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『支配の証』
イアル・ミラール7523


「ただいま……」
 影沼ヒミコが、魔本の中から帰って来た。
 リビングでくつろぎながら、イアル・ミラールはとりあえず声をかけた。
「お帰りなさいヒミコ……その子は、お土産?」
「あっ、また……」
 小さなウィルオーウィスプの少女が、幽霊に付属する人魂の如くヒミコにまとわりついている。
「駄目よ、貴女たちは魔本の中でしか生きていけないのだから……誰もいない街でしか生きられなかった、私のようにね」
 自分1人が唯一神として振る舞える空間でしか生きられなかった少女が、こうして外の世界へ出て、他者を気遣うような言動を見せている。
 成長したのだろうか、とイアルは思った。自分は『母親』として喜ぶべきなのか、とも。
 ウィルオーウィスプの少女がヒミコの説得に応じ、悲しそうに名残惜しそうに、魔本の中へと帰って行く。
 手を振って見送るヒミコの表情も、どこか寂しげだ。
 イアルは笑いかけた。
「すっかり懐かれたのね」
「私も、あの子たちと一緒にいると時間を忘れてしまう時があるけれど……」
 言いつつヒミコが、今まで自分がされていたように、イアルにまとわりつき甘えてくる。
「今日はもうおしまい。ママと一緒にいる時間はね、あの子たちにも邪魔されたくないの」
「この子は、もう……」
 苦笑しつつイアルは、ヒミコを振りほどく事が出来ない。
 思い出してしまう。
 誰もいない街において自分は、この少女に仕えるメイドであった。
 ヒミコはイアルにとって、女主人であり、女王であった。
 それが今やヒミコの方が、
「私、ママが大好き……ママのためなら、何でもするんだから」
 命をよこせ、とイアルが命令すれば躊躇いなく死んでしまいそうである。
(ママと呼ばれるのは、まあいいわ。でもね……)
 ヒミコの頭を撫でながらイアルは、言葉を口に出す事は出来なかった。
(貴女の命なんて……忠誠なんて、欲しくはない。私は貴女を、支配したいわけではないのよヒミコ……)


「おおう、来てくれたんじゃのうイアル・ミラール」
 店内に踏み入るや否や、店主である女賢者が仔犬のように駆け寄って来た。
「もう二度と来ない、なぁんて言っとったクセに。身体は正直じゃのうグヘへへへ」
「その口を縫い合わされたくなかったら、とりあえず黙って私の話を聞きなさい」
 いくらか冷え込む日なので、イアルはロングコートを着て来た。
 それを、ふわりと脱ぎ捨てる。
 女賢者の両目が、キラキラと輝いた。一見、無邪気な子供の眼差しである。
「ふおおおおお……着てくれたんじゃのう、それ。気に入ってくれたんじゃのう」
「貴女を少しは喜ばせた方が、私の質問に答えやすくなると思っただけよ。勘違いをしないで」
 どうやら伝説であるらしい、傾国の踊り子の衣装。
 好き勝手な事をした謝礼あるいは謝罪の印として譲り受けたそれを、イアルは着用していた。
「まあまあ、座るが良い。お茶も飲むと良い」
 女賢者が来客用のパイプ椅子を開き、紅茶を淹れてくれた。
「質問とは何かのう。わしに何を訊きたい? ちなみにスリーサイズは秘密じゃ。その気になれば、おぬし並みにもなれるぞい」
「貴女、私の事をどれだけ知っているの」
 戯言を無視して、イアルは訊いた。
「私の事をどの程度まで、勝手に調べ上げてあるの? 怒らないから正直にお言いなさい」
「いろいろ知っておるとも。何しろ『裸足の王女』は有名じゃからのう……古来、様々な皇帝・暴君どもが、征服と支配の証として手に入れたがった生ける秘宝。それがそなたじゃイアル・ミラール。どいつもこいつも、おぬしを所有物として支配しながら、いつしか逆に支配されてしまう。そなたはのう、帝王どもを夢中にさせ、耽溺させ、いつしか跪かせずにはおかぬ存在なのじゃよ」
「……1人の女性に、同じ事を言われたわ」
 イアルは静かに、紅茶を啜った。香りも味も、まあ悪くはない。
「ある巨大な組織を、盟主として統轄する女性よ。これまで私を所有してきた王たちの、誰よりも強大な存在……そんな彼女でさえ、そんな事を言う」
「ふふん、誰の事かは大体わかるのじゃ。あやつも色々、難儀な性癖を持っておるからのう」
「知り合いだったのね。貴女たちが仲違いをして、ひっそり殺し合って相討ちにでもなってくれれば面倒がないのだけど」
 イアルは紅茶を飲み干し、溜め息をついた。
「それはともかく。今ね、私と同居している女の子がいるのよ。私に……何と言うか少し、過度な依存をし始めている感じがあるの」
「男じゃったらキモいのう、殺してしまえば良い。可愛いおなごであるなら依存させておけば良かろ? 思いっきり頼られて甘えられるついでに、あんな事こんな事しまくれば良いではないか」
「……私、あの子を支配なんてしたくない」
「おぬしの宿命じゃよイアル・ミラール。これはのう、わしの力をもってしても変える事は出来ん」
 女賢者の口調が、重みを増した。
「そなた自身でも無理じゃ。そこいらじゅうで運命だの宿命だのと言われておるものはな、容易くはないにせよ本人さえその気になれば変えられる。そして変えられるようなものを宿命とは言わん。本来はの」
「貴女……」
「本当の宿命は、たとえ神の力でも変えられはせん。そなたに出来る事は、ただ1つ」
「貴女……あなた……は……」
「その少女に、きちんと愛情を注ぐ……それだけじゃ。それさえ出来ておれば問題あるまいて、のう?」
「貴女……この紅茶に一体、何を……入れた……の……」
「我ら『賢者同盟』特製の調合ハーブじゃよ! そなたの内に眠っておるものを、良い感じに起こしてくれるのじゃ」
 イアルは椅子から滑り落ち、床に倒れ伏し、そのまま四つん這いになっていた。
「ぐぅっ……ぐるるる、がぁうるるるる……」
 貴女、許さないわよ。
 そう言ったつもりだが、獣の唸りにしかならなかった。
「愛情じゃよ、愛情。こんなふうにのう」
 イアルの下半身で、まるで尻尾の代わりのように膨張したものを、女賢者の愛らしい手が容赦なく弄り嬲る。
「途中経過がどうあれ、愛さえあれば最後は万事オッケーなんじゃよおおおお」
 世迷言に、合わせてだ。
 おぞましい快楽が荒れ狂い、イアルを牝獣へと変えていった。
 獣欲によって駆逐されつつある意識の中に、女賢者の囁き声が溶け込んでくる。
「最後はの、それしかないんじゃよ。愛、友情、信頼、絆……それ系の、言葉にした瞬間に陳腐なものと成り果ててしまう何かがのう。最後は結局、人を救う力となる……あやつも、そうじゃった」


ORDERMADECOM EVENT DATA

登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/20歳/裸足の王女】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月07日

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