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『まものフレンズ』
イアル・ミラール7523


「ねえねえヒミコちゃん、『ひとりかくれんぼ』って知ってる!?」
 SHIZUKUがいつも通り、鬱陶しいほど元気良く話しかけてくる。
 いくら無視しても邪険にしても、この少女はヒミコに対しては毎日こうだ。
「……1人で、どこか異世界にでも隠れて引きこもって出て来ない。少し前までの私みたいなものでしょ」
 鬱陶しい、と思いつつ会話に応じてしまう自分も自分だ、と影沼ヒミコは思う。
 今では自分から、こんなふうに怪奇探検クラブの部室に足を運んでしまうようになった。要するに、根負けしたという事だ。
「実際ね、いないはずの鬼に見つかって大変な事になっちゃう例もあるみたいだけど……我ら怪奇探検クラブによる調査の結果、行方不明の4割近くはコレが原因である事がわかりましたっ!」
 SHIZUKUがそう言って得意げに見せびらかしたものには、ヒミコも見覚えがあった。
 魔本、である。
 先日イアル・ミラールと一緒に入り込んだものとは違う。あれよりは、いくらか装丁の質が劣る。恐らくは中身も。
「……こんなもの、どこで手に入れたの」
「神田で、ちょっと古本屋めぐりをね」
 言いつつSHIZUKUが、その魔本をヒミコに押し付けてくる。
「怪奇探検クラブへの入部祝い。これをヒミコちゃんに差し上げます」
「……どうしろって言うのよ、こんなもので。そもそも私、入部なんて」
「イアルちゃんと一緒に、楽しめばいいのよ?」
 SHIZUKUが笑った。
「魔本なんてイアルちゃんにとっては、ちょっとしたホラー系アトラクションみたいなもんだし。思いっきり怖がって甘えてみればいいと思うなっ」
「甘える……ママに……」
 うっかり呟きながらヒミコは、押し付けられた入部祝いを受け取ってしまった。


 ラミアがいる。ハーピーがいる。バンシーにサキュバス、それにスフィンクス。
 人間の美しい女性、の要素を外見的に有する魔物たちが、迷宮内に満ち溢れていた。
「こっ、これは……この魔本は……」
 這いずり、羽ばたき、追いかけて来るラミアやハーピーの群れから、イアルは懸命に逃げ回っていた。
「粗悪な同人系の魔本……その割に長い年月、朽ち果てる事なくこの世に在り続けて……暴走? している……SHIZUKUったら、とんでもないもの掴まされて、それをしかもヒミコにプレゼントするなんて……!」
 魔物たちにさらわれ、迷宮の奥で勇者の助けを待つ姫君。それが、この魔本におけるイアルの役割であった。
 魔物たちが、しかし姫君を拉致しただけでは飽き足らず、さらなる狼藉に及ぼうとしている。
 はっ、とイアルは立ち止まった。
 優美な姿が1つ、前方に佇んでいる。ゆらりと、立ち塞がっている。
 息を呑むほど美しい女性。長い髪が、風のない迷宮の中で妖しく揺らめいている。
 髪、ではない。頭から生え伸びた、無数の毒蛇。
 メデューサである。
 この種族は、かつて戦ったもののような醜悪な個体が大半を占めており、これほど美しいものは伝説に等しい存在であった。
 まさしく魔本の中にしかいないような美しいメデューサが、涼やかな瞳でイアルを見つめる。肌も露わな姫君の全身に、ねっとりと眼差しを絡めてくる。
 絡みつく視線から逃れるべく身悶えをしながら、イアルは石像と化していた。
 ある一部分だけを除いて、である。
 その唯一の生身部分に、ラミアが、ハーピーが、しゃぶりついてくる。
 それらを押しのけ、スフィンクスが食らいついてくる。
 激痛と紙一重の快感が、イアルを襲った。
 石化した体内で、おぞましいほど猛々しい生命の奔流が荒れ狂い、その生身部分からドッピュドッピュと噴出する。そして、美しい娘の姿をした魔物たちにぶちまけられる。
 生命も、魂魄も、イアルは噴射し尽くしていた。


「メデューサはですね、基本的には砂漠の、砂とか石ばっかりの地域に過ごしていまして。あの人たち石化能力が高いので、住んでる所が自然にそうなっちゃうんですね。にょろにょろでボリューミィな頭がメデューサらしいところ……生命力ぅ、ですかね?。首なんかスパッと斬られても結構長い間生きていられる魔物でして、って何なのこれは。何で私が、こんな長台詞」
『しょうがないでしょ。ヒミコちゃん、そういう役なんだから』
 魔本の外から、SHIZUKUがそんな言葉をかけてくる。
 どうやら『魔物図鑑』のような魔本であった、ようである。
 ナビゲーター役の女騎士が、主人公の出会う様々な魔物たちに関して色々と解説を行う。そういう趣向だ。
 主人公とはすなわち、魔物たちにさらわれた姫君を助けるため魔本に飛び込む読者だ。
 影沼ヒミコの役割は、解説役の女騎士……そのはずであったが、もともと粗悪品であった同人魔本が今や凄まじい経年劣化を引き起こし、色々と狂いが生じている。
 解説など、している場合ではなかった。
『そういうわけで、しんせいとがくえんのかげぬまおねえさん! イアルちゃんを助けてね』
「まったく……貴女のやる事にのせられがちな、私も私だけどッ!」
 ヒミコは踏み込んで行った。
 メデューサやハーピー、スフィンクス、バンシー……といった、元から人間の女性に近い姿形をした魔物たち、だけではなかった。
 ゴブリン、オーク、トロール。バジリスクにグリフォン、ミノタウルス、悪魔族そしてドラゴン。様々な怪物たちが、何故か美しい少女の姿になって群れを成し、そしてイアル・ミラールを取り囲んでいる。
 石像と化した、イアルをだ。
 悲鳴を上げ、口を開いたまま石化したイアルは、その口の中まで苔生し、生臭さを発している。
 その悪臭が、美少女の姿をしたこの魔物たちには、たまらぬ芳香であるようだ。群れを成したまま、イアルの傍から離れようとしない。
「貴女たちに……ママは、渡さないッ!」
 ヒミコは盾と剣を放り捨て、魔物たちを押しのけて石像に駆け寄った。
 石像の唯一、生身の部分を、そっと握り込んでみる。弄ってみる。
 何も、反応はなかった。ヒミコの手の中で、それは萎んだ果実のように弱々しく縮んでいる。
 美少女の姿をした、この魔物たちに、生命も魂魄も奪われ尽くしたのだ。
「それなら、奪い返すまで……」
 真っ先に襲いかかって来た3つ頭の美少女キマイラを、ヒミコは捕えて押し倒した。
「貴女たちが、ママから搾り取って奪ったもの……私が、搾り出して取り返す!」


 SHIZUKUが、ぐるぐる巻きに縛り上げられている。
「ゆ……許してよう、イアルちゃぁん……」
「貴女ね……魔本なんか面白がって買って、しかも人にあげたりしちゃあ駄目でしょう?」
 苦笑しつつイアルは、縄の一端をクイッと引っ張った。
 SHIZUKUの身体の、様々な部分に縄が食い込んでゆく。
 悲鳴を上げ、芋虫のように身悶えをするSHIZUKUを見下ろし、イアルは溜め息をついた。
「貴女のその考え無しなところ私、嫌いじゃないけど……まったく。で、後はその魔本をどう処分するか」
「……ごめんねママ。処分は、しないで欲しいの」
 部屋の隅で、ヒミコが疲れ果てている。
 あの魔物の少女たち全員から、イアルが奪われたものを搾り尽くしてくれたのだ。
「私、何と言うか……この子たちに、情が湧いちゃったみたい……ほら、貴女もとりあえず魔本の中へ帰りなさい。また遊びに行ってあげるから」
 ゴブリンの少女が1匹、すりすりとヒミコに懐いている。
 魔本を手にしたまま、イアルはもう1度、溜め息をついた。
「まあ粗悪品の同人魔本だし、それほど害はなさそうね。ただメンテナンスはした方がいいかも……貴女の頭も、ちょっとメンテナンスするべきかしら? ねえSHIZUKU」
「あ、頭のメンテって……あたしイアルちゃんに一体どんなコトされちゃうのおぉ……」
 嬉しそうな悲鳴を上げながら、SHIZUKUはのたのたと芋虫の動きをし続けた。


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA004/SHIZUKU/女/17歳/女子高生兼オカルト系アイドル】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月02日

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