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『英雄はBARにいる 』
ユエリャン・李aa0076hero002)&ヰ鶴 文aa0626hero002

『文、いるかね? 緊急事態だ、すぐに来てくれとにかくやばい』

 ある日の夜だった。電話に出るなりヰ鶴 文(aa0626hero002)の耳に届いたのは、切羽詰まったユエリャン・李(aa0076hero002)の早口。
「……緊急事態? どういう――」
『説明は後だ。外出着で……駅前の二つ目の路地に入った赤いネオン看板のバーに今すぐ来てくれ。いいな!』
 ぶつ。つー。つー。つー。文の質問にまるで答えず、一方的に電話は切れた。
 一体、何が……文は眉根を寄せて思案する。ユエリャンは相当焦っているように思えた。緊急事態。不安が心に湧いてくる。気付けば彼は、外套を引っ掴んで夜の町へと走り出していたのである。



 ――というのが数十分前。



「おお、我輩の予想より二分一五秒早かったな。なんと、なんと、見事なものだ」
 瀟洒な懐中時計を手に、赤髪の麗人は優雅なものだった。
 そこはとある路地裏のバー。息を切らせた文がドアを勢いよく開け放ったのがつい数秒前。
「……、」
 ぜは、ぜは。いっそみっともないぐらい肩を弾ませ、呆然と瞬きも忘れたまま文はそこを見渡した。こじんまりとしているが、シックで洒落たカクテルバー。店に人は疎らで、静かにシャンソンが流れていた。
 そこに文が想像していたモノは何一つない。従魔も愚神もヴィランもおらず、ユエリャンも悠々とカクテルグラスに口を付けている。
「……」
 文は状況を悟り、天井を仰いだ。つまりからかわれたのだ。無言で踵を返す――が。
「おいおい、何も頼まず帰るのかね。折角のバーであるぞ」
 ユエリャンが呼び止める。文は睨むような眼差しで振り返る。赤髪の英雄は悪びれる様子など皆無で、「座ったらどうかね」と手招きながら言葉を続けた。
「一人で飲むのは退屈であるからな」
「……なんであんたと、酒飲まなきゃいけないわけ」
「ほう、理由かね? 一つは美味い酒が飲みたかったから。もう一つは、きみがまだ酒を飲んだことがないと漏らしていたからね」
 理由などそれで充分だろうに。グラスを置いたユエリャンが目を細める。
「それに、だ。文、きみはああ云わなければ出てこなかったろう?」
「……」
 睨んでも睨んでも涼しい顔をされるので、文は露骨な溜息を吐いた。ユエリャンのことだ。このまま帰っても酒を片手に家に上がり込んできそうである。「君だって静かな方が好きであろうに」と先んじるように言われ、文は黙り込む。カウンターの向こう側で店主が微笑ましそうに見守っている。余計に帰りにくくなった。
「……一杯だけ、だ」
 そう、息を吐くように言って。文はようやっと座席に向かったのであった。
「マスター、こちら友人の文だ」
 隣に座った文に微笑み、ユエリャンは自然な動作で店主に彼を紹介する。店主は文に一礼し、「いらっしゃいませ」と笑みを向けた。文が「なんでこいつと僕が友人なんだ」と抗議する隙はそこになかった。
「……」
 文は新居に連れてこられた猫のように、居心地悪そうに目線だけキョロキョロと周囲を見渡している。英雄である彼にとって、ここはまさに未知の空間。そして酒というものを文は元の世界では見たことすらなかった。文の酒に関する予備知識としては「第一英雄が酔っぱらっていたなんかやばい液体」である。
 アレを飲むと自分も変なことになるんじゃないか……? カラフルで洒落た瓶が並んでいるのを眺めながら、文の警戒心は高い。
「マスター、彼は飲酒が初めてでね。甘くて飲みやすいものを一つ。それからおつまみも」
 その間にユエリャンは文のカクテルを注文していた。かしこまりました、と店主の返事からまもなくして、鮮紅色のカクテルが文の前に差し出される。
「ピーチフィズでございます」
 氷が浮かぶ、透き通ったピンク色。桃の甘い香りが爽やかに香る。グラスの中では炭酸の小さな泡が踊り、薄切りのレモンが回り、震えた氷が照明にキラリとウインクをした。
「……ジュース、みたいだな」
 率直な感想である。ユエリャンが「ふふっ」と笑う。
「まあ、大人のジュースとも呼べるであろう。――ほら、」
 新しく頼んだ青いカクテルを片手に、ユエリャンが差し出す。それが何を意味するのか、流石に酒の知識がない文でも分かった。一寸だけ躊躇うものの、冷たいグラスを手に持って。

「「乾杯」」

 ちん。ガラスが触れ合う澄んだ音。
 さて……乾杯して、文はしばし、間合いを測るような眼差しで自身の手の中にあるグラスに視線を落とした。率直に言うと、美味しそうである。何分走って来たので冷たい炭酸は魅力的だ。だが酒だ。しかし飲まずに帰る訳にもいかない。そう腹を括ると、彼は一気に――
「待て待て待て」
 ――飲もうとしたところを、ユエリャンに止められる。
「……なんだ。飲もうとしていた、だろう」
「一気に飲むものではないのだ、酒というものは」
 その言葉に「なぜ」という目でピーチフィズとユエリャンを見比べる文。
「酒はな、一気に大量に飲むと物凄く酔っぱらうのだ。なのでゆっくり少しずつ、軽食と会話を楽しみながら味わうものなのだよ」
 言葉の終わりに、小さな皿に盛られたナッツが差し出される。
「……なるほど」
 文は頷くと、ようやっと、カクテルを一口。ユエリャンに言われた通り、ほんのちょっとだけだ。カランと氷が揺れて――冷たい炭酸と、爽やかな桃とレモンのスッキリとした味わいが、甘みを連れて喉から鼻へと抜けていった。
「…… !」
 目に見えて目を輝かせる文。頬杖を突いて隣で見守るユエリャンは楽しげだ。
「気に入ったようであるな」
「……悪く、ない」
 そのままちびちびとピーチフィズを飲む文。ユエリャンは彼を見守りつつ、自身のカクテル――ブルー・マルガリータをあおった。
「我輩もう結構友人になっておると思うのであるがー」
 グラスを置いて、カシューナッツを一口。甘みと塩分のベストマッチ。その言葉は誰ともなしだ。先ほど「友人だ」と口にした時の文のトゲっぽい雰囲気は覚えている。
「……」
 文から返事はない。気付けば半分以上減ったグラスを置く。まもなくして軽食が卓上に届いた。ジューシーなグリルソーセージ、シンプルなベーコンのサンドイッチ、色鮮やかなシーフードのマリネ。
「食べて良いのだぞ」
 早速フォークを手に、ソーセージを刺すユエリャン。横目に見やる文は、フォークを手にしない。それどころかあれから酒に口を付けず、ごそごそとポケットなどを探っているではないか。
「……サイフ、持って来るの、忘れた」
 俯きながら続けられた言葉に、ユエリャンはつい笑いだしそうになってしまった。可笑しいやら可愛いやら。サイフを持つのも忘れるぐらい、のっぴきならないこととして駆けつけてくれたのか。そして奢られることは全く考慮に入っていないようだ。
「きみはなんというか――真面目というか、優しい子であるなぁ。案ずるな、我輩の奢りだ」
 ユエリャンがそう言うと、文が物申すような眼を向けてくる。「いいからいいから」とユエリャンは手袋で覆った掌をヒラヒラとした。
「食事は気兼ねなく楽しくするものであろう? それに、この量は我輩一人では食べきれんのでな」
 そう言うと、文はようやっとフォークを手にしたのであった。







 時間が進み、食事の皿は空っぽに、カクテルも何杯目か。
 顔が赤くなってきた文に対し、ユエリャンは変わりない。
「英雄嫌いも悪くはないが、何がそうさせるのかは気になるところだ」
 カルーアミルクをゆっくり飲んでいる彼に、ユエリャンはコスモポリタンを味わいながら、その過去のことをやんわりと尋ねた。文はしばし黙っている。が――
「綺麗な街の景色と壊れた街、両方を覚えてる」
 珈琲色の水面を見つめ、文はぽつぽつと語り始めた。
「……外のモノが壊していった。多分僕は、生き延びたかったんだと思う。みんなで、次の瞬間も生きていたかった」
 元居た世界のこと。愚神に壊された場所のこと。かすかな記憶。辛い感情。残りわずかだったカルーアミルクを、文はくいと飲み干した。思い出と共に湧き上がる憎悪を飲み下すように。
「英雄が悪い人でないことは、わかってる。……わかってる、つもり」
 深く息を吐いた。肌が火照って、なんだか眠たい。そんな文の隣で、ユエリャンは「そうか」と優しく答えた。
「そろそろ、帰ろうか。君の相棒も心配することであろうし。家まで送るぞ」
「別に――」
「その調子だと道中で眠りそうだ」
 そう言われては反論もない。実際、文は今にも眠りそうだった。気付けば会計も終わっていて、店から出てすぐの通りで、夜風の中タクシーを待っていた。
「初めての酒はどうだったかね?」
 立ったまま舟を漕いでいる文に、ユエリャンが問うた。
「……美味しかった」
「ふ、ふ。そうか、それは何よりだ」
 最初の酒の記憶は、より楽しいものでなければならぬから。そう思っていたユエリャンにとって、文の言葉は嬉しいものだった。
「ならばまた来るかね?」
「……そう、だな。ああ、それと――」
 眠気で俯いていた文が、ふと顔を上げる。
「ユエ、今日は、世話になった……」
「! ……」
 文に名を呼ばれたのは初めてだった。ユエリャンは一瞬、目を丸くして。それから、信頼し始めてくれていることに感謝を込めて、上機嫌にこう返した。
「どういたしまして、文」
「……お金は、後で返すから」
「だから、気にし過ぎなのだよきみは。好意は素直に受け取りたまえ」
「……」
「ほらタクシー来たぞ。頑張れ文、まだ寝るんじゃあない……」

 他愛もないやり取りが、夜の喧騒に遠退いていく――。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ユエリャン・李(aa0076hero002)/?/28歳/シャドウルーカー
ヰ鶴 文(aa0626hero002)/男/20歳/カオティックブレイド
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2017年11月01日

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