤバい……』
 世の中には、生身の女では全然駄目だという男が存在する。女にもいる。
 セレシュがこれまで戦ってきた敵たちも、そういった性的倒錯者の男女が多数を占めていた。
『うち、あいつらと同じになりかけとるんかなぁ……』
 冷たく硬質で、生気の欠片もない人形の裸身。
 己のそんな姿から、セレシュは目を離す事が出来ずにいた。
 優美にくびれたまま固定された、胴の曲線。重力・慣性を一切無視して豊麗な丸みを保つ胸。
 生身では何万年かけても決して獲得する事の出来ないボディラインに、セレシュは視線が石化したかの如く見入っていた。
『うち……ほんまヤバいやん……』
 いくら美しくとも、色々と不便なのは事実である。だから指だけでなく、胴にも球体関節を入れようかと思っていたところだ。
 そんな事をしたら、しかしこの滑らかな脇腹の曲線に、不恰好な凹凸が生じてしまう。
『可動重視か、フォルム優先か……はあ。何か合体ロボのプラモとか作っとる気分や』
 今まで、どうにかなってきた。だから、これからも大丈夫。
 そんな調子で何万年か生きてきたのは、事実である。
 今回もそうだ。いずれは元に戻ってしまうだろう、とセレシュは確信している。
 生身に戻ってしまう前に、今しか出来ない事を堪能しておくべきであった。
 セレシュは、クローゼットを開いた。以前から、1度は着てみたいと思っていた服がある。
 ベアトップの、ワンピースである。
 それを胴体に巻き付け、長手袋とハイソックスを四肢に被せてゆく。
 胴体を曲げる事が出来ないので、着衣も一苦労である。それでもセレシュは結局、可動ではなく外見を優先させたのだ。
 やがて、セレシュが長年夢見ていた姿が、鏡の中に現れた。
 優美なボディラインは、裸の状態よりも、ふさわしいものを着用した時にこそ映えるもの。それを、セレシュは改めて思い知った。
 くびれた胴を、さらに綺麗に引き締める感じに巻き付いたワンピースが、豊麗な胸の膨らみをムッチリと包み込んでいる。硬質な人形の身体が、見た目には適度な柔らかさを獲得していた。
 生身のセレシュの体型では、いささか無理のある装いではある。
 すらりと露出した太股は、ワンピースの裾とハイソックスとの間で美しく引き締まり、絶対的な領域を成している。
 長手袋に包まれた細腕は、球体関節が隠されて、生身に近い優美さを醸し出していた。
『……セレブや……ほんまもんのセレブレティやでぇ……』
 感嘆の吐息をつきながらセレシュは、己の胸に手を当てた。
『下着は……諦めよっか。ベアトップやと、肩紐のあるブラとか着けられへんし』
 それよりも、やっておかなければならない事がある。
 付喪神の少女が、何やら焦っていた。
 その焦りが何であるのか、セレシュも理解出来ないわけではない。
『うちが、こんな状態の時に……敵が出たらあかんっちゅう事やろ。それはまあ、任しとき』
 セレシュはそのまま、工房へと向かった。
 これから工房で作業をしようという時に、こんな服を着てしまう。
 脳が、思考が、人形化を始めている。セレシュは、そう思わない事もなかった。


「お姉様、おはようございま……って、それ私のベアトップ……」
 わざわざ工房まで挨拶に来たところで、付喪神の少女は絶句した。
「まあ、それは良いのですけど……お姉様、元に戻りましたのね!」
 生身のセレシュ・ウィーラーが、そこにいた。
 襲いかかるように少女は近付き、セレシュの身体の柔らかさを確認した。
「ああもう、一時はどうなる事かと思いましたけど!」
『もっ戻ってへん戻ってへん、これは幻覚や。こらっ、胸ぇ揉んだらあかんやろ!』
 言いつつセレシュが、右の長手袋の上からはまっている指輪を、左手で外した。
 柔らかな胸が、ワンピースの下で、固く冷たい隆起物に戻ってしまう。
『徹夜で作った、魔法の指輪や。これ着けとくとな、幻覚的にやけど生身に戻れる。まあ当座の凌ぎにしかならへんけどな』
 言いつつセレシュが、ワンピースを捲り上げる。
 滑らかな、可愛らしい腹部が現れた。軽く叩いてみると、澄んだ音がする。
 紛れもない、人形の音である。
 少女は、へなへなと崩れ落ちた。
「元に……戻った、わけでは……ありませんのね……」
『そうガッカリするもんやないで。ほら、この指輪で体格も服もごまかせるんや』
 セレシュが指輪をはめ、魔法少女か何かのように身を翻した。
 指輪から、キラキラと光がこぼれ出す。
 その煌めきの中で、セレシュは白衣をまとっていた。いつもの白衣姿が、そこにあった、
『こんな感じや。あのワンピースは今頃ちゃんとクローゼットの中に戻っとるさかい……ちょっとしか着てへんし、洗濯せえへんでもええやろ?』
「お気楽なものですわねえ……」
『朝ごはん、作っといたで。早よ食べて学校行きや』
「学校……どころではないのですけどね、本当は」
 少女は、工房の天井を見つめた。
「私が焦っておりますのはね……何か、目覚めたような気がしているからですわ。目覚めてはならない、何かが……」


 男よりも、女の妄執の方が、私には合っている。相性が良い。
 それは私が魔女であるから、なのだろうか。
 大勢の女たちの、おぞましい活力に満ちた魂魄を、私は自分の身体に満たしてきた。
 結果、人形の数も随分と増えた。
 私の思い通りに動いてくれる、美しくも可愛らしい人形たちだ。可愛い顔で、どんな外道な事もしてくれる。
 セレシュ・ウィーラーを相手に、どれだけの戦力になってくれるのかはわからないが、使い捨ての盾くらいにはなるだろう。
「もうすぐ……もうすぐ、ですわよ。セレシュ・ウィーラー……それに私の、無様な分身体……」
 この場にいない敵たちに、私は微笑みかけていた。
「お前たちを、この世から消す……そういたしませんとね、私……ここから先、1歩も進めませんのよ。未来が、見えませんの。だから……お前たちの、未来をもらう……ッッ!」


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登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/21歳/鍼灸マッサージ師】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月01日

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