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『邂逅、時を越えて』
イアル・ミラール7523


 あまり偉そうな事は言えない、とイアル・ミラールは思う。
 かつて鏡幻龍の王国において、王侯貴族の間で魔本が大流行した。貴人の嗜み、とまで言われたものだ。
 貴人の嗜みに、第1王女イアル・ミラールも耽溺した。王族としての公務がいささか疎かになってしまうほどにだ。
 著名な大魔道師・大賢者の手による売れ筋の魔本は一通り試したが、そういったものはあまり記憶にも印象にも残っていない。
 今も忘れられない魔本作家が、1人いる。
 当時は無名であった女賢者で、売る気がないとしか思えないような魔本を世に出し続けていたが、いつしか表舞台からは消え去っていた。
 無名とイアルは思っていたが、実は一部の人々からは熱狂的に支持されていたらしく、その後も日の当らぬ場所で細々と、だがしぶとく、同人系の魔本を作り続けていたようだ。
 やがて魔本は表社会で禁じられ、闇社会で1つの市場を形成してゆく事となる。魔女結社の、収入源の1つでもあったようだ。
 闇に出回った、あまり質の良くない同人魔本の1冊を、イアルの友人である少女が先日、神田の古書店で掴まされた。
 その少女から書店名を聞き出し、書店の店主からは入手経路を聞き出してイアルは今、とある店舗の戸口に立っている。
 魔本だけでなく、様々な曰く付きの古物を扱っている店、であるらしい。
 廃屋と見紛うばかりの、古びた粗末な建物だった。看板がなければ、誰も店とは思わないだろう。
 その看板に記されているのは、日本語ではなかった。中国語やハングルでもない。英語でも、独語や仏語でもない。
 地球上には、すでに存在しない言語であった。
 失われた言語を解読出来るような客だけを、相手にしている店。
 イアルは、入って行った。
「ごめん下さい……冷やかしを、させてもらうわよ」
 狭い店舗であるだけに、清掃は行き届いているようだ。
 が、そんなものでは拭い取る事の出来ない、瘴気にも似た胡散臭さが渦巻いている。渦を巻く音が、聞こえてきそうなほどにだ。
 魔本が並んでいる。絵画も飾られている。何が入っているのかわからない壺や瓶、何だかよくわからないものが閉じ込められた水晶球、大小様々な石像、タロットの同類と思われる怪しげなカード。
 衣類も架けられていた。ほとんどが女物で、メイド服だのセーラー服だの水着鎧だのといったものばかりである。
 その中に1着、イアルがつい触れずにはいられなくなってしまうようなものがあった。
 ビキニ系の水着……いや、ダンサーの衣装であろうか。胸を覆い、腰に巻きつけ、それ以外の部分を露出させて引き立てる。人様に見せられる体型の女性にしか着用が許されないコスチュームだ、とイアルは思う。
 自分はどうか、ともつい思ってしまう。あの鏡幻龍の甲冑と、露出度そのものは大差ないが。
「お気に召したかの? 着てみてもらっても構わんぞい。ちなみに試着室はないのじゃ、わしの目の前で生着替えじゃああ」
 下の方から、声が聞こえた。女の子の声だ。
 同時に、何やらおかしな感触が下半身にまとわりついて来る。
 小さな、愛らしい手が、イアルの尻を撫で回していた。
「なな何なら手伝うぞい。こっこの、たまらん尻にのう。その伝説の踊り衣装を巻きつけて進ぜようぞグフフフフああん本当に良い尻じゃ。あやつを思い出すわい、あっ何をする」
 その女の子を、イアルはつまみ上げていた。
「……あなた女の子で良かったわね。男だったら、この手を切り落としているところよ」
「そ、その物騒な物言い。本当に、あやつにそっくりじゃのう」
 まるで小動物のようにつまみ上げられているのは、10歳にもならぬ、ように見える幼い女の子である。ゴスロリ系と思われる白い服が、まあ似合ってはいる。
 その一見、可愛らしい顔を見据え、イアルは言った。
「悪戯も程々にしないと、親御さんに言いつけるわよ。お家はどこ? 駄目よ。子供がこんな所にいて、こんな事をしていては」
「こんな所で悪かったのう。お家はここじゃ。わしとて今や一国一城の主なんじゃぞ」
 ひょいと床に着地しながら、女の子が小さな両腕を広げて得意げに店内を指し示す。
「なかなかの品揃えであろうが? これらの価値、そなたなら理解できるはずじゃぞ。鏡幻龍の姫巫女よ」
「そうね。このお店に、まがい物は1つもないわ。全て本物の……呪いの、品物」
 イアルは身を屈め、女の子と目の高さを合わせ、見据えた。小さな女の子でなければ、胸ぐらを掴んでいるところかも知れない。
「……貴女どうして、私の事を知っているの」
「天にも舞い上がる気持ちになったものよ。じゃって姫巫女様がのう、わしの魔本を読んでくれとったんじゃよ? そなた、わしにファンレターくれた事もあったではないか。内容が独り善がりではないかと思われます、もう少し大勢の人に読ませる事を意識してみてはいかがでしょうか……なんてのう」
 そんな手紙を、確かに書いた事はある。
「わしものう、もう少し大衆向けのものを書きたかったんじゃよ。けど駄目なんじゃ。筆が走ると、どうしてものう」
「…………貴女、なの……?」
 顔を見た事のある者はいない、と言われる魔本作家であった。女性の賢者である、という噂だけが、鏡幻龍の王国では囁かれていたものだ。
 その女賢者の著作物である魔本の題名を、イアルは口にした。
「ああ、それはわしの、かの王国における実質的なデビュー作じゃな。ただイケメンの勇者がお姫様とよろしくやるだけでは芸がないでのう、そのお姫様に触手を生やして実質ラスボスにしてみたんじゃ。で最後は、勇者がお姫様の触手に掘」
「貴女ね、あんなもの売れるわけがないでしょう。私あの魔本では『勇者様に思いを寄せる女騎士』の役だったけど、そんな最後の場面を見せつけられて一体どんな気分になったと思っているの」
「いやあ、読者にトラウマ植え付けるのが物書きの1つの生き甲斐みたいなもんでのう」
「だから独り善がりの売れない魔本作家で終わってしまうのよ貴女は!」
 イアルは怒鳴り、そして溜め息をついた。
「……本当に、貴女なのね。あれと似た感じの魔本を、私の友達が掴まされてきたのよ」
「ああ、アレは失敗作じゃ。魔物の萌え擬人化なんぞとゆう、誰でも思いつくような事をつい売れ狙いでのう」
「狙っても売れないのよね、相変わらず」
 かつて手紙を出した事もある魔本作家との、初めての会話であった。
「貴女……まさか私のように、あの時代から生き続けているとでも」
「何回か転生はしたぞい。この時代に行き着くまで、少しばかり寄り道はしたがのう」
 幼い少女の姿をした女賢者が、どこか遠くを見つめた。
「様々な世界、様々な時代に、生まれ変わってみたものじゃ……結局あやつには、会えなんだがの」
「……人探しのために、転生を繰り返していると?」
「その衣装の、本来の持ち主じゃ」
 イアルが思わず手に取ったもの……鏡幻龍の甲冑と露出度は大して違わない、踊り子の衣装と思われるものを見て、女賢者は言った。
「それは伝説の『傾国の踊り子の衣装』なんじゃよ。そなたが手に取ったのも何かの縁、着てみてはどうじゃ」
 着るわけがないでしょう、こんなもの。
 そう言い放つ事も出来ぬままイアルは、手に取ったものを、じっと見つめていた。
 これを身にまとい、楽の音に合わせて躍動する踊り子の姿が、脳裏に浮かぶ。
 その踊り子が、何かを語りかけてくる。そんな気がしたが、聞こえない。何を言っているのか、わからない。
 踊り子と会話をするためには、これを着てみるしかない。
 気がつけばイアルは、着替えを終えていた。
 豊麗に出っ張った胸と尻を『傾国の踊り子の衣装』に閉じ込め、その間で綺麗に引き締まりくびれた胴を晒し、左右の太股をムッチリと暴れ出させていた。
 そして、その姿のまま、イアルは石像と化していた。
 例によって、一部分だけが生身のままだ。
 おぞましく膨張したその部分に、女賢者の可愛らしい手が触れてくる。
「良いモノを持っておるのう、姫巫女よ……ふふ、創作意欲が脳内麻薬のように湧いてきよる。ああん、脳みそ蕩けそうじゃああ」
 幼い五指が、妄言に合わせて嫌らしく蠢き続ける。
 冷たく石化したイアルの体内で、熱い快感の波が暴れうねる。石像となった肉体が、砕け散ってしまいそうなほどにだ。
「わしの馬鹿……あの頃、どうしてコレを思いつかなかったんじゃ。こうしておれば、あやつをのう……もっと、こんなふうに悦ばせてやれたものをのう……」
 暴れうねるものをドピュドピュと噴射しながら、イアルは呆然と理解していた。あの踊り子が、何を言っていたのかを。
 それを着ては駄目。彼女は、そう叫んでいたのだ。

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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月06日

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