▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『巣立ち』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192


 夏の暑さが、なかなか引かない。


 二〇一七年、八月。
 留年することを年中行事の一つとしていた砂原・ジェンティアン・竜胆にも、ついぞ『卒業』という文字が進路に刻まれようとしている。
(夢……かぁ)
 まだ、どこかふわふわしている。
 マンションの自室からキラキラとした夜景を眺めて、竜胆は胸の中で呟いた。
 幸せを願う存在ならば、居る。
 愛とか恋よりも、ずっとずっと深い場所で、大切に思う彼女。
 それも今は、信頼をもって託せる相手が見つかって――それで『願い』は叶ったはずだった。
(まさか『僕』に、ね) 
 たぶん、生まれて初めての感情。自分に対する願い。叶えたい希望。
 そんなものを抱く日が来るなんて思わなかった。でも、来てしまった。

 ――楽園とは『何処か』ではなく『誰といるか』だと思うから。

 共に在りたい『誰か』たちに出会った。
 心を決めて、相手に伝えた。受け止めて、貰えた。
 『その時』が来たら、竜胆は世界を離れる。いつ戻れるかもわからない。けれど、悔いはない。
「あっつい」
 空調の効いた部屋で、そんなわけはないはずなのだけど。
 きっと、心が高揚していて落ちつかないのだ。




 神戸大学へ通う砂原・アビーリア・空木には、2つ年上の兄がいる。
 黒い髪で日本人的な顔立ち・英国人である母の遺伝子といえば緑の瞳くらいの空木に対し、金髪に緑と青紫のオッドアイの兄は、どこまでも派手で自由だ。
 『フリーダムに生きたい』などと宣言し、久遠ヶ原学園へ行ってしまってどれくらい経つだろうか。
 止めて話を聞く兄でなし、彼が彼らしくのびのびとしてくれているのならそれでいい。
(兄貴は、今年も留年するんだろうか)
 9月に入学・進級を迎えるあの学園では、そろそろそんな話題が出ているはず。
 便りが無いのは良い便り、ともいう。
 ちなみに永遠の大学部3年の兄を越えて空木は経営学部4年となり、着々と父の会社の後継者としての道を進んでいる。
「そろそろ明日の準備をするか」
 何とはなしに見上げていた夜空へカーテンという幕を引き、空木は寝室へ向かおうとし……

 テーブルの上に置いていたスマートフォンが鳴動する。
 兄からだ。

「で、今度は何処に行くんだ?」
『えっ。なんのことかな〜〜』
 誰何するでもなく開口一番に出てやれば、聞き慣れた声が反射的にスットボケてみせた。
「兄貴が俺に電話してくるの、いつも何処か行く時だって気づいてないのか?」
 久遠ヶ原へ行く時もそうだっただろう。
『あー……ははは』
 見透かされちゃってるね。
 お調子者の兄は、苦笑いしているのだろう。表情が目に浮かぶ。
「で?」
 解かっているから。大丈夫だから。
 ソファへ深く腰掛けて、空木は兄の言葉を待った。




 自分とは正反対で、真面目で堅実。物静か。
 そんな弟・空木は、竜胆にとって程よい距離を保ってくれる大切な理解者の一人だった。
『で?』
 促す声も落ち着いたもの。
 でも、さすがに今回は驚いちゃうんじゃない?

「……僕は今年、学園を卒業するよ。冥魔空挺団に入団が決まったんだ」

『………めいま』
 案の定、空木は二の句を継げないでいる。
「たぶん、数年後には地球を離れると思う。いつ帰って来るかはわからない。空木には伝えておきたかった」
 寿命をまっとうしたなら……あるいは何処かで命を落としたのなら、それからはヴァニタスとなって……とまでは、さすがに今は言えない。
 冥魔空挺団に関する情報は、世間一般でも報道されている。
 多少の規制はあるだろうけれど、人類の協力者として世界を守るために必要な存在だったとして知られているはずだ。
 だからといって、生粋の人間である竜胆が所属を申し出たこと、それが認められたことを、空木はどう感じるだろう。
 長い長い長い沈黙のあと、笑いを含んだ空木の声が竜胆の耳へ届いた。
『兄貴らしいと言うか……まあ、親父も諦めてるだろうしな』
「……やっぱそうだよね」
『兄貴が考えてる意味じゃない』
 父に、諦められている。
 それは竜胆も自覚していた。だから弟を後継者と決めて、お陰で自分は好きに生きていられる。
 けれど……音にすると、少しだけ重い。
 竜胆が自嘲気味に返すと、すぐに空木が否定の言葉を投じた。
『父さんは言ってたよ、”私の子だから仕方ない”って』
「どういうこと?」
 諦める。仕方ない。どちらもマイナスの意味を持つ単語だが、どうやら含まれる意図は違うらしい。
『酔った時に話してくれた。”会社を継がなければ自分は冒険家になり、世界を旅したかった”ってね』
「何それ知らない」
『兄貴、親父と飲まないだろ』
「だって、お酒そんなに強くないし」
 飲むこと自体は好きだけれど。
 今だって……飲んでいないのに、頬が熱い。
『兄貴の”世界”は、父さんを超えるスケールだな。今度、兄貴の口から聞かせてやりなよ。父さんからも、色んな話を聞けばいい』
「……うん。ありがとう、アビ。愛してるよ♪」
『そういうのいらないから、ホント』
 呆れ声、その後に笑い声。
 電話越しの近況報告に、胸が暖まる。
『面白いことがあったら、また声を聞かせてよ』
「うん。空木も無理して体壊さないでね。真面目な子だから、お兄ちゃん心配だよ」
『お陰様で、お手本にさせてもらってるよ』
「!? それはそれで、心配だよ!?」
『どっちだよ』
 そういえば、空木が大学を決めた理由は『家から近かった』だったか。
 その辺りは、竜胆によく似ていると思うし竜胆を見て育ったともいえる。
「……わかった、うん、それじゃあ。また連絡するよ」


 離れていても、家族で、兄弟で。そのことが、変わることはない。
 将来、互いの立場が変わっても、それは、ずっと。

 


(それにしても、父さんが……。意外だったな)
 火照る頬を両手で挟みながら、竜胆は会話を思い返していた。
(冒険家、か……)
 そんなこと、感じさせるそぶりはなかった。竜胆が避けていたからだろうか。
 父は、竜胆を放置していたわけじゃない。口出ししなかっただけ。おそらく、見守ってくれていた。
 『立場』に縛られた己の影を、竜胆へ背負わせたくなかった親心……なのだろうか。
 その真相は、どうやら竜胆自身が父へ訊ねるしかないらしい。
「里帰りかぁーーー。いや、別に帰る必要はないのか。いやでも」
 竜胆にとって、実家は苦手な場所だった。
 けれど、その印象も変わるかもしれない。
 電話ではなく、メールでもなく、かつて冒険家を夢見ていたという父の目を見て話をしたのなら。
 父と、母の面影の濃い竜胆とは似ても似つかない容姿だけれど、別のところで血のつながりを感じられるのだろうか。


 いつでも帰れる『家』が、遠く遠くなる前に。
 久遠ヶ原学園を卒業するのと同様に、幼い頃の自分から卒業するために。
 子どもは大人になり、巣立ちをし、新たなる安寧の場所を仲間たちと見つけたのだと……伝えるために。




【巣立ち 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【 jb7192 /砂原・ジェンティアン・竜胆/ 男 / 24歳 / 兄 】
【ゲストNPC / 砂原・アビーリア・空木 / 男 / 22歳 / 弟 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
旅立ちの前、ご兄弟のほんわかエピソードをお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
シングルノベル この商品を注文する
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年11月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.