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『彼女は知らない(5) 』
水嶋・琴美8036

 琴美では自分に勝てないと、黒幕の少女はそう言い切り笑い続ける。何かを企んでる様子の少女を前にしても、琴美は冷静さを欠く事はなく毅然とした様子だ。
「あら? どうしてでして?」
 余裕の笑みを浮かべ、そう問いかける琴美。どこか挑発的なその笑顔は、敵である黒幕の少女すらも魅了し黒幕の心を悪戯にくすぐる。一瞬見惚れそうになった少女は、その思いを隠すように「ふんっ」と一度不機嫌そうに鼻で笑った。
「確かにアンタは人にしては強い。でも、アンタの事は常に観察し続けてたわ! アンタの戦闘時の動きは全て把握した。だから確信してるわ! アンタ程度の腕じゃ、アタシには敵わない!」
 叫びと共に、異形はその本来の姿を現す。肌を薄緑色の膜のようなものが覆い、背中からは漆黒の翼がはえ、爪は鋭利な刃物のように伸び切った。瞳もまた、血を吸ったような不気味な赤色に変わる。
 人を喰らう、悪魔。それが少女の正体であった。
 悪魔は琴美へと狙いを定め、鋭利な爪を振るう。琴美がクナイでその攻撃を弾き返せば、次いで二撃目。あいている方の手で空中に魔法陣を描き、闇で出来た矢を召喚した。
 琴美は瞬時に跳躍し魔法で出来た矢を避けるが、追尾機能があったらしきそれはしつこく彼女の体を追う。迫りくるそれを、琴美の長い足が振るった蹴りがかき消した。
(確かに、私が彼女の前で見せていた動きを念頭に置いた上で攻撃してきているようですわね)
 新入りの少女がたびたび琴美の方に視線をやっていたのは、琴美の動きを観察する意図もあったのだろう。時折、羨望ではない欲……まるで獲物を見定めるような無遠慮な感情が視線に混じっている事に、琴美も気付いていた。
 悪魔は必死に自分の感情を押し隠しているつもりだったようだが、極上の美女である琴美を前にして冷静さを失わない事は異形であっても難しいものだったらしい。
 ふぅ、と一度琴美は息を吐く。まるで溜息のようなそれに、悪魔の少女はキャハハと下品な笑い声をあげた。
「なに? もう諦めたの? それとも、命乞いでもしてみる気?」
 琴美が首を左右に振るのに合わせ、ふわり、と彼女の長い髪の毛が揺れる。
「いえ、あなたの思い違いに、少し呆れてしまっただけですわ」
「思い違いですって……?」
「ええ」
 次の瞬間、突然腹に痛みが走り悪魔は目を見開いた。
「ど、どうして……? ありえない……」
 いつ放ったのか。いつの間にか自らの腹には一本のクナイが刺さり、どす黒い悪魔の血で腹部は汚れている。
「う、嘘よ……! あ、アタシの目ですら、アンタの動きを捉えられないなんて!」
 喚く悪魔は知らない。琴美が、今まで本気の姿を少女の前で見せていなかったという事を。
 悪魔は知らない。琴美の動きは、悪魔であっても見切る事など不可能なのだという事を。
 悪魔は知らない。水嶋琴美に、弱点など存在しない事を。
 悪魔は知らない。――この戦いにおいて、自分に勝機など最初からなかったという事を。
 目にも留まらぬ速さで琴美は駆ける。まるで風の精にでも愛されているかのようなその速さは、悪魔であっても追いつく事は出来ない。プリーツスカートがひらりと翻り、見る者を惑わす美しい脚を晒す。しかし、それすらも悪魔の目では視認する事は不可能だった。
「嘘……アタシが、負ける……? 嘘よ、嘘! 嘘嘘嘘っ!!」
 繰り出された蹴りが、叫ぶ悪魔の声を悲鳴に変える。衝撃に吹き飛んだ悪魔は咳き込みながら、ロングブーツが地を叩く音を聞いた。
 その音は、悪魔の死へのカウントダウンの音でもある。やがて止まった、音。未だ起き上がる事の出来ない悪魔の目の前で立ち止まった琴美は、睨むように相手を見据え言葉を紡いだ。
「罪なきものを傷つけたあなたを、私は許しませんわ。この怒りを、悲しみを! その身をもって思い知ってくださいませ!」
 振り下ろされたクナイ。正義の裁きは悪魔の身体を貫き、その魂ごと喰らい切った。

 ◆

「ええ、今終わりましたわ。怪我なんて、私がするわけないでしょう?」
 任務を終えた琴美は、司令に繋がっている通信機に向けて悪戯っぽくくすりと笑う。戦闘を終えた琴美の身体には、彼女の言った通り傷どころか汚れ一つついていなかった。
「あら? 次の任務でして? ええ、構いませんわ」
 司令から緊急の任務を受けた琴美は、連続の任務であるというのに嫌な顔ひとつせずに頷く。それどころか現場へと急行するその横顔は、悪を倒した高揚感と次の任務への期待に溢れ、どこか満足げであった。

 この先にどのような敵が待ち受けているのか、彼女はまだ知らない。
「ですが、どのような方が相手でも、私は必ず勝利してみせますわ」
 今日も、琴美は戦場を駆ける。美しく強い少女は、そうしてまた世界の平和を守るのである。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8036/水嶋・琴美/女/19/自衛隊 特務統合機動課】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。この度は、ご発注ありがとうございました。
お気に召しましたら幸いです。何か問題等御座いましたら、お手数ですがご連絡ください。
それでは、またいつかご縁が御座いましたらその時はよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月09日

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