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『彼女は知らない(1) 』
水嶋・琴美8036

「全く、隙だらけ……ですわね」
 言葉と共に、その唇からは吐息かこぼれた。長い黒髪が風に揺れ、彼女の頬を悪戯に撫でる。半袖の着物を身にまとった少女、水嶋・琴美は木の上から眼下の様子を伺っていた。
 夜の闇の中を蠢いているものも、また闇だ。悪しき闇。琴美の眼下では、悪魔と契約し罪なき人々を連日襲っている組織の者達が、今宵も獲物を求めてさ迷っていた。
 数は十人と少し。対して、こちらは琴美一人だけだ。だというのに、少女の整った横顔に焦りの色はなかった。琴美にとってこの程度の数など、大した脅威ではないのである。
 人を襲う事を心の底から楽しんでいる様子の彼らは、琴美がすでに彼らの組織の拠点を壊滅させているという事実をまだ知らない。それどころか、悪魔が琴美に倒されたために契約が切れ、自分達がすでに魔の力を失っている事にすら未だ気付いていない様子だ。
「さて、覚悟なさい、お間抜けさん達。お仕置きの時間ですわよ」
 跳躍。夜の空を女が舞う。長く伸びた艶やかなロングヘアーが揺れ、琴美は彼らの目の前へと華麗に着地する。
 突然降り立った女――それも、とびきりの美女に、男達は驚き目を丸くしたものの、次の瞬間には下卑た笑みを浮かべ彼女の姿を舐めるように見始めた。
 まるで獲物の品定めをするような、無遠慮な視線が琴美のしなやかな肢体を撫でる。「上物だぜ」「最高の獲物だ」と品のない声で彼らは口々に呟いた。
(哀れな人達。今日狩られるのが、自分達のほうだとも知らずに)
 不意に、笑い声が一つ減った。見れば、いつの間にか男の内の一人が地面へと倒れ伏している。――真っ赤な、鮮血の花を咲かせた姿で。
 突然の出来事に、男達は事態を把握する事が出来ず中途半端な笑みを浮かべたまましばし固まっていた。その間に、また一人。彼らの仲間が悲鳴をあげる間すらなく倒れる。
 琴美が一瞬の内に相手との距離を詰め、目にも留まらぬ速さでクナイを振るったのである。自衛隊特務統合機動課という特殊部隊に身を置く彼女は、代々忍者の血を引き継いだ家系の生まれのクノイチだ。彼女の速さについてこれるものは、この場所には一人もいない。
 忍者とは忍ぶ者と書く。姿を見せず、敵を屠る者。
 しかし、琴美は敵の前へとその美しい素顔を惜しげもなく晒していた。隠す意味がそもそもないのである。今宵琴美の姿を見た者で、生きて帰れる者など一人もいないのだから。
 悪しき組織の者達はようやく戸惑い、怯え始める。一人、また一人と倒されていく仲間を助けようともせずに逃げ出そうとした者は、退路へと突き刺さったクナイに悲鳴をあげた。
「み、見逃してくれ! 頼むっ! わ、悪かった! 今までの事は全て謝るっ!」
 命乞いをしながらも、震える足でなお逃げ出そうとしている男。しかし、謝ったところでもう遅い。罪なき人々を殺めてきたその咎は、その命をもっても償いきれぬものだ。
「恨むなら、悪に手を染めた己を恨む事ですわ」
 琴美のクナイが宙を走る。しかし、その軌跡を目で追う事は叶わない。風よりも速く振り切られたその切っ先は男の首を欠き切り、彼の命を刈り取った。

 ◆

「これで終わり……準備運動にもなりませんでしたわね」
 倒れた男達を見下ろしながら、琴美は呆れた様子で肩をすくめてみせる。
「さすが先輩、今日も完璧な仕事でしたねっ」
 琴美の元へと駆け寄り、そう声をかけてきたのは最近部隊に入ってきたばかりの新入りの少女だ。同じ女であっても、琴美の美しさには思わず見惚れてしまうのだろう。先程から、その憧れを隠さぬ視線は琴美の姿をとらえて離さない。
「私は司令に報告するために拠点に戻りますわ。後の処理はお願い出来まして?」
「はい!」
 元気の良い返事に笑みを返してから、琴美は拠点へと戻るため夜の街を駆け始める。
「……あら?」
 しばらくして、耳に届いたのは泣き声だ。こんな夜遅くに響くには違和感を覚える、幼い少女の声。
 急いで声のする方へと向かうと、泣きながら何かを探す小さな影がそこにはあった。
「どういたしまして?」
 声をかけられた少女は最初は俯いて泣いてばかりいたが、琴美の優しく語りかけてくる声に恐る恐る顔をあげた瞬間「わ、おひめさまみたい」と小さく呟いた。
 子供はすっかりお姫様みたいに綺麗なお姉さんである琴美の事を気に入ったらしく、嗚咽まじりだが一生懸命事情を話し始める。どうやら、飼っていたペットの猫がいなくなってしまったので探していたらしい。事情を把握した琴美は、どこか悲痛そうに一瞬だけ眉根を寄せたが、すぐに相手を安心させるための優しい笑みを浮かべると言葉を紡いだ。
「そう。それは心配ですわね。でも、夜も遅いですし危ないですわ。あなたに何かあったら、きっとその子だって悲しみますわよ」
 なんとか少女をなだめ家まで送り届けた琴美は、記憶の中からとある事件の情報を引っ張り出す。いなくなってしまったペット。恐らく、最近この街で起こっている失踪事件に巻き込まれたに違いなかった。
(相次ぐ人や動物の失踪事件……実際に被害にあった子の家族が泣いているところを見ると、胸が痛みますわね。早く解決してさしあげたいですわ)
 特務統合機動課の主な仕事は暗殺と、情報収集。調査の結果、その失踪事件を起こしている組織の情報はすでにある程度は入手している。
 しかし、たびたび拠点を変えているのか、その所在地については今一歩情報が足りていない状態だ。
(急いては事を仕損じますわ。タイミングが重要ですわね)
 下手に動くと、相手を刺激し余計な犠牲を生んでしまう可能性もある。歯がゆい話だが、今の琴美に出来るのはくるべき戦いに備え時を待つ事、そして他の事件を解決し一人でも多くの悪を打ち倒す事のみだろう。
(その分、きたるべき戦いの時は全力を出させていただきますわ。せいぜい、私を楽しませてくださいませ)
 琴美の口元が美しい弧を描く。必ず勝利してみせると胸に誓う琴美の横顔は自信に満ちあふれていて、よりいっそう彼女を魅力的に見せるのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8036/水嶋・琴美/女/19/自衛隊 特務統合機動課】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございます。ライターのしまだです。
この度も琴美さんの活躍を執筆する機会をいただけ光栄です。
彼女の活躍は二話へと続きます。引き続き、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月07日

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